2016年1月19日火曜日

売買代金請求 特許 平成27(ネ)10069 知財高裁 変更(一部請求認容)

事件番号
事件名
 売買代金請求控訴事件
裁判年月日
 平成27年12月24日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 柵 木 澄 子

「(2) 本件基本契約18条2項に基づく義務
ア 本件基本契約は,控訴人と被控訴人との間の物品の売買取引に関する基本的事項を定めるものであるところ,18条1項は「被控訴人は,控訴人に納入する物品並びにその製造方法及び使用方法が,第三者の工業所有権,著作権,その他の権利(総称して「知的財産権」という。)を侵害しないことを保証する。」旨,同条2項は「被控訴人は,物品に関して知的財産権侵害を理由として第三者との間で紛争が生じた場合,自己の費用と責任においてこれを解決し,または控訴人に協力し,控訴人に一切迷惑をかけないものとする。万一控訴人に損害が生じた場合,被控訴人はその損害を賠償する。」旨規定する。そして,本件基本契約には,他に知的財産権侵害を理由とする第三者との間の紛争に対する解決手段・解決方法等についての具体的な定めがないことからすれば,同条2項は,同条1項により,被控訴人は,控訴人に対し,その納品した物品に関しては第三者の知的財産権を侵害しないことを保証することを前提としつつ,第三者が有する知的財産権の侵害が問題となった場合の,被控訴人がとるべき包括的な義務を規定したものと解するのが相当である。
イ この点,被控訴人は,本件基本契約18条2項は「自己の費用と責任においてこれを解決」する債務と,「控訴人に協力し,控訴人に一切の迷惑をかけない」債務を選択に規定したものであり,選択権を有する被控訴人は,前者の債務を選択したから,本件紛争の解決権は被控訴人に留保されていたものであると主張する。
 しかし,本件紛争の解決権が被控訴人に留保されていたことを認めるに足りる証拠はなく,同項の文言から被控訴人が選択権を有すると解することはできない。
ウ 一方,控訴人は,被控訴人が,本件基本契約18条2項に基づき,少なくとも①第三者が保有する特許権を侵害しないこと,具体的には納入した物品が特許請求の範囲記載の発明の技術的範囲に含まれないことや,当該特許が無効であることなどの抗弁があることを明確にし,また,②当該第三者から特許権の実施許諾を得て,当該第三者に対してライセンス料を支払うなどして,当該第三者からの差止め及び損害賠償請求により控訴人が被る不利益を回避する義務を負っていたと主張する。
 しかし,同項の文言のみから,直ちに被控訴人の負うべき具体的な義務が発生するものと認めることはできず,上記のとおり,同項は,被控訴人がとるべき包括的な義務を定めたものであって,被控訴人が負う具体的な義務の内容は,当該第三者による侵害の主張の態様やその内容,控訴人との協議等の具体的事情により定まるものと解するのが相当である。
(3) 本件基本契約18条2項に基づく被控訴人の具体的義務について
ア 前記のとおり,控訴人はWi-LAN社から,本件各特許権のライセンスの申出を受けていたこと(前記前提事実等(8)及び前記(1)イ。なお,Wi-LAN社のライセンスの申出が,本件チップセットあるいは本件製品を問題としていたのか,控訴人のサービスを問題としていたのかは,証拠上,明らかでない。),控訴人は,被控訴人に対し協力を依頼した当初から,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かについての回答を求めていたこと(前記(1)ア),被控訴人,控訴人及びイカノス社の間において,ライセンス料,その算定根拠等の検討が必要であることが確認され,イカノス社において,必要な情報を提示する旨を回答していたこと(前記(1)タ)に鑑みれば,被控訴人は,本件基本契約18条2項に基づく具体的な義務として,①控訴人においてWi-LAN社との間でライセンス契約を締結することが必要か否かを判断するため,本件各特許の技術分析を行い,本件各特許の有効性,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否か等についての見解を,裏付けとなる資料と共に提示し,また,②控訴人においてWi-LAN社とライセンス契約を締結する場合に備えて,合理的なライセンス料を算定するために必要な資料等を収集,提供しなければならない義務を負っていたものと認めるのが相当である。
イ 控訴人は,この点について,被控訴人が自ら又はイカノス社をして,Wi-LAN社から特許権の実施許諾を得てライセンス料を支払うことにより,控訴人が被る不利益を回避する義務をも負っていたと主張する。しかし,前記(1)で認定した被控訴人と控訴人との間の交渉の経緯及び内容,並びに前記1説示のとおり,本件ライセンス契約が締結される以前はおろか,現段階に至っても,本件チップセットが本件各特許権を侵害するか否かは明らかではないことに鑑みても,本件基本契約18条2項に基づく具体的な義務として,被控訴人において,自ら又はイカノス社をして,Wi-LAN社との間でライセンス契約を締結すべきであったとまで認めることはできない。」

【コメント】
 特許に関する民事訴訟ではあるのですが,実は,契約に基づく訴訟です。ただ,その契約が,所謂インデム条項でしたので,実に注目すべき事件です。

 物(ADSLサービスに使われるチップセット)の流れは以下のとおりです。

コネクサント社(その後イカノス社に事業譲渡)が製造した上記のチップセット→ 兼松(被控訴人であり原告)→ソフトバンク(控訴人であり被告)

 このような中,所謂NPEのWi-LAN社がソフトバンクに権利行使をしてきたのが発端です。
  
 特許の実務では,このような自社製品に他社の部品を組み込んでいる場合,更に,全体そのものを商社などから買ってきているような場合(本件がそう),部品メーカーや納入業者に,特許保証を課すのが普通です。これをインデムと言うこともあります。

 本件のソフトバンクと兼松との間の契約でも,インデム条項がありました。
 そして, Wi-LAN社のライセンスオファーに応じて,ソフトバンクは2億円を支払ったのです。そうすると,インデム条項もあるし,普通は,兼松が2億円払わないといけないように思えます。

 ところが,ソフトバンクは,実際にWi-LAN社の特許の実施を行っているかどうか精査せず,独断でライセンスに応じてしまったのでした。勿論,そうせざるを得ない状況にあったわけで(このWi-LAN社の持って行き方が実に巧みで,非常に参考になります。),やむを得ない部分もあるのですが,他方,インデムでお金を支払わなければならない兼松としては,全額支払わないといけないの??と思いますよね。

 そこで,インデムはあるにせよ,どこまでインデムが効くのかが問題になったのが本件と言えましょう。

 さて,そのインデムの条項ですが,通常は,上記の判旨のとおり,非侵害の保証と,仮に侵害していた場合に救済するという条項のペアで書かれます。ただし,契約の条項ですので,どのように書けばいいか,裁判例も少ないことから,具体的な例を考えるのが難しいのが現状です。

 本件は,そのようなよくある条項について,条項自体からは具体的な義務が発生するものではないとしました。
「包括的な義務を定めたものであって,被控訴人が負う具体的な義務の内容は,当該第三者による侵害の主張の態様やその内容,控訴人との協議等の具体的事情により定まるものと解するのが相当である。」

 その上で,本件では個別具体的な事情を認定判断し,過失相殺の理論により,2億円のうちの3割だけの6000万円を認めております(ちなみに,原審の東京地裁平成24(ワ)21128(平成27年3月27日判決)では,ソフトバンク側には一銭も認めておらず,兼松の請求をそのまま認めた認容判決でした。)。
 そして,言い遅れましたが,売り主の兼松への未払い金がありましたので(これがメインの請求),それから6000万円を控除などした額が主文の額です。

 ざっとこのような事例ですが,私が参考になると思った点は以下のとおりです。
①権利行使のやり方
 期限を決め,早く決めれば安くするというような,オファーをする。そして,畳み掛ける。
②インデム条項のあり方
 従来の抽象的な文言では裁判所にそのまま認めてもらえない。特に,①のような権利行使のやり方で特許の解析なしに早期にライセンスをしてしまったような場合にも,裁判所でもきちんとライセンス全額を認めてもらえるような条項を考えることが重要です。

 判示からすると,インデム条項として,「売り主は,特許権の実施許諾を得てライセンス料を支払うことにより,買い主が被る不利益を回避する義務」などを明文で書いておく必要がありそうですね。

2016年1月8日金曜日

2015年言い渡し判決のまとめ

1 年が明けましたので,昨年(2015)言い渡しのあった判決について,注目すべきものをまとめておきたいと思います。

 ですので,今回は特別編です。

2 特許
 仕事では特許に関わることが多いため,選んだのも特許が多くなってしまいました。言い渡し順にご紹介します。

(1) 東京地裁平成24年(ワ)15621号(平成27年1月22日判決
 過剰な差し止めの可能性があるとして,請求自体が棄却になったものです。一部の差し止めも認めなかったという極めて珍しい判決ではないでしょうか。

(2)知財高裁平成26年(行ケ)10087号(平成27年1月28日判決
 上位概念への訂正が新規事項追加に当たるかどうかが問題になったものです。そして,この判決は上位概念への訂正を新規事項追加に当たらないと判断しました。弁理士の方には実に参考になる判決だと思います。

(3)最高裁平成24年(受)1204号(第2小法廷平成27年6月5日判決
 言わずと知れた,PBPクレームの大合議の方の上告審です。技術的範囲の解釈を物同一性説で判断するとしました。しかし,明確性の要件を厳しくみることになりましたので,今後はPBPクレームは根絶やしになるでしょう。なお,事件は知財高裁に戻らず,原告の請求放棄で終わったようです。

(4) 最高裁平成24年(受)2658号(第二小法廷平成27年6月5日判決
 こちらは,PBPクレームの発明の要旨認定での解釈が問題となった方です。そして,こちらも,物同一性説で判断するとしました。注目すべきものであることは確かです。

(5) 知財高裁平成26年(ネ)10104 号(平成27年6月16日判決
  知財高裁で,クレームの限定解釈を行ったという,いまどき珍しい判決です。ただし,判決を読むとわかるのですが,それも妥当ではないかと思われる事例です。

(6) 知財高裁 平成27(ネ)10097号( 平成27年10月8日判決
 特許の海賊品をネットショップで売っていた場合の,ネットモールの責任が問題になったものです。商標や著作権では問題になりそうですが, 特許では珍しいと思います。ちなみに,本件の判示では例外なくネットモールは無責だとしました。

(7)  知財高裁平成26(ネ)10109号(平成27年10月28日判決
 訂正の要件に言う特許法126条6項の,「・・・実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものであつてはならない。」の意義が問題になりました。そこでの議論の,実質的な理由として,間接侵害の成立範囲の差異を挙げております。
 今後,上記のPBPクレームの対応ということで,物の発明から方法の発明への訂正が問題となる事例が多々出てくると予測されますが,物の発明と方法の発明では間接侵害の成立範囲が異なるという理由で許されない事例も出てくるのではないかと思われます。

(8) 最高裁平成26(行ヒ)356号(平成27年11月17日判決
 特許権の存続期間の延長が問題となったベバシズマブ事件です。つまり,昨年は,最高裁で特許の事件が3つもあったのです。

(9)知財高裁平成26(行ケ)10228号(平成27年11月25日判決
 進歩性はこれ一つにしておきましょう。飯村部長の所謂新傾向判決から,約7年経ちました。この7年間の傾向とは真逆のアンチパテントな判決です。新傾向時代であれば,組み合わせに動機付けなし,とされたでしょうが,今はこのような判決も出るというわけです。

(10)知財高裁平成27(ネ)10075号( 平成27年11月30日判決
 なんとびっくりすることに,無効の抗弁の理由として,冒認で権利行使不可となったものです。よくよく調べるとかなり様々な事情のある事件のようですが,冒認で権利行使不可となったのはキルビー判決以降で初めてではないでしょうか。

3 特許以外
 特許以外は2件です。
(1)知財高裁平成26年(ネ)10063号(平成27年4月14日判決
 子供の椅子の著作物性が問題となった事件です。そして,なんと驚くことに,この事例では著作物性を認めました。様々な評者が様々なところで色々書いておりますが,特許の最高裁の事件と並ぶほど,大きなインパクトのあった事件ではないでしょうか。

(2)知財高裁平成27(ネ)10037平成27年11月5日判決
 商標のゆーとぴあ事件です。商標の実務家に極めて評判の悪かった一審(侵害を認めた)とは真逆の,請求棄却判決です。 これで,権利者以外の誰しも納得したのではないかと思います。

4 昨年は特許では法改正(職務発明絡み)や,最高裁があり,商標も法改正(新商標)などがあり,著作権も上記のインパクト判決があり,知財にとっては大きな年でした。

 唯一意匠は,音無しだったのですが,今年は意匠の審査基準の変更が予定されていることから( デジタル機器の操作画像のデザインについて),若干波風の立つこともあると思います。