2020年2月25日火曜日

審決取消訴訟 特許 平成31(行ケ)10043 知財高裁 無効審判 不成立審決 請求認容


事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和2年2月20日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部 
裁判長裁判官      鶴 岡 稔 彦 
裁判官              高 橋   彩 
裁判官              石 神 有 吾 

「3  取消事由3(本件発明3の進歩性判断の誤り)について
      事案に鑑み,取消事由3及び4を先に判断する。
(1)  甲1発明について
ア  甲1文献には,以下の事項が記載されている。
・・・ 
イ  一致点及び相違点
  甲1発明並びに甲1発明と本件発明3との一致点及び相違点についての審決の認定(前記第2の3(2)(3))が妥当であることは,当事者間に争いはない。
 すなわち,相違点は以下の相違点2であり,審決は,当該相違点2は容易想到ではないとした。
[相違点2]
 本件発明3は「ブレードの壁は,その面積の少なくとも1/4にわたり,5μm~30μmの平均粗さRzを有し,この平均粗さを有するブレードの壁は,ブレードの高さの下四分の一に位置している」との事項を有しているのに対して,甲1発明は,多数の細溝4から形成される壁状の構造の平均粗さについて特定されていない点。
(2)  甲2文献について
ア  甲2文献の記載
 甲2文献には,以下の事項が記載されている。 
・・・
イ  甲2文献に記載された技術的事項
 以上によれば,甲2文献には,時間の経過によって,ゴムに添加されたワックス等の油分や老化防止剤などの添加剤がタイヤの外表面に移行して滲み出し,反射光等によっては外表面がぎらついて見えることがあり外観を損ねやすいという課題を解決することを目的として,タイヤの外表面の少なくとも一部に,十点平均粗さRzが5〜100μmであり,かつ局部山頂の平均間隔Sが20〜150μmの表面粗さを有する粗面部5を含むとの技術的事項が記載されていると認められる。
(3)  相違点2の容易想到性
ア  甲1発明に甲2文献の記載事項を適用することの難易及びその際の構成
(ア)  甲1発明は,タイヤのサイドウォール面に設けた表示マークの識別性を向上させることを目的とするものであるから(甲1段落【0001】,【0006】),当業者であれば,表示マークの識別性をさらに向上させることを検討すると考えられる。また,「近年は,特に乗用車用タイヤにおいて外観に優れたタイヤが好まれ,表示マークの見映えの向上も要望されるようになった」との記載(甲1段落【0002】)からすれば,表示マークの識別性向上は,タイヤの外観を優れたものとするための一手段であり,甲1発明のタイヤの外観をさらに向上させる手段があるのであれば,それが望ましいことといえる。
 ここで,甲2文献は,空気入りタイヤを技術分野としているから(甲2段落【0001】),本件発明と技術分野が共通しており,しかも甲2文献は外観を向上することを目的とするとされているから,甲1発明に接した当業者であれば,甲2文献に記載された内容を検討対象とする
と考えられる。
 そして,甲2文献の記載を具体的に見ると,時間の経過によって,タイヤのゴムに添加されたワックス等の油分や老化防止剤などの添加剤がタイヤの外表面に移行して滲み出し,外観を損ねるという現象を課題として認識し,これを解決するための技術的事項が記載されたものである
ことがわかる(前記(2)イ)。このような現象は,甲1発明のタイヤ全体に生じうるものといえるが,そうなれば甲1発明のタイヤの外観を損なうことになる。また,このような現象は,甲1発明の表示マーク部分にも生じうるものであり,そうなれば表示マークの識別性の低下をもたらす。
 よって,甲2文献の記載事項は,表示マーク部分を含む,甲1発明のタイヤの外観をさらに向上させるのに適した内容と考えられるから,当業者であれば,甲1発明に甲2文献の記載事項を組み合わせることを試みる十分な動機付けがあるといえる。
 甲2文献には,コントラストを高めるという発想はないが,そうであっても,別の理由から,甲1発明との組み合わせが試みられることは,以上に述べたところから明らかである。
(イ)  そして,甲1発明に甲2文献の記載事項を適用するにあたっては,甲2文献には,標章等の模様をも粗面部とすること(甲2段落【0010】),タイヤ1の外表面全体あるいはサイドウォール部を粗面部とすることが望ましいこと(甲2段落【0016】,【0030】)が記載
されているから,甲1発明のタイヤの細溝によって形成された表示マーク(甲2文献の「標章等の模様」に相当する。)を含めたサイドウォール面全体に,甲2文献所定の表面粗さを設ける構成とすることが考えられる。 
 ここで,甲2文献では,表面粗さはJIS−B−0601の規定の十点平均粗さで5μmから100μmとされているが(甲2段落【0005】,【0006】),それに加え,下限を5μmとすべきであり,これより小さな表面粗さでは,タイヤが白っぽく見え,しかも油分などのぎらつきなどが目立ちやすくなること,特に好ましくは15~35μmであること(甲2段落【0012】)が記載され,さらに,それぞれ表面粗さを10μm,30μmとする実施例1,2が開示され,特に30μmの実施例2が,新品時外観及び暴露時外観の双方で最高得点と評価
されていること(甲2段落【0028】,【0029】)からすれば,甲1発明に組み合わせるにあたって,表面粗さを5μm~30μmとすることは,当業者が適宜設計する事項の範囲内であるといえる
 なお,表面粗さについて,本件発明3はDIN4768(1990)規格であるのに対し,甲2文献は,JIS−B−0601の規定の十点平均粗さである。しかし,本件明細書は,5μm「よりも小さな値は,タフト又はブレードの表面が「滑らか」になり,かくして入射光を反射する」(段落【0035】)とし,甲2文献も「5μm未満であると,光が良い加減に乱反射せず」(段落【0012】)として,類似の理由に基づきいずれも5μmを下限としていること,両規格で表面粗さの数値に大きな差異が生じると認めるに足りる証拠はなく,当事者も規格の違いを特に問題としていないことに照らすと,この点は実質的な相違点とはならないと解される。
(ウ)  被告らは,甲1発明の表示マークを設けた領域以外のサイドウォール面にも甲2文献の粗面部を適用した場合,サイドウォール面でタイヤに当たる光を乱反射し黒っぽくなり,表示マークの識別性が低下するから,甲1発明の目的に反することとなるので,甲1発明に甲2文献の記
載事項を適用することには阻害事由が存在する旨主張する。 
 しかし,前記(イ)のとおり,甲2文献に記載の技術は,標章等の模様9と外表面3の双方に一定の表面粗さを設けるものであるが(甲2段落【0010】),標章等が視認不能になってしまうならばこれを設ける意味がなくなってしまうから,このような構成としても,模様9が視認可能であることは,当然の前提となっていると解される。
 また,甲1発明においては,表示マークが細溝で形成されている一方,表示マーク以外の領域は細溝が設けられていないことによって,すでにコントラストが生じている。そのため,表示マークとそれ以外の領域の双方を粗面部とした場合,それ以外の領域が黒っぽくなるとともに,表示マークも,より黒っぽくなることも想定されるから,必ずしも表示マークのコントラストが低下しないとも考えられる。
 以上のとおり,甲1発明に甲2文献の粗面部を適用しても,表示マークの識別性が低下するとは限らないから,被告らが指摘する点は,前記(ア)のとおり,十分な動機づけに基づく甲1発明と甲2文献とを組み合わせるとの試みを,阻害するまでの事由とは認められない。
(エ)  以上のとおり,甲1発明と甲2文献の記載事項を組み合わせる動機づけがあり,当業者であれば,両者を組み合わせ,細溝を含むサイドウォール面全体に,5μm~30μmの表面粗さを設ける構成に容易に想到すると認められる。 」

【コメント】
 本件は,「高コントラストタイヤパターン及びその製作方法」とする発明に係る特許権(特許第5642795号)を有する特許権者である被告ら(ミシュラン等)に対し,原告(ブリジストン)が無効審判(進歩性なし等)を請求したところ,不成立審決(進歩性あり等)を下されたため,これに不服の原告が審決取消訴訟を提起したものです。
 
 これに対し,知財高裁3部の鶴岡部長の合議体は,逆転で審決取り消し(進歩性なし),としました。 

 最高裁でも論点となった進歩性ですが,些か逆コース的な判示と思えたため取り上げました。
 
 まずは,クレームです(訂正後)。
【請求項3】  可視面(11)を有するタイヤ(1)であって,前記可視面は,該可視面とコントラストをなすパターン(2)を有し,前記パターンは,互いに実質的に平行であり且つ0.5mm未満のピッチ(p)で配置された複数個のブレード(22)を有し,前記ブレード(22)は,前記ブレードのベースから前記ブレードの端に向かって減少した断面を有し,前記ブレード(22)は各ブレード間に空間が存在するように配置され,各ブレードは,0.1mm〜0.5mmの平均幅(d)を有する,タイヤにおいて,前記ブレード(22)の壁は,その面積の少なくとも1/4にわたり,5μm〜30μmの平均粗さRzを有し,この平均粗さを有する前記ブレードの前記壁は,前記ブレードの高さの下四分の一に位置している,タイヤ。 

 こういうのは図がないと分かりにくいですね。
 
 これは,何かというと,タイヤのサイド側,つまりタイヤの外から見える部分に,ミシュランだとかブリジストンだとか,あとはタイヤの径や扁平率を表示する部分があるじゃないですか,そういう表示マークの視認性を良くしたいという発明です。
 こういう細長いカマボコ型の突起(ブレード)を作って,これによってコントラストを発生させて,視認させるというわけです。
 
 で,主引例との一致点・相違点です。 
ア  本件発明3と甲1発明
    両発明は以下の[一致点]で一致し,[相違点2]について相違する。
[一致点]
可視面を有するタイヤであって,前記可視面は,該可視面とコントラストをなすパターンを有し,前記パターンは,互いに実質的に平行であり且つ0.5mm未満のピッチ(p)で配置された複数個のブレードを有し,前記ブレードは,前記ブレードのベースから前記ブレードの端に向かって減少した断面を有し,前記ブレードは各ブレード間に空間が存在するように配置され,各ブレードは,0.1mm~0.5mmの平均幅(d)を有する,タイヤ。
[相違点2]
 本件発明3は「ブレードの壁は,その面積の少なくとも1/4にわたり,5μm~30μmの平均粗さRzを有し,この平均粗さを有するブレードの壁は,ブレードの高さの下四分の一に位置している」との事項を有しているのに対して,甲1発明は,多数の細溝4から形成される壁状の構造の平均粗さについて特定されていない点。

 甲1発明との違いは,ブレード自体の平均粗さですね。
 
 で,副引例の甲2にはこんな図がありました。 
 そして,判旨にあるとおり,粗さの記載もあったのですね。
 
 だけど,本件で,これを組み合わせるというのは,どうなんでしょうか?
 甲2には表示マークの識別性を良くしたいという課題も目的も記載はなかったのです。
 
 判旨は,「甲2文献の記載を具体的に見ると,時間の経過によって,タイヤのゴムに添加されたワックス等の油分や老化防止剤などの添加剤がタイヤの外表面に移行して滲み出し,外観を損ねるという現象を課題として認識し,これを解決するための技術的事項が記載されたものである
ことがわかる(前記(2)イ)。このような現象は,甲1発明のタイヤ全体に生じうるものといえるが,そうなれば甲1発明のタイヤの外観を損なうことになる。また,このような現象は,甲1発明の表示マーク部分にも生じうるものであり,そうなれば表示マークの識別性の低下をもたらす。
」と,味噌もクソも一緒にしたような,とにかく外観を良くしたいんだよ,外観の中には表示も含まれるだろ,だからいいんだよ~文句あっか!というような認定があります。
 
 これは非常に乱暴だと思いますね。
 昔,知財高裁にいた飯村部長だったらこんな認定はしないでしょう。
 
 思えば,そのような飯村部長が進歩性の新傾向判決を下したのは,2009年(H21)のころでした。その後,知財高裁の各部も進歩性に対して,同様の新傾向判決を下すようになり,漸く,進歩性における同一技術分野論が一掃されて,様々な人が安堵していたと思います。
 
 ところが,今回のような再び進歩性のアンチパテントと言えるような判決が見られるようになりました。
 これが単発ならいいのですが,他の部でも同じような傾向が続くと,また暗黒時代に逆戻りするかもしれません。