2019年10月3日木曜日

侵害訴訟 特許  平成28(ワ)12296  大阪地裁 請求一部認容

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 令和元年9月10日
裁判所名
 大阪地方裁判所第21民事部        
裁判長裁判官              谷          有    恒 
裁判官                   野    上    誠    一      
裁判官                  島    村    陽    子 

「 2  争点1(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(構成要件Hの後半部
分の充足性))について
    (1) 構成要件Hの「嵌まる」の意義について
      ア  構成要件Hは,「前記下保持部 14 は平面視で上保持部 13 を囲う形状に形成されていてこのため平面視で上保持部 13 が嵌まる状態の抜き穴 21 が空いており,」というものである。このうち,前半部分の「下保持部が平面視で上保持部を囲う形状に形成されている」という構成については,結論として被告製品がこれを充足することは当事者間に争いがない。他方で,構成要件Hの後半部分の「平面視で上保持部が嵌まる状態の抜き穴が空いている」という構成について,被告は被告製品がこれを充足することを争っており,当事者間で「嵌まる」(状態)という文言の意義が争われている。そこで,構成要件Hの「嵌まる」の意義について検討する。
イ  「嵌まる」という言葉の一般的な意義について
        (ア) まず,当事者間で「嵌まる」という言葉の一般的な意義が争いとなっており,被告は本件特許の特許請求の範囲(構成要件H)の「嵌まる」という文言は一義的に意味が読み取れると主張する。
(イ) 確かに,「嵌まる」の意義について,乙3ないし6の辞典には,「ぴったりと合ってはいる。ちょうどうまくはいる。」など,一見すると,被告の主張に沿う記載がみられる。
 また,「隙間なく嵌めること」という意味を有する「密嵌」という言葉があるように(乙13の159頁),何かが何かに隙間なく入っていることを「嵌まる」と表現することもあると認められる。
 しかし,乙6には「嵌まる」の意味として「ぴったり合ってはいる」と記載されつつ,その具体例として,「穴・枠・溝などの内側に物がはいる」ことが挙げられており,穴等とそこに入る物が完全に同じ大きさだと,物が入らないから,その記 載は,隙間があっても「嵌まる」と表現する場合があることを示しているといえる。
 また,「遊びがある状態に嵌めること」とか,「嵌めたものと嵌められたものとの間に間隔があること」という意味を有する「遊嵌」という言葉があるように,遊び(間隔)がある場合であっても,「嵌まる」とか「嵌め込む」と表現する場合もみられる(甲10,14,17,乙13の162頁)。 
 さらに,次のとおり,特許や実用新案の公報において,隙間(間隔)や,遊び,余裕がみられる場合にも「嵌まる」という文言が用いられる場合がみられる。 
・・・・
(ウ) 検討するに,「嵌まる」という言葉が,被告が主張するように,「ちょうどうまく入る」,「ぴったりと合って入る」との意味に用いられる場合があることは事実であるが,「嵌まる」という言葉自体が当然にそのような意味を持つとすれば,一般的に使われている「ぴったり嵌まる」,「うまく嵌まる」といった言葉は重複表現ということになってしまうし,「ボタンが嵌まる」,「溝に足が嵌まる」という言い方もあるように,「嵌まる」との言葉は,嵌まる部分と嵌められる物の形状が一致しない場合にも使用されている。
 前記(イ)で検討した登録実用新案公報等の記載においても,「嵌まる」,「嵌める」との言葉は,隙間(間隔)や,遊び,余裕がある場合に用いられることもあると認められ,「嵌まる」という言葉は,ある程度,幅のある概念というべきである。
 そうすると,本件特許の構成要件Hの「嵌まる」という文言から,上保持部 13 と下保持部 14 の抜き穴の形状又はその関係が一義的に定まるとの被告の主張を採用することはできず,構成要件Hの「嵌まる」という文言の意義については,本件特 許の願書に添付した明細書の記載及び図面も考慮して,解釈する必要がある(特許法70条2項)。
    ウ  本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書の内容
        (ア) まず,本件特許の特許請求の範囲によれば,構成要件Hの後半部分には,「抜き穴 21」の説明として,平面視で上保持部が「嵌まる」状態にあるという ことが記載されていることが読み取れるものの,その「嵌まる」という文言の意義については何ら説明されていない。なお,構成要件Hの前半部分では,下保持部が平面視で上保持部を囲う形状に形成されているということが記載されており,これと「嵌まる」という文言が用いられている後半部分とは「このため」という接続詞でつながれているが,前半部分の「囲う形状に形成されて」いるということの具体的な意味が明記されているわけではないから,前半部分の記載を踏まえても,後半部分の「嵌まる」という文言の意義が明確になるわけではない。
  また,本件明細書の【発明の詳細な説明】を見ると,構成要件Hに関する記載が【0011】及び【0018】にあるものの,そこには構成要件Hに係る構成を採用した理由が記載されているだけで,「嵌まる」という文言の意義が記載されているわけではない。 
  (イ) もっとも,本件明細書の図面のうち,本件発明の実施形態を示した図3,図7(B)及び図8(A)(【0012】)には,カードケースを平面視で上側から見た図面に「抜き穴 21」及び「上保持部 13」が図示されているところ,そのいずれの図面でも,「抜き穴 21」と「上保持部 13」とがぴったりと隙間なく図示されてはおらず,その間に隙間が描かれている。 
 また,図9が本件発明の実施形態を示したものか当事者間に争いがあるものの,本件明細書の【0025】や【図面の簡単な説明】で図9が本件発明の実施形態と説明されていることに加え,後記オ(イ)で判示するとおり,図9が補正の過程で変更・削除されることなく図面として残されたこと(乙11)に照らせば,図9は本件発明の実施形態を示したものと認めるのが相当である。そして,図9(A)には 「21」という番号が明示されていないものの,これは図7(A)と同じく,表示用フック(4a)を図示したためであると認められ,また明細書で図9の説明として構成要件Hに直接触れられていないものの,その図面の内容に照らせば,「14」と明示されている下保持部の内側の線の内部が「抜き穴 21」に相当すると考えられる。そして,この図面からは,「抜き穴」と「上保持部 13」との間に上記図3における 隙間よりも広い隙間が形成されていることや,上保持部の外周の形状と抜き穴の形状とが完全に同じでなくてもよいことを読み取ることができる。
    エ  構成要件Hに係る構成の技術的意義
    本件発明の技術的意義は前記1で認定したとおりであり,このうち構成要件Hに係る構成の技術的意義は,本件明細書の【0011】及び【0018】に記載されているとおり,カードケースを射出成形法によって製造するに際し,一対の金型を密着・離反させるだけで簡単に製造できるようにする(すなわち,一対の金型の抜き違いによって上下保持部 13,14  を製造できるようにする)というものである。
 これは結局,金型を使用してカードケースを簡単に製造できる方法を見出したというものであり,このような技術的意義との関係では,抜き穴と上保持部とは一対の金型を密着・離反(抜き違い)させるだけで製造できる形状であれば足り,金型を使用してカードケースを製造する場合の金型の設計や金型の使用方法を考えると,「抜き穴」の大きさが「上保持部」の大きさより大きくても,一対の金型を密着・離反させるだけで簡単にカードケースを製造できるものと認められる。  
 したがって,「抜き穴」と「上保持部」とが平面視で見た際にぴったりと隙間なく合っている必要まではなく,両者の間に隙間(間隔)や,遊び,余裕があっても上述した作用効果を奏すると認められる。 
・・・
  (エ) 構成要件Cの「嵌まる」の意義について  15
        a  被告も指摘するとおり,構成要件Cにも「嵌まる」という文言がみられるが,ここで「嵌まる」という文言によって表現しようとしていることは,構成要件Hが「嵌まる(状態)」という文言で表現しようとしていることと異なっている。 
 すなわち,構成要件Cは,「この表示板 12 の背面に一体に設けられていて前記表示用フック4の垂直部 4b に水平回転自在に嵌まる上保持部 13 と,」というもので,上保持部 13 が表示用フックの垂直部 4b に水平回転自在に「嵌まる」ものであることを記載したものであるが,構成要件F及び本件明細書の【0015】によると,上保持部には中心穴及び切り開き溝が形成されており,上記垂直部を切り開き溝に押し込むことによって,垂直部を中心穴の場所に位置させ,それによって垂直部を上保持部に嵌める(嵌合させる)ものとされている。また,上保持部は,表示用フックの垂直部との間に多少の摩擦が生じるように設定しても良いし,摩擦なしに水
平回転させ得る状態に設定しても良い(ストッパー部を設けると後者が好適である)とされている(【0017】)。そして,そのような構成とすることによって,表示用フックに取り付けたカードケースを,表示用フックの垂直部の軸心回りに回転させることができるものとされている(【0015】)。 
 以上のように,構成要件Cでは,上保持部(の中心穴)と垂直部とが物理的に接触することを前提として「嵌まる」という文言が使用されている。これに対し,構成要件Hは,あくまでも立体視では異なる場所にある抜き穴と上保持部とが「平面視で…嵌まる状態」にあるということを記載したものであり,両者が物理的には接触していないことを前提に,上保持部と下保持部の中にある抜き穴が平面視でどのような関係にあるかを記載したものにすぎず,構成要件Cが「嵌まる」という文言で表現しようとしていることとは大きく異なっている。
        b  また,本件明細書の図3,図7ないし9では,上保持部 13 に形成された中心穴 18 と表示用フックの垂直部 4bとの間には隙間が図示されていないところ,これは前記認定の上保持部と抜き穴との間に隙間が図示されていることとも 異なっている。
        c  以上のことに加え,前述のとおり「嵌まる」という言葉は幅のある概念であることを踏まえると,構成要件Hの「嵌まる」という文言を構成要件Cの「嵌まる」と同じに解すべきとの被告の主張は採用できない。
      カ  構成要件Hの「嵌まる」の解釈 
      「嵌まる」という言葉は,前記イで判示したとおり,一般的な意義としてある程度,幅のある概念であるところ,前記ウで認定した本件明細書の図3及び図9の内容に加え,前記エにおいて判示した構成要件Hに係る構成の技術的意義等に照らせば,構成要件Hの「嵌まる」とは,平面視で「抜き穴 21」と「上保持部 13」とがぴったりと隙間なく合っている必要はなく,「抜き穴 21」の大きさが「上保持部13」の大きさよりも大きく,平面視で両者の間に隙間(間隔)や,遊び,余裕がある場合を含むものと解するのが相当である。  他方,平面視で「上保持部 13」の方が「抜き穴 21」よりも大きい場合には,構成要件Hの「嵌まる」には当たらないというべきであるし,「上保持部 13 が入る」,あるいは「上保持部 13 が収まる」といった言葉ではなく,あえて「嵌まる」という言葉が使われており,その技術的意義は,一対の金型の抜き違いによって上下保持  部 13,14 を製造できるようにすることにあると説明されていることからすると,「抜き穴」の大きさが「上保持部」よりも相当大きいような場合や,それらの形状が大きく異なるような場合は,構成要件Hの「嵌まる」には当たらないというべきであり,同構成要件を充足するためには,「上保持部」が全体として「抜き穴」を囲う形状に形成されていることに加え,「抜き穴」の大きさが「上保持部」よりも若干大きい程度であり,形状もある程度類似していることが必要であると解するのが相当である(この限度で原告らの「嵌まる」の解釈に関する主張は広範に過ぎ,採用することはできない。)。
(2) 被告製品へのあてはめ 
    被告製品の下部穴21′は上保持部13′よりも大きいが(構成H′),別紙「被告製品目録」の「2.図面」の図4及び図5によれば,下穴部21′と上保持部13′との間の隙間は,上保持部13′の上部穴18′や切り開き溝19′を除いた部分の厚みと比べても,特別広いわけではなく,下部穴21′の大きさが上保持部13′よりも若干大きいものにとどまっていると認められる。また,下部穴21′の形状は四角形であるのに対し,上保持部の外形は本件明細書の図9(A)の上保持部 13 の形状と類似した形状であり,それらの形状はある程度類似しているといえる。
 したがって,被告製品においては,下穴部21′が平面視で上保持部13′が嵌まる状態に形成されていると認めることができるから,構成要件Hを充足する。そして,被告製品が構成要件AないしG及びIないしKを充足することについては当 事者間に争いがないから,被告製品は本件発明の技術的範囲に属することとなる。 」

【コメント】
 本件は,特許権侵害訴訟の事案です。
 特許は,発明の名称を「棒状フック用のカードケース 」(特許第4012616号)です。
 
 クレームは,以下のとおりです。
A  水平部 4a の先端に上向きの垂直部 4b を形成した棒状の表示用フック4に取付けられる合成樹脂製カードケース 11 であって,
B  前記表示用フック4の前方に配置される表示板 12 と,
C  この表示板 12 の背面に一体に設けられていて前記表示用フック4の垂直部 4b に水平回転自在に嵌まる上保持部 13 と, 
D  前記表示板 12 の背面に一体に設けられていて前記表示用フック4における水平部 4a の下面側に位置する下保持部 14 とを備えており,
E  前記下保持部 14 は表示板 12 の背面のうち上保持部 13 の下方に設けられていて上下保持部 13,14 の間には前記表示用フック4の水平部 4a を挟み得る間隔が空いており,
F  更に,前記上保持部 13 には,前記表示用フック4の垂直部 4b に対してその軸線と直交した方向からの押し込みによって弾性に抗して嵌合させるための切り開き溝 19 が形成されている,という構成において,
G  前記上保持部 13 の切り開き溝 19 は平面視で表示板 12 の長手方向に沿った横向き方向に開口している一方,
H  前記下保持部 14 は平面視で上保持部 13 を囲う形状に形成されていてこのため平面視で上保持部 13 が嵌まる状態の抜き穴 21 が空いており,
I  前記上保持部 13 の下面と下保持部 14 の上面とのうちいずれか一方又は両方に,平面視で前記表示板 12 を表示用フック4の水平部 4a に対して直交させた姿勢と左側及び右側に傾けた各姿勢において表示用フック4の水平部 4a に選択的に係合してその姿勢を保持するストッパー部 20,24 が形成されており, 
J  前記表示用フック4の水平部 4a がストッパー部 20,24 を乗り越えることによって表示板 12 の平面視姿勢を変更することが許容されている,
K  棒状フック用のカードケース。

 こう書かれてもさっぱりわからないのが実情だと思います。

 図をみましょう。
 
 明細書の図1です。

 これ何かと言いますと,スーパーやコンビニの陳列棚に値札等をつけるために,奥などから金属製のフックが伸びていると思います。これが通称十手フックと呼ばれているものです(図の3,4です。)。
 そして,このカードケースというのは,このフックの3のさっきっちょにつける値札等のカードケースなわけです。
 
 で,ポイントは,下保持部14に抜き穴21があり,この穴の大きさと上保持部13の大きさが大凡同じという所です。こうすると,金型で簡単に作れるらしいです(ここのイメージはイマイチよくわかりませんが。)。
 
 ですので,構成要件Hの後半の「嵌まる」 の意味が問われたわけです。
 
 で,被告製品です。
 
  はっきり言ってほぼ一緒~。
 まあ,もともと被告は原告に作ってもらってたのに,それをコスト削減か何かでコピー品を他社に作らせただけですので,そりゃそっくりです。
 
 で,上記のように,被告としては,構成要件Cにも「嵌まる」という語があり(ここでの意味は密着,ピッタリでしょうね。) ,そうすると,構成要件Hの「嵌まる」も同じように解釈しないとまずいんじゃないの~など主張したのですね。
 
 だけど,上記のとおり,裁判所は今回の特許の作用機能を考えて,ピッタリじゃなく遊びがあってもいい,そりゃむちゃくちゃ遊びがあったり,逆に穴の方が小さい場合はダメだけど,少なくとも被告製品は,技術的範囲の中~♪と結論づけたのですね。
 
 そそ,これは典型的なクレーム解釈の争い~ですね。
 だけど,同じ語が同じ請求項に使われているのに,それぞれ違う解釈でいいのだ~と,この事例で考えればそれが妥当なのだけど,一般的に考えると,そんなことあっていいの~という所もあって,取り上げた次第です。 

 結構深い事件ですね。