2016年4月8日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10078 不服審判 拒絶審決 請求認容


事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年3月2日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 鈴 木 わ か な
「⑵ 本願補正発明の特徴
 前記⑴によれば,本願補正発明の特徴は,以下のとおりである。
ア 本願補正発明は,眼鏡レンズの周縁を加工する眼鏡レンズ加工装置に関するものである(【0001】)。
イ 眼鏡レンズの周縁を加工する加工装置においては,加工治具であるカップを介して一対のレンズチャック軸に保持された眼鏡レンズが,レンズチャック軸の回転に伴って回転し,粗砥石等の粗加工具を押し当てられることによって,周縁に粗加工を施される(【0002】)。
 粗加工時における眼鏡レンズの回転方向の制御には,①粗砥石の回転方向と眼鏡レンズの回転方向とが逆にされるダウンカット方式と,②粗砥石の回転方向と眼鏡レンズの回転方向とが同一方向にされるアップカット方式がある。アップカット方式においては,眼鏡レンズを粗砥石側に引っ張る力が増大し,レンズチャック軸の回転角度に対してレンズの回転角度がずれてしまう,いわゆる軸ずれが大きく発生するので,通常のプラスチックレンズの粗加工には,上記の力がアップカット方式よりは弱いダウンカット方式が採用されている。
 他方,レンズの材質が熱可塑性の素材の場合,粗加工時には研削水が使用されないので,ダウンカット方式を採用すると,粗砥石の回転方向に排出される加工くずが熱を受けて粘りを持ちやすく,熱で溶かされた加工くずが粗加工済みのレンズ周縁に付着するのに対し,アップカット方式においては,粗砥石の回転方向に排出される加工くずが粗加工の未加工部分側に排出されることから,溶かされた加工くずがレンズ周縁に付着しくい。そこで,熱可塑性素材のレンズの粗加工には,アップカット方式が採用されている(【0003】,【0005】)。
ウ 近年,眼鏡レンズとして撥水レンズが多く使用されるようになってきたが,撥水レンズは,表面が滑りやすいので,撥水物質が施されていないレンズと同様に従来の加工制御方法を使用すると,カップの取付けが滑り,軸ずれが発生しやすい(【0003】)。
 そのような軸ずれを軽減する方法は,複数提案されているものの(【0004】),撥水コーティングが施された熱可塑性のレンズをアップカット方式で加工しようとすると,それらの提案に係る加工制御によっても軸ずれの問題を十分に抑えきれず,また,軸ずれを避けようとすると,加工時間が大幅に長くなるという問題がある(【0007】)。 
 本願補正発明は,上記の問題に鑑み,熱可塑性レンズの軸ずれを効果的に抑え,効率よく加工を行うことができる眼鏡レンズ加工装置の提供を技術課題としたものである(【0008】)。
エ 本願補正発明は,前記ウの課題を解決するために,本件補正後の特許請求の範囲請求項3記載の構成を備え,レンズ回転手段及び軸間距離変動手段を制御する制御手段は,第1粗加工時において複数のレンズ回転角方向において切込みを行う際,順次所定の角度ごとに切り込ませることによって,眼鏡レンズを1回転分回転させたときに第1粗加工が完了されるように制御することを特徴とする(【0009】)。
オ 本願補正発明によれば,熱可塑性レンズの軸ずれを抑えて効率よく加工を行うことができる(【0010】)。

2 引用発明について
・・・
⑶ 引用発明の特徴
 引用例(甲1)には,本件審決が認定したとおりの引用発明(第2の3⑵ア)が記載されていることが認められ,前記⑵の記載によれば,引用発明の特徴は,以下のとおりのものと認められる。
ア 従来から,眼鏡フレームのフレーム形状に合わせて眼鏡レンズの周縁部を研削する玉型加工の方法として,軸部材の保持部に固着した玉型加工前の円形の眼鏡レンズを軸部材の一対の軸部材本体で挟持し,軸部材を回転させて,眼鏡レンズを回転駆動するとともに,眼鏡レンズの周囲に複数の砥石を配置し,これらの砥石を回転させながら,回転する眼鏡レンズに当接させる方法が使用されていた(【0001】,【0002】)。
イ しかし,上記方法においては,軸ずれが発生することから,これを防止する方法として,眼鏡レンズと保持部との間に滑り止めシール及び粘着テープを設ける方法が提案されているものの,同方法においては,眼鏡レンズの加工に手間が掛かるほか,表面に超撥水処理が施された眼鏡レンズを加工する場合は軸ずれの発生を確実に防止できないという問題があった(【0003】,【0004】)。
 引用発明は,これらの課題を解決するために,軸ずれを防止することができ,眼鏡レンズの加工に手間を掛けずに,玉型加工を行うことができる眼鏡レンズの製造装置の提供を目的としたものである(【0005】)。
ウ 引用発明は,前記アの従来の玉型加工の方法において,回転する眼鏡レンズには,砥石に当接した直後から,その回転を停止する方向の力が加わり,その力が眼鏡レンズをねじるような方向に作用して,眼鏡レンズの軸部材に対する位置ずれや角度ずれ,すなわち,軸ずれが発生しやすくなるという知見に基づいて(【0006】),眼鏡レンズにこれを保持する軸部材からの回転駆動力をかけないで,すなわち,眼鏡レンズを回転させないで粗加工をするという課題解決手段を採用した(【0007】,【0008】)。
エ したがって,引用発明においては,粗加工の際,眼鏡レンズが回転していな鏡レンズ自体が回転していないので,砥石に当接しても,前記ウのとおり軸ずれの原因となっていた上記回転を停止する方向の力が加わることはなく,軸ずれが発生しにくくなる。その結果,少なくとも滑り止めシールは不要となり,眼鏡レンズ表面の材質等によっては,粘着テープも不要になり,眼鏡レンズの製造に掛かる手間を省くことができる(【0009】,【0010】)。
オ さらに,少なくとも粗加工工程において,回転する一対の砥石は,回転方向が互いに逆向きであることが好ましい。一対の砥石の回転方向を逆向きとすることで,眼鏡レンズにおいては,一方の砥石から作用する回転力と他方の砥石から作用する回転力とが打ち消し合うこととなる。これにより,眼鏡レンズは一対の砥石によって確実に挟持されることとなり,軸ずれの発生を防止することができる(【0013】)。・・・

⑶ 相違点1の容易想到性について
ア 本願補正発明と引用発明の間に前記第2の3⑵ウ(ア)のとおりの相違点1が存在することは,当事者間に争いがない。
イ 動機付けについて
(ア) 前記⑵アのとおり,引用発明は,複数の加工具回転軸を備え,複数の砥石によって眼鏡レンズを加工する装置を用いる従来の玉型加工の方法に,眼鏡レンズ
を回転させないという構成を採用したものである。
 そして,前記⑵イのとおり,引用例には,加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式についての記載はなく,示唆もされていない。加工具回転軸が複数あること自体に起因して何らかの問題が発生する,又は,加工具回転軸を1つとすることにより何らかの効果が期待できるなどといった,シングルスピンドル方式を採用する動機付けにつながり得ることも何ら示されていない。
(イ) 加えて,前記⑵イのとおり,ダブルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置は,加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置に比して,機械剛性が高く,加工時間も短いという利点を有するものと推認することができるのに対し,シングルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置がダブルスピンドル方式の眼鏡レンズ加工装置に比して優位な点があることは,本件証拠上,認めるに足りない。
(ウ) したがって,当業者において,本願出願当時,引用発明に係る一対の加工具回転軸を備えたダブルスピンドル方式の眼鏡レンズの製造装置につき,あえて加工具回転軸を1つとするシングルスピンドル方式の構成を採用することについては,動機付けを欠き,容易に想到し得ないというべきである。」

【コメント】
  レンズの研磨装置に関する発明です。進歩性がポイントなのですが,動機付けの認定違反を問える典型例と思えたため,取り上げました。
 
 まずは,クレームからです。
「【請求項3】眼鏡レンズを保持するレンズチャック軸を回転するレンズ回転手段と,レンズの周縁を粗加工する砥石が取り付けられた1つの加工具回転軸を回転する加工具回転手段と,前記レンズチャック軸を前記1つの加工具回転軸に向けて移動させることによって,前記レンズチャック軸と前記1つの加工具回転軸との軸間距離を変動させる軸間距離変動手段と,前記レンズ回転手段及び前記軸間距離変動手段を制御して粗加工軌跡に基づいて前記砥石によりレンズ周縁を加工する制御手段と,を備える眼鏡レンズ加工装置であって,/前記制御手段は,レンズを回転させない状態で,前記レンズチャック軸を前記1つの加工具回転軸に向けて移動させることによって,前記1つの加工具回転軸とレンズチャック軸との軸間距離を変動させ,前記砥石とレンズを1つの位置で当接させて,前記砥石を切り込ませる粗加工を複数のレンズ回転角方向でそれぞれ行う制御が可能であることを特徴とする眼鏡レンズ加工装置。」
 これだと恐らくさっぱりわかりませんが,図だとこんな感じです。
 
  図でも,やはりわからないという所ですが,ポイントは2つです。①研磨装置は1軸だけ,いわゆるシングルスピンドル方式で,②レンズは回転させず,研磨装置の方だけ回転する,というものですね。

 引用発明は甲1発明で,こんなやつです。
 
 
  これもさっぱりわからないかもしれませんが,ポイントは2つです。①研磨装置は2軸,いわゆるダブルスピンドル方式で,②レンズは回転させず,研磨装置の方だけ回転する,というものです。
 そうすると,一致点・相違点はこうです。
「イ 本願補正発明と引用発明との一致点
 眼鏡レンズを保持するレンズチャック軸を回転するレンズ回転手段と,眼鏡レンズの周縁を粗加工する砥石が取り付けられた加工具回転軸を回転する加工具回転手段と,前記レンズチャック軸と前記加工具回転軸との軸間距離を変動させる軸間距離変動手段と,前記レンズ回転手段及び前記軸間距離変動手段を制御して粗加工軌跡に基づいて前記砥石により眼鏡レンズ周縁を加工する制御手段と,を備える眼鏡レンズ加工装置であって,/前記制御手段は,レンズを回転させない状態で,前記加工具回転軸とレンズチャック軸との軸間距離を変動させ,前記砥石を切り込ませる粗加工を複数のレンズ回転角方向でそれぞれ行う制御が可能である眼鏡レンズ加工装置である点
ウ 本願補正発明と引用発明との相違点
(ア) 相違点1
 本願補正発明は,加工具回転軸が1つであり,砥石と眼鏡レンズを1つの位置で当接させて粗加工を行うものであるのに対し,引用発明は,加工具回転軸が一対であり,一対の砥石と眼鏡レンズを2つの位置で当接させて粗加工を行うものである点
(イ) 相違点2
 レンズチャック軸と加工具回転軸との軸間距離を変動させる軸間距離変動手段が,本願補正発明においては,レンズチャック軸を加工具回転軸に向けて移動させるというものであるのに対し,引用発明においては,一対の砥石軸を眼鏡レンズ駆動装置に固定された眼鏡レンズに向けて移動させるというものである点
」
 特に重要なのが,相違点1です。上記のそれぞれの発明の①の点のことです。
 審決では,「本件審決は,相違点1につき,①眼鏡レンズの玉型加工において,1つの砥石軸で加工を行うことは従来周知の技術であるところ,装置の簡素化を図ることは,当業者が当然に考慮すべき事項であるから,一対,すなわち,2つの加工具回転軸を1つにして構成を簡素化することは,当業者が容易に想到し得たことである,②砥石の個数を単数とすること及び複数とすることのいずれも,従来から慣用されている技術であるとして,引用発明において,一対の加工具回転軸を1つにし,それに伴って,一対の砥石と眼鏡レンズを2つの位置で当接させていたものを,1つの砥石と眼鏡レンズを1つの位置で当接させて,相違点1に係る本願補正発明の特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得る旨判断した。」のです。

 つまり,ダブルスピンドルだろうがシングルスピンドルだろうが,そんな変わらないね~,大した違いじゃないのだから,2→1の適用も容易でしょ,と判断したわけです。
 他方,判決は上記のとおりです。
 ポイントは軸すれを防ぐということにあったと思います。
 引用発明も軸ずれを防ぐためのものなのですが,ダブルスピンドルでの軸ずれとシングルスピンドルでの軸ずれとに,多少メカニズムの違いがあり,結局,別系統の技術であったということがミソなのでしょう。 

 判決はその違いを大きく見たのに対し,審決は大した違いではないと見たわけです。特許庁の審判官は当業者と言ってもよいですから,技術には厳しいわけです。それ故,過小評価しがちだということも裏のポイントの一つと言えましょう。
 
 


2016年4月7日木曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10054 無効審判 不成立審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年3月30日
裁判所名
 知的財産高等裁判所所第2部 
 裁判長裁判官 清 水   節       
 裁判官  片 岡 早 苗  
 裁判官  新 谷 貴 昭  

「2  取消事由1及び2について
  本件発明の構成が,公知技術である引用発明に他の公知技術や周知技術等を適用することにより容易に想到できるものであるとしても,本件発明の有する効果が,当該引用発明等の有する効果と比較して,当業者が技術常識に基づいて従来の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものである場合は,本件発明がその限度で従来の公知技術から想到できない有利な効果を開示したものであるから,当業者がそのような本件発明を想到することは困難であるといえる。
 したがって,引用発明と比較した本件発明の有利な効果が,当業者の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものと認められる場合は,本件発明の容易想到性が否定され,その結果,進歩性が肯定されるべきである。
 そして,当業者が予測できない顕著な効果といえるためには,従来の公知技術や周知技術に基づいて相違点に係る構成を想到した場合に,本件発明の有する効果が,予測される効果よりも格別優れたものであるか,あるいは,予測することが困難な新規な効果である必要があるから,本件発明の有する効果と,公知技術を開示する甲1発明,甲2発明に加え,周知技術を開示する甲3発明~甲5発明の有する効果についても検討する。この場合,本件発明における有利な効果として認められるためには,当該効果が明細書に記載されているか,あるいは,当業者が,明細書の記載に当業者が技術常識を当てはめれば読み取ることができるものであることが必要である。なぜなら,特許発明は,従来技術を踏まえて解決すべき課題とその解決手段を明細書に記載し,これを一般に開示することにより,特許権としての排他的独占権を取得するものである以上,明細書に開示も示唆もされず一般に公開されないような新たな効果や異質な効果が後日に示され,仮に,従来技術に対して有利な効果であるとしても,これを斟酌すべきものではないからである。このような観点から,以下,検討を進める。
(1) 本件発明について
  ア  本件明細書(甲21)には,以下のとおりの記載がある。・・・
 イ  以上の記載によれば,本件発明の効果として,次のことが記載されているといえる。
  すなわち,まず,治療効果については,1日1回,鼻腔に,モメタゾンフロエート水性懸濁液(モメタゾンフロエート100μg用量)を投与した101名のアレルギー性鼻炎患者,及び,プラセボを投与した100名のアレルギー性鼻炎患者を分析した結果,両者は,統計上の有意な差異を示し,モメタゾンフロエートを投与したグループについてのベースラインからの鼻腔症状の総スコアの減少は,プラセボグループでの減少よりも統計上有意に高いことを示したこと(14欄49行~17欄39行)が記載されており,アレルギー性鼻炎に対して,1日1回のモメタゾンフロエートの鼻腔内投与で,プラセボとの対比において,治療効果があることが記載されているといえる。
  次に,全身的な吸収及び代謝については,各々6名のボランティアから構成されるグループに対し, 3 H-MFを,経口溶液,経口水性懸濁液,鼻腔スプレー懸濁液,静脈内注入溶液等として投与後に回収した血漿,尿,糞便等のサンプルの放射能含量をアッセイしたところ,薬物由来放射能の全身的な吸収が,経口溶液として1.03mg(1030μg)用量を投与した場合には用量の100%を示したのに対し,経口懸濁液として0.99mg(990μg)用量,又は鼻腔スプレー懸濁液として0.19mg(190μg)用量投与した場合には用量の8%を示すに留まり,かつ,モメタゾンフロエート自体は,経口溶液として投与した場合には血漿中に検出することができたが,経口懸濁液又は鼻腔スプレー懸濁液として投与した場合には血漿中に検出することができなかったこと(18欄11行~20欄38行,26欄17~24行,表1,表2)が記載されており,経口溶液と比して,経口懸濁液及び鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果があることが記載されているといえる。
  さらに,全身性副作用については,モメタゾンフロエート一水和物の水性鼻腔スプレー懸濁液を8名のボランティアに投与したところ,4000μg用量を投与した場合でも,プラセボと比較して,血漿中コルチゾルプロファイル曲線下の24時間領域(AUC  0-24)に有意な影響を与えなかったこと(13欄43行~14欄9行),モメタゾンフロエート一水和物の水性鼻腔内スプレー懸濁液処方物(400μg/日),モメタゾンフロエート一水和物の水性鼻腔内スプレー懸濁液処方物(1600μg/日),鼻腔内へのプラセボ,及び経口用プレドニソン(10mg/日)のいずれかの1日1回の投与を28日間,それぞれ12名のボランティアに行ったところ,プラセボと比較して,2つの用量のモメタゾンフロエート水性鼻腔スプレー処方物は,いずれもコルチゾル分泌における何らの変化とも関連しなかったこと(14欄10行~14欄24行)が記載されており,プラセボとの対比において,HPA機能抑制に起因する全身性副作用がないことが記載されているといえる。
  なお,審決は,本件効果2として,「モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収が実質的に存在しないことにより,所望しない全身性副作用を防げること」を認定し,「代謝後のモメタゾンフロエートの残留量の少なさ」と「全身性副作用の低さ」を同一視しているが,本件優先日の技術常識からすると,代謝後のモメタゾンフロエートの残留量の少なさと全身性副作用の低さの間には因果関係があるものの,代謝後のモメタゾンフロエートの残留量の少なさが直ちに全身性副作用の低さを意味するわけではないし,モメタゾンフロエートが全身に吸収された後に代謝されて形成された化合物自体が副作用をもたらす可能性もあるから,両事項を同一視することはできず,異なる側面を有するものとして評価すべきである。そして,「代謝後のモメタゾンフロエートの残留量の少なさ」は,全身性副作用の低さをもたらすメカニズムの要因の1つではあるが,それ自体が本件発明によって生じる効果の1つであり,また,「全身性副作用の低さ」という効果の前提となる当該「全身性副作用」は,HPA機能抑制に起因する全身性副作用以外の種々のものを含むから,「全身性副作用の低さ」という効果は,常に同じ内容を指すものではなく,結局,代謝後の残留量の少なさと全身性副作用の低さの両事項を,本件発明の効果として検討するのが相当である。
   ウ  以上のとおり,本件明細書には,モメタゾンフロエート水性懸濁液が,バイオアベイラビリティの点で経口溶液よりも優れていることは記載されているものの,水性懸濁液では鼻腔スプレーでの投与と経口投与との差はなく,また,溶液では鼻腔スプレーでの投与と経口投与との差は示されず,さらに,治療効果や副作用については,他の部位への投与や他の投与方法の記載はなく,他の部位への投与や他の投与方法と比して,どの程度優れているかについて,明示的な記載はない。
  もっとも,明示的な記載がなくても,本件優先日において,コルチコステロイド一般又グルココルチコイド一般に治療効果がないという考え方や,コルチコステロイド一般又はグルココルチコイド一般に副作用があるという考え方が,技術常識として確立されていたのであれば,それとの対比により,当業者は,本件発明に一定の効果がありその程度も予測できないものであることを,本件明細書から読み取れることになる。したがって,以下,この点を,甲1発明及び甲2発明の効果との対比を含めて,検討する。
    (2) 甲1発明 
・・・
ウ  以上によれば,甲1発明の効果として,次のことが記載されているといえる。
 すなわち,モメタゾンフロエートが,皮膚に対して局所的抗炎症活性を有することを前提に,喘息及びアレルギー性鼻炎の経口吸入及び鼻腔内吸入の治療効果が見込まれることが記載されており,経口吸入のみならず,鼻腔内吸入の方法を用い,アレルギー性鼻炎に対し,プラセボと対比して,一定の抗炎症活性を有するという治療効果を読み取ることができるが,その治療効果の程度は不明である。
 また,モメタゾンフロエートが,雄性ラットの腹腔内投与後に様々な組織に分布し,かつ,広範に代謝されるため,血漿中のモメタゾンフロエート濃度は通常のクロマトグラフィー法によっては定量できないpg  ml -1 の領域にあると推定され,一方,男性ボランティアへの1mgのモメタゾンフロエート溶液の経口投与では,血漿中濃度は,30分(Tmax)にて約150pg  ml -1 (Cmax)でピークに達し,次いで急速に下降したことが記載されている。したがって,腹腔内投与及び経口投与されたモメタゾンフロエートが血漿中に留まる量は高いものではなく,しかも,比較的短時間で消失するという効果を読み取ることができるが,鼻腔内投与した場合の記載はなく,その場合の全身的な吸収及び代謝がどのようなものになるかは不明である。
 さらに,モメタゾンフロエートは,喘息及びアレルギー性鼻炎の経口吸入及び鼻腔内吸入によって,十分な治療効果を有するだけでなく,副作用についても実用化できる程度の小さいものであることが記載されていると読み取ることができる。HPA機能を抑制する潜在能力は最小限にしか示さないことが記載されている部分の参考文献は,皮膚に局所投与した場合のことしか言及していないが,甲1の全体の文脈では,他の投与方法であっても,HPA機能を抑制するおそれが十分小さく,HPA抑制に起因する全身性副作用のおそれもまた少ないという効果を読み取ることができる。もっとも,具体的な副作用の程度は不明である。
    (3) 甲2発明 
・・・
イ  以上の記載によれば,甲2発明は,モメタゾンフロエートの水性懸濁液の鼻腔内投与が,炎症に対して有効であることが記載されており,治療効果があるといえるが,全身的な吸収や代謝及び全身性副作用の有無,程度については,不明である。もっとも,実用化が困難なことが想定されているとは解されない。
   (4) 甲3発明ないし甲5発明
・・・
 エ  以上の記載は,甲3発明ないし甲5発明が,プロピオン酸フルチカゾン,ブデソニド,トリアムシノロンアセトニドといった他のコルチコステロイドにおいては,1日1回の鼻腔内投与で,十分な薬理作用があり,副作用も見られないという効果を有することを示すものである。
 もっとも,本件優先日において,コルチコステロイド全般はもちろんのこと,グルココルチコイドであれば,一般的に同様の状態での投与や投与回数で同様の効果や副作用になるという技術常識や,他のコルチコステロイドから同様の効果や副作用を推測できるという技術常識はないから,甲3発明ないし甲5発明の効果は,モメタゾンフロエートを使用した場合に当然生じる効果を示すものとはいえない。
    (5) 本件発明の効果との対比  
 ア  アレルギー性鼻炎に対する治療効果
 上記のとおり,本件明細書には,本件発明に関し,水性懸濁液の投与とこれ以外の他の形態(例えば,溶液)で投与した場合との対比や,1日1回の鼻腔内投与とこの投与回数及び形態を変えた場合との対比はなされておらず,単にプラセボとの対比による効果の有無しか記載がない。そして,本件優先日当時の技術常識を踏まえると,水に難溶性の薬物の水性懸濁液は,他の溶媒を用いた溶液よりも,粘膜から吸収されにくいということはできるが,それだけでは,治療効果の具体的な違いは把握できないし,また,他の形態で投与した場合や異なる投与回数の場合の治療効果がどの程度であったかを読み取ることも,困難である。
 他方,甲1発明及び甲2発明においても,アレルギー性鼻炎に対する一定の治療効果が期待されることは上記のとおりである。
 そうすると,本件明細書の記載からは,甲1発明や甲2発明よりも,本件発明1が,治療効果の点で優れているかどうかを理解することは困難といわざるを得ない。
      イ  全身的な吸収及び代謝
 本件明細書には,本件発明に関し,経口溶液と比して,鼻腔スプレー懸濁液の方が,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が低く,モメタゾンフロエート自体が血漿中で定量限界以下しか存在しないという効果があることが記載されているが,経口懸濁液と同程度の効果があることの記載しかない。そして,技術常識を踏まえても,他の形態で投与した場合(例えば,溶液の形態での鼻腔内投与)や異なる投与回数の場合の全身的な吸収及び代謝がどの程度であったかを推認することは困難である。
 他方,甲1発明において,腹腔内投与及び経口投与後のモメタゾンフロエートの血漿中の量は高くなく,比較的短期間で消失することは理解できるが,鼻腔内投与の場合における全身的な吸収及び代謝の程度は全く不明といわざるを得ない。甲2発明は,水性懸濁液を鼻腔内に使用した発明であるが,本件優先日において,少なくとも,鼻腔内投与の場合にモメタゾンフロエートの全身的な吸収や代謝後の残存が常に高いという技術常識はない。
 そうすると,本件明細書の記載からは,甲1発明や甲2発明よりも,本件発明1が,全身的な吸収及び代謝の点で優れているかどうかを理解することはできないといわざるを得ない。
      ウ  全身性副作用
 本件明細書には,本件発明に関し,プラセボとの対比において,HPA機能抑制に起因する全身性副作用がないことが記載されているだけで,他の形態(例えば,溶液)で投与した場合との対比や,投与回数を変えた場合との対比はなされていない。そして,当事者の技術常識を踏まえても,他の形態で投与した場合や異なる投与回数の場合の副作用がどの程度であったかを読み取ることは困難である。
 他方,前記(2)及び(3)のとおり,甲1発明及び甲2発明において,モメタゾンフロエートは,経口吸入及び鼻腔内吸入をしても,実用可能な程度の副作用しかないといえるし,本件優先日において,少なくとも,モメタゾンフロエートの全身的な吸収が必ず高いという技術常識はない。
 そうすると,本件明細書の記載からは,甲1発明や甲2発明よりも,本件発明が,全身性副作用の点で優れているかどうかを理解することはできないといわざるを得ない。
    エ  以上によれば,本件発明には,薬としての一定の治療効果を有し,実用可能な程度の副作用しかないことは認められるとしても,本件発明の当該効果が,甲1発明及び甲2発明の効果とは相違する効果であるということはできないし,また,本件明細書上,それらの効果とどの程度異なるのかを読み取ることができない
 以上,これをもって,当業者が引用発明から予測する範囲を超えた顕著な効果ということもできない。よって,この点に関する審決の判断には誤りがある。 
 オ  審決は,甲1及び甲2には,1日1回の投与の記載がなく,治療効果の程度についての記載もなく,本件発明の治療効果を予測できないと判断した。しかしながら,甲1発明及び甲2発明において,一定の治療効果が認められながらその程度についての記載がない以上,当該効果が本件発明の効果よりも明らかに劣るものと認められない限り,本件発明の効果が顕著なものであるとはいえないはずである。審決は,甲1及び甲2の治療効果の程度についての認定をせずに,本件発明の効果がこれを格別上回ると判断したものであって,論理的に誤りがあるといわざるを得ない。
 また,審決は,皮膚に適用した場合の全身性副作用について開示する甲1から,鼻腔粘膜に投与された際の全身性副作用の大きさを予測できないと判断したが,本件発明の効果と甲1発明の効果を同質であると認めた以上,甲1発明において,鼻腔粘膜に投与した際の全身性副作用の方が,皮膚に投与した際と比して常に優れたものといえない限り,本件発明の効果が顕著なものとはいえないはずであり,この点についても,審決に論理的な誤りがあるといわざるを得ない。
 さらに,審決は,本件発明について,甲1発明で示された最小限の全身性副作用よりも低いレベルの全身性副作用しかないから,顕著な効果があると判断したが,この審決の判断には,前記(1)イのとおり,モメタゾンフロエートの全身性吸収及び代謝後の残存量の問題と全身性副作用の有無の問題を同一視した点において誤りがある。その上,皮膚へ投与する甲1発明と鼻腔に投与する本件発明において,投与される組織の相違による吸収性の違いがあるからといって,甲1発明の全身性副作用が実用化できない程度に強いとは当然にはいえないはずであり,この点について効果の顕著性を認めた審決の判断にも,論理的な誤りがある。しかも,水性懸濁液のモメタゾンフロエートの全身性吸収の低さ及び代謝後の残存量の少なさは,本件発明と同様,水性懸濁液の鼻腔内投与を行う甲2発明が有するはずであり,甲2発明の副作用の程度が開示されていないとはいえ,審決が,甲1発明と甲2発明を組み合わせて薬として実用化可能な本件発明の構成を想到できたとする以上,この組合せと比して本件発明の効果が顕著なものであるか否かについて検討する必要がある。しかしながら,審決では,甲1発明との対比しかなされておらず,検討が不十分であったといわざるを得ない。 」

【コメント】
 薬剤の発明で進歩性が問題になったものです。そして,珍しく,効果が論点になっており,裁判所も真正面から,この論点に応えておりますので,なかなか意義深い判決となっております。
 クレームからです。
「【請求項1】モメタゾンフロエートの水性懸濁液を含有する薬剤であって,1日1回鼻腔内に投与される,アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤。」
 昨年の秋の最高裁の事件を初めとして,既に薬剤そのものがあるのだが,その用法用量が画期的なので,特許になったという類はこの分野ではデフォーのようです。
 私は特許は専門にしていますが,技術分野としては,違う所が専門です。その感覚からすると,この程度のことで,どうして特許が付与されるか不思議なのですが,新薬の会社としては,この程度までは認めてもらえないと,新薬を開発するインセンティブにならないということなのでしょう。
  こういう所は,本当技術分野によって大きく違います。
 さて,進歩性ですので,一致点・相違点です。
甲1発明
「 (一致点)
「モメタゾンフロエートを含有し,アレルギー性または季節性アレルギー性鼻炎を対象とする」点。
(相違点)
  相違点1:本件発明1は「水性懸濁液」であるのに対し,甲1発明ではそのような特定がなされていない点。
  相違点2:本件発明1は「1日1回投与」されるのに対し,甲1発明では投与回数が特定されていない点。
  相違点3:本件発明1は「治療のための薬剤」であるのに対し,甲1発明は「候補薬」である点。
」

 本件がユニークなのは,審判における動機付け等の認定です。
「 (ア) 相違点1
 甲2記載のとおり,本件優先日時点において,モメタゾンフロエート一水和物(モメタゾンフロエート一水和物と同義。)の水性懸濁液を鼻から投与すること,及び,炎症状態の処置に有用であることは,当業者に既に知られていたものと認められる。また,技術常識を勘案すると,本件優先日時点において,モメタゾンフロエート一水和物とモメタゾンフロエートとは,薬効成分として同等のものであると,当業者は認識していたと認められる(本件特許公報の7頁左欄第43~44行参照)。
 その上で,甲1には,モメタゾンフロエートが局所的抗炎症活性を有することが記載されていることから,モメタゾンフロエートを含有し,鼻腔内に投与される,アレルギー性鼻炎のための候補薬である甲1発明において,同じく炎症状態の処置の目的でモメタゾンフロエートと同等のフランカルボン酸モメタゾン一水和物を含有し,鼻から投与することを特徴とする甲2に記載の水性懸濁液を剤形として採用することは,当業者が想到し得たものと認められる。
        (イ) 相違点2
 甲3~5記載のとおり,本件優先日時点において,アレルギー性鼻炎の治療のために,コルチコステロイドの鼻腔内噴霧を1日1回行うことは,当業者に既に知られていたものと認められる。
 よって,コルチコステロイドの1種であるモメタゾンフロエートを含有し,鼻腔内に投与される,アレルギー性鼻炎のための候補薬である甲1発明において,同じくコルチコステロイドを,アレルギー性鼻炎の治療のために,鼻腔内噴霧することを特徴とする甲3~5に記載の用法である「1日1回」を試みることにつき,動機付けはあるといえる。
      (ウ) 相違点3
「候補薬」の薬効や安全性を確認した上で,「治療のための薬剤」とすることは,当業者が一般に行う薬剤の開発手法にすぎないから,甲1発明における「アレルギー性鼻炎のための候補薬」を,「アレルギー性鼻炎の治療のための薬剤」とすることは,当業者が想到し得たものと認められる。
  」
 つまりは,相違点はあるにはあるが,技術分野の関連性,課題の共通性,作用機能の共通性などから,構成の組み合わせ等は想到容易と判断されていることです。
 ところが,審決は,この後,効果の判断を行い,そこで,
「アレルギー性鼻炎に対して,1日1回のモメタゾンフロエート投与で,効果的に処置でき(本件効果1),かつ,モメタゾンフロエートの血流中への全身的な吸収が実質的に存在しないことにより,所望しない全身性副作用を防げること(本件効果2)」であると認められる。」
の効果については,「本件発明1は,当業者が予測し得る程度を超えた効果を奏するもの」 としたのです。
 ところが,本判決は,この審決について,論理的に誤りとまで非難しており,かなり辛辣です。

 非当業者の私からしても,この程度の効果で顕著な効果とはよく言えたものだと思えますので,ある意味致し方の無い結論だと思います。
 ともあれ,効果での差異を見つけることの多い,薬や化学の技術分野において,裁判所の考える顕著な効果とはどういうことかがよくわかる判決だと思います。
 さて,このような判決を出す知財高裁2部の清水部長の合議体は,かつての飯村部長の合議体のような先鋭的なポジションにあるようにも思えます。

 
 

2016年4月1日金曜日

侵害訴訟 著作権 平成27(ネ)10102  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 損害賠償等請求控訴事件
裁判年月日
 平成28年3月23日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官清 水 節
裁判官中 村 恭
裁判官中 武 由 紀

「 (2) 控訴人の主張について
① 被控訴人が控訴人プログラムのTemplate.mdbを複製したことは,当事者間に争いがない。
 しかしながら,被控訴人がTemplate.mdbを複製したのは,専ら旧SSTとの互換性を確保するためであると認められるところ,上記のとおり,Template.mdbに格納するデータはTemplate.mdb以外のプログラムが処理をするものであり,当該データを定義するコードを除いて,Template.mdbを複製したからその余のプログラムも複製されたと推認される関係にはない。また,Template.mdbに格納するデータは,前記1(1)のとおり,作成された文字情報や各種設定情報であるから,これを定義するコードの表現に選択の幅はないか,ほぼないと認められるから,このコード自体に創作性を認めることも困難である。
 したがって,Template.mdbが複製されているとしても,そのことは,被控訴人プログラムが控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーしたことを推認させる事情とはいえない。
② 控訴人プログラムには,xlsx形式(Excel2007)で出力された字幕ファイルであっても,その拡張子に「xls」(Excel2003)が付されてしまう事象が生じていたところ,平成25年にリリースされた本件プログラムでも同様の事象が生じていたたことが認められる(甲36,37,157,159)。
 上記事象の原因が,控訴人が主張するように,この事象に関係するコードがExcel2007が頒布開始された平成19年(2007年)より前に作成されたことによるのか,被控訴人が主張するように開発環境にExcel2007がなかったことによるのか,あるいは,単なるバグであるのか(平成25年にリリースされた製品でもそれ以前に販売されたソフトウェアに対応する必要性はある。),いずれとも確定し難い。したがって,上記事象が,控訴人プログラムのソースコードと被控訴人プログラムのソースコードとの特異な一致ということもできない。
 したがって,上記事象があるとしても,そのことは,被控訴人プログラムが控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーしたことを推認させる事情とはいえない。
③ 控訴人は,本件プログラムには,字幕ウィンドウのハコ全体に対する表示属性の設定がハコ内に入力される字幕すべてに適用されないという,控訴人プログラムと同様のバグがあると主張する。
 しかしながら,テキストを全選択して属性設定をしても,その選択範囲よりも前の部分に新たに挿入した文字にその属性が反映されないのは,プログラムとして普通のことである。しかるに,そもそも本件プログラムにはハコ全体に対する表示属性設定機能がないとの被控訴人の主張や,被控訴人プログラムのマニュアルにおける「全て個別設定になります。」との記載(甲23添付の別紙マニュアルの37頁)にかんがみると,控訴人提出の証拠(甲43~46)によって示されているのは単なるテキストの全選択にすぎないものと認めるほかなく,本件プログラムに控訴人プログラムと同様のバグがあることを認めるには足りない。
 控訴人の上記主張は,採用することができない。
④ 控訴人は,本件プログラムには,縦書きで英字のピリオドを入力すると左下に表示されること(甲51,52),字幕の表示位置の指定方式が画面左上からのピクセル指定方式であること,入力した字幕の全文検索において字幕全体が自動的に検索対象となる仕様となっていないこと(甲47,48),字幕を挿入する際の字幕番号の採番方法が小数点以下の番号を付加するというものであること(甲53),エクセル形式でエクスポートする際に英語の言語設定をするとハングアップすること(甲90,91),C ドライブ直下にExcelファイルをエクスポートしようとするとハングアップすること(甲91),縦書きの字幕データをmdb形式でエクスポートした後にインポートをすると横書きになってしまうこと(甲158)が,控訴人プログラムと共通すると主張する。
 これらの共通する事象の発生は,プログラムの仕様がどのように設計されているかによることであって,プログラムの機能や処理内容の共通性を示すものにすぎない。そして,非類似のプログラムの指令の組合せにより同じ機能や処理内容を有するプログラムを作成できる以上,これらの共通する事象が発生しているとしても,直ちにソースコードが共通していることを推認させるものではない。
 したがって,上記共通点があるとしても,そのことは,被控訴人プログラムが控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーしたことを推認させる事情とはいえない。
⑤ 控訴人は,控訴人プログラムと対比した場合,被控訴人プログラムの価格が著しく低廉で,かつ,開発期間も不自然に短いと主張する。
 しかしながら,控訴人プログラムと被控訴人プログラムとには,規模,機能,ユーザーインターフェイス等に相当程度の相違があり(甲95,乙10ないし12),
 また,会社の規模,雇用形態,稼働形態,営業戦略等により,プログラムの制作期間や販売価格は大きく左右される上,被控訴人プログラムと控訴人プログラムの制作には同じ技術者が携わっていること(前記前提事実。たとえソースコードの流用がなくても,同種ソフトウェアのプログラミングをした経験が後のプログラミングに役立つことは明らかである。)や被控訴人が被控訴人プログラムに先行して開発した別の字幕制作ソフトウェア(甲145の1・2)の成果も利用し得ることを踏まえれば,被控訴人プログラムの開発期間や販売価格が不自然なほど短くかつ低廉であるとは認められない。なお,本件におけるCOCOMO を用いて算出した予測開発期間(甲136~138)の正確性は定かではない。
 控訴人の上記主張は,採用することができない。
⑥ 控訴人は,被控訴人プログラムがC++とC♯という2つのプログラム言語で組まれていることは不合理であり,これはC++で組まれている控訴人プログラムのソースコードを流用したことの証左であると主張する。
 被控訴人プログラムは,アプリケーション本体がC♯で組まれており,そのほかの部分はおおむねC++で組まれているが(争いのない事実,甲87,89),そのようにプログラム言語を使い分けた理由は,被控訴人の主張からも判然とはしない。
 しかしながら,C++とC♯が言語体系上は類似するものとはいえ,C++からC♯へのプログラムの完全な自動的なコンバートができるとは認められないから(甲62,63,乙15,16),少なくとも,被控訴人プログラムのうちC♯で組まれている部分は,控訴人プログラムの複製又は翻案である可能性が低いといえる。また,被控訴人プログラムのC++で組まれている部分についても,控訴人プログラムの機能として該当する部分とは,多くの部分でファイル数が異なっており(甲75,87,89),モジュール間構造自体が異なっている可能性が高い。
 以上からすると,被控訴人プログラムが,C++とC#という2つのプログラム言語で組まれていることは,被控訴人プログラムが控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーしたことを推認させる事情とはいえない。
⑦ 控訴人は,第1回証拠保全手続において控訴人が撮影した被控訴人プログラムには,控訴人プログラムと同じコメント,定数名,定義名が存在する旨を主張し,被控訴人プログラムのソースコードを撮影した証拠(甲71,94)を提出する。
 しかしながら,第1回証拠保全手続においては,被控訴人が営業秘密であることを理由に,任意に開示中であった上記ソースコードを開示しないと翻意し,担当裁判官は,控訴人の撮影担当者に対して撮影したデータの削除を命じたと推認されるから(甲22,28,弁論の全趣旨),上記証拠が仮に削除したデータを復旧したものであったとしても,この撮影データを証拠として用いることは,証拠調手続における裁判官の指揮を無視するものであって,適正手続の観点からみて,許容できるところではない。
 したがって,上記各証拠(甲71,94)は,採用しない。
なお,コメント,定数名,定義名はプログラム著作権の対象となるものではなく,上記一致は,Bという同一の技術者が作成に関与したことによるか,あるいは,同人の保有する著作物を部品として流用したことによるものとしても説明できることである。
⑧ 控訴人は,Cが控訴人プログラムのソースコードが記録されたハーディディスクを社外に持ち去ったと主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。
⑨ そのほか控訴人がるる主張する点をすべて併せて考慮しても,被控訴人プログラムが控訴人プログラムにおいて創作性を有する蓋然性の高い部分のコードの全部又は大多数をコピーしたことを推認させる事情は認められない。」

【コメント】
 珍しく著作権の事件の紹介です。
 と言ってもプログラムの著作権のものですから,特許に近いということができます。

 一審は結構話題になりました。やはり,証拠の収集手続が非常に疑問だったからです。

 一審での証拠保全手続は,以下のとおりでした。
「ア 第1回証拠保全手続
 原告は,被告プログラムのソースプログラム等を対象とする証拠保全の申立てをし(千葉地方裁判所松戸支部平成25年(モ)第31号),平成25年3月8日付け証拠保全決定に基づき,同年4月4日,被告の松戸事務所において証拠保全手続が実施された(甲27,28。以下「第1回証拠保全手続」という。)。
 被告は,被告プログラムのソースプログラムを構成するソースファイルのうちの一部のソースリストを任意に提示し,Drawer.cppというソースプログラム及びエクセル形式の字幕ファイルをエクスポートする機能を実現するソースプログラムを任意に閲覧に供したが,営業上の秘密にかかるとして記録は拒否した(甲22,28)。
 なお,同日(平成25年4月4日),東京地方裁判所の証拠保全決定に基づき,被告の本店(東京)における証拠保全手続も実施されたが,被告が,被告プログラムのソースプログラムは松戸の事務所にあり,本店にはないと指示説明したため,同証拠保全手続は終了した(甲23,26)。
イ 第2回証拠保全手続
 原告は,平成25年4月6日時点で被告が販売している被告プログラムを作成するために用いられたソースプログラムのうち,プログラム言語C++で記述された周辺機能のライブラリ部分に含まれる13のプログラムのソースプログラムを対象とする証拠保全の申立てをし(千葉地方裁判所松戸支部平成25年(モ)第50号),平成25年5月10日付け証拠保全決定(検証物提示命令を含む。)に基づき,同月17日,被告の松戸事務所において証拠保全手続が実施された(甲30,乙1。以下「第2回証拠保全手続」という。)。
 被告は,「本件検証の目的物としては,申立人のいうソースプログラムに該当するもの自体は一応存在すると思われるが,その更新日時が平成25年4月6日以前のものかどうかは,見てみないと分からない。」旨指示説明し,裁判官は,かかる指示説明に基づき,原告の確認を得て,「各ファイルは,いずれも更新日時が平成25年4月6日より後であるか,又は存在しない。」として,検証不能により証拠保全手続は終了した(乙1)。」
 
 第1回の証拠保全手続では,いい所まで迫っています。しかし,記録まではとれませんでした。
 一方,第2回の証拠保全手続では,裁判官がよくわからない理由で(被告の言いっ放しの説明に何ら疑義も挟んでおりません。),証拠保全を終わらせております。やる気がないのでしょうね。

 そして,一審では,「なお,原告は,第1回証拠保全手続において撮影し裁判官の指示により消去したはずのビデオカメラデータを復旧したところ,原告プログラムと被告プログラムにはいずれも全く同じ「円周率(VC7はmath.hに定義有り)」というコメントや定数名,定義名が存在する(甲22,71)と主張するが,かかる主張立証方法は,証拠保全手続における裁判官の指示をないがしろにするものであり到底認めることはできない」などが裏の理由かもしれませんが,請求を棄却しております。
 この事件では,問題となるソフトのソースコードが手に入らず,そのため間接事実の積み上げ型という立証戦略をとるしかありません。
 そして,その要素は,ちょっと見てもほぼ真っ黒という感じのものばかりです。同じバグによると思われる不具合,一部のファイルのコピー( Template.mdb),プログラムした人間が同じ,定義名とかのコメントのダブリ・・・などなどです。
 これだけ黒だと侵害にしてもいいような気もするのですが,裁判所の判断はダメでした。 

 直接のソースコードのダブリの立証が無かったのが表向きには大きな理由でしょう。しかし,上記のとおり,消せと言われたビデオのデータを復旧させて,それを証拠提出したということに怒ったというのが裏の理由でしょう。
 裁判官という人達は,妙な所を気にしますので。

 でも,原告が何故そのような裁判官を怒らせる手をとったか,いやとらざるを得なかったかということが重要です。
 それはもうそれ以外に打つ手が無かったからでしょう。最近,また司法システムの再検討が始まっておりますが,そこでの議論に証拠収集のことも俎上に乗っております。
 私は手間ひまのことを考えるとディスカバリーという制度には反対ですが,もうそんなことを言っている場合じゃないのかもしれません。

 ところで,今回のソフトは,一般に販売されているソフトです。つまり,通常だと非常に解析しやすいものです。なのに,何故きちんとリバースエンジニアリングができなかったのかそれが非常に不思議です。難読化や暗号化が凄かったのかもしれませんが,限界はあります。ある程度のソースは取れるかなあと思いますので,そこがちょっと疑問でした。