2017年10月10日火曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10265  無効審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年10月3日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部 
裁判長裁判官          髙      部      眞  規  子 
裁判官          山      門              優 
 裁判官          片      瀬              亮  

「エ  引用例3事項を適用した引用発明Aの構成
(ア)  本件訂正発明8において,盗難防止タグは,警報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態を解除するに当たり,「一致判定手段が「前記識別手段が識別した解除指示信号に含まれる」暗号コードが一致するか否かを判定する」ものである。一致判定手段は,前記識別手段が解除指示信号を識別した後に,その解除指示信号に含まれる暗号コードと,暗号記憶手段が記憶する暗号コードが一致するか否かを判定するから,識別手段による解除指示信号の識別に用いられるコードと,一致判定手段による暗号コードの一致判定に用いられるコードとは無関係なものということができる。
 また,本件明細書に記載された実施例(【図7】)では,6ビット(D0ないしD5)のデータコード9種類のうち,データビットD0及びD1が「0,0」であるのは,リセットコード(解除指示信号)だけであるから,受信したデータコードがリセットコードであることは,データビットD0及びD1だけで識別することができる。そして,データコードD2ないしD5が,「暗号(0000~1111)」として用いられている。そうすると,実施例においても,リセットコードであることを示すデータコード「0,0」と,暗号である4桁のデータコードとは無関係なものとして記載されているということができる。
  したがって,本件訂正発明8の盗難防止タグは,一致判定手段が,「前記解除指示信号」の一部に含まれる,解除指示信号の識別とは無関係な「暗号コード」と,記憶された暗号コードとの一致判定を行うものと認められる。
(イ)  一方,引用発明Aにおいて,タグ1は,警報動作を解除するに当たり,「コード信号」(警報動作を終了させる電波信号)の受信を判定する。そして,引用例3事項のメッセージデコーダ116は,受信した「それぞれ異なるメッセージを含む信号」から「終了メッセージを含む信号」(警報動作を終了させる電波信号)を解読するものである。したがって,引用例3事項を適用した引用発明Aにおいて,タグ1は,警報動作を解除するに当たり,受信した「コード信号」と,受信した「それぞれ異なるメッセージを含む信号」との解読を行う,すなわち,受信したコード信号と,記憶された「それぞれ異なるメッセージを含む信号」中の「コード信号」との一致判定を行うことになる。
(ウ)  そうすると,警報動作を終了させるに当たり,本件訂正発明8の盗難防止タグは,解除信号の一部に含まれる,解除指示信号の識別とは無関係な「暗号コード」と,記憶された暗号コードとの一致判定を行うのに対し,引用例3事項を適用した引用発明Aのタグは,解除信号である「コード信号」と,記憶された「それぞれ異なるメッセージを含む信号」中の「コード信号」との一致判定を行うものである。
 したがって,引用発明Aに引用例3事項を適用しても,相違点2に係る本件訂正発明8の構成に至らないというべきである。
オ  本件審決の判断について
(ア)  本件審決は,引用例3事項の「終了メッセージを含む信号」は,警報オフとする点において,「解除指示信号」と共通するとした上で,引用例3,甲5(米国特許第5148159号明細書。平成4年公開)及び甲6(「NEC  MOS集積回路  μPD6121,6122データシート」NEC株式会社。平成7年公開)から,「信号が設定可能なコードを一部に含み,一致判定手段が前記信号に含まれる前記コードが一致するか否かを判定する」という周知技術(以下「審決認定周知技術」という。)が認められるから,引用例3事項を適用するに当たって,引用例3事項の「終了メッセージを含む信号」を,設定機能によって所望に設定できるコードを一部に含み,引用発明Aの一致判定手段において信号に含まれるコードが一致するか否かを判定するように構成することは,当業者にとって格別困難ではないと判断した。
(イ)  本件審決は,引用発明Aに引用例3事項を適用するに当たり,周知技術を考慮して変更した引用例3事項を適用することによって,本件訂正発明8を容易に想到することができるとするものである。
 しかしながら,前記エのとおり,引用発明Aに引用例3事項を適用しても,相違点2に係る本件訂正発明8の構成に至らないところ,さらに周知技術を考慮して引用例3事項を変更することには格別の努力が必要であるし,後記(ウ)のとおり,引用例3事項を適用するに当たり,これを変更する動機付けも認められない。主引用発明に副引用発明を適用するに当たり,当該副引用発明の構成を変更することは,通常容易なものではなく,仮にそのように容易想到性を判断する際には,副引用発明の構成を変更することの動機付けについて慎重に検討すべきであるから,本件審決の上記判断は,直ちに採用できるものではない。 」

【コメント】
 本件は,盗難防止タグの発明に関する無効審決(訂正を認めず,進歩性なし)に対し,審決取消訴訟が提起され,逆転で,進歩性が認められた事件です。

 クレームからです。訂正後です。
 「【請求項1】盗難防止対象物に対する取り付け状態及び取り外し状態を検出する検出手段と,非接触で信号を受信する受信手段と,前記検出手段が取り外し状態を検出したとき及び前記受信手段が所定信号を受信したときに,警報を出力する警報出力手段とを備えた複数の指示信号を受信する盗難防止タグにおいて,/前記受信手段は,前記警報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態の解除を指示する,暗号コードを一部に含む解除指示信号を受信することを可能とする一方,/前記受信手段が受信した前記所定信号及び前記解除指示信号を識別する識別手段と,暗号コードを予め記憶する暗号記憶手段と,前記識別手段が識別した解除指示信号に含まれる暗号コード及び前記暗号記憶手段が記憶する暗号コードが一致するか否かを判定する一致判定手段と,該一致判定手段が一致すると判定したときは,前記警報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態を解除する解除手段とを備えることを特徴とする盗難防止タグ。
【請求項8】請求項1又は2記載の盗難防止タグと,盗難防止タグが備える受信
手段が受信すべき所定信号を発信する発信装置と,請求項4又は5記載の指示信号
発信装置とを備えることを特徴とする盗難防止装置。 

 この事件が珍しいのは,無効審判の請求がされていない請求項8の発明(本件訂正発明8)について,無効審判の請求がされていないけれども,その本件訂正発明について進歩性がないので,訂正が認められない,となったわけです(一群の請求項,です。)

 それ故,判決でも本件訂正発明8の進歩性をまずは検討しております。
 
 さて,主引例となる引用発明Aとの一致点・相違点です。
イ  本件訂正発明8及び9と引用発明Aとの一致点
 盗難防止対象物に対する取り付け状態及び取り外し状態を検出する検出手段と,非接触で信号を受信する受信手段と,前記検出手段が取り外し状態を検出したとき及び前記受信手段が所定信号を受信したときに,警報を出力する警報出力手段とを備えた指示信号を受信する盗難防止タグにおいて,/盗難防止タグは,前記警報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態の解除を指示する,解除指示信号を受信することを可能とする一方,/暗号コードを予め記憶する暗号記憶手段と,暗号コード及び前記暗号記憶手段が記憶する暗号コードが一致するか否かを判定する一致判定手段と,該一致判定手段が一致すると判定したときは,前記警報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態を解除する解除手段とを備える盗難防止タグと,盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき所定信号を発信する発信装置と,指示信号発信装置とを備える盗難防止装置。
ウ  本件訂正発明8と引用発明Aとの相違点
(ア)  相違点1
 本件訂正発明8では,解除指示信号は所定信号を受信する「受信手段」が受信するのに対し,/引用発明Aでは,コード信号は所定の周波数の電波を受信するアンテナ51が受信するものではなく,「付設されたアンテナ」が受信するものである点。
(イ)  相違点2
 本件訂正発明8では,盗難防止タグが「複数の指示信号を受信」し,「前記受信手段が受信した前記所定信号及び前記解除指示信号を識別する識別手段」を備え,解除指示信号が「暗号コードを一部に含」み,一致判定手段が「前記識別手段が識別した解除指示信号に含まれる」暗号コードが一致するか否かを判定するのに対し,/引用発明Aでは,タグ1が「コード信号を受信」し,「前記アンテナ51が前記所定の周波数の電波を受信したと判定し及び前記付設されたアンテナが前記コード信号を受信したと判定するCPU55」を備える点。
(ウ)  相違点3
 本件訂正発明8は,指示信号発信装置が「盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき解除指示信号に含めるための暗号コードを記憶する暗号記憶手段と,前記解除指示信号を,該暗号記憶手段が記憶する暗号コードを含めて発信する発信手段とを備える」のに対し,/引用発明Aは,「コード信号出力ユニット」がかかる構成を備えていない点。 

 そして,相違点2に関する引用例3事項は,「それぞれ異なるメッセージを含む信号を受信し,受信機104が受信した出口メッセージを含む信号及び終了メッセージを含む信号を解読するメッセージデコーダ116を備える付け札。」(引用例3事項)です。
 
 ところが,相違点2について,副引例である引用例3を主引例Aに組み合わせても(動機付けはある,とされました。),さらに差異が残ってしまうのですね。
 
 本件訂正発明の場合,識別のコードと暗号のコードが別々であることがポイントなのですが,このような点まで書かれている副引例を探すことは出来無かったわけです。
 
 しかし,審決はそれでも相違点2について,想到容易と判断してしまいました。所謂「容易の容易」というものです。
 
 この「容易の容易」とは,実務上言われているもので,主引例に副引例を組み合わせても更に相違点が残ってしまう場合に,周知技術だとか設計事項だとかの理由で,その残った相違点を大したものじゃないと潰してしまう考え方のことを言います。 

 進歩性を認めたくない場合,特許庁が使う非常手段ではあるのですが,常套手段でもあります。
 
 本件では,それを明白に否定されております。特許の実務家には非常に参考になる判決なのではないかと思います。
 
 なお,同じ当事者での侵害訴訟もありますが(知財高裁平成29(ネ)10022,平成29年10月3日 判決) , それは残念ながら一審同様,原告の請求が棄却されております。
 「暗号コード」にかなり細かい条件がつけられてしまい(要するに,限定解釈です。),それが認められないとして,構成要件該当性なし,とされました。