2015年12月9日水曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ネ)10075 知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日
 平成27年11月30日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 神 谷 厚 毅

「控訴人は,①仮にAが本件発明の発明者であると法的に評価される場合であっても,本件の事実関係を前提とすれば,Aは,本件発明について控訴人名義で特許出願を行うべきであると認識し,控訴人代表者もそのことに同意していたと評価できるから,Aから控訴人に対して,本件発明についての特許を受ける権利が黙示的に譲渡されたものであり,②仮に上記①が認められないとしても,Aは,遅くとも,平成15年6月ころ,控訴人が本件発明に係る特許出願等につき,日立ディスプレイズと本件特許等を対象としたライセンス契約を締結し,控訴人においてライセンス料を受領することを容認していたことからすると,Aは,そのころ,控訴人が本件特許を受ける権利の権利者であることを追認し,控訴人は本件発明についての特許を受ける権利を有していたから,本件特許は,その発明について特許を受ける権利を有しない者の特許出願に対してされたものとはいえず,本件特許には,特許法123条1項6号の無効理由は存在しない旨主張するので,以下において判断する。
(1) 上記①について
 控訴人の上記①の譲渡の主張は,Aが本件発明についての特許を受ける権利が自己に帰属することを認識した上で,これを控訴人に対して譲渡するに至った経過や,譲渡の対価の有無及び対価額その他の譲渡の条件等についての具体的な主張を伴うものではなく,Aが本件発明について控訴人名義で特許出願を行うべきであると認識していたからといって直ちにAが本件発明についての特許を受ける権利を控訴人に対して譲渡する意思表示をしたことの根拠となるものではない。他にAが本件発明についての特許を受ける権利を控訴人に対して譲渡する意思表示をしたことを認めるに足りる証拠はない。また,控訴人代表者は,本件発明は,控訴人代表者が自ら発明をしたものであり,本件発明の発明者は控訴人代表者であって,Aではない旨を一貫して供述しており,控訴人代表者の上記供述は,Aにおいて本件発明についての特許を受ける権利が帰属していたことを否定するとともに,控訴人がAから本件発明についての特許を受ける権利の譲渡を受けたことを否定する趣旨の供述であるといえる。そうすると,控訴人代表者の供述から,控訴人がAから本件発明についての特許を受ける権利の譲渡を受けることに同意し,又はこれを承諾する旨の意思表示をしたものと認めることはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,控訴人の上記①の譲渡の主張は理由がない。
(2) 上記②について
 控訴人の上記②の追認の主張は,仮に上記①の譲渡の主張が認められなとしても,Aは,平成15年6月ころ,控訴人代表者が本件特許を受ける権利の権利者であることを追認したから,控訴人は本件発明についての特許を受ける権利を有していたものであり,追認の対象は,「本件特許を受ける権利の承継」であるというものであるが,その権利の承継がいつ,いかなる態様でされたのかその主張自体から明らかではない。また,仮に控訴人の上記②の追認の主張は,Aが本件発明についての特許を受ける権利を控訴人に承継させる意思表示をしたことを意味するのであるとすれば,上記①の譲渡の主張との実質的な違いは明らかとはいえないのみならず,Aにおいて控訴人が本件発明に係る特許出願等につき日立ディスプレイズと本件特許等を対象としたライセンス契約を締結し,ライセンス料を受領することを容認していた事実があるからといってAが本件発明についての特許を受ける権利を控訴人に承継させる意思表示をしたことの根拠となるものではなく,他にこれを認めるに足りる証拠はない(かえって,上記事実は,Aが控訴人代表者又は控訴人の名義を借りて特許出願をしていたこと(原判決62頁20行目から63頁8行目)をうかがわせるものといえる。)。
 したがって,控訴人の上記②の追認の主張は,理由がない。」

【コメント】
 原審は,東京地裁平成25(ワ)14849号(平成27年4月24日判決)で,東京地裁民事40部の東海林部長の合議体でした。

 発明は, 以下のようなクレームの,液晶ディスプレイに関するものです。
A 基板上に走査信号配線と映像信号配線と前記走査信号配線と映像信号配線との各交差部に形成された薄膜トランジスタと前記薄膜トランジスタに接続された液晶駆動電極と,少なくとも一部が前記液晶駆動電極と対向して形成された共通電極とを有するアクティブマトリックス基板と,
B 前記アクティブマトリックス基板に対向する対向基板と,
C 前記アクティブマトリックス基板と前記対向基板に挟持された液晶層と
D からなる横電界方式液晶表示装置において,
E 前記走査線信号配線と前記映像信号配線と前記液晶駆動電極と前記共通電極とがそれぞれ絶縁膜を介して互いに異なった層に形成分離されており,
F かつ共通電極がアクティブマトリックス基板のパッシベージョン層の上に形成され,配向膜と直接接触しており,
G かつ映像信号配線の両側に映像信号配線とオーバーラップするように共通電極が配置され,
H かつ各画素の共通電極は映像信号配線の上層で互いに連結されている
I ことを特徴とする横電界方式液晶表示装置。


 IPS方式のLCDで,TFT基板上のショートなどを防止するのが目的のような発明です。

 さて,一審では驚いたことに,冒認による無効の抗弁が成立し,権利行使不能となってしまいました。

以上の事情を総合考慮すると,本件発明の構成要件Eに係る構成は,原告代表者が着想したとは認めるに足りず,少なくとも,被告らの主張する冒認を疑わせる具体的な事情を凌ぐ立証がされたということはできないばかりか,むしろこれを着想し,具体化して発明を完成させたのは,Bⅰであると認めるのが相当である。

 ここでいうBiというのは,原告代表者とのソニー時代からの知り合いで,今回の発明の明細書等を作成した液晶に関する知識を有する人物のことです。さらに,この人物は,本件の補助参加人であるエルジーディスプレイにソニー退社後入社していたりしたようです。

 ですので,この一審判決で認定されたように,真の発明者はこのBiである可能性が高いのです。それ故一審では無効の抗弁が成立し,二審でもその認定を覆すことはできなかったのです。

 ただ,発明者から特許を受ける権利を譲り受ければ冒認は解消されます。
 上記の判旨のとおり,二審で原告はこの主張を行ったようです。しかし,証拠が不足していたためか,認定を覆すことはできませんでした。

 とは言え,今回の事件は無理でしょうが,このBiを見つけ出して,譲渡証をまとめれば,万事うまくいくのではないかと思います。
 一審の判旨によりますと, 「Bⅰは,ソニーやセイコープレシジョン株式会社において液晶パネルの開発業務に従事した経験があり,被告補助参加人から液晶パネルの製造工程に関する技術指導を求められ,平成3年5月頃に被告補助参加人に入社した。Bⅰは,平成10年6月頃に被告補助参加人を退社するまで,被告補助参加人において,研究所や液晶パネルの製造工場で液晶パネルの生産ラインの立ち上げや改善等の業務に従事した。」らしいですから,補助参加人からは既に退社しているわけです。

 ですので,通常は友人である原告代表者に協力するのではないかと思います。
 急いで譲渡証をまとめ,あとは既判力の及ばないこの補助参加人を相手にするなど面白いかなあと思います。
 ただ,そのように簡単にできそうなことをやっていなかったわけですので,何らかの高いハードルがあるのかもしれません。

 なお,今回の被告はアップルですが,別特許で東芝を訴えた事件もあります(東地平成25年(ワ)第10151号,控訴審は知財高裁平成27(ネ)10024号。やはり,冒認の無効の抗弁が成立しております。)。冒認の無効の抗弁が成立するなんていう非常に珍しい事例となります。