2016年4月11日月曜日

審決取消訴訟 特許   平成27(行ケ)10143  不服審判 拒絶審決 請求認容


事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年3月16日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清 水 節
裁判官中 村 恭
裁判官中 武 由 紀 
「2 取消事由1(相違点2の判断の誤り)について
 (1) 検討
 相違点2に係る本願発明の構成とは,要するに,センサ部の温度を計測し,加熱手段の使用の有無を判定し,センサ部を「所定温度」にしておくものであるが,この操作がセンサ部への較正液の導入前に行われるものであることは,本願発明の構成上明らかである。また,本願発明が「予熱」をするものであること,そして,本願発明の目的が,前記1(1)のとおり,冷蔵庫から出してすぐの使い捨て検査具であっても,冷蔵庫から出して常温に戻されている使い捨て検査具であっても同じように使える使い捨て検査具を提供することを目的としていること,予熱処理を行わないのは,センサ部の温度が常温である場合としていること(なお,加熱処理を行わないセンサ部の温度が常温(室温)を超えることはない。)にかんがみれば,「所定温度」とは,「常温」(室温)のことをいうものと理解される。
 審決は,①引用発明の携帯型分析器に引用発明2を適用して,非接触温度検出装置と抵抗加熱要素を設けて分析時の温度制御を行うとともに分析時と同じ温度で較正を行えるようにすることは,当業者が容易になし得るとした上で,②ある温度に設定するために,温度が所定の温度より低い場合には予熱して高い場合には予熱しないことは,通常の温度制御方式にすぎないと判断する。
 これに対して,原告は,引用発明2にはセンサ部を予熱するとの技術思想はなく,引用発明と組み合わせても相違点2に係る本願発明の構成にはならない旨の主張をする。
 そこで,以下,検討する。
 引用発明2は,上記1(2)のとおりであり,センサチップ部の外表面温度を監視することを介して試料溶液の温度を制御し,試料溶液の分析時に求められる温度(実施例では37.5℃)に一定化するものである。そして,引用例2には,較正プロセスについての記載も,冷蔵保存していた場合の問題点の記載もない。そうすると,引用発明の較正プロセスに引用発明2の温度制御システムを適用することが,直ちには動機付けられるとはいえない。 
 また,仮に,引用発明の較正プロセスに引用発明2の温度制御システムを適用することが容易であるとしても,引用発明に引用発明2を組み合わせたものは,常に分析時に求められる試料溶液の温度に一定化するとの構成しか有しておらず,センサ部の温度が所定の温度より低い場合にセンサ部を予熱するという相違点2に係る本願発明の構成には至らない。
  しかも,本願発明においては,予熱する場合(常温より低い場合)と予熱しない場合(常温の場合)とのいずれかが選択される以上,当然,予熱しなくてもいい場合(常温の場合)があることが前提であり,冷蔵保存していたものを常温に戻すとの課題を認識しなければ,このような構成をとることは通常あり得ない。したがって,温度が所定の温度より低い場合には予熱し,高い場合には予熱しないことは,引用発明等に開示されていない,特有の技術課題である。 」

【コメント】
 使い捨ての体液分析装置に関する発明です。論点は進歩性です。
 まずはクレームからです。
「  体液導入孔と,体液導入孔からのびる体液通路と,前記体液通路から供給される体液の少なくとも一つの成分を検出可能なセンサ部とを有する使い捨て検査具を挿入して,前記使い捨て検査具のセンサ部を介して体液中の成分の分析を行う体液分析装置であって,
 前記使い捨て検査具が,保存時に冷蔵保存されるものであり,かつ,前記センサ部を較正する較正液を収容した較正液収容部を備えており,体液分析装置が,前記使い捨て検査具を挿入可能な挿入部と,
 前記挿入部から使い捨て検査具が挿入されたか否かを検知する挿入検知手段と,
 [前記挿入部から挿入された使い捨て検査具のセンサ部の温度を測定可能な温度計測部と,]前記挿入部から挿入された使い捨て検査具のセンサ部の出力を入力するための入力部と,
 [前記センサ部を加熱可能な加熱手段と,]
 前記センサ部からの出力に基づいて体液中の成分の分析処理を行うと共に,[前記温度計測部からの出力に基づいて前記加熱手段を]制御する制御手段と,
 前記使い捨て検査具の較正液収容部を押圧して,較正液収容部から較正液をセンサ部まで押し出す押圧手段と
 を備え,
 前記挿入検知手段が使い捨て検査具の挿入を検知した時に体液分析装置が作動するように構成され,
 前記制御手段が,
 [前記挿入部から挿入された時に前記温度計測部で得られるセンサ部の温度が所定の温度より低い場合には,始めに前記加熱手段を作動させて,センサ部の温度が所定の温度になるまでセンサ部を予熱し,]次いで,前記押圧手段を作動させてセンサ部を較正させ,その後,分析処理を実行し,
 [前記挿入部から挿入された時に前記温度計測部で得られるセンサ部の温度が所定の温度より高い場合には,前記加熱手段による予熱処理を行わせず,]前記押圧手段を作動させてセンサ部を較正させ,その後,前記分析処理を実行するように構成されている
 ことを特徴とする体液分析装置。
」(後記相違点2に係る部分を括弧書きで示します。)
 
  イメージ的にはこんな発明です。 
 ポイントは,上記の下線部で,センサ部を予熱するということです。 
 こうすると何が良いかというと,「 このため,使い捨て検査具が冷蔵庫から出してすぐのものである場合には,予熱処理をしてから分析処理が行われ,使い捨て検査具が常温に戻されているものである場合には,予熱処理を行わずに分析処理が行われることになり,検査具の管理が容易になり,かつ,使用が必要となった時にすぐに使えるセンサが不足してしまう問題が生じない,という効果を奏する。(【0006】) 」のですね。

 引用発明は甲1で,引用発明は,本願明細書において従来の使い捨て検査具とされているものだそうです。

 一致点・相違点は以下のとおりです。

(2)  一致点の認定
  本願発明と引用発明とを対比すると,次の点で一致する。
「  体液導入孔と,体液導入孔からのびる体液通路と,前記体液通路から供給される体液の少なくとも一つの成分を検出可能なセンサ部とを有する使い捨て検査具を挿入して,前記使い捨て検査具のセンサ部を介して体液中の成分の分析を行う体液分析装置であって,
    前記使い捨て検査具が,前記センサ部を較正する較正液を収容した較正液収容部を備えており,
    体液分析装置が,
    前記使い捨て検査具を挿入可能な挿入部と,
    前記挿入部から使い捨て検査具が挿入されたか否かを検知する挿入検知手段と,
    前記挿入部から挿入された使い捨て検査具のセンサ部の出力を入力するための入力部と,
    前記センサ部からの出力に基づいて体液中の成分の分析処理を行う制御手段と,
    前記使い捨て検査具の較正液収容部を押圧して,較正液収容部から較正液をセンサ部まで押し出す押圧手段と
    を備え,
    前記挿入検知手段が使い捨て検査具の挿入を検知した時に体液分析装置が作動
するように構成され,
    前記制御手段が,
    前記押圧手段を作動させてセンサ部を較正させ,その後,前記分析処理を実行する 
    ように構成されている体液分析装置。」

    (3)  相違点の認定
  本願発明と引用発明とを対比すると,次の点が相違する。
  ア  相違点1
  挿入部に挿入する使い捨て検査具について,本願発明が,「保存時に冷蔵保存されるもの」であるのに対して,引用発明は,保存時に冷蔵保存されるものであるか否かが不明である点。 
 イ  相違点2
  体液分析装置及びその制御手段について,本願発明は,「前記挿入部から挿入された使い捨て検査具のセンサ部の温度を測定可能な温度計測部と,」「前記センサ部を加熱可能な加熱手段」を備え,制御手段が,「前記温度計測部からの出力に基づいて前記加熱手段」も「制御する」ものであって,「前記挿入部から挿入された時に前記温度計測部で得られるセンサ部の温度が所定の温度より低い場合には,始めに前記加熱手段を作動させて,センサ部の温度が所定の温度になるまでセンサ部を予熱し,」「前記挿入部から挿入された時に前記温度計測部で得られるセンサ部の温度が所定の温度より高い場合には,前記加熱手段による予熱処理を行わせ」ない制御を行うのに対して,引用発明は,そのような温度計測部,加熱手段の存否が不明であり,及び,それに伴うセンサ部の温度を用いた制御の有無も不明である点。

 ポイントは相違点2です。そして,審決は,甲2発明(引用例2)などから,「引用発明の携帯型分析器に,分析時の温度が制御できるように引用例2に記載の上記技術を適用して,非接触温度検出装置と抵抗加熱要素を設けて分析時の温度制御を行うとともに,分析時と同じ温度で較正を行えるようにすることは,当業者が容易になし得ることである。 」と判断したわけです。

 他方,判決は上記のとおりです。

 本願発明は,冷蔵庫に収納していたのが前提ですので,冷え冷えになっている装置を早めに室温に戻す必要があるわけです。 ですので,温度を可及的速やかに上げる必要があります。
 これに対し,甲2発明は,恒温つまり一定温度に保つことが必要なものです。温度が下がれば上げますが,冷蔵庫の温度(10℃くらいでしょうか)から,常温の20℃くらいまで温度を上げることは予定しておりません。

 とすると, これは甲1と甲2を組み合わせても,相違点を埋められないわけです。ということですので,動機付けなし!と判断されたのもやむを得ない所ではないでしょうか。

 ところで,ここの所連続して,拒絶査定不服審判で,進歩性欠如を理由として拒絶審決となったものが逆転で進歩性OKかもとなった事件を紹介しております。
 パターンは,やはり2つです。一つは,事実認定の誤り,特に引用発明の認定の誤りです。もう一つは動機付けできない,というものです。
 これらは実は同じ根っこの話のですが,それはまた別の機会にお話したいと思います。