2016年4月1日金曜日

侵害訴訟 著作権 平成27(ネ)10102  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 損害賠償等請求控訴事件
裁判年月日
 平成28年3月23日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清 水 節
裁判官中 村 恭
裁判官中 武 由 紀

「 (2) 控訴人の主張について
① 被控訴人が控訴人プログラムのTemplate.mdbを複製したことは,当事者間に争いがない。
 しかしながら,被控訴人がTemplate.mdbを複製したのは,専ら旧SSTとの互換性を確保するためであると認められるところ,上記のとおり,Template.mdbに格納するデータはTemplate.mdb以外のプログラムが処理をするものであり,当該データを定義するコードを除いて,Template.mdbを複製したからその余のプログラムも複製されたと推認される関係にはない。また,Template.mdbに格納するデータは,前記1(1)のとおり,作成された文字情報や各種設定情報であるから,これを定義するコードの表現に選択の幅はないか,ほぼないと認められるから,このコード自体に創作性を認めることも困難である。
 したがって,Template.mdbが複製されているとしても,そのことは,被控訴人プログラムが控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーしたことを推認させる事情とはいえない。
② 控訴人プログラムには,xlsx形式(Excel2007)で出力された字幕ファイルであっても,その拡張子に「xls」(Excel2003)が付されてしまう事象が生じていたところ,平成25年にリリースされた本件プログラムでも同様の事象が生じていたたことが認められる(甲36,37,157,159)。
 上記事象の原因が,控訴人が主張するように,この事象に関係するコードがExcel2007が頒布開始された平成19年(2007年)より前に作成されたことによるのか,被控訴人が主張するように開発環境にExcel2007がなかったことによるのか,あるいは,単なるバグであるのか(平成25年にリリースされた製品でもそれ以前に販売されたソフトウェアに対応する必要性はある。),いずれとも確定し難い。したがって,上記事象が,控訴人プログラムのソースコードと被控訴人プログラムのソースコードとの特異な一致ということもできない。
 したがって,上記事象があるとしても,そのことは,被控訴人プログラムが控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーしたことを推認させる事情とはいえない。
③ 控訴人は,本件プログラムには,字幕ウィンドウのハコ全体に対する表示属性の設定がハコ内に入力される字幕すべてに適用されないという,控訴人プログラムと同様のバグがあると主張する。
 しかしながら,テキストを全選択して属性設定をしても,その選択範囲よりも前の部分に新たに挿入した文字にその属性が反映されないのは,プログラムとして普通のことである。しかるに,そもそも本件プログラムにはハコ全体に対する表示属性設定機能がないとの被控訴人の主張や,被控訴人プログラムのマニュアルにおける「全て個別設定になります。」との記載(甲23添付の別紙マニュアルの37頁)にかんがみると,控訴人提出の証拠(甲43~46)によって示されているのは単なるテキストの全選択にすぎないものと認めるほかなく,本件プログラムに控訴人プログラムと同様のバグがあることを認めるには足りない。
 控訴人の上記主張は,採用することができない。
④ 控訴人は,本件プログラムには,縦書きで英字のピリオドを入力すると左下に表示されること(甲51,52),字幕の表示位置の指定方式が画面左上からのピクセル指定方式であること,入力した字幕の全文検索において字幕全体が自動的に検索対象となる仕様となっていないこと(甲47,48),字幕を挿入する際の字幕番号の採番方法が小数点以下の番号を付加するというものであること(甲53),エクセル形式でエクスポートする際に英語の言語設定をするとハングアップすること(甲90,91),C ドライブ直下にExcelファイルをエクスポートしようとするとハングアップすること(甲91),縦書きの字幕データをmdb形式でエクスポートした後にインポートをすると横書きになってしまうこと(甲158)が,控訴人プログラムと共通すると主張する。
 これらの共通する事象の発生は,プログラムの仕様がどのように設計されているかによることであって,プログラムの機能や処理内容の共通性を示すものにすぎない。そして,非類似のプログラムの指令の組合せにより同じ機能や処理内容を有するプログラムを作成できる以上,これらの共通する事象が発生しているとしても,直ちにソースコードが共通していることを推認させるものではない。
 したがって,上記共通点があるとしても,そのことは,被控訴人プログラムが控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーしたことを推認させる事情とはいえない。
⑤ 控訴人は,控訴人プログラムと対比した場合,被控訴人プログラムの価格が著しく低廉で,かつ,開発期間も不自然に短いと主張する。
 しかしながら,控訴人プログラムと被控訴人プログラムとには,規模,機能,ユーザーインターフェイス等に相当程度の相違があり(甲95,乙10ないし12),
 また,会社の規模,雇用形態,稼働形態,営業戦略等により,プログラムの制作期間や販売価格は大きく左右される上,被控訴人プログラムと控訴人プログラムの制作には同じ技術者が携わっていること(前記前提事実。たとえソースコードの流用がなくても,同種ソフトウェアのプログラミングをした経験が後のプログラミングに役立つことは明らかである。)や被控訴人が被控訴人プログラムに先行して開発した別の字幕制作ソフトウェア(甲145の1・2)の成果も利用し得ることを踏まえれば,被控訴人プログラムの開発期間や販売価格が不自然なほど短くかつ低廉であるとは認められない。なお,本件におけるCOCOMO を用いて算出した予測開発期間(甲136~138)の正確性は定かではない。
 控訴人の上記主張は,採用することができない。
⑥ 控訴人は,被控訴人プログラムがC++とC♯という2つのプログラム言語で組まれていることは不合理であり,これはC++で組まれている控訴人プログラムのソースコードを流用したことの証左であると主張する。
 被控訴人プログラムは,アプリケーション本体がC♯で組まれており,そのほかの部分はおおむねC++で組まれているが(争いのない事実,甲87,89),そのようにプログラム言語を使い分けた理由は,被控訴人の主張からも判然とはしない。
 しかしながら,C++とC♯が言語体系上は類似するものとはいえ,C++からC♯へのプログラムの完全な自動的なコンバートができるとは認められないから(甲62,63,乙15,16),少なくとも,被控訴人プログラムのうちC♯で組まれている部分は,控訴人プログラムの複製又は翻案である可能性が低いといえる。また,被控訴人プログラムのC++で組まれている部分についても,控訴人プログラムの機能として該当する部分とは,多くの部分でファイル数が異なっており(甲75,87,89),モジュール間構造自体が異なっている可能性が高い。
 以上からすると,被控訴人プログラムが,C++とC#という2つのプログラム言語で組まれていることは,被控訴人プログラムが控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーしたことを推認させる事情とはいえない。
⑦ 控訴人は,第1回証拠保全手続において控訴人が撮影した被控訴人プログラムには,控訴人プログラムと同じコメント,定数名,定義名が存在する旨を主張し,被控訴人プログラムのソースコードを撮影した証拠(甲71,94)を提出する。
 しかしながら,第1回証拠保全手続においては,被控訴人が営業秘密であることを理由に,任意に開示中であった上記ソースコードを開示しないと翻意し,担当裁判官は,控訴人の撮影担当者に対して撮影したデータの削除を命じたと推認されるから(甲22,28,弁論の全趣旨),上記証拠が仮に削除したデータを復旧したものであったとしても,この撮影データを証拠として用いることは,証拠調手続における裁判官の指揮を無視するものであって,適正手続の観点からみて,許容できるところではない。
 したがって,上記各証拠(甲71,94)は,採用しない。
なお,コメント,定数名,定義名はプログラム著作権の対象となるものではなく,上記一致は,Bという同一の技術者が作成に関与したことによるか,あるいは,同人の保有する著作物を部品として流用したことによるものとしても説明できることである。
⑧ 控訴人は,Cが控訴人プログラムのソースコードが記録されたハーディディスクを社外に持ち去ったと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。
⑨ そのほか控訴人がるる主張する点をすべて併せて考慮しても,被控訴人プログラムが控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーしたことを推認させる事情は認められない。」

【コメント】
 珍しく著作権の事件の紹介です。
 と言ってもプログラムの著作権のものですから,特許に近いということができます。

 一審は結構話題になりました。やはり,証拠の収集手続が非常に疑問だったからです。

 一審での証拠保全手続は,以下のとおりでした。
ア 第1回証拠保全手続
 原告は,被告プログラムのソースプログラム等を対象とする証拠保全の申立てをし(千葉地方裁判所松戸支部平成25年(モ)第31号),平成25年3月8日付け証拠保全決定に基づき,同年4月4日,被告の松戸事務所において証拠保全手続が実施された(甲27,28。以下「第1回証拠保全手続」という。)。
 被告は,被告プログラムのソースプログラムを構成するソースファイルのうちの一部のソースリストを任意に提示し,Drawer.cppというソースプログラム及びエクセル形式の字幕ファイルをエクスポートする機能を実現するソースプログラムを任意に閲覧に供したが,営業上の秘密にかかるとして記録は拒否した(甲22,28)。
 なお,同日(平成25年4月4日),東京地方裁判所の証拠保全決定に基づき,被告の本店(東京)における証拠保全手続も実施されたが,被告が,被告プログラムのソースプログラムは松戸の事務所にあり,本店にはないと指示説明したため,同証拠保全手続は終了した(甲23,26)。
イ 第2回証拠保全手続
 原告は,平成25年4月6日時点で被告が販売している被告プログラムを作成するために用いられたソースプログラムのうち,プログラム言語C++で記述された周辺機能のライブラリ部分に含まれる13のプログラムのソースプログラムを対象とする証拠保全の申立てをし(千葉地方裁判所松戸支部平成25年(モ)第50号),平成25年5月10日付け証拠保全決定(検証物提示命令を含む。)に基づき,同月17日,被告の松戸事務所において証拠保全手続が実施された(甲30,乙1。以下「第2回証拠保全手続」という。)。
 被告は,「本件検証の目的物としては,申立人のいうソースプログラムに該当するもの自体は一応存在すると思われるが,その更新日時が平成25年4月6日以前のものかどうかは,見てみないと分からない。」旨指示説明し,裁判官は,かかる指示説明に基づき,原告の確認を得て,「各ファイルは,いずれも更新日時が平成25年4月6日より後であるか,又は存在しない。」として,検証不能により証拠保全手続は終了した(乙1)。
 
 第1回の証拠保全手続では,いい所まで迫っています。しかし,記録まではとれませんでした。
 一方,第2回の証拠保全手続では,裁判官がよくわからない理由で(被告の言いっ放しの説明に何ら疑義も挟んでおりません。),証拠保全を終わらせております。やる気がないのでしょうね。

 そして,一審では,「なお,原告は,第1回証拠保全手続において撮影し裁判官の指示により消去したはずのビデオカメラデータを復旧したところ,原告プログラムと被告プログラムにはいずれも全く同じ「円周率(VC7はmath.hに定義有り)」というコメントや定数名,定義名が存在する(甲22,71)と主張するが,かかる主張立証方法は,証拠保全手続における裁判官の指示をないがしろにするものであり到底認めることはできない」などが裏の理由かもしれませんが,請求を棄却しております。
 この事件では,問題となるソフトのソースコードが手に入らず,そのため間接事実の積み上げ型という立証戦略をとるしかありません。
 そして,その要素は,ちょっと見てもほぼ真っ黒という感じのものばかりです。同じバグによると思われる不具合,一部のファイルのコピー( Template.mdb),プログラムした人間が同じ,定義名とかのコメントのダブリ・・・などなどです。
 これだけ黒だと侵害にしてもいいような気もするのですが,裁判所の判断はダメでした。 

 直接のソースコードのダブリの立証が無かったのが表向きには大きな理由でしょう。しかし,上記のとおり,消せと言われたビデオのデータを復旧させて,それを証拠提出したということに怒ったというのが裏の理由でしょう。
 裁判官という人達は,妙な所を気にしますので。

 でも,原告が何故そのような裁判官を怒らせる手をとったか,いやとらざるを得なかったかということが重要です。
 それはもうそれ以外に打つ手が無かったからでしょう。最近,また司法システムの再検討が始まっておりますが,そこでの議論に証拠収集のことも俎上に乗っております。
 私は手間ひまのことを考えるとディスカバリーという制度には反対ですが,もうそんなことを言っている場合じゃないのかもしれません。

 ところで,今回のソフトは,一般に販売されているソフトです。つまり,通常だと非常に解析しやすいものです。なのに,何故きちんとリバースエンジニアリングができなかったのかそれが非常に不思議です。難読化や暗号化が凄かったのかもしれませんが,限界はあります。ある程度のソースは取れるかなあと思いますので,そこがちょっと疑問でした。