2016年12月6日火曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10042  不服審判 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年11月30日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 柵 木 澄 子
裁判官 片 瀬 亮
 
「3 取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について
(1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
(2) 特許請求の範囲の記載
 本願発明の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2記載のとおりである。すなわち,本願発明は,潤滑油基油と粘度指数向上剤を含み,「100℃における動粘度が4~12mm2/sであり,粘度指数が140~300である」潤滑油組成物であって,当該潤滑油基油は,「尿素アダクト値が2.5質量%以下,40℃における動粘度が18mm2/s以下,粘度指数が125以上,且つ,90%留出温度から5%留出温度を減じた値が70℃以下である潤滑油基油成分」(本発明に係る潤滑油基油成分)を,「基油全量基準で10質量%~100質量%」含有することが特定されたものである。
(3) 発明の詳細な説明の記載
ア 本願明細書の発明の詳細な説明には,前記1(2)のとおり,本願発明は,従来の潤滑油が,実用性能(150℃HTHS粘度)を維持しながら,さらに省燃費性(40℃動粘度,100℃動粘度,100℃HTHS粘度の低減)と低温粘度特性(CCS粘度やMRV粘度の低減)とを両立するという点で,いまだ改善の余地があったという事情に鑑みて,省燃費性,低蒸発性と低温粘度に優れ,ポリ-α-オレフィン系基油やエステル系基油等の合成油や低粘度鉱油系基油を用いずとも,150℃における高温高せん断粘度を維持しながら,省燃費性,NOACKにおける低蒸発性と-35℃以下における低温粘度とを両立させることができ,特に潤滑油の40℃及び100℃における動粘度並びに100℃におけるHTHS粘度を低減し,粘度指数を向上し,-35℃におけるCCS粘度,(-40℃におけるMRV粘度)を著しく改善できる潤滑油組成物を提供することを目的とし,特許請求の範囲の請求項1に記載の構成を採用することにより,省燃費性と低蒸発性及び低温粘度特性に優れており,ポリ-α-オレフィン系基油やエステル系基油等の合成油や低粘度鉱油系基油を用いずとも,150℃におけるHTHS粘度を維持しながら,省燃費性とNOACK蒸発量及び-35℃以下における低温粘度とを両立させることができ,特に潤滑油の40℃及び100℃の動粘度と100℃におけるHTHS粘度を低減し,-35℃におけるCCS粘度,(-40℃におけるMRV粘度)を著しく改善することができるという効果を奏するものであることが記載されている。 ・・・

オ さらに,【表3】をみると,実施例1ないし6及び比較例1ないし3は,いずれも粘度指数向上剤を含有するものであり,「100℃動粘度が4~12mm2/s,粘度指数が140~300」という本願発明の発明特定事項を満たすものであるが,前記ウのとおり,実施例1ないし6は,本願発明の課題を解決できるものであるのに対し,比較例1ないし3は,本願発明の課題を解決できないものであるとされていることから,実施例1ないし6と比較例1ないし3の各潤滑油組成物の物性の違いは,主として,含有する「潤滑油基油」の物性の違いによるものであることが理解できる。
 そして,【表1】ないし【表3】によれば,本願発明の特許請求の範囲に含まれる実施例1ないし5の「潤滑油基油」は,「本発明に係る潤滑油基油成分」である基油1又は2を100質量%含有する潤滑油基油(実施例1,2,4),あるいは,基油1又は2を70質量%と比較例2,3で用いた基油4を30質量%含有する潤滑油基油(実施例3,5)であることから,「潤滑油基油」が「本発明に係る潤滑油基油成分」を70~100重量%含むものについて,「本発明に係る潤滑油基油成分」と同じかそれに近い物性を有し,本願発明の課題を解決できることを理解することができる。
(4) 本願発明の課題を解決できると認識できる範囲
 前記(3)によれば,本願明細書の記載に接した当業者は,「本発明に係る潤滑油基油成分」を70質量%~100質量%程度多量に含む,「本発明に係る潤滑油基油成分」と同じかそれに近い物性の「潤滑油基油」を使用し,粘度指数向上剤を添加して,100℃における動粘度を4~12mm2/sとし,粘度指数を140~300とした潤滑油組成物は,本願発明の課題を解決できるものと認識できる。
 他方,本願発明は,「本発明に係る潤滑油基油成分以外の潤滑油基油成分としては,特に制限されない」ものであるところ(【0051】),一般に,複数の潤滑油基油成分を混合して潤滑油基油とする場合,少量の潤滑油基油成分の物性から,潤滑油基油全体の物性を予測することは困難であるという技術常識に照らすと,本願明細書の【0050】や【0054】の記載から,直ちに当業者において,「本発明に係る潤滑油基油成分」の基油全量基準の含有割合が少なく,特許請求の範囲に記載された「基油全量基準で10質量%~100質量%」という数値範囲の下限値により近いような「潤滑油基油」であっても,その含有割合が70質量%~100質量%程度と多い「潤滑油基油」と,本願発明の課題との関連において同等な物性を有すると認識することができるということはできない。しかるに,本願明細書には,この点について,合理的な説明は何ら記載されていない。
(5) 本願発明のサポート要件適合性
 本願発明は,前記(2)のとおり,「本発明に係る潤滑油基油成分」を,「基油全量基準で10質量%~100質量%」含有することが特定されたものであるが,前記(4)のとおり,当業者において,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,「本発明に係る潤滑油基油成分」の基油全量基準の含有割合が少なく,特許請求の範囲に記載された「基油全量基準で10質量%~100質量%」という数値範囲の下限値により近いような「潤滑油基油」であっても,本願発明の課題を解決できると認識するということはできない。
 また,「本発明に係る潤滑油基油成分」の基油全量基準の含有割合が少なく,特許請求の範囲に記載された「基油全量基準で10質量%~100質量%」という数値範囲の下限値により近いような「潤滑油基油」であっても,本願発明の課題を解決できることを示す,本願の出願当時の技術常識の存在を認めるに足りる証拠はない。
 したがって,本願発明の特許請求の範囲は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載により,当業者が本願発明の課題を解決できると認識できる範囲内のものということはできず,サポート要件を充足しないといわざるを得ない。」

【コメント】
 潤滑油の発明に関する,拒絶査定不服審判から審決取消訴訟に移行した事例です。
 
 クレームは,以下のとおりです。
 
【請求項1】尿素アダクト値が2.5質量%以下,40℃における動粘度が18mm2/s以下,粘度指数が125以上,且つ,90%留出温度から5%留出温度を減じた値が70℃以下である潤滑油基油成分を,基油全量基準で10質量%~100質量%含有する潤滑油基油と,/粘度指数向上剤と,/を含有し,/100℃における動粘度が4~12mm2/sであり,粘度指数が140~300であることを特徴とする潤滑油組成物。
 
 様々な成分(パラメータ)があり,それぞれに数値限定がついているという,化学系の発明でよくあるパターンの数値限定発明です。
 
 今回,問題となったのは,サポート要件と実施可能要件です。
 
 特許庁の審決では,「本願明細書の実施例4に係る潤滑油組成物と比較例3に係る潤滑油組成物とを,15%:85%の割合で混合した基油(以下「ケースA」という。)を想定する(本願発明で特定された潤滑油基油成分に相当するのは「基油2」のみであって,その含有量は15%となり,本願発明で特定された潤滑油基油成分以外の潤滑油基油成分に相当するのは「基油4」のみであって,その含有量は85%となる。)。」という,クレームの範囲には入るが極端なケースAという事例を設定しました。
 
 つまり,こういう例でも,クレームにいう作用効果を示すと言えるのかよ,そんなわけねーだろ,というまるでヤクザの因縁の吹っ掛け的な認定と判断が展開されたのです。 

 訴訟では,さすがにこのようなケースAは,「本件審決が「ケースA」を想定し,これについて発明の課題を解決できるか否かを検討した点は不適切であるといわざるを得ないが,これを理由に,直ちに本件審決に取り消すべき違法があるということはできない。」と判断されました。


 上記の判旨のとおり,今回の数値限定発明は,「・・・潤滑油基油成分を,基油全量基準で10質量%~100質量%含有する潤滑油基油」というとおり,数値限定の範囲が非常に広いのです。
 つまり,作用効果が当然あるような基油成分が100%近くのときは,それは作用効果を奏するでしょうが,下限の10%付近では,本当に作用効果を奏するか,よくわからないと判断されたのです。
 それは,明細書にきちんと記載のあったのが,基油成分70%までのものの実施例だけだったからです。それより基油成分の少ないものが作用効果を奏することについての記載は無かったのです。

 となると,いくら特許庁の設定したケースAが非常識だったとしても,これでサポート要件有りとするのはちょっと無理でしょう。それに,特許庁が何故そういうケースを設定したかというと,おそらく,そっちの方が分かりやすいのだろと判断したのだと思います。

 兎も角も,これは本当に昔からあるサポート要件やら実施可能要件がNGになる頻出パターンと言えます。出願人ではこういうことはなかなか気付きにくいと思いますので,代理人の方できちんとチェックをしないといけないと思います。
 
 ちなみに,規範は,所謂パラメータ事件大合議事件のもののようです。