2017年1月23日月曜日

侵害訴訟 特許権 平成28(ネ)10046  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日
 平成29年1月20日
裁判所名
 知的財産高等裁判所特別部
裁判長裁判官 設 樂 隆 一
裁判官 清 水 節
裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官 寺 田 利 彦
 
「1 法68条の2に基づく延長された特許権の効力の及ぶ範囲について
(1) 法68条の2の趣旨について
 法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合(第67条の2第5項の規定により延長されたものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の効力は,その延長登録の理由となつた第67条第2項の政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定する。
 これは,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨が,「政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものである」(ベバシズマブ事件最判)ことに鑑み,存続期間が延長された場合の当該特許権の効力についても,その特許発明の全範囲に及ぶのではなく,「政令で定める処分の対象となつた物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあつては,当該用途に使用されるその物)」についての「当該特許発明の実施」にのみ及ぶ旨を定めるものである。
 同条は,かかる「政令で定める処分の対象となつた物」(「当該用途に使用されるその物」を含む。以下同じ。)の範囲内では,延長された特許権の効力を及ぼすことが,政令処分を受けることが必要であったために特許発明を実施することができなかった特許権者を救済するために必要であると認められる反面,その範囲を超えて延長された特許権の効力を及ぼすことは,期間回復による不利益の解消という限度を超えて,特許権者を有利に扱うことになり,前記の延長登録の制度趣旨に反するばかりか,特許権者と第三者との衡平を欠く結果となることから,前記のとおり規定されたものである。
(2) 法68条の2の「政令で定める処分の対象となつた物」に係る特許発明の実施行為の範囲について
 政令(特許法施行令2条)では,延長登録の理由となる処分は医薬品医療機器等法の承認と農薬取締法の承認の二つの処分に限定されている。本件のように「政令で定める処分」が前者の承認(医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認)に係るものである場合においては,次のとおりであると認められる。すなわち,
ア 医薬品医療機器等法14条1項は,「医薬品…の製造販売をしようとする者は,品目ごとにその製造販売についての厚生労働大臣の承認を受けなければならない。」と規定し,同項に係る医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」(同法14条2項,9項)と規定されている。
 このことからすると,「政令で定める処分」が医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認である場合には,常に「用法,用量,効能及び効果」が審査事項とされ,「用法,用量,効能及び効果」は「用途」に含まれるから,同承認は,法68条の2括弧書の「その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合」に該当するものと解される。 
 医薬品医療機器等法の承認処分の対象となった医薬品における,法68条の2の「政令で定める処分の対象となつた物」及び「用途」は,存続期間が延長された特許権の効力の範囲を特定するものであるから,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨(特許権者が,政令で定める処分を受けるために,その特許発明を実施する意思及び能力を有していてもなお,特許発明の実施をすることができなかった期間があったときは,5年を限度として,その期間の延長を認めるとの制度趣旨)及び特許権者と第三者との衡平を考慮した上で,これを合理的に解釈すべきである。
 そうすると,まず,前記のとおり,医薬品の承認に必要な審査の対象となる事項は,「名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」であり,これらの各要素によって特定された「品目」ごとに承認を受けるものであるから,形式的にはこれらの各要素が「物」及び「用途」を画する基準となる。
 もっとも,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨からすると,医薬品としての実質的同一性に直接関わらない審査事項につき相違がある場合にまで,特許権の効力が制限されるのは相当でなく,本件のように医薬品の成分を対象とする物の特許発明について,医薬品としての実質的同一性に直接関わる審査事項は,医薬品の「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」である(ベバシズマブ事件最判)ことからすると,これらの範囲で「物」及び「用途」を特定し,延長された特許権の効力範囲を画するのが相当である。
 そして,「成分,分量」は,「物」それ自体の客観的同一性を左右する一方で「用途」に該当し得る性質のものではないから,「物」を特定する要素とみるのが相当であり,「用法,用量,効能及び効果」は,「物」それ自体の客観的同一性を左右するものではないが,前記のとおり「用途」に該当するものであるから,「用途」を特定する要素とみるのが相当である。
 なお,医薬品医療機器等法所定の承認に必要な審査の対象となる「成分」は,薬効を発揮する成分(有効成分)に限定されるものではないから,ここでいう「成分」も有効成分に限られないことはもちろんである。
 以上によれば,医薬品の成分を対象とする物の特許発明の場合,存続期間が延長された特許権は,具体的な政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で効力が及ぶと解するのが相当であるただし,延長登録における「用途」が,延長登録の理由となった政令処分の「用法,用量,効能及び効果」より限定的である場合には,当然ながら,上記効力範囲を画する要素としての「用法,用量,効能及び効果」も,延長登録における「用途」により限定される。以下同じ。)。
イ 上記アによれば,相手方が製造等する製品(以下「対象製品」という。)が,具体的な政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」において異なる部分が存在する場合には,対象製品は,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するということはできない。しかしながら,政令処分で定められた上記審査事項を形式的に比較して全て一致しなければ特許権者による差止め等の権利行使を容易に免れることができるとすれば,政令処分を受けることが必要であったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復するという延長登録の制度趣旨に反するのみならず,衡平の理念にもとる結果になる。このような観点からすれば,存続期間が延長された特許権に係る特許発明の効力は,政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」(医薬品)のみならず,これと医薬品として実質同一なものにも及ぶというべきであり,第三者はこれを予期すべきである(なお,法68条の2は,「物…についての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定しているけれども,同条における「物」についての「当該特許発明の実施」としては,「物」についての当該特許発明の文言どおり
の実施と,これと実質同一の範囲での当該特許発明の実施のいずれをも含むものと解すべきである。)。
 したがって,政令処分で定められた上記構成中に対象製品と異なる部分が存する場合であっても,当該部分が僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないときは,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれ,存続期間が延長された特許権の効力の及ぶ範囲に属するものと解するのが相当である。
ウ そして,医薬品の成分を対象とする物の特許発明において,政令処分で定められた「成分」に関する差異,「分量」の数量的差異又は「用法,用量」の数量的差異のいずれか一つないし複数があり,他の差異が存在しない場合に限定してみれば,僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異かどうかは,特許発明の内容(当該特許発明が,医薬品の有効成分のみを特徴とする発明であるのか,医薬品の有効成分の存在を前提として,その安定性ないし剤型等に関する発明であるのか,あるいは,その技術的特徴及び作用効果はどのような内容であるのかなどを含む。以下同じ。)に基づき,その内容との関連で,政令処分において定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」と対象製品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して,当業者の技術常識を踏まえて判断すべきである。
 上記の限定した場合において,対象製品が政令処分で定められた「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」と医薬品として実質同一なものに含まれる類型を挙げれば,次のとおりである。
 すなわち,①医薬品の有効成分のみを特徴とする特許発明に関する延長登録された特許発明において,有効成分ではない「成分」に関して,対象製品が,政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき,一部において異なる成分を付加,転換等しているような場合,②公知の有効成分に係る医薬品の安定性ないし剤型等に関する特許発明において,対象製品が政令処分申請時における周知・慣用技術に基づき,一部において異なる成分を付加,転換等しているような場合で,特許発明の内容に照らして,両者の間で,その技術的特徴及び作用効果の同一性があると認められるとき,③政令処分で特定された「分量」ないし「用法,用量」に関し,数量的に意味のない程度の差異しかない場合,④政令処分で特定された「分量」は異なるけれども,「用法,用量」も併せてみれば,同一であると認められる場合(本件処分1と2,本件処分5ないし7がこれに該当する。)は,これらの差異は上記にいう僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異に当たり,対象製品は,医薬品として政令処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるというべきである(なお,上記①,③及び④は,両者の間で,特許発明の技術的特徴及び作用効果の同一性が事実上推認される類型である。)。
 これに対し,前記の限定した場合を除く医薬品に関する「用法,用量,効能及び効果」における差異がある場合は,この限りでない。なぜなら,例えば,スプレー剤と注射剤のように,剤型が異なるために「用法,用量」に数量的差異以外の差異が生じる場合は,その具体的な差異の内容に応じて多角的な観点からの考察が必要であり,また,対象とする疾病が異なるために「効能,効果」が異なる場合は,疾病の類似性など医学的な観点からの考察が重要であると解されるからである。
エ 最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁(ボールスプライン事件最判)は,特許発明の技術的範囲における均等の要件として,①特許請求の範囲に記載された構成と,対象製品等と異なる部分が,特許発明の本質的部分ではなく,②同部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,③上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,④対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから当該出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき,との五つの要件(以下,上記①ないし⑤の要件を,順次「第1要件」ないし「第5要件」という。)を定めている。そのため,法68条の2の実質同一の範囲を定める場合にも,この要件を適用ないし類推適用することができるか否かが問題となる。
 しかし,特許発明の技術的範囲における均等は,特許発明の技術的範囲の外延を画するものであり,法68条の2における,具体的な政令処分を前提として延長登録が認められた特許権の効力範囲における前記実質同一とは,その適用される状況が異なるものであるため,その第1要件ないし第3要件はこれをそのまま適用すると,法68条の2の延長登録された特許権の効力の範囲が広がり過ぎ,相当ではない。
 すなわち,本件各処分についてみれば明らかなように,各政令処分によって特定される「物」についての「特許発明の実施」について,第1要件ないし第3要件をそのまま適用して均等の範囲を考えると,それぞれの政令処分の全てが互いの均等物となり,あるいは,それぞれの均等の範囲が特許発明の技術的範囲ないしはその均等の範囲にまで及ぶ可能性があり,法68条の2の延長登録された特許権の効力範囲としては広がり過ぎることが明らかである。
 また,均等の5要件の類推適用についても,仮にこれを類推適用するとすれば,政令処分は,本件各処分のように,特定の医薬品について複数の処分がなされることが多いため,政令処分で特定される具体的な「物」について,それぞれ適切な範囲で一定の広がりを持ち,なおかつ,実質同一の範囲が広がり過ぎないように(例えば,本件各処分にみられるような複数の政令処分について,分量が異なる一部の処分に係る物が実質同一となることはあっても,その全てが互いに実質同一の範囲に含まれることがないように)検討する必要がある。
 しかし,まず,第1要件についてみると,このような類推適用のための要件を想定することは困難である。すなわち,第1要件は,政令処分により特定される「物」と対象製品との差異が政令処分により特定される「物」の本質的部分ではないことと類推されるところ,実質同一の範囲が広がり過ぎないように類推適用するためには,政令処分により特定される「物」の本質的部分(特許発明の本質的部分の下位概念に相当するもの)を適切に想定することが必要であると解されるものの,その想定は一般的には困難である。また,第2要件は,政令処分により特定される「物」と対象製品との作用効果の同一性と類推されるところ,これは,実質同一のための必要条件の一つであると考えられるものの,これだけでは実質同一の範囲が広くなり過ぎるため,類推適用のためには,第1要件やその他の要件の考察が必要となり,その想定は困難である。
 以上によれば,法68条の2の実質同一の範囲を定める場合には,前記の五つの要件を適用ないし類推適用することはできない。
オ ただし,一般的な禁反言(エストッペル)の考え方に基づけば,延長登録出願の手続において,延長登録された特許権の効力範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がある場合には,法68条の2の実質同一が認められることはないと解される。」

「延長登録された本件特許権の効力は,本件各処分の「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての「当該特許発明の実施」の範囲で及ぶところ,本件各処分の「成分」は,文言解釈上,いずれもオキサリプラチンと注射用水のみを含み,それ以外の成分を含まないものである。
 これに対し,一審被告各製品の「成分」は,いずれもオキサリプラチンと注射用水以外に,添加物としてオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを含むものであり,その使用目的が安定剤であることは,前記第2の2(4)イのとおりである。
 そうすると,本件各処分の対象となった物と一審被告各製品とは,少なくとも,その「成分」において文言解釈上異なるものというほかなく,この点の差異が,僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異であるとして,法68条の2の実質同一といえるのか否かを判断すべきことになる。」

「イ 以上の本件明細書の記載によれば,オキサリプラティヌムは,種々の型の癌の治療に使用し得る公知の細胞増殖抑制性抗新生物薬であり,本件発明は,そのオキサリプラティヌムの凍結乾燥物と同等な化学的純度及び治療活性を示すオキサリプラティヌム水溶液を得ることを目的とする発明である(1(2)ウの②の類型の特許発明に該当する。)。そして,本件明細書には,オキサリプラティヌム水溶液において,有効成分の濃度とpHを限定された範囲内に特定することと併せて,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液」を用いることにより,本件発明の目的を達成できることが記載されており,「この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない」との記載も認められる。
 これによれば,本件発明においては,オキサリプラティヌム水溶液において,有効成分の濃度とpHを限定された範囲内に特定することと併せて,何らの添加剤も含まないことも,その技術的特徴の一つであるものと認められる
 以上によれば,本件各処分と一審被告各製品とにおける「成分」に関する前記差異,すなわち,本件各処分の対象となった物がオキサリプラティヌムと注射用水のみからなる水溶液であるのに対し,一審被告各製品がこれにオキサリプラティヌムと等量の濃グリセリンを加えたものであるとの差異は,本件発明の上記の技術的特徴に照らし,僅かな差異であるとか,全体的にみて形式的な差異であるということはできず,したがって,一審被告各製品は,本件各処分の対象となった物と実質同一なものに含まれるということはできない。
ウ よって,一審被告各製品は,作用効果の同一性などその余の点について検討するまでもなく,本件各処分の対象となった「成分,分量,用法,用量,効能及び効果」によって特定された「物」についての本件発明の実施と実質同一なものとして,延長登録された本件特許権の効力範囲に属するということはできない。」

【コメント】
 オキサリプラチンの事件で,延長登録が問題になったものです。
 特許第3547755号の方の事件です。
 
 クレームは,
A 濃度が1 ないし5mg/ml で
B pHが4.5 ないし6 の
C オキサリプラティヌムの水溶液からなり,
D 医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,
E 該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,
F 腸管外経路投与用の
G オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。
 
です。
 原審はこのブログでも紹介しました。

 で,そのときのロジックとほぼ一緒だと思います。ただし,上記の判示の斜め字の部分がいまいちよくわかりません。延長登録における「用途」って何のことでしょうか?むーん。

 そして,そのロジックの違いは,実質同一性の基準ですね。この判決では4つの類型を挙げております。
 
 他方,この4つの類型以外に実質同一性認めない趣旨ではないようですが,この4つの類型以外で「用法,用量,効能及び効果」における差異がある場合には,恐らく実質同一は認めないような判示があります。
 
 そして, 要注目なのは,実質同一性の基準は均等論の基準じゃない!ということです。
 
 実は,この事件の原審ではなく他の事件で,均等論の基準を使った事件があります(東京地裁40部の東海林部長の判断です。平成27(ワ)12415)。
 これは明らかにダメ!としております。なぜなら,均等論の基準でやると広すぎるからということです。
 
 あてはめに関しても,原審とほぼ同じです。
 成分が違うので,同一性がない→ 濃グリセリンの添加は僅かな差異と言えず,実質同一性もない,となります。

 大合議だからと言って,大仰な判示ではありませんが,質実剛健でよろしいのではないかと思います。