2016年3月11日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10115 不服審判 拒絶審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年2月24日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清水 節
裁判官中村 恭
裁判官中武由紀

取消事由1(本件補正の目的要件についての判断の誤り)について
「 (2) 本件補正が,特許法17条の2第5項2号にいう「特許請求の範囲の減縮」に該当するためには,請求項に記載された発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,補正前発明と補正後の発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一である必要がある。
 本件補正は,前記第2,2のとおり,請求項1において,透明材料からなる「光方向変換素子」について,「前記発光素子から放射される光を入射する入射面と,前記入射面から入射した光を反射する反射面と,前記反射面で反射した光を屈折して側面方向へ出射する出射面とを有する」を,「前記発光素子から放射される光を入射する入射面,前記入射面から入射した光を反射する反射面,及び前記反射面で反射した光を屈折して側面方向へ出射する出射面を有する光方向変換部と,嵌合部が形成されたケース部とを有する」とする補正事項を含むものである。・・・・
(4) 以上を前提に,本件補正の目的要件について検討する。
ア 発明特定事項の限定について
 補正前発明は,請求項において「前記光方向変換素子に設けられるホルダ片とを有し」と特定され,「光方向変換素子」に「ホルダ片」を設けることが記載されるとともに,「前記発光素子から放射される光を入射する入射面と,前記入射面から入射した光を反射する反射面と,前記反射面で反射した光を屈折して側面方向へ出射する出射面」を「有する」ことが記載されているところ,この「前記発光素子から放射される光を入射する入射面と,前記入射面から入射した光を反射する反射面と,前記反射面で反射した光を屈折して側面方向へ出射する出射面」は,本願明細書の記載によれば,「光方向変換部」と呼ばれるものである。そうすると,「光方向変換素子」中には,「光方向変換部」と「ホルダ片」を設ける部分が記載されているものの,その「ホルダ片」を設ける部分の具体的形状が特定されていないものと解される。一方,補正発明は,「光方向変換部」を明示するとともに,「光方向変換素子」の具体的形状,ホルダ片を設ける態様などについて,請求項に記載のとおり「嵌合部が形成されたケース部」に限定したものである。
 そうすると,本件補正は,補正発明の「光方向変換素子」を前記のとおり規定することによって,補正発明を特定するために必要な事項を限定するものと認められる。
イ 産業上の利用分野及び解決課題について
 補正発明及び補正前発明は,いずれも,「光源モジュール」であり,両者の産業上の利用分野は同一である。 
 また,前記1のとおり,補正発明及び補正前発明の解決しようとする課題は,光方向の厳密な調整を不要とし,輝度ムラのない光源モジュールを提供することである。
 したがって,補正発明及び補正前発明の解決しようとする課題は,同一であると認められる。
ウ よって,本件補正は,補正前発明を特定するために必要な事項を限定するものであって,補正前発明と補正発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題は同一であるから,特許法17条の2第5項2号にいう「特許請求の範囲の減縮」に該当し,これを目的要件違反とした審決の判断は,誤りである。」

取消事由2(補正発明の独立特許要件の判断の誤り)について
「原告は,審決が認定した周知技術は,補正発明に対し適切な周知技術ではないと
主張するので,以下,検討する。・・・
(エ) 以上の甲2ないし4に開示された内容に照らせば,光源モジュール等の発光装置において,発光素子を覆いその光を入射し出射する透明な材料に光拡散剤を含有させ,光の屈折率を変えて拡散させ,配光特性を制御することは,当業者にとって従来周知の技術であると認められる。・・・
(ウ) したがって,発光装置において,光源から放射される光を入射し外部へ出射する材料に対して,材料内に光拡散剤を含有させて,全反射面から一部光を通過させて光を出射するように構成することは,当業者にとって従来周知の技術と認められる。・・・
(ア) 原告は,審決が周知技術を認定した根拠とした甲2ないし4について,いずれも発光素子を封止する透光性の封止剤に拡散剤を含有させたものにすぎず,透光性の封止剤は全反射するように設計された反射面を有しておらず,拡散剤は発光素子の光を反射面の裏側から表側に透過させるものでもないことから,拡散剤によって裏側から表側へ光を透過させる反射面を有した光方向変換部を備える補正発明に対し,適切な周知技術ではないと主張する。
 しかし,審決は,単に,「光拡散剤は,透明な材料(樹脂等)に含ませることで,光を拡散させて,配光特性を制御し得るものであること」が周知の技術であると認定したものであるところ,前記イからも明らかなとおり,発光素子から入射する光は,界面における屈折率や形状等により,透過するか反射するかが異なるにすぎないものであるから,光拡散剤を含有させる透明な材料が,光反射面を有しないとしても,周知技術と補正発明との技術分野が異なるものではなく,前者の後者への適用に阻害事由があるものでもない。したがって,審決の認定に誤りはない。
 また,上記イ(ウ)のとおり,発光装置において,光源から放射される光を入射し外部へ出射する材料に対して,材料内に光拡散剤を含有させて,全反射面から一部光を通過させて光を出射するように構成することも,当業者にとって従来周知の技術と認められる。・・・」

「ア 前記(1)のとおり,引用発明は,甲1に記載された第1の実施の形態と同様の光方向変換部を有する第2の実施の形態に基づいて認定されたもので,LED28から出射された光が光入射面29Aに入射すると,その大部分の光を屈折させ,これら屈折光を光反射面29Bで全反射し,さらに,光出射面29Cから屈折させて斜め前方及び斜め後方・側方に,一部が光反射面(界面)29Bからそれぞれ出射して透過するように構成し,それぞれの方向に出射させた出射光が混合されることによって,LED素子の単体特性としての発光量及び色むらのばらつきが平均化され,発光むら及び色むらの発生を十分に抑制することができるというものである。
 ところで,甲1には,前記(1)アのとおり,第3の実施の形態について,[0062]~[0064]の記載がある。これらの記載によれば,第1の実施の形態では,光反射面で屈折した光を全面的に側面出射させているため,厚さが特に薄い面光源に使用した場合に光源直上が暗くなってしまうことから,光源上方にも光を出射させることにより,超薄型の場合においても均一の面光源を得ることができる旨が記載されており,光反射面29Dを有しない第1の実施の形態では,光源直上,すなわち,光反射面29Bの直上が暗くなるという課題があることが示されている。そして,このような第1の実施の形態における課題は,光方向変換部が同様のものである第2の実施の形態(引用発明)においても当てはまる。
 そうすると,このような課題を有する引用発明において,均一の光源を得るために,上記(3)アにおいて認定した周知の技術を採用し,光方向変換素子の光方向変換部及びケース部に光拡散剤を含有して,光の屈折率を変えて拡散させ,配光特性を制御し,補正発明の相違点1に係る発明のように構成することは,当業者が容易に想到し得たことである。
 したがって,認定した周知技術を引用発明に適用した審決の判断に誤りはない。」

「原告は,光拡散剤の含有量に関する数値範囲に技術的意義があるから,その含有量について当業者が適宜設計し得る設計事項であるとした審決の判断は,誤りであると主張する。
 しかし,光拡散剤の含有量について,本願明細書には,「透明樹脂100重量%に対して0.01重量%以上0.1重量%以下であることが好適である」,「光拡散剤14の含有量が0.1重量%を超すと,光方向変換素子10の機械的強度の低下をもたらすので好ましくない。一方,光拡散剤14の含有量が0.01重量%未満であると,光拡散効果が得られないばかりでなく,方向変換素子10の光反射面12dに光の明暗部が点在するので好ましくない。」(【0026】),「透明樹脂100重量%に対する光拡散剤14の添加量を0.01重量%以上0.1重量%以下の範囲内に調整することで,LED40から発する光が光方向変換素子10内において多方向に適度に拡散され,光方向変換素子10の光反射面12dの裏側から表側へ向けて透過する光が略均一に拡散放射される。」(【0027】),「透明樹脂100重量%に対する光拡散剤14の含有量を0.01重量%以上0.1重量%以下の範囲内に調整することで,光方向変換素子10から光反射面12dへの出射光の指向性を容易に変更させることが可能となる。・・・透明材質からなる光方向変換素子10に0.01重量%以上0.1重量%以下の拡散剤14を調合することで,光の光路を容易に変更することができるので,光方向の厳密な調整を行うことなく,光源モジュール1からの光を均一に分散できるようになり,光学的な均一性の効果が得られる。」(【0028】)との各記載及びその他の記載(【0036】,【0037】等)があるが,上記の数値範囲で調整すれば,適切な配光が可能であると定性的に述べるにすぎないものであり,当該数値範囲において補正発明を実施した場合に,当該数値範囲外のものと比較して臨界的な作用効果を奏すると認められるに十分な実験結果等が記載されているわけではない。
 そして,光源装置において,光源の光を入射し広範囲に光を出射する透明な材料に,光拡散剤を含有させる際に,含有させる光拡散剤が少ないと十分な光拡散の効果が発揮されず,一方,多すぎると,材料の強度や耐熱性に問題が生じることは,当業者にとって従来普通に知られていることである(例えば,特開2005-259593号公報(乙5)の【0016】)ところ,材料に含有させる光拡散剤の量は,当業者が適宜設定すべき設計的事項である。
 また,光源の光を入射し広範囲に光を出射する透明な材料において,その透明な材料に含有させる光拡散剤の量として,透明樹脂100重量%に対する光拡散剤の添加量を0.01重量%~0.1重量%とすることは,当業者にとって普通に含有させる量である(乙4の【0024】,乙5の【0016】を参照。)。
 以上を勘案すると,引用発明において,光方向変換素子に光拡散剤を含有させる際に,光拡散剤の含有量を「透明材料100重量%に対して0.01重量%以上0.1重量%以下」とし,補正発明の相違点2に係る発明のように構成することは,当業者が容易に想到し得たことである。
 したがって,相違点2に関する審決の判断に誤りはない。」

【コメント】
 請求棄却になってしまいましたが,なかなか論点満載で面白い事件です。
 発明の内容は,「光源モジュール」で,LCDのバックライトなどに用いる技術のようです。

 補正発明のクレームです。
【請求項1】発光素子と,
 前記発光素子から放射される光を入射する入射面,前記入射面から入射した光を反射する反射面,及び前記反射面で反射した光を屈折して側面方向へ出射する出射面を有する光方向変換部と,嵌合部が形成されたケース部とを有する透明材料からなる光方向変換素子と,
 前記光方向変換素子の前記ケース部の前記嵌合部に嵌合して前記入射面側に設けられるホルダ片とを有し, 
 前記ホルダ片は,前記光方向変換素子側に向けて開口する収納部を有し,前記収納部内に前記発光素子を搭載する回路基板を保持する構成を有してなり,
 前記光方向変換素子の前記光方向変換部及び前記ケース部に光拡散剤を含有してなり,前記入射面に入射して前記反射面に向かう光のうち,一部の光を前記光拡散剤によって前記入射面から入射した光線の方向を変更して第1の光として前記反射面の裏側から表側に向けて透過させ,残りの光を前記光拡散剤又は前記反射面で反射させて第2の光として前記出射面から前記側面方向に出射させ,
 前記光拡散剤の含有量は,前記透明材料100重量%に対して0.01重量%以上0.1重量%以下とすることにより,前記第1の光の光量と前記第2の光の光量とを所定の比率としたことを特徴とする光源モジュール。

 図で見たほうがいいでしょう。
 
 こんなものです。
 
 さて,論点は,補正について,目的外補正の論点です。

 あとは進歩性です。
 進歩性については,周知技術の認定の誤り,周知技術を主引例に適用した場合の動機付け,数値限定発明の臨界的意義,というところが論点になっています。

 目的外補正(特許法17条の2第5項)については,「審決が,補正前発明においては,透明材料からなる光方向変換素子が入射面,反射面,出射面を有することによって特定されていたのに対し,補正発明においては,上記特定事項に加えて,「嵌合部が形成されたケース部」という構成によっても特定されることになったとして,本件補正の目的要件を欠くと判断したのは,誤り」という話です。

 ところで,この目的外補正については,法上拒絶理由にもなっておりませんし,無効理由にもなっておりません。

 では,拒絶理由にもなっていないのに,何故拒絶査定不服審判→審決取消訴訟で争うかというと,補正の却下の53条1項に,この17条の2第5項が入っており,53条3項で,補正の却下は拒絶査定不服審判で争える,とあるからです。
 多少,法技工的な話なので,この辺が特許法がとっつきにくいとされる所かもしれません。

 そして,この目的外補正なのですが,審査基準にも,「審査官は、既になされた審査結果を有効に活用して審査を迅速に行うことができる場合において、本来保護されるべき発明についてまで、同項の規定を、必要以上に厳格に運用することがないように留意する。 」とあるのですね。

 ですので,今回,判決がここは誤りとしたのも致し方無い所かもしれません(しかし,審決を取り消すほどの誤りだとは認めてもらえませんでした。)。


 続いて進歩性です。
 主引例はこんなものです。
 
 
 引用発明との一致点・相違点は,こんな感じです。
【一致点】
「発光素子と,
 前記発光素子から放射される光を入射する入射面,前記入射面から入射した光を反射する反射面,及び前記反射面で反射した光を屈折して側面方向へ出射する出射面を有する光方向変換部と,嵌合部が形成されたケース部とを有する透明材料からなる光方向変換素子と,
 前記光方向変換素子の前記ケース部の前記嵌合部に嵌合して前記入射面側に設けられるホルダ片とを有し,
 前記ホルダ片は,前記光方向変換素子側に向けて開口する収納部を有し,前記収納部内に前記発光素子を搭載する回路基板を保持する構成を有してなる光源モジュール。」
【相違点1】
補正発明は,「前記光方向変換素子の前記光方向変換部及び前記ケース部に光拡散剤を含有してなり,前記入射面に入射して前記反射面に向かう光のうち,一部の光を前記光拡散剤によって前記入射面から入射した光線の方向を変更して第1の光として前記反射面の裏側から表側に向けて透過させ,残りの光を前記光拡散剤又は前記反射面で反射させて第2の光として前記出射面から前記側面方向に出射させ」るのに対し,引用発明は,そのようなものでない点。
【相違点2】
補正発明は,「前記光拡散剤の含有量は,前記透明材料100重量%に対して0.01重量%以上0.1重量%以下とすることにより,前記第1の光の光量と前記第2の光の光量とを所定の比率とした」のに対し,引用発明は,そのようなものでない点。

 そして,上記のとおり,進歩性での論点として,周知技術の認定の誤り,周知技術を主引例に適用した場合の動機付け,数値限定発明の臨界的意義などが注目される所でした。

 まず,周知技術の認定についてはOKとされました。周知技術の認定は,上位概念的な抽出を行うと下手をこくことになるのですが,今回周知技術とされたものは,いずれもLEDの光を樹脂(モールド材)に透過させる技術に関わるもので,その樹脂中に拡散剤を混入させるというものです。
 そうすると,上位概念的な抽出など行わなくても,相違点1の部分について補えるに十分と言えそうです。

 つぎに,周知技術がそうだとしても,主引例に組み合わせることができるかどうか,つまりは動機付けが問題になるのですが,判決はここもOKとしたわけです。

 注目すべきは,その動機付けにあたり,この判決では,主引例と周知技術との技術分野の関連性や,課題の共通性などを特別に吟味したりはしておりません。
 これは,今回の裁判長でもある清水部長が最近講演した内容からしても,頷ける話ではあります。ただし,その是非は別途問われる所だとは思いますが。 

 そして,最後に数値限定発明ですので,臨界的意義についての論点があるのですが,判決は,臨界的意義がなく,OKだとしたわけです。

 この臨界的意義について,判決は,明細書中の記載に関し,「上記の数値範囲で調整すれば,適切な配光が可能であると定性的に述べるにすぎないものであり,当該数値範囲において補正発明を実施した場合に,当該数値範囲外のものと比較して臨界的な作用効果を奏すると認められるに十分な実験結果等が記載されているわけではない。」と論難しております。

 つまり,「0.01重量%以上0.1重量%以下」なら,何故,下限が0.009でも0.011でもなく,0.01なのか,また上限も0.09でも0.11でもなく何故0.1なのかを示さないといけないということです。

 一見それはそうだと思えますが,この辺まで確かめるとなると,かなりな実験をやらないといけなくなりますので,コストと時間がかかり見合わないような気もします。

 実務的にはなかなか酷な要求です。とは言え,少なくとも清水部長の合議体では,そのようなことを気にするということですので,単にこれくらいの範囲での,数値限定をしても臨界的意義は全く認めてもらえないということを肝に銘じておいた方が良いと思います。