2017年5月31日水曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10190  不成立審決 知財高裁 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年5月30日
裁判所名
 知的財産高等裁判所所第4部 
裁判長裁判官         髙 部   眞規子  
裁判官         古河    謙一 
裁判官         片瀬   亮  
 
「 ⑷  相違点2及び3について
ア  原告は,引用発明1において,情報記録体(分離して使用するもの)は,中央面部であって,左側面部と右側面部が重なる位置に配置されるから,本件発明1と引用発明1との間には,相違点2及び3は存在しない,又は,相違点2及び3は実質的相違点ではないと主張する。
イ  しかし,そもそも,前記1⑵のとおり,本件発明1は,はがき等が広告に付いている印刷物について,はがき等を広告から切り取るという手間を省くことを目的とするものであって,本件発明1の構成を採用することにより,使用者は,はがき等を切り取ろうとする意思を持たずに,印刷物を開くと自動的に,これを手にすることになるという効果を奏するものである。
 一方,前記⑴イのとおり,引用発明1は,情報記録体を,低コストで手間や時間がかかることなく,受取人に郵送等することを目的とするものであって,引用発明1の構成を採用することにより,封筒や専用ケースを使用するコストを削減し,封入の手間も省くことになるという効果を奏するものである。 
 このように,本件発明1と引用発明1の目的,効果は大きく相違するから,本件発明1と引用発明1の技術的思想は全く異なるというべきである。
ウ  また,引用例1には,シート状基材を通常の2倍寸で作成し,半分から折り返して2つ折りの状態で被覆材に代えることも可能であるとした上で,「当然2つ折り以上の3つ折り以上も可能で,その場合には巻き折りやZ折り,観音開き折り等の各種形態が採用できる」との記載がある(【0008】)。しかし,シート状基材を2倍寸で作成しつつ,シート状基材を巻き折りやZ折り形態にすることはできないから,「3つ折り以上も可能で,…観音開き折り等の各種形態が採用できる」との上記記載は,2倍寸で作成したシート状基材を3つ折り以上にすることを意味するものではない。また,シート状基材を,通常の2倍寸で作成し,観音開き折りにしたとしても,引用例1には,シート状基材と情報記録体の大きさを比較するような記載もない。そうすると,シート状基材を観音開き折りにする場合において,情報記録体をシート状基材のどの位置に配置するかという相違点2に関する構成,また,情報記録体を配置する位置との関係において,シート状基材をどのように折り畳むかという相違点3に関する構成について,引用例1に具体的な構成が記載されているということはできない。
 さらに,前記(1)イのとおり,引用例1には,引用発明1について,シート状基材に情報記録体を形成することにより,情報記録体を別途封筒や専用ケースに入れることなく,そのままで受取人に配達することを可能とし,通常はがきとして配達したり,専用ケースを不要としたりすることでコストを削減し,また,封入の手間も省くという効果を奏する旨記載されている。このように,引用例1に記載された発明は,シート状基材に情報記録体を形成すること自体によって,効果を奏するものであって,引用例1には,他に情報記録体の配置を調整することや,それにより何らかの効果を奏するという技術的思想は開示も示唆もされていない。
エ  したがって,引用発明1に,情報記録体が中央面部にあるという相違点2に係る構成,情報記録体が折り畳んだ左側面部と右側面部に重なる位置に配置されているという相違点3に係る構成が記載されているということはできない。・・・
 
イ  甲5発明を組み合わせる動機付け
(ア)  構成の相違
 引用発明1は,シート状基材に情報記録体を形成し,それを容易に分離可能に形成したことを特徴とする。そして,情報記録体が形成されたシート状基材の面は,別のシート状基材等で剥離可能に被覆されている。
 一方,甲5発明は,折り畳まれるパネル用材と,カードが一体に作られるカード担体とは別個のものである。また,“C”字形状に巻き折りをした上部パネル及び下部パネルは,中間パネルに接着されており,カードないしカード担体に貼着されるものでもない。
 このように,引用発明1と甲5発明は,その構成が大きく相違するものである。
(イ)  目的の相違 
 引用発明1は,情報記録体をシート状基材に形成し,そのままで受取人に配達することを可能にすることにより,封筒代等のコストを削減し,また,封入等の手間を省くことを目的とするものである。
 一方,甲5発明は,カードを,特に販売場所において,パッケージに取り付けて展示するために,新規の改良されたカード用組み立て式パッケージを提供することを目的とするものである。カードを配達するに当たってのコストの削減とは無関係な発明であり,また,カードないしカード担体をパッケージに取り付けることが前提となっており,カード等をパッケージに取り付ける手間を省くことを目的とするものでもない。
 このように,引用発明1と甲5発明は,その目的も大きく相違するものである。
(ウ)  以上のとおり,引用発明1と甲5発明は,その構成も目的も大きく相違することからすれば,引用発明1に,甲5発明を組み合わせる動機付けはないというべきである。  」

【コメント】
 久々に特許の進歩性が問題になった事件の判決の紹介です。

 クレームからです。

【請求項1】左側面部と中央面部と右側面部とからなる印刷物であって,/中央面部(1)は,所定の箇所に所定の大きさの分離して使用するもの(4)が印刷されていること, /左側面部(2)の裏面は,当該分離して使用するもの(4)の上部,下部,左側部の内側及び外側に該当する部分(5,6)に一過性の粘着剤が塗布されていること,/右側面部(3)の裏面は,当該分離して使用するもの(4)の上部,下部,右側部の内側及び外側に該当する部分(7,8)に一過性の粘着剤が塗布されていること,/当該左側面部(2)の裏面及び当該右側面部(3)の裏面が,前記中央面部(1)の裏面及び当該分離して使用するもの(4)に貼着していること/当該分離して使用するもの(4)の周囲に切り込みが入っていること,/からなることを特徴とする印刷物。
 
 図がないとわからないですね。
 
 こんな感じです。
 クレームの番号とこの図での数字は一致しておりますので,照らし合わせるとすぐにわかると思います。
 
 さて,主引例である引用発明1との一致点相違点です(他の主引例もあります。)。
 
イ  本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点
(ア)  一致点
 左側面部と中央面部と右側面部とからなる印刷物であって,/所定の面部は,所定の箇所に所定の大きさの分離して使用するものが設けられていること,/当該左側面部の裏面及び当該右側面部の裏面が,前記中央面部の裏面に貼着していること,/当該分離して使用するものの周囲に切り込みが入っていること,/からなる印刷物。
(イ)  相違点1
 本件発明1においては,分離して使用するものが印刷されているのに対し,引用発明1においては,その点につき,明らかでない点。
(ウ)  相違点2
 本件発明1においては,「中央面部」は,所定の箇所に所定の大きさの分離して使用するものがあるのに対し,引用発明1においては,「中央面部」に,そのような情報記録体(所定の大きさの分離して使用するもの)があるのか否か明らかでない点。
(エ)  相違点3
 本件発明1においては,「左側面部の裏面は,当該分離して使用するものの上部,下部,左側部の内側及び外側に該当する部分に一過性の粘着剤が塗布されていること」,「右側面部の裏面は,当該分離して使用するものの上部,下部,右側部の内側及び外側に該当する部分に一過性の粘着剤が塗布されていること」,及び「当該左側面部の裏面及び当該右側面部の裏面が,当該分離して使用するものに貼着している」のに対し,引用発明1においては,その点につき,明らかでない点。
 
 
 で,引用発明というのは, 番号の1が例えばCDで,CD等をパッキングすることなくそのまま送れるということが特徴のものです。

 他方,本件発明の分離して使用するものって,これはハガキとかチケットとかです。しかも本件発明の本体は広告です。
 そのため,判旨にあるとおり,本件発明の場合,広告からハガキとかチケットとかを分離するのが面倒くさくない!という発明なのですね。

 つまり,本件発明と引用発明1とは結構違う発明です。要するに,よっぽどのことがないと動機づけできないほど本来違うものです。
 
 そして,副引例の引用発明5も引用発明1とはかなり異なるタイプの発明でしたから,これはもう動機づけできないとなったわけです。

 原告である無効審判の請求人は他の副引例や他の主引例での主張もしたのですが,主引例1がこの程度ですので,あとは推して知るべしという所でした。
 
 近い主引例を探せなかった時点で,この事件の勝負はついていたと思います。
 


2017年5月25日木曜日

侵害訴訟 特許権 平成28(ネ)10096  知財高裁 控訴棄却(請求棄却) 


事件番号
事件名
 損害賠償請求控訴事件
裁判年月日
 平成29年5月23日
裁判所名
 知的財産高等裁判所所第4部 
裁判長裁判官     髙部  眞規子   
裁判官          古河   謙一
裁判官          片瀬   亮 
 
「2  争点(1)(被控訴人装置は本件発明の構成要件Gを充足するか)について
  (1)  構成要件Gの解釈について
ア  特許請求の範囲の記載
 本件発明の構成要件Gは,「前記制御手段は,前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する」というものであるから,上記構成要件の文言によれば,本件発明は,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なることという要件を充たす場合に,所定の制御を行うものであると解される。
イ  明細書の記載
 前記1認定のとおり,本件明細書には,①【作用】欄に,「本願請求項1または6に記載のナビゲーション装置または方法の発明では,移動体が経路探索を開始した探索開始地点と,当該経路が設定された誘導開始地点とが異なる場合に,具体的には,探索開始地点から経路を設定するまでの間に移動体が移動することにより経路探索を行う際に用いた移動体の現在位置とは異なる位置から誘導を開始する場合に,的確に移動体の実際の現在位置に対応する経路誘導を正確に行うことができる。…」(【0018】)との記載,②【発明の効果】欄に,「本願発明によれば,移動体が経路探索を開始した探索開始地点と,当該経路が設定された誘導開始地点とが異なる場合に,具体的には,探索開始地点から経路を設定するまでの間に移動体が移動して経路探索を行う際に用いた移動体の現在位置とは異なる位置から誘導を開始する場合に,的確に移動体の実際の現在位置に対応する経路誘導を正確に行うことができる。…」(【0038】)との記載がある。これらの記載は,「探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なることという要件を充たす場合に,所定の制御を行う」という構成要件Gに係る上記解釈に沿うものである。
ウ  出願経過 
 平成15年1月15日付け拒絶理由通知書(乙8)には,「本願発明の目的である通過すべき経由地点の設定中にすでにそれらの経由地点のいずれかを通過してしまった場合でも,正しい経路誘導を行うための構成である『設定指令が入力された時点での車両現在位置を探索開始地点として記憶し,この記憶された探索開始地点と,経路データが設定された移動体の経路誘導が開始される時点での移動体の現在位置を比較する』点が明確に記載されていない」旨の記載がある。これを受けて提出された同年2月5日付け意見書(乙9)には,「探索開始地点が記憶されることを明確にするとともに,経路データ設定手段が『記憶した探索開始地点を基に経路の探索を行い,当該経路を経路データとして設定する』と補正して探索開始地点と経路データの関係を明確にし,制御手段における記憶された探索開始地点と誘導開始地点を比較する点を明確に致しました。」旨記載されている。そして,控訴人は,同日付け手続補正書(乙10)を提出して,上記記載に沿った補正を行った。 
 これらの記載によれば,控訴人は,探索開始地点を記憶し,この記憶された探索開始地点と経路誘導が開始される時点での移動体の現在位置を比較する点が明確でないとの指摘に対し,上記意見書において,かかる点を明確にするために,探索開始地点が記憶されること及び探索開始地点と誘導開始地点を比較することを明確にし,同旨の補正を行ったのであるから,リンクと関連付けられていない探索開始地点を地点として記憶した上で誘導開始地点と比較すること,すなわち,地点同士を比較することを明らかにした趣旨であると解するのが相当である。  
 以上のとおり,構成要件Gの前段が,リンクとリンクではなく,地点と地点を比較するものと解釈すべきことは,本件特許の出願経過からも裏付けられる。・・・
 
オ  構成要件Gの解釈
 以上のとおり,構成要件Gは,探索開始地点と誘導開始地点について,地点同士を比較して異なるかどうかを判断し,異なる場合に所定の制御を行うものと解するのが相当である。
(2)  被控訴人装置について
ア  証拠(乙16の1)によれば,被控訴人装置においては,①経路誘導の計算が行われ,これが終了すると,出発地点P 0 から目的地P n までの経路を示す経路リンクのリストがメモリに保存され,②他方で,上記①の経路誘導とは独立して,継続的に,車両の現在位置Cと地図データの地図リンクとのマッチングが行われ,その際,車両の現在位置Cと,地図データのノード間を結ぶ地図リンクとを比較することで,車両の現在位置Cと一致する地図リンクを特定し,③上記②のマップマッチングで特定されたリンクが上記①の経路リンクと比較され,経路リンクの一つと直接対応すると,後記の道路境界領域の処理は行われず,その代わりに地図リンクと一致する経路リンクに基づいて誘導が行われ,他方で,位置Cが,経路リンクに載っていない場合,所定の方法で絞り込んだ道路境界領域内のリンクと現在位置とを比較してリンク上に載っているか否かの判定をするとの作業が行われていることが認められる。 
 イ  以上のとおり,被控訴人装置においては,車両の現在位置Cと一致する経路リンクに基づいて経路誘導を行っているのであって,探索開始地点と誘導開始地点を比較して両地点が異なるかどうかを判断する作業は行われていないし,その必要もないと認められる。
(3)  小括 
 したがって,被控訴人装置は,構成要件Gを充足しないから,本件発明の技術的範囲に属さない。 」

「(3)  第1要件について
ア  均等の第1要件における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であり,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段(特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時(又は優先権主張日)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。
イ  本件明細書によれば,本件発明は,従来技術では経路探索の終了時にいくつかの経由地を既に通過した場合であっても,最初に通過すべき経由予定地点を目標経由地点としてメッセージが出力されること(【0008】)を課題とし,このような事態を解決するために,通過すべき経由予定地点の設定中に既に経由予定地点のいずれかを通過した場合でも,正しい経路誘導を行えるようなナビゲーション装置及び方法を提供することを目的とし(【0011】),具体的には,車両が動くことにより,探索開始地点と誘導開始地点のずれが生じ,車両が,設定された経路上にあるものの,経由予定地点を超えた地点にある場合に,正しく次の経由予定地点を表示する方法を提供するものである(【0018】【0038】)。また,前記2(1)エ(ア)のとおり,本件特許出願当時において,ナビゲーション装置が,距離センサー,方位センサー及びGPSなどを使って現在位置を検出し,それを電子地図データに含まれるリンクに対してマップマッチングさせ,出発地点に最も近いノード又はリンクを始点とし,目的地に最も近いノード又はリンクを終点とし,ダイクストラ法等を用いて経路を探索し,得られた経路に基づいて,マップマッチングによって特定されたリンク上の現在地から目的地まで経路誘導するものであったことは,技術常識であったと認められる。
 このように,本件発明は,上記技術常識に基づく経路誘導において,車両が動くことにより探索開始地点と誘導開始地点の「ずれ」が生じ,車両等が経由予定地点を通過してしまうことを従来技術における課題とし,これを解決することを目的として,上記「ずれ」の有無を判断するために,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点の異同を判断し,探索開始地点と誘導開始地点とが異なる場合には,誘導開始地点から誘導を開始することを定めており,この点は,従来技術には見られない特有の技術的思想を有する本件発明の特徴的部分であるといえる。
 したがって,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点の異同を判断する構成を有しない被控訴人装置が本件発明と本質的部分を異にすることは明らかである。 」

【コメント】
 ここでも一審を取り上げました。
 大手同士(被控訴人の補助参加人がガーミンで,控訴人がパイオニアですので。)のカーナビ関係の特許権侵害訴訟の事案です。 

 一審は,構成要件Gを充足しないとして,請求を棄却しました。
 そして,この控訴審も基本同じ考え方です。
 
 判旨にもあるとおり,本件発明は,車のスタート地点(例えば自宅)と経路探索が終了した地点(例えば,自宅の幹線道路)がずれた場合にどういう制御をするかということに関する発明です。
 
 で,パイオニアの本件発明は,そのスタート地点とと経路探索が終了した地点を比較するという制御をします。他方,ガーミンの製品はそのようなまどろっこしいことはしない,ということです。
 
 ですので,均等論(第一要件なので,マキサカルシトール事件の知財高裁の判旨を引用しております。最高裁の判旨は第五要件の判示だけですので。) の適用もなし!ということになっております。

 一審の際にもコメントしましたが,これは致し方ない所でしょう。ちょっと技術が違い過ぎましたね。
 
 

2017年5月16日火曜日

侵害訴訟 特許権 平成28(ネ)10111  知財高裁 控訴棄却


事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日
 平成29年4月27日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部 
裁判長裁判官    森   義 之       
裁判官     森 岡 礼 子      
裁判官中村恭は,転補のため,署名押印することができない。 
 裁判長裁判官       森   義 之 

「  (1)  控訴人は,本件明細書の「緩衝剤」の定義(【0022】,【0023】)によると,「緩衝剤」は,本件発明の対象である「オキサリプラチン溶液組成物」において,一定のモル濃度で存在するものであり,不純物の生成を防止,遅延するあらゆる酸性又は塩基性剤を意味する旨主張する。
 しかし,前記説示(原判決「事実及び理由」の第4の2(2)ア,イ)のとおりであって,控訴人の前記主張は採用することができない。
 オキサリプラチン水溶液において,水溶液中のオキサリプラチンの一部は,水と反応して分解し,ジアクオDACHプラチン及びシュウ酸となるが,水溶液中のジアクオDACHプラチン及びシュウ酸の一部は,反応してオキサリプラチンとなるところ,①オキサリプラチンの分解に係る平衡状態が生じるよりも前の段階では,水溶液中のオキサリプラチンの量は減少し,ジアクオDACHプラチン及びこれの一部から生成されたジアクオDACHプラチン二量体並びにシュウ酸の量は増加していく(乙3,35)のであって,オキサリプラチンの分解により生成された解離シュウ酸の存在が,不純物であるジアクオDACHプラチン等の生成を防止し又は遅延させているとは評価できない。
 オキサリプラチン水溶液が,②オキサリプラチンの分解に係る平衡状態に至った段階では,オキサリプラチンと水の反応によるオキサリプラチンの分解の速度と,ジアクオDACHプラチン及びシュウ酸の反応によるオキサリプラチンの生成の速度が,等しくなる。なお,オキサリプラチン溶液中のオキサリプラチンの分解によって生じたジアクオDACHプラチンの一部から,ジアクオDACHプラチン二量体が生成される。その結果,水溶液中のオキサリプラチン及びシュウ酸の量(濃度)は,いずれも一定の値となり,不変となる(乙3,35)。この段階において,オキサリプラチンの量が減少しないのは,平衡状態に達したからであり,オキサリプラチンの分解により生成された解離シュウ酸の存在が,不純物であるジアクオDACHプラチンやこれから生成されたジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止し又は遅延させているとは評価できない。
 前記②の段階にあるオキサリプラチン水溶液から,解離シュウ酸の一部を取り除けば,ル・シャトリエの原理によって,シュウ酸の量を増加させる方向,すなわち,オキサリプラチンが分解してジアクオDACHプラチンとシュウ酸が生成される方向の反応が進行し,新たな平衡状態に至ると考えられるが,この新たな平衡状態に至るまでの段階は,前記①の段階と同様,水溶液中のオキサリプラチンの量は減少し,ジアクオDACHプラチン及びこれの一部から生成されたジアクオDACHプラチン二量体並びにシュウ酸の量は増加していき,新たな平衡状態に至れば,前記②の段階と同様,水溶液中のオキサリプラチン及びシュウ酸の量(濃度)は,いずれも一定の値になり,不変となる。平衡状態にあるオキサリプラチン水溶液から,解離シュウ酸の一部を取り除けば,オキサリプラチン水溶液中のオキサリプラチンが更に分解して減少するという事実は,解離シュウ酸が,オキサリプラチン水溶液中におけるオキサリプラチンの分解とジアクオDACHプラチン及びシュウ酸の反応の平衡状態を構成する要素の一つであることを示しているにすぎず,これをもって,オキサリプラチンの分解により生成された解離シュウ酸の存在が,不純物であるジアクオDACHプラチン等の生成を防止し又は遅延させているとは評価できない。
 以上のとおり,解離シュウ酸の存在は,オキサリプラチンの分解の結果生じるものであって,不純物の生成を防止し又は遅延させているとは評価できない以上,解離シュウ酸を,オキサリプラチンの分解を防止し又は遅延させ,不純物の生成を防止し又は遅延させるものということはできない。 」

【コメント】
 例のオキサリプラチンの特許(特許第4430229号)の事件,アグレッシブな原告さんのやつです。
 
 クレームももういいでしょう。このブログの過去の記事(http://chizaihanketu.blogspot.jp/2016/12/2729001.html)を見てください。 
 さあ,またまとめておきましょう。
 あと何件この関係事件を紹介するのだろうなあ。
 
1  平成27()12416   46部 被告1  差し止めのみ 請求認容 原告寄りクレーム解釈
2  平成27()28849  29部 被告12 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
3  平成28()15355   29部 被告1  賠償請求のみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
4  平成27()28468    40部 被告2  差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
5  平成27()12415    40部 被告3  差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
6  平成27()28699等 40部 被告4~6 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
7  平成27()29001   47部 被告7  差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
8  平成27()29158    40部 被告8  差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
9  平成28()10031   知財高裁3部 被告1 請求棄却 被告寄りクレーム解釈  1の控訴審 
10  平成27()28467   46部 被告9  差し止めのみ 請求棄却 進歩性なし
11 平成27()28698  46部 被告10 差し止めのみ 請求棄却 進歩性なし
12 平成27()29159   46部 被告11 差し止めのみ 請求棄却 進歩性なし
13 平成27(行ケ)10167 知財高裁3部 不成立審決の取消し
14  平成28()10103   知財高裁2部 被告12 控訴棄却 被告寄りクレーム解釈  2の控訴審
15  平成28()10111   知財高裁2部 被告2 控訴棄却 被告寄りクレーム解釈  4の控訴審
 
 

侵害訴訟 特許権 平成28(ネ)10046  知財高裁 控訴棄却


事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求控訴事件
裁判年月日
 平成29年4月27日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部 
裁判長裁判官    森   義 之       
裁判官     森 岡 礼 子      
裁判官中村恭は,転補のため,署名押印することができない。 
 裁判長裁判官       森   義 之 
 
「ア  控訴人は,本件明細書の「緩衝剤」の定義(【0022】,【0023】)によると,「緩衝剤」は,「オキサリプラチン溶液組成物」において,本件明細書記載のモル濃度で存在するものであり,あらゆる酸性又は塩基性剤を意味する,本件発明1の課題,作用効果の観点からすると,添加シュウ酸であろうと解離シュウ酸であろうと,オキサリプラチン溶液中に存在するすべてのシュウ酸の濃度が問題となる旨主張する。
 しかしながら,前記説示(原判決「事実及び理由」の第3の1(1)イ,ウ(イ))のとおりであって,控訴人の前記主張は採用することができない。
 オキサリプラチン水溶液においては,オキサリプラチンと水が反応し,オキサリプラチンの一部が分解されて,ジアクオDACHプラチンとシュウ酸(解離シュウ酸)が生成される。その際,これとは逆に,ジアクオDACHプラチンとシュウ酸が反応してオキサリプラチンが生成される反応も同時に進行することになるが,十分な時間が経過すると,両反応(正反応と逆反応)の速度が等しい状態(化学平衡の状態)が生じ,オキサリプラチン,ジアクオDACHプラチン及びシュウ酸の量(濃度)が一定となる。
 また,上記のオキサリプラチンの分解によって生じたジアクオDACHプラチンからジアクオDACHプラチン二量体が生成されることになるが,その際にもこれとは逆の反応が同時に進行し,化学平衡の状態が生じることになる。
 上記のような平衡状態にあるオキサリプラチン水溶液にシュウ酸を添加すると,ルシャトリエの原理(ある可逆反応が化学平衡にあるとき,温度,圧力,濃度などの条件を変えると,その影響を打ち消す方向に化学平衡は移動するという原理。乙35)によって,シュウ酸の量を減少させる方向,すなわち,ジアクオDACHプラチンとシュウ酸が反応してオキサリプラチンが生成される方向の反応が進行し,新たな平衡状態が生じることになる。そして,この新たな平衡状態においては,シュウ酸を添加する前の平衡状態に比べ,ジアクオDACHプラチンの量が少なくなるから,上記の添加されたシュウ酸は,不純物であるジアクオDACHプラチンの生成を防止し,かつ,ジアクオDACHプラチンから生成されるジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止する作用を果たすものといえる。
 他方,解離シュウ酸は,水溶液中のオキサリプラチンの一部が分解され,ジアクオDACHプラチンとともに生成されるもの,すなわち,オキサリプラチン水溶液において,オキサリプラチンと水とが反応して自然に生じる上記平衡状態を構成する要素の一つにすぎないものであるから,このような解離シュウ酸をもって,当該平衡状態に至る反応の中でジアクオDACHプラチン等の生成を防止したり,遅延させたりする作用を果たす物質とみることはできないというべきである。  」
 
【コメント】
 例のオキサリプラチンの特許(特許第4430229号)の事件,アグレッシブな原告さんのやつです。
 
 クレームももういいでしょう。このブログの過去の記事を見てください。 

 ただ,かなりこの事件に注目していたものの,本件の一審は紹介漏れがあったようです。ですので,ここで,今までの事件をまとめておきましょう。
 
 以下のとおりです。2番が漏れで,14番が今回加わったものです。13番が異色で,これは審決取消訴訟になります。
 これで無効が確定すると,もうこんなに多くの訴訟を起こすことは出来なくなるでしょうね。
 
1  平成27()12416   46部 被告1  差し止めのみ 請求認容 原告寄りクレーム解釈
2  平成27()28849  29部 被告12 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
3  平成28()15355   29部 被告1  賠償請求のみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
4  平成27()28468    40部 被告2  差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
5  平成27()12415    40部 被告3  差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
6  平成27()28699等 40部 被告4~6 差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
7  平成27()29001   47部 被告7  差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
8  平成27()29158    40部 被告8  差し止めのみ 請求棄却 被告寄りクレーム解釈
9  平成28()10031   知財高裁3部 被告1 請求棄却 被告寄りクレーム解釈  1の控訴審 
10  平成27()28467   46部 被告9  差し止めのみ 請求棄却 進歩性なし
11 平成27()28698  46部 被告10 差し止めのみ 請求棄却 進歩性なし
12 平成27()29159   46部 被告11 差し止めのみ 請求棄却 進歩性なし
13 平成27(行ケ)10167 知財高裁3部 不成立審決の取消し
14  平成28()10103   知財高裁2部 被告12 控訴棄却 被告寄りクレーム解釈  2の控訴審