2017年10月20日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10237  不服審判 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年9月27日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官  鶴 岡 稔 彦
裁判官 大 西 勝 滋
裁判官 杉 浦 正 樹  

「 1  取消事由1(明確性要件についての判断の誤り)について
    ⑴  特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が明確であるとの要件(明確性要件)に適合するものでなければならないと規定するところ,その趣旨は,特許請求の範囲の記載が特許権の権利範囲を確定するものであることからすると,仮に特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,権利の及ぶ範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため,そのような事態を防止しようとするものである。そして,特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載に加え,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,出願当時における当業者の技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきものである。より具体的に言えば,請求項の記載がそれ自体で明確であると認められる場合には,明細書又は図面中に請求項の用語についての定義又は説明があるかどうかを検討し,その定義又は説明によって,かえって請求項の記載が不明確にならないかを判断し,他方,請求項の記載がそれ自体で明確でない場合は,明細書又は図面中に請求項の用語についての定義又は説明があるかどうかを検討し,その定義又は説明を出願時の技術常識をもって考慮して請求項中の用語を解釈することによって,請求項の記載が明確といえるかどうかを判断し,以上の結果,請求項の記載から特許を受けようとする発明が明確に把握できるか否かによって判断するのが相当である。
⑵  「付近にある中で大きめの石や岩」との記載の明確性について
    本願の請求項1における「付近にある中で大きめの石や岩」と の記載は,本願の護岸の方法に係る発明において,埋設される杭の間隔を規定する前提となる記載であるところ,本件審決は,「付近にある中で大きめの石や岩」との記載がどの程度まで大きいものを規定しているのかが不明であるとし,この点をもって,本願が明確性要件を満たさないことの根拠の一つとしている。そこで,上記記載の明確性について,以下検討する。
  ア  一般に,「○○め」との語は,「形容詞の語幹に付いて,多少その性質や傾向をもつことを表す」接尾語である(大辞林第三版)から,「大きめ」とは,「大きい」という性質や傾向を有することを表す語であると解される。そうすると,請求項1の「付近にある中で大きめの石や岩」とは,河川の特定の場所(本願の発明に係る護岸を施す場所)において,付近にある石や岩のうち,「大きい」という性質や傾向を有する石や岩のことであると理解することができる。しかしながら,「大きめ」という語自体は,「大きい」という性質 や傾 向を ど の 程度 有す る の か を 何ら 特定 す る も の では ないから,結局のところ,どの程度の大きさをもって「大きめ」とすべきかは,「大きめ」という語自体からは判然としないものというほかな い 。ま た, 請 求 項1 の そ の他 の 記 載を 参酌 して み て も , 「大きい」 とい う性 質 や 傾向 をど の程 度 有 して いれ ば, 請 求 項1 にいう「大きめ」に該当するのかを理解し得る手掛かりは見当たらない。
 してみると,付近にある石や岩のうち,どの程度の大きさのものであれば,「付近にある中で大きめの石や岩」に該当するのかについては,「付近にある中で大きめの石や岩」という記載自体から客観的に定まるものではなく,付近にある石や岩を観察する者が,各自の基準に基づいてこれに当たるか否かを主観的に判断するほかはないものといえる。そして,そうであるとすれば,「付近にある中で大きめの石や岩」の範囲は,その判断者いかんによって変わり得る も の で あ っ て , 客 観 的 に 定 ま る も の で は な い と 言 わ ざ る を 得 ない。
 したがって,本願の請求項1における「付近にある中で大きめの石や岩」との記載は,それ自体で明確であると認められるものではない。
      イ  そこで,本願明細書の記載を参照するに,本願明細書において,「大きめの石や岩」又は「付近にある中で大きめの石や岩」に言及する記載は,「大きめの石や岩がそれによって止まる場合に最も大きな効果を上げることが出来ますから,杭は,付近にある中で大きめの石や岩がその場にとどまる事の出来る程度の間隔をあけて,なおかつそれらの圧力に耐える事の出来るように埋設します。これにより,小さな石や岩が最初に止まることもなく,上流から移動して来る大きめの石や岩が堰止められます。」(段落【0013】)との記載のみである。しかるところ,上記記載は,本願の護岸の方法に係る発明における課題を解決するための手段を説明する記載ではあるものの,その中に,「大きめの石や岩」又は「付近にある中で大きめの石や岩」の意味を説明する記載は認められない。また,本願明細書に記載され,又は図示されたその他の事項を参酌しても,「大きめの石や岩」又は「付近にある中で大きめの石や岩」との記載の意味を理解し得る手掛かりは見当たらない。加えて,請求項1の「大きめの石や岩」又は「付近にある中で大きめの石や岩」との記載の意味について,上記アのような理解とは異なる理解ができることを根拠付けるような技術常識を認めるに足りる証拠もない。
 したがって,本願の請求項1における「付近にある中で大きめの石や岩」との記載は,本願明細書の記載を参酌してみても,明確であると認められるものではない。
      ウ  以上によれば,本願の請求項1のうち,「付近にある中で大きめの石や岩」との記載は,その範囲が客観的に定まるものではないから,明確であるとはいえず,そうすると,請求項1の護岸の方法において,埋設される杭の間隔を規定する「付近にある中で大きめの石や岩がその場にとどまる事の出来る程度で,なおかつ小さな石や岩が最初に止まることもない間隔」との記載も,必然的に明確であるとはいえない。 」

【コメント】
 「河川の上流部及び中流部における護岸の方法」(特願2010-65438号)という発明について,拒絶審決についての,審決取消訴訟の事件です。

 論点は,最近このブログでよく取り上げる明確性要件です。
 
 まずは,クレームからです。
 
【請求項1】
  岸辺から川の中央に向かって,或いは斜め上流又は斜め下流方向に向かって,
 付近にある中で大きめの石や岩がその場にとどまる事の出来る程度で,なおかつ小さな石や岩が最初に止まることもない間隔をあけて
 単独又は複数の杭を埋設して,上流から移動して来る大きな石や岩を又は元々あった大きな石や岩を堰止め,その場にとどめることにより,
 あるいは,単独又は複数の杭を埋設すると共に,大きな石や岩をまたは大きな石や岩に擬した人工の構造物を設置して,その場にとどめることにより, 新たな岸辺を形成し,それらを護岸の構成部分として機能させることを特徴とする護岸の方法。
」  

 問題となったのは,上記の「大きめ」の部分です。
 
 特許実務に詳しい方なら,とてもこんなクレームを作ることはしないでしょう。勿論,弁理士が代理人をしている場合は当然です。しかし,本件は悲しいかな本人出願です。 

 つまり,本件では,比較対象がないのに,程度を形容するような記載があったのです。
 
 例えば,現行の審査基準には,このように記載されております。
比較の基準若しくは程度が不明確な表現 ( 「やや比重の大なる」、「はるかに大きい」、「高温」、「低温」、「滑りにくい」、「滑りやすい」等 ) があるか、 又は用語の意味が曖昧である結果、発明の範囲が不明確となる場合

 ということで,審査基準のNGとおり!という稀有なケースに該当してしまいました。とは言え,弁理士に依頼するとかなりのお金がかかりますので,なかなか厳しい所もあると思います。
 ですが,さらに逆接しますと,弁理士に依頼するお金もないようでは産業の発達に寄与することなど到底無理ですので,本件のように自然淘汰されるのがベストと言うこともできます。
 
 さて,注目すべきは,今回3部,鶴岡部長の合議体での判断が出たということです。
 
 上記のとおり,メインの規範は,実は1部の清水所長の合議体での規範と変わりません(例えば,この事件)。

 しかし,鶴岡部長の合議体は,それに具体的基準を付け加えたのが目新しいということになります(判旨の太字の部分)。
 ですが,この具体的基準,よく見ると,あまり適当と言えないものです。といいますのは, 請求項の記載がそれ自体で明確である場合もない場合も,結局どちらの場合も,明細書中の定義を探すことになるという,場合分けになっているようでなっていないからです。
 
 この記載とおりだとすると,明確性要件をクリアするためには,用語の定義を明細書中に必ず設定して,齟齬を無くすという非常に面倒くさいことを要求されるということになります。
 
 恐らく,裁判所もそんなことは要求していないと思いますので,この具体的基準の,請求項の記載がそれ自体で明確である場合についての記載は,死文と考えた方が良いかなと思います(本件は,この場合ではなく,請求項の記載がそれ自体で明確でない場合でした。)。
 
 兎も角も,3部で判決が出ましたので,あとは2部だけでしょうか。