2016年3月30日水曜日

侵害訴訟 特許 平成26(ワ)20422 東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成28年3月17日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川 浩 二
裁判官 萩原孝基
裁判官 中嶋邦人

「1 争点⑴イ(構成要件D2「押付部材の球状面からなる球状部」の充足性)について
 事案に鑑み,争点⑴イから判断する。
 本件発明の「押付部材」に対応する被告製品中の「コマ」は,別紙被告ポゴピン断面図のとおり,球形ではなく,一部に球状の面を有するにとどまる。被告が押付部材は球に限られるので被告製品は構成要件D2を充足しない旨主張するのに対し,原告は押付部材の一部(プランジャーピンの傾斜凹部に押圧される部分)が球状の面であれば足りる旨主張するので,以下,検討する。
⑴ まず,特許請求の範囲の記載をみるに,本件発明は,コイルバネで付勢してプランジャーピンを突出させる接触端子に関するものであり(構成要件A~C),コイルバネがプランジャーピンを直接押圧するのではなく,コイルバネとプランジャーピンの間に「押付部材」が介在し,これがコイルバネから付勢を受けて,その「球状面からなる球状部」がプランジャーピンの傾斜凹部を押圧することに特徴がある(構成要件D1~3)。
 この「押付部材」という語は当該部材が果たす機能をそのまま記述したものであるところ,その形状に関しては,プランジャーピンの傾斜凹部に押圧される部分が「球状面からなる球状部」であるとされるのみであり,それ以外の部分(コイルバネから付勢される部分,コイルバネ側とプランジャーピン側の中間部分)の形状については特許請求の範囲に何ら記載がない。そうすると,上記押圧される部分が球状に丸くなっていればそれ以外の部分はいかなる形状でもよいと解する余地がある。他方,押付部材の形状は,上記機能を果たし得るものに限定されると考えられる上,同機能を果たすものであればいかなる形状の部材でも本件発明の技術的範囲に含まれるとすることは,現に発明をして明細書に開示した範囲で保護を与えるという特許制度の趣旨に反しかねない。そこで,特許請求の範囲に記載された「押付部材」の語の意義を解釈するため,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮することとする。
⑵ 本件明細書の発明の詳細な説明の記載をみると,「押付部材」との語は一切用いられていない。本件発明の接触端子においてプランジャーピンとコイルバネの間に介在する部材として開示されているのは「絶縁球」のみであり,図面に示されたのも球のみである。
 すなわち,本件発明は,背景技術として,コイルバネが直接プランジャーピンに触れるとコイルバネに電流が流れて焼き切れてしまうので,プランジャーピンとコイルバネの間に絶縁球を介在させた接触端子が存在したことを前提に(段落【0002】~【0004】),比較的大きな電流を流し得る接触端子を提供することを目的として(同【0008】),プランジャーピンの大径部(コイルバネ側)の端部を切削して袋孔を形成し,その底部を円錐面とするとともに,円錐の中心軸とプランジャーピンの中心軸をオフセットさせることによって,プランジャーピンの大径部の外側面を本体ケースの内周面に強く押し付け,確実に電流を流すことができるようにしたものである(同【0009】,【0013】~【0015】)。そして,実施例及び参考例をみても,押付部材に相当する部材としては「絶縁球」のみが記載されている(同【0024】~【0030】,【0032】,【0036】,【0039】~【0042】,【図2】,【図4】,【図6】)。
 以上のとおり,押付部材として本件明細書に開示されているのは球のみであり,これと異なる形状の押付部材があり得ることを示唆する記載は見当たらない。そうすると,本件明細書の記載を考慮すると,本件発明における押付部材の形状は球に限られると解するのが相当である。
⑶ さらに,本件特許の出願経過についてみるに,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,①本件特許は,特願2011-192407号を優先権の基礎とする特願2011-271985号(原出願)から分割出願されたものであること(甲2),②上記優先権の基礎とされた出願及び原出願は,いずれも名称を「接触端子」とする発明に関するものであり,特許請求の範囲,発明の詳細な説明及び図面を通じ,プランジャーピンとコイルバネの間に介在する部材として記載されているのは「絶縁球」のみであること(乙13,14),③本件特許は平成25年4月19日に分割出願されたものであり,その特許請求の範囲に,プランジャーピンとコイルバネの間に「押付部材」を介在させる旨記載されたこと(乙15),④原告は,同年10月11日,押付部材に係る特許請求の範囲の記載を「少なくとも一部に球状面を有する押付部材の球状部」と補正したこと(乙17),⑤これに対し,同月25日,特許法36条6項1号違反を理由1(発明の詳細な説明には押圧部材に絶縁球を用いることが記載される一方,請求項1には絶縁性を有しない押圧部材が記載されていること),同法29条1項3号及び2項の違反を理由2及び3(原出願に「押付部材」として記載されていたのは「絶縁球」のみであり,これを「少なくとも一部に球状面を有する押付部材」とすることは適法な分割出願でないので,請求項1記載の発明は原出願の公開特許公報により新規性又は進歩性を欠くこと)とする拒絶理由通知が発せられたこと(乙4),⑥原告は,同年11月8日,上記④の補正後の特許請求の範囲の記載を「押付部材の球状面からなる球状部」と補正する旨の手続補正書と,絶縁性を有しない押付部材でも本件発明の効果を奏するので,発明の詳細な説明に記載されたものといえる旨の意見書を提出したこと(乙5,6),⑦同月27日に特許査定がされたこと(乙19),以上の事実が認められる。
 上記事実関係によれば,本件発明の「押付部材」は,少なくとも一部に球状面を有するものでは足りず,その全体が球であるものに限られるということができる(仮に,一部にのみ球状面を有するものが含まれるとすれば,本件特許は違法な分割出願によるものとして新規性欠如の無効理由を有することが明らかである。)。
⑷ 以上によれば,構成要件D2の「押付部材」は「球」に限定されると解すべきものであって,別紙被告ポゴピン断面図記載の「コマ」がこれに当たるとは認められないから,被告製品は本件発明の技術的範囲に属しないと判断するのが相当である。」

【コメント】
 マスコミでも話題になった日本の中小企業とアップルとの特許紛争です。
 そのため,構図としては,まさに下町ロケットのような図式なのですが,小説とは違い,現実はそううまく行かなかったようです。
 クレームからです。

A 管状の本体ケース内に収容されたプランジャーピンの該本体ケースからの突出端部を対象部位に接触させて電気的接続を得るための接触端子であって,
B 前記プランジャーピンは前記突出端部を含む小径部及び前記本体ケースの管状内周面に摺動しながらその長手方向に沿って移動自在の大径部を有する段付き丸棒であり,
C 前記プランジャーピンの前記突出端部を前記本体ケースから突出するように前記本体ケースの管状内部に収容したコイルバネで付勢し,
D1 前記プランジャーピンの中心軸とオフセットされた中心軸を有する前記大径部の略円錐面形状を有する傾斜凹部に,
D2 押付部材の球状面からなる球状部を前記コイルバネによって押圧し,
D3 前記大径部の外側面を前記本体ケースの管状内周面に押し付けることを特徴とする接触端子。


 こういう機構のものは,図がわかりやすいと思います。


 で,どこが問題になったかというと,構成要件D2の「押付部材の球状面からなる球状部」という所です。
 この図でいうと,「30絶縁球」ですね。

 さて,被告のアップルですが,こういう部品をどこに使っているのだろうと思ったのですが,判決を見ると,マックブックエアーの電源アダプタがイ号ということで,よく見比べました。
 そうすると,この写真の部分でしょうかね。
 
 
  マックブックエアーの本体につなぐ部分の所です。ここに5つのピンが出ているのですが,ここがポゴピンと言われ,押すと確かにバネがあるなあって感じのする所です。

 で,マックブックエアーのポゴピンはどうなっていたかというと,「被告製品の押付部材は,マッシュルーム形状であり,球でないから,構成要件D2を充足しない。」ということだったわけです。

 他方,原告としても,構成要件には,「球」ではなく,もっと広い, 「押付部材の球状面からなる球状部」で,一部が球状面でもよいのだ!と主張したわけです。

 そして,裁判所がどう判断したかというと,上記の判旨のとおりです。

 クレーム文言からはようわからん→明細書を見るぞ→明細書には「球」しかないぞ→念の為,包袋も見るぞ→広い意味内容を排除した経緯があるぞ→「球」という限定した意味だ!
 という最近流行りの限定解釈バージョンですね。

 さて,構成要件充足性がないという場合,均等論を主張して,逆転勝利を狙うパターンもあるのですが,本件の場合,上記のとおり包袋での限定主張がありますので,均等論の第5要件をクリアできないでしょう。

 なので,結論としては,下町ロケット不発,という所に落ち着きそうです。