2016年8月30日火曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10245  無効審判 不成立審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年8月24日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清 水 節
裁判官中 村 恭
裁判官森 岡 礼 子 
 
「 (1) 補正の経緯及び審決の判断
 当初明細書等の請求項1は,次のとおりである(他の請求項は,いずれも,直接又は間接に請求項1を引用する従属項である。)。(甲1)
「 トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,
 便座を昇降させる便座昇降部と,
 前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,
 前記便座昇降部によって前記便座が上昇された際に生じる便器と前記便座との間隙を介して,前記便座の排便用開口から前記拭き取りアームに取り付けられた前記トイレットペーパーが露出するように,前記拭き取りアームを駆動させる拭き取りアーム駆動部とを備える,臀部拭き取り装置。」
 本件補正は,上記請求項1から便座昇降部や拭き取りアームを駆動させる「便座と便器との間隙」を除く等した,次のとおりの請求項15を新設するなどしたものである。(甲2)
「 トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,
 前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,
 前記臀部を拭き取る位置まで前記拭き取りアームを移動させる拭き取りアーム駆動部とを備えることを特徴とする,臀部拭き取り装置。」(なお,本件発明15は,平成22年11月2日付け補正により,上記請求項15と,同じく本件補正により新設された,拭き取りアームが移動するのが「便座と便器との間隙」とする請求項16とを併せて請求項15としたものである。〔甲3,4〕)
 本件補正のうち,便座昇降部を除くとした補正事項は,当初明細書等の請求項1に記載された「便座と便器との間隙」が,便座昇降部により形成されるものには限定されないとするものであるから,便座昇降部以外の手段で間隙が形成されても,又は当初から間隙が形成されていてもよいことになる。このように,本件補正は,当初明細書等の請求項1の発明特定事項を削除し,発明を上位概念化したものである。
 審決は,便座昇降部は本件発明の目的を達成するために必ずしも必要なものではなく,拭き取りアームを移動させるための間隙が便器と便座との間に形成されさえすればよいことは,当業者にとって自明の事項であり,公開特許公報(甲7,【0007】【0008】)によれば,便座昇降部によらずに便器と便座との間に間隙を設けることは,本件特許出願前に公知であったから,拭き取りアームを移動させるための,便座昇降部により便座が上昇された際に生じるものに限定されない便器と便座との間隙は,当初明細書等に実質的に記載されていたものといえると判断した。そこで,以下,検討する。
(2) 検討
 当初明細書等の記載には,前記1(1)のとおり,便器と便座との間隙を形成する手段としては便座昇降装置が記載されているが,他の手段は,何の記載も示唆もない。すなわち,補正前発明は,便器と便座との間隙を形成する手段として,便座昇降装置のみをその技術的要素として特定するものである。
 そうすると,便座と便器との間に間隙を設けるための手段として便座昇降装置以外の手段を導入することは,新たな技術的事項を追加することにほかならず,しかも,上記のとおり,その手段は当初明細書等には記載されていないのであるから,本件補正は,新規事項を追加するものと認められる。
(3) 被告の主張について
① 被告は,当初明細書等に接した当業者にとって,便器と便座との間に拭き取りアームを移動させるための間隙さえ形成されていればよく,その手段が当初明細書等に例示されたもの限られないということは,自明の事項であると主張する。
 しかしながら,便器と便座との間の間隙を形成する手段が自明な事項というには,その手段が明細書に記載されているに等しいと認められるものでなければならず,単に,他にも手段があり得るという程度では足りない。上記のとおり,当初明細書等には,便座昇降装置以外の手段については何らの記載も示唆もないのであり,他の手段が,当業者であれば一義的に導けるほど明らかであるとする根拠も見当たらない。
② また,被告は,公開特許公報には,便座昇降装置以外の手段で便器と便座との間に間隙を設ける技術が開示されているから,当初明細書等に便座昇降装置以外の手段で便器と便座との間に間隙を設けることは,当初明細書等に実質的に記載されていると主張する。
 しかしながら,上記の自明な事項の解釈からいって,他に公知技術があるからといって当該公知技術が明細書に実質的に記載されていることになるものでないことは,明らかである。のみならず,上記公報に記載された技術は,容器6と座部3との間に介護者が手を入れられる隙間を設けることを開示しているだけであり,便器と便座との間に機械的な拭き取りアームが通過する間隙を設けることとは,全く技術的意義を異にしている。
③ 被告の上記各主張は,いずれも採用することはできない。」

【コメント】
 有効審決だったのに,逆転で無効となった特許の審決取消訴訟の事件です。
 技術的には,「臀部拭き取り装置並びにそれを用いた温水洗浄便座及び温水洗浄便座付き便器」という発明です。

 クレームは,最初のクレーム1でこんな感じです。
 
便座を昇降させる便座昇降装置と一緒に用いられ,トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,
   前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,
   前記便座昇降部によって前記便座が上昇された際に生じる便器と前記便座との間隙を介して,前記便座の排便用開口から前記拭き取りアームに取り付けられた前記トイレットペーパーが露出するように,前記拭き取りアームを駆動させる拭き取りアーム駆動部とを備える,臀部拭き取り装置。
 
 やはり図がわかりやすいでしょう。
  
 
 こういうものです。
 
 問題となったのは補正での新規事項の追加ですね。
 
 判旨にもありますが,こういうクレーム15を補正で追加したのです。
「  トイレットペーパーで臀部を拭く臀部拭き取り装置であって,
    前記トイレットペーパーを取り付けるための拭き取りアームと,
    前記臀部を拭き取る位置まで前記拭き取りアームを移動させる拭き取りアーム駆動部とを備え,
    前記拭き取りアーム駆動部は,便器と便座との間隙を介して,前記拭き取りアームを移動させることを特徴とする,臀部拭き取り装置。
」 

 便座の昇降装置がありません。すなわちどういう隙間でもいいから拭き取りアームが伸ばせればいい~♬っていうものになっています。
 
 かなりの上位概念化です。
 
 他方,隙間を昇降装置以外で設けるやり方は全く何の記載も無かったようです。なので,これはしょうがないかなと思います。
 
 さて,こういう風に新規事項追加でNGとなったものの,特許自体はつぶれないと思います。
 これで負けた被告は上告はしないでしょうから, これはこれで確定。そうすると,特許法134条の2で,訂正のチャンスがあります。

 それで,新規事項追加だと言われたクレーム15などを削除すればよいのです。
 
 では,他方,原告は?ってことになるのですが,原告もそれならそれでよいのだと思います。クレーム1は昇降装置が必要と,かなり限定した発明ですので,応用は効かないでしょうから。

 
 

2016年8月22日月曜日

侵害訴訟 著作権  平成27(ワ)13258  東京地裁 請求一部認容

事件番号
事件名
 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成28年7月27日
裁判所名
 東京地方裁判所第29部
裁判長裁判官嶋 末 和 秀
裁判官鈴 木 千 帆
裁判官笹 本 哲 朗 
 
「1 著作権及び著作者人格権侵害の成否について
(1) 被告説明文について
ア 被告説明文による原告説明文に係る著作権侵害の成否の判断について
 原告は,原告説明文は創作性を有する表現たる著作物であり,被告説明文は原告説明文を複製したものであって,原告の著作権に対する侵害が成立する旨主張する。
 そこで検討するに,上記著作権侵害が認められるためには,まず,① 原告説明文と被告説明文とで共通する表現部分について,創作性が認められなければならない。そして,原告説明文と被告説明文は,いずれも本件商品の取扱説明書における説明文であるところ,製品の取扱説明書としての性質上,当該製品の使用方法や使用上の注意事項等について消費者に告知すべき記載内容はある程度決まっており,その記載の仕方も含めて表現の選択の幅は限られている。これに対し,原告は,我が国においては,原告が初めて本件商品を販売した際,高い品質と安全性が求められる日本市場向けに幼児用首浮き輪の安全適切な使用方法等を分かりやすく理解させるための取扱説明書は存在していなかった旨指摘するけれども,そのような状況にあっても,本件商品の使用方法や使用上の注意事項等については,それ自体はアイデアであって表現ではなく,これを具体的に表現したものが一般の製品取扱説明書に普通に見られる表現方法・表現形式を採っている場合には創作性を認め難いといわざるを得ない。本件商品の取扱説明書において,幼児のどのような行動に着目した注意事項を記載しておくか,どのような文章で注意喚起を行うかといった点についても,選択肢の幅は限られているとみられる。
 次に,前記前提事実に証拠(甲4,13)及び弁論の全趣旨を総合すると,原告説明文は,モントリー説明書の英語の説明文を日本語に翻訳した上でこれを修正して作成されたものであり,同説明文に依拠して作成されたものと認められる。二次的著作物の著作権は,二次的著作物において新たに付与された創作的部分のみについて生じ,原著作物と共通しその実質を同じくする部分には生じないこと(最高裁平成4年(オ)第1443号同9年7月17日第一小法廷判決・民集51巻6号2714頁〔ポパイ事件〕)に照らすと,上記①で創作性が認められる表現部分についても,② モントリー説明書の説明文と共通しその実質を同じくする部分には原告の著作権は生じ得ず,原告の著作権は原告説明文において新たに付与された創作的部分のみについて生じ得るものというべきである。そして,本件においては,上記①で原告説明文(日本語)と被告説明文(日本語)とで共通する表現部分について創作性が認められるとすれば,その理由は,もとより翻訳の仕方に関わるものではなく,英文か日本文かに関わらない表現内容等によるものと考えられるから,上記②では,モントリー説明書の英文を日本語に翻訳したその訳し方に創作性があったとしても,被告による原告の著作権侵害を基礎付ける理由にはなり得ず,表現内容等について原告説明文において新たに追加・変更された部分でなければ,上記「原告説明文において新たに付与された創作的部分」には当たらないというべきである。
 また,原告説明文において本件ガイドラインと共通しその実質を同じくする部分についても,原告説明文がこれに依拠したと認められる場合には,上記②と同様,原告の著作権は生じないというべきである。
 以上の見地に立って,被告説明文が著作物たる原告説明文を複製したものであって原告の著作権侵害が成立し得るかどうかについて,以下,個々的に検討する。・・・
 
 したがって,上記各記載部分が,原告説明文において新たに付与された創作的部分であるとは認められない。
 
セ 小括
 以上の次第で,被告説明文が著作物たる原告説明文を複製したものであるとして,これについて原告の著作権侵害が成立するということはできない。」
 
【コメント】
  幼児用浮き輪の説明書等をめぐる著作権侵害訴訟の事案です。
 
 原告は,いわゆる輸入代理店であり,他方,被告は並行輸入業者なのです。そのため,原告の作成した翻訳の説明書を,被告はそのまま流用したのではないかということが問題になったわけです。

 とは言え,マニュアルであり,翻訳ですので,仮に著作権侵害があるとしても,非常に幅の小さいものではないかと思われます。やはり説明文は機能的なもので,ありふれた表現しかできないのが通常ですから。
 
 そのため,上記のとおり,東京地裁民事29部は,いわゆるろ過テストを採用し,さらに,翻訳でもあることから, 「原告の著作権は原告説明文において新たに付与された創作的部分のみについて生じ得る」と認定したのです。
 
 その結果,説明文に関しては悉く著作権侵害はないとしました。
 
 他方,挿絵の一部については,著作権侵害を認めました。 しかし,この挿絵の件については,特段コメントするほどのことはないと思いますので,各自学習してもらえればよいと思います。

 本件では,マニュアルの説明文については著作権侵害を認めなかった,ここが大きいと思います。

2016年8月12日金曜日

審決取消訴訟 商標 平成28(行ケ)10066  拒絶査定不服審判審判 拒絶審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年8月10日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 柵 木 澄 子
裁判官 片 瀬 亮
 
「(1) 本願商標
ア 本願商標は,「山岸一雄」の文字を標準文字で表して成るものであるところ,その構成である「山岸一雄」の文字は,我が国における氏名表記の実情に照らし,「山岸」が氏を表し,「一雄」が名を表し,そして,その全体が「山岸一雄」なる氏名を表したものとして認識されるものである。
イ 証拠(乙3~17。枝番を含む。)によれば,「山岸一雄」を氏名とする者が,①NTT東日本作成の「ハローページ 長野県長野版」に 「’14.9」版(掲載情報は平成26年6月11日現在のもの)及び「’15.9」版(掲載情報は平成27年6月11日現在のもの)を通じて2名, ・・・掲載されていることが認められる。
 上記事実及び弁論の全趣旨によれば,本願商標の登録出願時(平成25年11月19日)及び本件審決時(平成28年2月1日)において,亡山岸(生前の住所地は東京都豊島区。甲19)とは別に,「山岸一雄」を氏名とする者が,複数生存していたものと推認される。
ウ 以上によれば,本願商標は,他人の氏名を含む商標であると認められる。
(2) 「山岸一雄」を氏名とする者の承諾の有無
 証拠(甲19,38)及び弁論の全趣旨によれば,原告の取締役であった亡山岸は,本願商標の登録出願時において,原告が本願商標の登録出願をし,その商標登録を受けることを承諾していたこと,その後,亡山岸は,平成27年4月1日死亡したことが認められる。
 しかし,前記(1)イのとおり,本願商標の登録出願時及び本件審決時において,亡山岸とは別に,「山岸一雄」を氏名とする者が,複数生存していたものと推認されるところ,亡山岸以外の「山岸一雄」を氏名とする者が本願商標の登録について承諾していたとの事実を認めるに足りる証拠はない。
(3) 小括
 以上によれば,本願商標は,商標法4条1項8号に該当し,商標登録を受けることができないものというべきである。」

【コメント】
 なかなか面白い商標の拒絶審決事件です。
 
 原告は,つけ麺で有名な大勝軒です。
 
 その大勝軒が,亡き創業者である「山岸一雄」の標準文字商標を出願した所(指定商品等は,「第30類 つけ麺用の中華麺,調理済みのつけ麺,ラーメンの麺,つけ麺用のスープ,ラーメンスープ,ぎょうざ,しゅうまい」,「第43類 つけ麺を主とする飲食物の提供」)で出願した所,商標法4条1項8号で拒絶されたわけです。
 
 商標法4条1項8号は以下のとおりです。
 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)
 
 そして,特許庁の審査基準にはこう書かれています。
1.本号でいう「他人」とは、現存する者とし、また、外国人を含むものとする。
2.自己の氏名等と他人の氏名等が一致するときは、その他人の承諾を要するものとする。
3.本号でいう「著名」の程度の判断については、商品又は役務との関係を考慮するものとする。
 
 特にこの2番めが重要ですね。 自分の名前であっても,同姓同名の他人が居る場合には,その他人の承諾が必要だということです。
 それに,条文上,「他人の氏名」 には「著名」はかかっていないということです。

 そうしますと,どんな無名な人であっても,すごくたくさん居た場合でも,それら全員の承諾が要ることになります。このことはある意味,不可能を強いるわけです。

 しかし,今回の判旨にはこう書かれています。
人は,自らの承諾なしにその氏名を商標に使われることがないという利益を確保するために,自己の氏名が含まれる商標の登録の有無を常に確認しなければならないことになる。かかる解釈は,商標に含まれる氏名を有する他人に負担を強いるものであって,相当でないといわざるを得ない。

 つまり,主張立証責任的なものを「他人」に転嫁した場合,不利益が大き過ぎるということです。まあ言われたら確かにその通りですね。
 
 それ故,文理解釈で十分ということで,今回の結論もやむを得ない所でしょう。
 
 まあ創業者の名前なんて出願しないで,もっと他にやることあるんじゃないの?!ということなのかもしれません。
 
 あと,同日で,別の商標の事件(平成28(行ケ)10065 )もほぼ同様の理由で,請求棄却されております。

 

2016年8月8日月曜日

侵害訴訟 著作権  平成26(ワ)10559 大阪地裁 請求一部認容

事件名
 著作権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 平成28年7月19日
裁判所名
 大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官 森 崎 英 二
裁判官 田 原 美 奈 子
裁判官 大 川 潤 子

「1 争点(1)(本件写真の著作物性及び著作権の帰属主体)について
(1) 本件写真が原告撮影に係る写真であることは当事者間に争いがないが,被告は,本件写真の著作物性を否認するとともに,著作物性が認められたとしても,原告が著作権者ではないとして争っている。
 ところで写真が著作物として認められ得るのは,被写体の選択,シャッターチャンス,シャッタースピードの設定,アングル,ライティング,構図・トリミング,レンズの選択等により,写真の中に撮影者の思想又は感情が表現されているからであり,したがって写真は,原則として,その撮影者が著作者であり,著作権者となるというべきことになる。  
(2) これにより本件について見ると,本件写真①は,舞のポーズをとった舞妓を,やや斜め左前の位置で,舞妓をごく僅かに見上げる高さから撮影したものであるが,舞を踊るポーズを取る舞妓の表情及び全身を捉える撮影位置,撮影アングル,構図を選択したのは撮影者の原告であり,本件写真①は,このことにより撮影者である原告の思想又は感情が創作的に表現されているといえるから,これによりその著作物性が肯定され得る。
 本件写真②は,黒髪の舞を踊る最中の舞妓を,ほぼ正面の位置で,舞妓とほぼ同じ目の高さから連写の方法で撮影したものであるが,舞の最中の舞妓が視線を落とした一瞬を切り取り,舞妓を正面からほぼ同じ目の高さで撮影するという,撮影位置,撮影タイミング及び撮影アングルを選択したのは撮影者の原告であり,本件写真②は,このことにより,撮影者である原告の思想又は感情が創作的に表現されているといえるから,これによりその著作物性が肯定され得る。
 本件写真③は,舞を踊る最中,座った姿勢となった舞妓を,舞妓の左正面約45度の方向から,座った姿勢の舞妓とほぼ同じ目の高さで撮影したものであるが,舞を踊る舞妓が座った一瞬を切り取り,これを斜めの位置からほぼ同じ目の高さから撮影するという,撮影のタイミング及び撮影位置,撮影アングルを選択したのは撮影者の原告であり,本件写真③は,このことにより撮影者である原告の思想又は感情が創作的に表現されているといえるから,これによりその著作物性が肯定され得る。
 したがって,本件写真は,いずれも著作物足り得るものであり,撮影者,すなわち著作者である原告が,著作権者であると認められる。・・・

2 争点(2)(被告の本件絵画の制作行為等は,本件写真の著作権及び著作者人格権を侵害する行為であるか。)について
(1) 翻案権侵害について
ア 本件写真①について
 被告が,本件写真①に依拠して本件絵画①を制作したことは当事者間に争いがないところ,本件写真①と本件絵画①とを対比すると,本件絵画①は,その全体的構成が本件写真①の構図と同一であり,本件写真①の被写体となっている舞妓を模写したと一見して分かる舞妓を本件写真①の撮影方法と同じく,正面の全く同じ位置,高さから見える姿を同じ構図で描いていることで本件写真①の本質的特徴を維持しているが,その背景を淡い単色だけとし,さらに舞妓の姿が全体的に平面的で淡い印象を受ける日本画として描かれることにより創作的な表現が新たに加えられたものであるから,これに接する者が本件写真①の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物が創作されたものとして,本件写真①を翻案したものということができる。
したがって,被告による本件絵画①の制作行為は,原告の本件写真①に係る翻案権を侵害する行為である。
イ 本件写真②について
 被告が,本件写真②に依拠して本件絵画②を制作したことは当事者間に争いがないところ,本件写真②と本件絵画②とを対比すると,本件絵画②は,その全体的構成は本件写真②の構図と同一であり,本件写真②の被写体となっている舞妓を模写したと一見して分かる舞妓を本件写真②の撮影方法と同じく,正面の全く同じ位置,高さから見える姿を同じ構図で描いていることで本件写真②の本質的特徴を維持しているが,その背景を淡い単色だけとし,さらに舞妓の姿が全体的に平面的で淡い印象を受ける日本画として描かれることにより創作的な表現が新たに加えられたものであるから,これに接する者が本件写真②の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物が創作されたものとして,本件写真②を翻案したものということができる。
 したがって,被告による本件絵画②の制作行為は,原告の本件写真②に係る翻案権を侵害する行為である。
ウ 本件写真③について
 被告が,本件写真③に依拠して本件絵画③,④を制作したことは当事者間に争いがないところ,本件写真③と本件絵画③,④とを対比すると,本件絵画③,④は,いずれともその全体的構成は本件写真③の構図と同一であり,本件写真③の被写体となっている舞妓を模写したと一見して分かる舞妓を本件写真③の撮影方法と同じく,正面斜め前の全く同じ位置,高さから見える舞妓の姿を同じ構図で描いていることで本件写真③の本質的特徴を維持しているが,本件絵画③は,これに背景色に明るい単色を用い,さらに舞妓の姿も本件写真③よりも明るく淡い雰囲気となるよう表現した日本画として描かれることにより,また本件絵画④は,本件絵画③とは異なり背景色に暗い色を用い,さらに舞妓の着物の色を本件写真③とは異なる青味のものとした上,その輪郭をぼかして淡く光るように描くことで,背景から舞妓の姿を浮かびあがらせるよう表現した日本画として描かれることにより,それぞれ創作的な表現が新たに加えられたものであるから,これらに接する者がいずれも本件写真③の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物が創作されたものとして,本件写真③を翻案したものということができる。
 したがって,被告による本件絵画③,④の制作行為は,原告の本件写真③に係る翻案権を侵害する行為である。」

【コメント】
 京都の舞妓さんの写真の著作権及び著作者人格権に関する争いです。
 
 法的には特段難しいこと,論点になりそうなことは全くないと言ってよい事例なのですが,面白いと思われる所があって取り上げました。

 それは,クリエイターって意外と法的なことには無頓着っていうことです。

 つまり,新興のベンチャーがそれほど特許や意匠というものに無頓着であるように,トラディショナルなクリエイターである日本画家も著作権というものに無頓着であるということです。

 ちょっと著作権を勉強すれば,写真に誰かの著作権が発生しているのではないかと思うことは自然です。
 写っている人の肖像権も問題になる場合もあると思うのですが,むしろ,撮られた人より撮った人の著作権が問題になることが多いと思います。
 
 ですので,自分が撮った写真でない誰かが撮った写真について,それをそのまま模写したりモチーフにしたりすることは,そのわからない誰かの著作権や著作者人格権の侵害となる場合もあります。

 例えば,本件でも以下のような被告の主張があります。
(1) 被告は,原告がP3に本件写真を交付することによりその著作権を放棄した旨主張する。
 しかし,そのことを直ちに認め得る証拠はないことはもとより,証拠(甲21,甲22(いずれも枝番号を含む),原告本人)によれば,原告がP3に対して本件写真を含む写真を多数交付したのは目を患っているP3の絵画制作を援助するためという人的関係に基づくものであって,その写真がP3から第三者に交付され利用されることは予定されていなかったこと,そもそもP3は写真を模写したような絵画を制作するわけではなく,ただ絵画制作時の参考資料として利用するにすぎないこともあって,その当時,原告とP3の間で本件写真の利用に伴う著作権に及ぼす影響が明確に意識されていなかったものと推認されることなどからすると,原告が本件写真をP3に交付するに伴い,本件写真の利用につき原告が一切異議を述べることができなくなるような効果をもたらす著作権放棄を黙示的にしたものと認めることもできない。
 写真をもらったからって写真の著作権をもらったことにはなりませんよね,普通。

 さらに,以下のような被告の主張があります。
(2) 被告は,原告がP3に本件写真の利用を許諾しており,被告は,P3から本件写真の利用の許諾を得ているから,被告の行為は著作権侵害にならないように主張する。
 しかし,原告がP3に対して本件写真を交付した経緯が上記(1)で認定したとおりである以上,原告がP3に対して,その限度で著作権の利用を許諾していたとしても,これを超えてP3に再許諾権を与えること,すなわち,P3が,それら写真を第三者の絵画制作に利用のため第三者に提供することまで許諾していたとは認められない。
 したがって,P3が被告に対し,本件写真を絵画制作に利用させることを目的として利用方法について特段の注意することなく交付し,法的には本件写真の利用を許諾したと解され得たとしても,そもそもP3にはその権原がないので,被告は,P3からの利用許諾をもって原告には対抗できないというべきである。


 ある人に対し許諾したからって,それ以外の第三者にまで許諾したことにはなりませんよね,普通。 

 そして,これらのことは本当によく勘違いされることなのではないかと思います。その道のすごいプロと言えども,いざ違反があれば知らないでは済まされないということです。

2016年8月5日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10148 不服審判 拒絶審決

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年8月3日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 柵 木 澄 子
裁判官 片 瀬 亮

「2 取消事由1(実施可能要件に係る判断の誤り)について
(1) 特許法36条4項1号が実施可能要件を定める趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。
 そして,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(同法2条3項1号),物の発明について上記の実施可能要件を充足するためには,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その物を製造し,使用することができる程度の記載があることを要する。
(2) 本願発明1について
ア 前記1(2)によれば,本願発明1は,EDGEアーキテクチャのようなハイブリッドなデータフローのアーキテクチャでは,分岐とプレディケートとが混在していることがあるが,この場合,どの分岐をプレディケートにif変換するか決定するのが複雑となり,また,完全に制御の履歴を管理して正確なプレディケート予測を行うことは困難であるため,現在知られているほとんどの分散型のデータフローマシンでは,プレディケート予測が利用されていないという問題を課題とし,かかる課題を解決するため,分散型マルチコアアーキテクチャにおいてプレディケート予測を生成するためのシステムを提供するものであり,本願発明1のシステムを用いることにより,分岐命令についての概略プレディケート経路情報をインテリジェントに符号化することができ,この静的に生成された概略プレディケート経路情報を用いることで,分散型プレディケート予測器は,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得る,動的なプレディケート履歴を生成することができ,同時にコア間の通信を最小にするという作用効果を奏するというものである。
 そして,本願発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本願発明1は,複数のプロセッサコアを含むマルチコアプロセッサを備えるコンピューティングシステムであって,①複数のプロセッサコアの各々がプレディケート予測器を備え,②少なくとも1つのプレディケート予測器が,複数のプロセッサコアのうちの対応するプロセッサコアにマッピングされたプレディケート命令の出力を予測するように構成され,③プレディケート命令は,命令ブロックに含まれる分岐命令から生成され,④命令ブロックは,複数のプロセッサコアのうちのどのプロセッサコアが分岐命令を実行するのに割り当てられるかを決定するブロックアドレスを含み,⑤予測は,分岐命令内に符号化された情報に基づき,分岐命令内に符号化された情報は,概略プレディケート経路を表す,という構成を有する。すなわち,本願発明1は,「複数のプロセッサコア」の各々が備える「プレディケート予測器」のうち,少なくとも1つの「プレディケート予測器」が,分岐命令内に符号化された「概略プレディケート経路を表す」「情報」に基づき,対応するプロセッサコアにマッピングされた「プレディケート命令の出力を予測する」というものである。
 そうすると,本願発明1が実施可能要件を満たすというためには,本願明細書の発明の詳細な説明に,少なくとも,「複数のプロセッサコア」という分散された環境において,「プレディケート予測器」が「概略プレディケート経路を表す情報」に基づいて「プレディケート命令の出力を予測する」という処理を行うことにより,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得るプレディケート履歴を生成することができ,同時にコア間の通信を最小にするという作用効果を奏するコンピューティングシステムを製造し,使用することができる程度,すなわち,「概略プレディケート経路を表す情報」の意義,及び,「複数のプロセッサコア」という分散された環境に備えられた「プレディケート予測器」において,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得るプレディケート履歴を生成し,コア間の通信を最小にするために,「概略プレディケート経路を表す情報」に基づいて行われる「予測」の処理内容を当業者が理解することができる程度の記載があることを要するというべきである。
イ 「概略プレディケート経路を表す情報」についての記載本願明細書には,「概略プレディケート経路を表す情報」に関し,【0021】,【0022】,【0026】,【0032】,【0034】及び【0035】の記載があるが,これらの記載は,いずれも,コンパイラによって,「概略プレディケート経路を表す情報」に相当する「概略プレディケート経路情報」が分岐命令に符号化されることを示しているにすぎず,「予測」に用いられる「概略プレディケート経路を表す情報」が,具体的にどのような内容のものであるのか特定されるように記載されていない。
 そして,当業者にとって,本願の優先日当時の技術常識に基づき,「概略プレディケート経路を表す情報」が具体的にどのような内容のものであるのかが自明であることを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が「概略プレディケート経路を表す情報」の意義を理解することができるように記載されているということ
はできない。
ウ 「概略プレディケート経路を表す情報」に基づいて行われる「予測」の処理内容についての記載
 本願明細書には,「複数のプロセッサコア」という分散された環境に備えられた「プレディケート予測器」において行われる「プレディケート命令の出力」の「予測」処理の内容に関し,【0026】ないし【0029】の記載があり,ここには,「概略プレディケート経路情報」を用いて,2つの履歴レジスタ,すなわち,コアローカル履歴レジスタとグローバル分岐履歴レジスタを生成し,それを用いて「プレディケート命令の出力」の予測を行うこと(【0026】,【0027】),並びに,上記グローバル分岐履歴レジスタに対応するグローバル履歴レジスタとして,「コアローカルプレディケート履歴レジスタ」を用いる実施例(【0028】,図6A)及び「グローバルブロック履歴レジスタ」を用いる実施例(【0029】,図6B)が記載されている。
 しかし,上記記載からは,「概略プレディケート経路情報」からコアローカル履歴レジスタとグローバル分岐履歴レジスタという二つの履歴レジスタをどのような処理により分けて生成するのか,また,当該二つの履歴レジスタをどのような処理により「プレディケート命令の出力」「予測」において使い分けるのか,さらに,上記二つの履歴レジスタを用いた「プレディケート命令の出力」の「予測」を信頼性の高く正確なものとするために「概略プレディケート経路情報」として具体的にどのような内容が必要とされるのか,把握することはできない。
 したがって,本願明細書の上記記載から,「複数のプロセッサコア」という分散された環境に備えられた「プレディケート予測器」において,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得るプレディケート履歴を生成し,コア間の通信を最小にするために,「概略プレディケート経路を表す情報」に基づく「予測」の処理が具体的にどのように行われているのか明らかであるということはできない。 
 そして,当業者にとって,本願の優先日当時の技術常識に基づき,「複数のプロセッサコア」という分散された環境に備えられた「プレディケート予測器」において,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得るプレディケート履歴を生成し,コア間の通信を最小にするために,「概略プレディケート経路を表す情報」に基づいて行われる「予測」の処理内容が自明であることを認めるに足りる証拠はない。
 そうすると,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が,「複数のプロセッサコア」という分散された環境に備えられた「プレディケート予測器」において,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得るプレディケート履歴を生成し,コア間の通信を最小にするために,「概略プレディケート経路を表す情報」に基づいて行われる「予測」の処理内容を理解するこができるように記載されているということはできない。
エ 以上によれば,本願明細書の発明の詳細な説明は,「複数のプロセッサコア」という分散された環境において,「プレディケート予測器」が「概略プレディケート経路を表す情報」に基づいて「プレディケート命令の出力を予測する」という処理を行うことにより,信頼性の高いプレディケートの正確な予測に役立ち得るプレディケート履歴を生成することができ,同時にコア間の通信を最小にするという作用効果を奏するコンピューティングシステムを製造し,使用することができる程度に記載されていない。
 したがって,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものということはできない。」

【コメント】
 何だか久々訳のわからない発明だなあという感想です。

 クレームは以下のとおりです。
【請求項1】複数のプロセッサコアを含むマルチコアプロセッサを備えるコンピューティングシステムであって,前記複数のプロセッサコアの各々がプレディケート予測器を備え,少なくとも1つのプレディケート予測器が,前記複数のプロセッサコアのうちの対応するプロセッサコアにマッピングされたプレディケート命令の出力を予測するように構成され,前記プレディケート命令は,命令ブロックに含まれる分岐命令から生成され,前記命令ブロックは,前記複数のプロセッサコアのうちのどのプロセッサコアが前記分岐命令を実行するのに割り当てられるかを決定するブロックアドレスを含み,前記予測は,前記分岐命令内に符号化された情報に基づき,前記分岐命令内に符号化された前記情報は,概略プレディケート経路を表す,コンピューティングシステム。

 プレディケートという用語がたくさん出ますが,predicateでしょうね。意味は,断言するとか叙述する,とからしいです。この名詞形がpredicationですね。

 これで,審決は,実施可能要件,サポート要件,明確性要件と,記載不備三羽ガラスで拒絶!としたわけです。

 ところで,コンピュータとかソフトウェア関連の,特に外国出願をもとにしている発明はただでさえわかりにくいものです。
 技術も最先端ですし,用語も熟れていないというか,わかりやすい日本語が書け,その技術がよく分かっているという翻訳者というか弁理士が殆どいないからでしょうね(技術と英語が分かっていても,機械翻訳並の明細書しか書けませんからね。)。

 とは言え,通常の場合は,明細書を見れば,ああ,このことね,と分かる場合が殆どです(そりゃそうだ。)。
 
 本件も,出願人がアメリカの大学ですし, 代理人も六本木にある大手の事務所(法律事務所としての方が有名かな。)なので,そういう所は抜け目の無いパターンとも思えました。
 
 しかし,判旨を見ると全く違うようですね。
 
  明細書を見ると,こんな図が載っているのですが,これだけじゃさっぱりわかりません。

 なので,本件は,実施可能要件しか判断していないのですが,他のサポート要件も明確性要件もダメでしょうね。


 あと,本件では,高部部長の審決に対する苦言があります。

本件審決は,最終的な結論において誤りはなかったことから,取り消すべきものとはされなかったが,以下の問題があるから,事案に鑑み,本件審決書について付言する。まず,本件審決は,その判断において,平成25年9月6日付けで通知した拒絶理由及び同年12月27日付けでした拒絶査定の内容を引用した上で,本願発明が,拒絶査定で示された理由を解消しているか否かを判断するという体裁で,しかも,前記第2の3のとおり,本件補正前の請求項と本件補正後の請求項が混在したまま,審決の理由を示している。しかし,本件審決における判断対象は,本件補正後の請求項であり,本件補正後の本願発明に拒絶理由が存在するか否かを判断すべきである。また,本件審決におけるサポート要件に係る判断は,その結論部分において,本件補正後の請求項の全てについてサポート要件を満たさない旨判断していながら,本件補正後の請求項1についてしかその具体的理由が言及されておらず,実施態様の異なる他の請求項についても,サポート要件を満たさないことになる理由は,何ら具体的に述べられていない。以上のとおり,本件審決書は,適切とはいい難いものであって,判断対象を明確にして,結論を導くに足りる理由を示すことが望まれる。

 特許がわけわからんと言って,審決までわけわからんのでよいわけがない,ということでしょうね。