2015年10月5日月曜日

侵害訴訟 特許  平成26(ネ)10108 知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 特許権侵害行為差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成27年9月28日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判官 田 中 正 哉
裁判官 神 谷 厚 毅
裁判長裁判官鶴岡稔彦は,差支えのため署名押印することができない。
裁判官 田 中 正 哉

「(1) 乙9に基づく本件特許発明2の進歩性の欠如の有無について
事案に鑑み,まず,本件特許発明2の進歩性の有無について判断する。
・・・
(イ) 一致点
 以上によれば,本件特許発明2と乙9発明2は以下の点で一致する。n型の窒化物系半導体基板からなる第1半導体層の上面上に,活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程と,前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程と,
 その後,前記第1半導体層の裏面上に,n側電極を形成する工程とを備えた窒化物系半導体素子の製造方法である点。
(ウ) 相違点
 また,本件特許発明2と乙9発明2は以下の点で相違する。
a 相違点1
 本件特許発明2では,前記第1工程及び前記第2工程の後,前記研磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×109cm-2以下とする第3工程を備えているのに対し,乙9発明2では,前記研磨によって生じた表面歪み及び酸化膜を除去してp型,n型電極のコンタクト抵抗の低減と電極剥離を防止するために,フッ酸又は熱燐酸を含む硫酸からなる混合溶液で前記ウエハーをエッチング処理している点。
b 相違点2
 前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗が,本件特許発明2では,0.05Ωcm2以下であるのに対し,乙9発明2では,0.05Ωcm2以下であるか否かが明らかではない点。 
・・・
オ 容易想到性の検討
(ア) 相違点1について
 前記イのとおり,乙9発明2では,GaN基板を研磨機により研磨することによって生じた表面歪み及び酸化膜を除去してn型電極のコンタクト抵抗の低減を図り,また,電極剥離を防止するために,ウエハーをフッ酸又は熱燐酸を含む硫酸からなる混合溶液でエッチング処理するものとされている。そうすると,乙9発明2においては,GaN基板では,必要とするコンタクト抵抗を確保するためには,研磨機による研磨及び鏡面出しのみでは不十分であり,表面歪み等を除去する必要があることが示唆されているものといえる。しかしながら,他方で,乙9には,表面歪みの程度や除去すべき範囲についての具体的な記載はない。そうすると,乙9発明2に接した当業者は,乙9発明2において,研磨機による研磨後,ウエハーのエッチング処理を行う際に,コンタクト抵抗の低減を図るために,上記表面歪みをどの程度の範囲のものととらえてこれを除去する必要があるかについて検討する必要性があることを認識するものといえる。
 そして,かかる認識をした当業者であれば,前記エ(ア)ないし(ウ)において認定した技術常識等に基づいて,乙9発明2においても,研磨機による研磨によって加工変質層と呼ばれる層に転位が生じているため,この転位がキャリアである電子をトラップしてキャリア濃度が低下し,それによってコンタクト抵抗が高くなるという作用機序は容易に想起できるものといえる。そして,前記エ(エ)において認定したとおり,少なくともシリコンについては,転位を含む加工変質層は完全に除去すべきものとされていたところ,前記エ(イ)のとおり,上記の転位を含む加工変質層がコンタクト抵抗に与える影響についてはシリコンにおいてもGaN系化合物半導体においても同様である上に,コンタクト抵抗は低いほど望ましいことに鑑みると,当業者としては,乙9発明2における表面歪み(なお,ひずみ層も加工変質層に含まれる。)を,研磨機による研磨で生じ,透過型電子顕微鏡で観察可能な転位を含む加工変質層としてとらえ,あるいは,表面歪みのみならず加工変質層の除去についても考慮して,コンタクト抵抗上昇の原因となる加工変質層を全て除去できるまで上記のエッチング処理を行って,基板に当初から存在していた転位密度の値に戻すことで,キャリア濃度が低下する要因を最大限に排除し,コンタクト抵抗の低減を図ることは,容易に想到できたことと認められる。
 そして,本件優先日当時のGaN基板の転位密度が,1×104~108cm-2程度であったことは,当業者に周知の事項であるから(乙1の3ないし9,乙57),乙9発明2において,加工変質層を全て除去すれば,除去後の基板の転位密度が1×109cm-2以下となることは自明である。
 したがって,乙9発明2において,技術常識等に基づいて相違点1に係る構成を採用することは,当業者が容易になし得たことであるものと認められる。
(イ) 相違点2について
 乙9発明2においては,n型GaN基板のキャリア濃度は限定されていないものの,乙9【0186】には,n型GaN基板の成長時にSi濃度が3×1018/cm3となるようにドーピングすることが記載されている。
 他方,前記エ(ウ)において説示したとおり,Siをドーピングして形成されたn型GaN基板のキャリア濃度とコンタクト抵抗との関係について,乙9発明2と同じ電極材料(Ti/Alの積層構造)を用いた場合に,不純物濃度が1×1017cm-3を超えると接触比抵抗が1×10-5Ω・cm2以下となることは,本件優先日当時,当業者に周知の事項であったと認められる。
 そうすると,乙9発明2において,前記(ア)において説示したとおり,相違点1に係る構成を採用してキャリアをトラップする要因となる研磨によって生じた転位を含む加工変質層を全て除去し,転位密度をGaN基板に当初から存在していた値にまで戻した上で,GaN基板へドーピングするSi等の不純物濃度を3×1018/cm3程度にすることにより,コンタクト抵抗が少なくとも0.05(=5×10-2)Ω・cm2以下となるようにすることは当業者であれば容易になし得たことと認められる。」(上付き文字が表示できないのはいつものとおりです。各自自分で補正を。)

【コメント】 
 まず,本件発明2のクレームは,以下のとおりです。

A2 n型の窒化物系半導体層および窒化物系半導体基板のいずれかからなる第1半導体層の上面上に,活性層を含む窒化物半導体層からなる第2半導体層を形成する第1工程と,
B2 前記第1半導体層の裏面を研磨することにより厚み加工する第2工程と,
C2 前記第1工程及び前記第2工程の後,前記研磨により発生した転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域を除去して前記第1半導体層の裏面の転位密度を1×109cm-2以下とする第3工程と,
D2 その後,前記転位を含む前記第1半導体層の裏面近傍の領域が除去された第1半導体層の裏面上に,n側電極を形成する第4工程とを備え,
E2 前記第1半導体層と前記n側電極とのコンタクト抵抗を0.05Ωcm2以下とする,
F2 窒化物系半導体素子の製造方法。

 乙9発明との一致点と相違点は,判旨のとおりです。要するに,所定の数値以下の転位密度と,所定の数値以下のコンタクト抵抗に関するものです。
 それ故,数値の選び方やその数値そのものに何らかの意味があればよいのですが(臨界的意義というものです。),技術常識で言われている程度のものだと,微差に留まるという判断になってしまうのも致し方ない所だと思います。
 ちなみに,今回の主引例となった乙9,特開 2001-176823は,同時に係属していた審決取消訴訟(平成26年(行ケ)第10148号)でも主引例(甲11)として使われ,無効化に一役買っています(ちなみに,さらにもう一つの審決取消訴訟平成26年(行ケ)第10147号では記載要件などが無効事由に挙がっていますが,こちらは無効にできなかったようです。)。

 ところで,一審の東地平成23(ワ)26676(平成26年9月25日判決)では,構成要件充足性のところで請求棄却になっております(無効の抗弁の判断はありません。)。
 この時は,「転位」という用語のクレーム解釈について,明細書等からかなり限定した解釈をしていることが特徴でした。
 クレームの限定解釈というのは,無効の抗弁が法定化等されて以来,あまり流行らない手法と言えますので,控訴審では意識的にそれを避けたのではないかと思われます。と言いますのは,控訴審では,逆に構成要件充足性の判断は全くしていないからです。