2019年5月8日水曜日

審決取消訴訟 特許 平成30(行ケ)10122 知財高裁 不成立審決 請求認容


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成31年4月22日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部    
裁判長裁判官        鶴      岡      稔      彦    
裁判官           高      橋              彩    
裁判官           間      明      宏      充 
 
「 (2) 構成Eの「直ちに」について
    ア  原告は,構成Eの「直ちに」との文言を追加する本件補正は,本件当初明細書等に記載された事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないとした審決の判断が誤りであると主張する。
        ここで,構成Eの「直ちに」は,「受信次第」との文言と併せて,海底局送受信部の位置を決めるための演算を行う時期を限定するものであるから,当該文言を追加する本件補正がいわゆる新規事項の追加に当たるか否かは,構成Eのうち演算を行う時期について特定する「前記海底局送受信部の位置を決めるための演算を受信次第直ちに行うことができるデータ処理装置」との構成(以下「位置決め演算時期構成」という。)が,本件当初明細書等に記載された事項との関係において,新たな技術的事項に当たるか否かにより判断すべきである
    イ  本件当初明細書等の記載について 
 (ア) 上記1(1)において認定したとおり,本件補正前の特許請求の範囲には「直ちに」との文言は使用されていないし,その余の文言を斟酌しても位置決め演算時期構成と解し得る構成が記載されていると認めることはできない。
    (イ) また,上記1(2)において認定したとおり,本件当初明細書の段落【0008】,【0009】,【0013】,【0025】,【0030】,【0032】,【0035】,【0036】及び【0040】等には,先願システム及び本件発明の実施の形態において,海底局の位置を決めるための演算(以下「位置決め演算」という。)は,海底局からの音響信号(又はデータ)及びGPSからの位置信号に対して行われるものであって,船上局又は地上において実行される(特に段落【0025】,【0040】)ことが開示されている。しかし,本件当初明細書には,位置決め演算の時期を限定することに関する記載は見当たらない
    (ウ) この点に関し,審決は,データ処理装置による位置決め演算には,船上で行う場合と,船上で受信したデータを地上に持ち帰って行う場合とがあるところ,後者の場合にはそれなりの時間がかかるから,技術常識をわきまえた当業者であれば,構成Eの「受信次第直ちに」とは,船上で演算を行う場合を指すと理解すると認められると判断した。
 しかし,位置決め演算を船上で行うか地上で行うかは,位置決め演算を実行する場所に関する事柄であって,位置決め演算を実行する時期とは直接関係がない。そして,位置決め演算を船上で行う場合には,海底局及びGPSの信号を受信した後,観測船が帰港するまでの間で,その実行時期を自由に決めることができるにもかかわらず,位置決め演算を「受信次第直ちに」実行しなければならないような特段の事情や,本件発明の実施の形態において,当該演算が「受信次第直ちに」実行されていることをうかがわせる事情等は,本件当初明細書に何ら記載されていない。
 また,本件当初発明では,構成eに「前記船上局受信部において,…前記海底局の位置を決める演算を行うデータ処理装置と,」と,位置決め演算を船上で行うことが特定されていたのであるから,本件補正によって追加された「受信次第直ちに」との文言を,位置決め演算を船上で行うことと解すると,当初明確な文言によって特定されていた事項を,本来の意味と異なる意味を有する文言により特定し直すことになり,明らかに不自然である。
 したがって,「受信次第直ちに」との文言を,船上で位置決め演算を行う場合を指すと解することはできない。
        (エ) よって,本件当初明細書に,位置決め演算時期構成が記載されていると認めることはできない。
      ウ  以上検討したところによれば,本件当初明細書等に位置決め演算時期構成が記載されていると認めることができないから,構成Eに位置決め演算を「受信次第直ちに」行うとの限定を追加する本件補正は,本件当初明細書に記載された事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものというべきである。
 したがって,この点についての審決の判断には誤りがあり,その誤りは結論に影響を及ぼすものである。」

【コメント】
 特許権者である被告の有する,発明の名称を「水中音響測位システム」とする特許権(第5769119号)に対する無効審判に関する事件です。
 審決では,新規事項の追加なし,サポート要件OK,進歩性あり,ということで,不成立審決でした。

 ところが,上記のとおり,審決取消訴訟では,逆転で,新規事項の追加あり,となったのです。
 
 クレームからです。
【請求項1】
A  陸上におけるGPS観測データを基準としたGPSを備えている船上局から送信した音響信号を海底に設置された複数の海底局でそれぞれ受信し,それぞれの海底局から前記音響信号を前記船上局へ送信することによって,前記海底局の位置データの取得密度を向上して収集することができる水中音響測位システムにおいて, 
B  前記船上局から各海底局に個別に割り当てられるIDコードおよび測距信号からなる音響信号をそれぞれの前記海底局に対して互いに混信しない最低の時間差をもって送信する船上局送信部と, 
C  前記船上局送信部からの音響信号をそれぞれ受信するとともに,受信した前記音響信号中の前記IDコードが自局に割り当てられたものである場合にのみ,前記全ての海底局に予め決められた同じIDコードであって海上保安庁が設置した既存の海底局において用いられるM系列コードを,受信した前記音響信号中の測距信号に付し,前記船上局から送信した前記音響信号が届いた順に直ちに返信信号を送信する海底局送受信部と, 
D  前記それぞれの海底局送受信部から届いた順に直ちに返信された各返信信号を一斉に受信する一つの船上局受信部と, 
E  前記一つの船上局受信部において,前記各返信信号およびGPSからの位置信号を基にして,前記海底局送受信部の位置を決めるための演算を受信次第直ちに行うことができるデータ処理装置と, 
F  から少なくとも構成されていることを特徴とする水中音響測位システム。
 
 下線部が,補正で加わった新規事項の追加かどうかの判断の対象となる部分です。
 
 発明は,「海底の地殻変動等を音響信号によって観測する水中音響測位システムに関するものである。本発明は,船上局と海底局との間の距離を正確に測ることにより,海底の地殻変動を観測し,前記観測したデータを船上局または陸上で演算処理して,前記海底の地殻変動の程度を知ることができる水中音響測位システムに関するものである。また,本発明の水中音響測位システムは,短時間に多くのより正確なデータを得ることができるとともに,既設の海底局のIDコードを変更することなく,海底局に対する位置データの取得密度を向上させることができるものである。 」というようなもので,昨今話題の東南海地震,南海トラフ巨大地震に関係するような地殻変動を正確にトレースするためのもののようです。
 
  図だと,こんな感じですね。
  
 
 そして,問題となったのが,構成要件Eの「受信次第直ちに」の部分です。
 
 判旨のとおり,明細書等には,いつ位置決め演算をやるかということは書いていなかったのですね。ですので,書いてもいないのに,特定するような文言追加はいかんだろう,ということですね。
 まあ,これは新規事項の追加となるイロハ中のイのように見えるものですけど,補正しないと登録出来なかった可能性もありますので,何とも言い難い所です。 
 
 ということで,まだまだ特許が無効確定したわけではありませんので,審決に戻って訂正すれば何とかなるのではないかと思います。