2017年5月8日月曜日

侵害訴訟 特許  平成27(ワ)556等  東京地裁 反訴請求一部認容

事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求権不存在確認等請求本訴事件,特許権侵害差止等請求反訴事件
裁判年月日
 平成29年4月27日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第29部 
裁判長裁判官 嶋 末 和 秀 
裁判官 天 野 研 司 
裁判官 鈴木千帆 は , 転補のため,署名押印 することが できない。 裁判長裁判官 嶋 末 和 秀 
 
「 ウ  争点(1)ア(ウ)(本件製品を補助参加人が製造販売したことにより消尽が成立するか)について
  (ア) 特許権の共有者による実施について
  特許法73条2項は,「特許権が共有に係るときは,各共有者は,契約で別段の定をした場合を除き,他の共有者の同意を得ないでその特許発明の実施をすることができる。」と規定している。これは,特許発明のような無体財産は占有を伴うものではないから,共有者の一人による実施が他の共有者の実施を妨げることにならず,共有者が実施し得る範囲を持分に応じて量的に調整する必要がないことに基づくものである。もっとも,このような無体財産としての特許発明の性質は,その実施について,各共有者が互いに経済的競争関係にあることをも意味する。すなわち,共有に係る特許権の各共有者の持分の財産的価値は,他の共有者の有する経済力や技術力の影響を受けるものであるから,共有者間の利害関係の調整が必要となる。
 そこで,同条1項は,「特許権が共有に係るときは,各共有者は,他の共有者の同意を得なければ,その持分を譲渡し,又はその持分を目的として質権を設定することができない。」と規定し,同条3項は,「特許権が共有に係るときは,各共有者は,他の共有者の同意を得なければ,その特許権について専用実施権を設定し,又は他人に通常実施権を許諾することができない。」と規定しているのである。
  このような特許法の規定の趣旨に鑑みると,共有に係る特許権の共有者が自ら特許発明の実施をしているか否かは,実施行為を形式的,物理的に担っている者が誰かではなく,当該実施行為の法的な帰属主体が誰であるかを規範的に判断すべきものといえる。そして,実施行為の法的な帰属主体であるというためには,通常,当該実施行為を自己の名義及び計算により行っていることが必要であるというべきである。
  (イ) 認定事実  ・・・・
 
 (ウ) 検討
  a  上記(イ)の事実関係によれば,補助参加人は,ヤマト商工第2工場の責任者として,水産加工機械の開発,製造に携わっていたが,同製造に要する原材料は,ヤマト商工の名義及び計算により仕入れられていたこと,補助参加人は,ヤマト商工から固定額の金銭を受領しており,水産加工機械の販売実績によってヤマト商工の補助参加人に対する支払額が左右されるものでないこと,顧客に対しても,水産加工機械の販売に伴う責任等を負う主体としてヤマト商工の名が表示されていたことなどが認められ,また,本件製品との関係では,七宝商事がヤマト商工に支払ったのは,ヤマト商工の請求に係る「BK-2フグスライサー」(すなわち,本件製品)の代金310万円(税別)であって,ヤマト商工が同金員の全てを受領していること,七宝商事が補助参加人に支払ったのは,補助参加人の請求に係る「エフビックライサー  BK-2  管理費」(すなわち,本件製品のメンテナンス料)40万円(税別)であって,補助参加人が同金員の全てを受領していることが認められるから,本件製品の製造販売は,ヤマト商工の名義及び計算により行われたものであり,補助参加人の名義及び計算で行われていたものがあるとすれば,それは,本件製品のメンテナンスにとどまり,本件製品の製造販売ではないというべきである。 」

「 (3) 争点(2)エ(原告に過失の推定を覆滅させる事情が認められるか)について
  ア  原告は,①本件では,本件特許権の共有者である補助参加人が本件製品を製造販売(本件各発明を自己実施)したといえるか否かや,本件専売契約が特許法73条2項にいう「別段の定」に当たるか否かが争点となっているから,過失の推定規定である特許法103条の前提とするところがそのまま当てはまらないとか,②原告が本件製品のリースを開始した時点においても,その使用を開始した時点においても,本件特許権は未だ登録されていなかったから,原告の過失は否定されるべきであるなどと主張するところ,これらは,過失の推定覆滅事由を主張しようとする趣旨と理解される。
  イ  特許法103条は,「他人の特許権・・・を侵害した者は,その侵害の行為について過失があったものと推定する。」と規定している。ここにいう「侵害」とは,特許権者又は実施権者以外の第三者が,特許発明を実施することであり(特許法68条参照),物の発明の場合の実施とは,具体的には,その物の生産のみならず使用も含まれる(特許法2条3項1号)。
  本件各発明は,「切断装置」に関する発明であるから,本件特許の特許権者でも実施権者でもない原告は,本件各発明の技術的範囲に含まれる切断装置を生産した場合はもちろんのこと,本件各発明の技術的範囲に含まれる切断装置を使用した場合も,被告が原告に対し本件特許権を行使することができないとすべき事由がない限り,本件特許権を侵害したことになる。
  そして,既に認定判断したとおり,原告は,本件各発明の技術的範囲に含まれる本件製品を使用していたのであり,被告が原告に対し本件特許権を行使することができないとすべき事由は認められないから,本件特許権の登録日以降の本件製品の使用は,本件特許権の侵害となるものであって,原告には,かかる本件製品の使用行為についての過失が推定されることになる。
  ここで,特許法103条により推定される過失とは,特許権侵害の予見義務又は結果回避義務違反のことを指すから,過失推定の覆滅事由としては,特許権の存在を知らなかったことについて相当の理由があるといえる事情,自己の行為が特許発明の技術的範囲に属さないと信じたことについて相当の理由があるといえる事情,特許権者が当該特許権を行使することができないとすべき事由があると信じたことについて相当の理由があるといえる事情などが挙げられる。
  ウ  以上を前提に,原告に過失推定の覆滅事由が認められるか検討する。
  (ア)  まず,原告は,本件において,本件特許権の共有者である補助参加人が本件製品を製造販売(本件各発明を自己実施)したといえるか否かや,本件専売契約が特許法73条2項にいう「別段の定」に当たるか否かがが争点となっていることを主張する。
  しかし,原告は,本件製品が本件特許権の共有者である補助参加人によって製造販売されたものであると信じて本件製品を使用したのではなく,本件各通告を受けて本件製品の使用を中止した後に,事実関係を調査したにすぎない。
  侵害行為に及んだ後,本件製品が補助参加人の製造販売に係るものであった旨信じたとしても,そのことは,およそ原告の本件製品の使用時における過失の推定覆滅事由とはなり得ないのであって,原告の上記主張は,失当である。
  (イ)  次に,原告は,原告が本件製品のリースを開始した時点においても,その使用を開始した時点においても,本件特許権は未だ登録されていなかったことを主張する。
  しかし,本件特許権の侵害となるのは,本件特許権の登録日以後の原告による本件製品の使用であり,原告による同日より前の本件製品の使用について特許権侵害の予見義務又は結果回避義務違反が問題となるものではない。
  そして,特許権の設定登録がされれば,当該設定登録の事実はもとより,特許の内容(特許権の設定登録がされた特許請求の範囲,明細書及び図面の記載を含む。)も知り得る状態になるのである(特許法186条参照)から,原告の上記主張は,過失の推定覆滅事由を指摘するものとはいえず,失当である。
  なお,原告は,特許法103条の規定について,特許公報が公開されていることを前提とするものである旨主張しているところ,原告の同主張は,特許公報の発行までの間は,同条に基づく過失の推定が覆滅されるべきであるとの趣旨とも解されるが,①既に述べたとおり,特許権の設定登録がされれば,特許の内容を知り得る状態になること,②登録から特許公報の発行までは,事柄の性質上,ある程度の期間を要すると考えられ,特許権発生後,特許公報が発行されていない期間が生じることは,特許法の規定上,予定されていると解されること,③同法103条は,単に「特許権」を侵害した者はその侵害の行為について過失があったものと推定される旨規定し,特許権の発生時(登録時)から過失による不法行為責任を負うことを原則としており,特許公報の発行を過失の推定の要件と定めてはいないことからすれば,特許公報の発行前であることのみをもって過失の推定が覆されると解することは相当ではない(以上と同旨の結論をいう裁判例として,東京地裁平成24年(ワ)第35757号同27年2月10日判決参照)。
  エ  以上によれば,原告について過失推定の覆滅は認められない。 」

【コメント】
 本訴と反訴のある特許権侵害訴訟の事件です。
 
 反訴の方が,通常の特許権侵害訴訟の事件で,差し止めと損害賠償を求めたものです。
 これに対して,本訴は,不存在確認に加えて,警告書を出して事業停止等に追い込んだのが違法であるとして,不法行為に基づく損害賠償を求めたという事件です。
 
 特許 (第4684812号 )のクレームは以下のとおりです。
 
A:被切断物を保持する保持ユニットと該保持ユニットに保持された被切断物を切断する切断ユニットとを備え,該保持ユニット及び/又は該切断ユニットが移動して該被切断物を切断する切断装置において,
  B:上記切断ユニットは,一方の長辺を刃先として略帯状をなし,先端側に係止部が形成された切断刃と, 
 C:複数の上記切断刃の基端部を結束するアダプタと,
  D:上記アダプタを支持溝で支持するフレームと,
  E:上記支持溝とAⅵ端が同方向の上記切断刃の先端側が挿入される挿入溝を有し,上記切断刃が該挿入溝に挿入され上記切断刃を支持する支持部材と,
  F:上記フレームに支持されたアダプタで結束された複数の切断刃の基端側が挿入される係合溝を複数有し,該係合溝に上記切断刃が挿入されることで,上記複数の切断刃を互いに平行に離間させる間隙形成部材と,
  G:上記フレーム側に設けられ,上記フレーム側から上記アダプタを引っ張り,上記切断刃の先端側に設けられた係止部を上記支持部材に係止させて,上記切断刃に張力を付与する取付機構とを備え,
  H:上記取付機構は,上記アダプタに一体的に形成されたボルト部と,上記ボルト部に螺合されるナットとを有し,
  I:該装置は,上記切断ユニットと同じ構成の更なる切断ユニットを備え,上記切断ユニットと上記更なる切断ユニットとは,互いに逆向きに配設され,それぞれの切断ユニットの切断刃が交互に位置するように配置される切断装置。
 
 


 こんな感じのものです。
 ただし,構成要件該当性のところは争いはあるものの,大きな論点ではありません。

 というのは,この特許は,被告と補助参加人の共有特許であり,原告が使用していた装置というのは,補助参加人の関与のあるだったのですね。
 
 なので,構成要件該当性はまああるだろう,しかし,問題は,特許権者が関与しているのだから,消尽その他の理由で権利行使不可!になるのではないかという所でしょう。 

 ということで,上記の判旨を引いたわけです。
 消尽,つまり特許権者の実施→73条2項の,相方の同意の要らない自己実施と言えるためには,「自己の名義及び計算により行っていることが必要」というわけです。
 
 その結果,補助参加人が関与していると言っても,一従業員的な立場に留まり,名義×計算×と判断されたわけです。 
 

 さらに,そういう事情があるのだから,103条の過失の推定も覆滅されるのでは?ということで,2つ目の判旨です。
 そのことから,覆滅の事情としては,特許権があることを知らない,構成要件該当性が無いと信じた,権利行使が出来ないと信じた,ということについて,まあそりゃ仕方ないなあと思わせる事情が必要だとしたわけです。
 
 しかしながら,その結果, どれもこれも明後日の方向のものだったようで,とても覆滅出来ないと判断されたのですね。

 ちょっとこれは致し方ない所です。103条の覆滅ってよっぽどのことが無いと無理ではないかと思います。そんな暇があるなら,無効資料を死に物狂いで探した方がいいと思いますね(この事件では何とか探して追加の主張もしているようですが,それは敢え無く却下されております。)。
 
 あと,読んでいてわかるのですが,至る所に29部節が炸裂しております。29部の判決は,独特のものがありますので,読んでいてああこれは,とわかります。