2018年5月16日水曜日

不正競争  平成28(ワ)6074  大阪地裁 請求一部認容

事件番号
事件名
 不正競争行為差止等請求事件
裁判年月日
 平成30年4月17日
裁判所名
 大阪地方裁判所第21民事部  
裁判官          野    上    誠    一  
裁判長裁判官森崎英二及び裁判官大川潤子は転補により署名押印すること
ができない。
裁判官        野    上    誠    一 

「(3) 原告標章と被告標章の類似性について 
ア  ある商品等表示が不正競争防止法2条1項1号にいう他人の商品等表示と類似のものに当たるか否かについては,取引の実情の下において,取引者,需要者が,両者の外観,称呼又は観念に基づく印象,記憶,連想等から両者を全体的に類似のものとして受け取るおそれがあるか否かを基準として判断するのが相当である(最高裁昭和57年(オ)第658号同58年10月7日第二小法廷・民集37巻8号1082頁参照)。 
 イ  これを本件についてみると,被告標章1及び4である「堂島プレミアムロール」は,「堂島」,「プレミアム」,「ロール」の3語で構成されているが,このうち,「プレミアム」との語は,優れたあるいは高品質なものを意味する語であり,商品が優れたり,高品質なものであったりすることを表現するため商品名に「プレミアム」という文字が付加される例も多い(乙C7の1,2,乙C8の1参照)ことが一般的に認められるから,「プレミアム」の部分は,これと結合する他の単語で表示される商品の品質を表すものと理解され,商品の出所識別機能があるものとは認められない。他方,「堂島」は地名,「ロール」は「ロールケーキ」の普通名詞の略称を表す語であるが,「プレミアム」が上記のとおり,品質を示す意味しか有しないことからすると,「プレミアム」を挟んで分離されているものの,被告標章1及び4からは,プレミアムな,すなわち高品質な「堂島ロール」との観念が生じ,これは原告の商品等表示として周知である「堂島ロール」の観念と類似しているといえるし,また称呼も同様に類似しているといえる。
 そうすると,被告標章1及び4と原告標章とは,被告標章4のみならず字体に特徴のある被告標章1を含め,取引者,需要者が外観,称呼又は観念の同一性に基づ く印象,記憶,連想等から,両者を全体として類似のものとして受け取るおそれがあるというべきである。
ウ  また被告標章2については,「(株)堂島プレミアム」と「プレミアムロール」との語を2段重ねで一体的に表示したものであるが,「(株)」というのは会社の種類を示す株式会社の略語にすぎないから,これ自体に出所識別機能は認めら れない。そこで,これを除くと,被告標章2は,「堂島プレミアム」と「プレミアムロール」が2段重ねで一体化している表示であるが,上段,下段で重複して使用されている「プレミアム」という語は,上記で判示したとおり,独自の出所識別機能を有しない語であるし,また取引の現場では長い名称の商品名は略して称呼され,観念されることが多いと考えられるから,繰り返される「プレミアム」の部分は一単語に省略され,さらにそれ自体の出所識別機能がないことも合わさって,「堂島 プレミアム,プレミアムロール」から,「堂島」と「ロール」という2語が需要者に強く印象付けられると考えられる。したがって,被告標章2からは被告標章1及び4についてみたのと同様,プレミアムな,すなわち高品質な「堂島ロール」という観念が生じるということができ,これは原告の商品等表示として周知である「堂島ロール」の観念と類似しているといえる。 
 また,称呼の点も,同様に「ドウジマプレミアムロール」との称呼が生じるといえるから,原告標章の「ドウジマロール」との称呼と類似しているといえる。
 そうすると,被告標章2と原告標章とは,取引者,需要者が外観,称呼又は観念の同一性に基づく印象,記憶,連想等から,両者を全体として類似のものとして受け取るおそれがあるというべきである。 
エ  さらに被告標章3は,被告標章2の上段部分の「(株)堂島プレミアム」部分を,下段の「プレミアムロール」より小さな文字で表示しているものであるが,上下段の一体性を損なうほど,文字の大きさに差はないから,被告標章2と同様の理由から,取引者,需要者は被告標章3と原告標章を類似のものと受け取るおそれがあるということができる。 
オ  被告標章5は,被告標章2及び3の「(株)」の部分を「株式会社」,「(株)」又は同部分に相当する部分がないものとしている標章であるが(ただし,2段重ねという限定はない。),「(株)」については既に説示したとおりであり,「株式会社」についても,単なる会社の種類を表示する語にすぎないから,これが全くない場合も含め,被告標章5と原告標章が類似しているといってよいことは,上記ウ, エで説示したところと同じである。
カ  以上のとおり,被告標章は,いずれも原告標章と類似しているものと認められる。
 
(4) 商品の混同を生ずるおそれの有無
 以上のとおり,原告標章と被告標章は類似しており,原告標章を付した原告商品と被告標章を付した被告商品はいずれも一般消費者を需要者とするロールケーキという点で共通しているだけでなく,両商品の販売価格はほぼ一緒であるから,被告商品を販売する行為は,他人である原告の商品と混同を生じさせる行為であるということができる。 ・・・」
 
【コメント】
 報道でも少し話題になった堂島ロールの表示の事件です。かれこれ一ヶ月近く前の判決なのですが,何故かサイトへのアップは遅れて,近々の話になっております。
 
 さて,原告の堂島ロールの表示は以下のとおりです。
 
 この外にも,標準文字のものやイラスト付きのものもあり,さらには,上記標章にて,商標権も取得しております(商標登録第5446720号)。
 
 他方,被告側の堂島プレミアムの表示は以下のとおりです。
  
 これ以外にも,社名の堂島プレミアムと二段重ねした
  
 こういうパターンもありました。
 
 で,結論は上記のとおりです。判断の規範となった最高裁の判決(最高裁昭和57年(オ)第658号同58年10月7日第二小法廷・民集37巻8号1082頁)は,日本ウーマンパワー事件としてよく知られているものです(商標・意匠・不正競争判例百選なら,70です。)。
  
 基本的には,商標の氷山事件の流れを汲むものです。
 
 ただし,商標法と異なり,不正競争防止法の2条1項1号の周知表示混同惹起行為については,混同も要件の1つとされております。
 実は,上記の日本ウーマンパワー事件は,その「混同」の解釈についても判示があるのですが,本件での「混同」は大した判示はありません。 

 さて,この判決ですが,要するに,「堂島ロール」と「堂島プレミアムロール」は似ていると判断したわけです。
 商標の審査基準において,昔から廃れずに書かれている,類似の例,「スーパーライオン」と「ライオン」のことを考えると,質を表す語を付け加えただけでは類似の範囲からは逃れられないという結論は致し方ないと思えます。

 ということですので,知財高裁に仮に行ったとしても(不正競争だから大阪高裁でもいいのですね。),結論がひっくり返ることはないと思います。
 

 

2018年5月10日木曜日

審決取消訴訟 特許   平成29(行ケ)10202  知財高裁 不成立審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成30年4月27日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部                        
裁判長裁判官          高      部      眞  規  子                                  
裁判官          古      河      謙      一                                
裁判官          山      門              優 
 
「 1  前訴判決の拘束力について
⑴  特許無効審判事件についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定したときは,審判官は特許法181条2項の規定に従い当該審判事件について更に審理,審決をするが,再度の審理,審決には,行政事件訴訟法33条1項の規定により,取消判決の拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって,再度の審判手続において,審判官は,取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは上記主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきではない。また,特定の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたとはいえないとの理由により,容易に発明することができたとする審決の認定判断が誤りであるとして審決が取り消されて確定した場合には,再度の審判手続に当該判決の拘束力が及ぶ結果,審判官は同一の引用例から当該発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたと認定判断することは許されない。したがって,再度の審決取消訴訟において,取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決の認定判断を誤りであるとして,これを裏付けるための新たな立証をし,更には裁判所がこれを採用して,取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決を違法とすることが許されないことは明らかである(最高裁昭和63年(行ツ)第10号平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号245頁参照)。
⑵  これを本件についてみるに,前記第2の4⑵のとおり,前訴判決は,①「取消事由1(引用発明1を主引用例とする容易想到性の判断の誤り)について」と題する項目において,引用発明1に周知技術2を適用し相違点2に係る本件発明の構成の容易想到性を認めることはできない,引用発明1に甲4技術を適用しても相違点2に係る本件発明の構成には至らないとし,②「取消事由2(引用発明2を主引用例とする容易想到性の判断の誤り)について」と題する項目において,引用発明2に甲4技術を適用する動機付けが存在することを認めるに足りない,引用発明2
に甲16及び甲26の構成を適用しても相違点8に係る本件発明の構成に至らないなどとして,引用例1又は2に基づいて容易に想到できるとした第3次審決を取り消したものである。
 したがって,再度の審判手続において,審判官は,前訴判決が認定判断した同一の主引用例(引用例1又は2)をもって本件発明を特許出願前に当業者が容易に発明することができたか否かにつき,前訴判決とは別異の事実を認定して異なる判断を加えることは,取消判決の拘束力により許されないのであるから,本件発明は当業者が引用例1又は2から容易に発明することができたとはいえないとした本件審決は,確定した前訴判決の拘束力に従ったものであり,適法である。
 そして,再度の審決取消訴訟たる本件訴訟において,取消判決の拘束力に従ってされた本件審決の認定判断を誤りであるとして,これを裏付けるための新たな立証として甲114ないし118を提出し,更には裁判所がこれを採用して,取消判決の拘束力に従ってされた本件審決を違法とすることも許されないというべきである。発明の容易想到性については,主引用発明に副引用発明を適用して本件発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに,適用を阻害する要因の有無,予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断することとなるところ,原告は,第3次審決に係る審判手続及びその審決取消訴訟において,引用例1又は2に基づく容易想到性を肯定する事実の主張立証を行うことができたものである。これを主張立証することなく前訴判決を確定させた後,再び開始された本件審判手続及びその審決取消訴訟である本件訴訟に至って,原告に,前訴と同一の引用例である引用例1及び2から,前訴と同一の本件発明を,当業者が容易に発明することができたとの主張立証を許すことは,特許庁と裁判所の間で事件が際限なく往復することになりかねず,訴訟経済に反するもので,行政事件訴訟法33条1項の規定の趣旨に照らし,許されない。  」

【コメント】
 本件は,「平底幅広浚渫用グラブバケット」とする特許権(第3884028号 )の無効審判の不成立審決に対する審決取消訴訟の事件です。

 とは言え,内容は純法律的な話です。特許の話で純法律的な話があるのは珍しく,私はあまり得意じゃありません。そういうのは,弁護士さんとか学者の先生の方が詳しいからです。
 
 ですが,知財高裁にもわざわざ要旨を掲示しているということがあり,つまりは重要だということなので,ここでも取り上げた次第です。
 
 問題となっている前訴判決の拘束力ですが,条文は以下のとおりです。
 
「第三十三条 処分又は裁決を取り消す判決は、その事件について、処分又は裁決をした行政庁その他の関係行政庁を拘束する。」
 
 重要なことは取消し判決だということです。あと,拘束力の内容については,解釈に委ねられているということです。 
 
 で,通常,判決の拘束力というと,既判力ですが(確定していないと勿論だめです。),これは,条文があります。
 
「(既判力の範囲) 
第百十四条 確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。」 

 という,民事訴訟法114条1項ですね。ですが,これは主文にしか及ばないってことで,その範囲は狭いわけです。何と言っても当事者の紛争解決さえできればいいわけですから。
 
 これに対して,審決取消訴訟の前訴判決の拘束力はこれに比べると随分デカいのです。判旨にあるとおりです。やはり,当事者だけに留まらない影響があるからですね。
 
 ということで,何か補充の証拠を加えても,メインが同じならダメですよ,拘束力は及びますよというごくありふれた結果になったわけです。

 
  
 
 

2018年5月7日月曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ワ)21684  東京地裁 請求棄却


事件番号
事件名
 
裁判年月日
 平成30年4月20日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第40部    
裁判長裁判官 佐      藤      達      文    
裁判官                                                遠      山      敦      士  
裁判官勝又来未子は,転補のため,署名押印することができない。    
 裁判長裁判官                                        佐      藤      達      文 
 
「(1) 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければならないとしており,いわゆるサポート要件を規定している。
    特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである(知的財産高裁平成17年11月11日判決・判例タイムズ1192号164頁参照)。
(2) これを本件発明についてみると,本件特許の特許請求の範囲の記載は前記第2の2(2)記載のとおりである。本件発明の意義は,前記1(2)のとおり,アルミニウム缶にワインをパッケージングしようとすると保存中にその品質が劣化するという課題を解決するため,①「35ppm未満の遊離SO 2 と, 300ppm未満の塩化物と,800ppm未満のスルフェートとを有する」ワインを製造し,②「アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体」を使用し,③「缶内の圧力が最小25psiとなるように,前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングする」などの方法により,上記課題を解決し,ワインの品質が保存中に  著しく劣化しないという効果を実現しようとするものであると認められる。
    なお,本件特許の請求項3は「前記ワインがさらに,250ppm未満の総二酸化硫黄レベルを有する」こと,請求項4は「前記ワインがさらに,100ppm未満の総二酸化硫黄レベルを有する」こと,請求項5は「前記ワインがさらに,30ppm未満の総ニトレートと,900ppm未満の総ホ  スフェートと,6g/リットル~9g/リットルの範囲の酒石酸として算出された酸性度とを有する」こと,請求項8は「クロージャーによるシーリン
グ後の頭隙が,80~97%v/vの窒素と,2~20%v/vの二酸化炭素との組成を有する」こと,請求項9は「シーリング後の前記頭隙は大部分が二酸化炭素になる」ことを発明特定事項としているが,請求項1にはその ような特定はされていないので,そのような特定をすることなく本件発明に係る効果を奏することが前提とされていると考えられる。
(3) 本件発明に係る特許請求の範囲の記載のうち,特にワインの品質の劣化に関連すると考えられる上記(2)①,②について,対応する発明の詳細な説明の記載を検討する。 
  ア  上記(2)①(遊離SO 2 ,塩化物及びスルフェートの濃度)について
  上記(2)①(構成要件B)は,「35ppm未満の遊離SO 2 と,300ppm未満の塩化物と,800ppm未満のスルフェート」を有するワインを製造するというものであるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,上記の構成に関し,「上述のようにして製造されたワインは,35ppm未満の遊離二酸化硫黄レベルと,250ppm未満の総二酸化硫黄レベルとを有する。酸,塩化物,ニトレート及びスルフェートを形成することができる陰イオンレベルは,規定の最大値未満である。」(段落【0032】)との記載が存在するにすぎない。このように,本件明細書の発明の詳細な説明には,ワインの品質に影響を与える成分の中から「遊離SO₂」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度範囲を特定することの技術 的な意義,本件発明の効果との関係,濃度の数値範囲の意義についての記載は見当たらない。
      次に,上記構成により本件発明の効果を実現できることが技術常識であったかどうかについて検討するに,まず,「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」のうち,「遊離SO 2 」については,金属腐食性の強い物 質であり,その含有量が低いほど金属缶入りワインの耐食性が向上することは当業者に周知の事項であるということができる(甲39,40,乙29)。
      しかし,「塩化物」及び「スルフェート」については,アルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす因子であることは技術常識であったとして も,一方では,乙29文献の表2に,硫酸及び塩酸が「化学的/物理的安定性」については正の影響を与えることが示されているのであるから,ワインの品質の保持のためには,その濃度を高くすることも考え得るのであって,本件特許の出願日当時,本件発明の効果を実現するためにその濃度を低くすることが当然であるとの技術常識が存在したということはでき ない。
  また,乙29文献の表2及び3によれば,ワインをパッケージングしたアルミニウム容器に対して負の影響を及ぼす成分等は他に複数あるものと認められるところ(例えば,リンゴ酸,クエン酸,炭酸ガス,酸素,銅イオン,亜鉛イオンなど),その中で「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」の各成分の濃度を特定すれば,他の成分の濃度等を特定することなく本件発明の効果を実現できることが技術常識であったと認めるに足りる証拠はない。むしろ,当業者であれば,「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」以外の様々な成分等もアルミニウム缶にパッケージングされたワインの品質に影響を及ぼすと考えるのが通常であるということができる。  
      そうすると,「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度のうち,特に「塩化物」及び「スルフェート」の濃度に係る構成については,その濃度範囲を特定することの技術的な意義,本件発明の効果との関係,濃度の数値範囲の意義についての記載がないと,当業者は,特許請求の範囲に記載された構成により本件発明の課題を解決し得ると認識することができないというべきところ,本件明細書にはそのような記載がないことは前記判示のとおりである。
  イ  上記(2)②(耐食コーティング)について
    上記(2)②の「アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされている」ことに関し,本件明細書の発明の詳細な説明には,「この缶 のライニングも同様であり,典型的には,ホルムアルデヒドを基剤とする架橋剤と組み合わされたエポキシ樹脂である。…。典型的には,175mg/375ml缶が,適切な膜厚をもたらすことが判った。…良好に架橋された不透過性膜によって,保存中に過度のレベルのアルミニウムがワイン中に溶解しないことを保証することが重要である。」(段落【0034】) と記載されている。同記載によれば,本件発明の「耐食コーティング」は,アルミニウム缶の内面に架橋剤及び熱硬化性の合成樹脂を含む液体状組成物をコーティングしてこれを熱硬化させて膜を形成するタイプに限られず,平板状のアルミニウムの板に腐食防止性を有するフィルムをラミネートした後,このフィルム付きの平板状のアルミニウムの板を缶に加工するというタイプも含むと解するのが相当である。 
    ところで,耐食コーティングに用いる材料の種類や成分の違いにより,缶内の飲料に与える影響に大きな差があることは,本件特許の出願日当時,当業者に周知であるということができる(乙34~36)。例えば,特開平7-232737号公開特許公報(乙36)には,「エポキシ系樹脂組成物を被覆した場合,ワイン系飲料に含まれる亜硫酸ガス(SO 2 )をはじめとするガスに対するガスバリヤー性が劣っており,かつフレーバー成分の収着性が高い。例えば,ワイン系飲料等を充填した場合,含有する亜硫酸ガス(SO 2 )が塗膜を通過して下地の金属面を腐食する虞があり,場合によっては内容物が漏洩することもある。この亜硫酸ガスは下地の金属と反応して硫化水素(H 2 S)を発生させるが,この硫化水素(H 2 S)は悪臭の主要因となるばかりでなく,飲料の品質保持のため必要な亜硫酸ガス(SO 2 )を消費するため飲料の品質を劣化させフレーバーを損なうこととなる。また,この樹脂組成物は飲料中のフレーバーを特徴付ける成分を収着しやすく,飲料用金属容器の内面に被覆するには官能的に充分満足のできるものではない。」(段落【0004】),「一方,ビニル系樹脂組成物を被覆 した場合,…エポキシ系樹脂組成物と同様に亜硫酸ガス(SO 2 )等に対するガスバリヤー性に乏しく,やはり腐食や漏洩の危険性及び官能的な問題がある。」(段落【0005】)との記載がある。これによれば,耐食コーティングに用いる材料や成分が,ワイン中の成分と反応してワインの味質等に大きな影響を及ぼすことは,本件特許の出願日当時の技術常識であったということができる。
 上記のとおり,耐食コーティングに用いる材料の成分が,ワイン中の成分と反応してワインの味質等に大きな影響を及ぼし得ることに照らすと,本件明細書に記載された「エポキシ樹脂」以外の組成の耐食コーティングについても本件発明の効果を実現できることを具体例等に基づいて当業者が認識し得るように記載することを要するというべきである。 
    この点,原告は,本件発明の課題は,ワイン中の遊離SO 2 ,塩化物及びスルフェートの含有量を所定値以下にすることにより達成されるのであり,耐食コーティングの種類によりその効果は左右されない旨主張する。しかし,塗膜組成物の組成を変えることにより塗膜の物性が大きく変動し,缶内の飲料に大きな影響を及ぼすことは周知であり(乙34の第1表,乙 35の第2,3表等),ワイン中の遊離SO 2 ,塩化物及びスルフェートの含有量を所定値以下にすれば,コーティングの種類にかかわらず同様の効果を奏すると認めるに足りる証拠はない。
    (4) 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,具体例の開示がなくとも当業者が本件発明の課題が解決できると認識するに十分な記載があるということはできない。そこで,本件明細書に記載された具体例(試験)により当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得たかについて,以下検討する。
      ア  本件明細書には,「パッケージングされたワインを,周囲条件下で6ヶ月間,30℃で6ヶ月間保存する。50%の缶を直立状態で,50%の缶 20 を倒立状態で保存する。」(段落【0038】)との方法で試験が行われた旨の記載がある。しかし,本件明細書には,当該「パッケージングされたワイン」の「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度,その他の成分の濃度,耐食コーティングに用いる材料や成分等については何ら記載がなく,その記載からは,当該「パッケージングされたワイン」が 本件発明に係るワインであることも確認できない。 
 イ  また,本件明細書には,試験方法について,「製品を2ヶ月の間隔を置いて,Al,pH,°ブリックス(Brix),頭隙酸素及び缶の目視検査に関してチェックする。…目視検査は,ラッカー状態,ラッカーの汚染,シーム状態を含む。…官能試験は,味覚パネルによる認識客観システムを用いる。」(段落【0039】)との記載がある。「頭隙酸素」については, 乙29文献(4頁下から2行~末行)に「ヘッドスペースの酸素は,アルミニウムの放出に関して非常に重大である」との記載があるとおり,ワインの品質に大きな影響を与え得る因子であり,「官能試験」はワインの味質の検査であるから,いずれもその方法や結果は効果の有無を認識する上で重要である。しかし,本件明細書には,「頭隙酸素」のチェック結果や 「目視検査」の結果についての記載はなく,「官能試験」についても「味覚パネルによる認識客観システム」についての説明や試験結果についての記載は存在しない。
ウ  さらに,本件発明に係る特許請求の範囲はワイン中の三つの成分を特定した上でその濃度の範囲を規定するものであるから,比較試験を行わない と本件発明に係る方法により所望の効果が生じることが確認できないが,本件明細書の発明の詳細な説明には比較試験についての記載は存在しない。このため,当業者は,本件発明で特定されている「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」以外の成分や条件を同程度としつつ,「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」の濃度を特許請求の範囲に記載  された数値の範囲外とした場合には所望の効果を得ることができないかどうかを認識することができない。
    加えて,耐食コーティングについては,試験で用いられたものが本件明細書に記載されている「エポキシ樹脂」かどうかも明らかではなく,まして,エポキシ樹脂以外の材料や成分においても同様の効果を奏することを具体的に示す試験結果は開示されていない。
エ  以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された「試験」は,ワインの組成や耐食コーティングの種類や成分など,基本的な数値,条件等が開示されていないなど不十分のものであり,比較試験に関する記載も一切存在しない。また,当該試験の結果,所定の効果が得られるとしても,それが本件発明に係る「遊離SO 2 」,「塩化物」及び「スルフェート」の 濃度によるのか,それ以外の成分の影響によるのか,耐食コーティングの成分の影響によるのかなどの点について,当業者が認識することはできない。  
    そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載された「試験」に関する記載は,本件発明の課題を解決できると認識するに足り る具体性,客観性を有するものではなく,その記載を参酌したとしても,当業者は本件発明の課題を解決できるとは認識し得ないというべきである。 」

【コメント】
 「アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法」を発明の名称とする特許権(特許第3668240号 )の特許権侵害訴訟の事件です。

 特段ありふれたものではありますが,今回記載要件不備(サポート要件違反,実施可能要件違反)の無効の抗弁成立という,実に珍しくものでしたので取り上げました。

 クレームからです。
「A  アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法であって,該方法が:
B´アルミニウム缶内にパッケージングする対象とするワインとして,35ppm未満の遊離SO 2 と,300ppm未満の塩化物と,800ppm未満のスルフェートとを有することを特徴とするワインを意図して製造するステップと;
C  アルミニウムの内面に耐食コーティングがコーティングされているツーピースアルミニウム缶の本体に,前記ワインを充填し,缶内の圧力が最小25psiとなるように,前記缶をアルミニウムクロージャでシーリングするステップと
D  を含む,アルミニウム缶内にワインをパッケージングする方法。
」

 ポイントは,構成要件Bで,そこに3つの構成物があり,それぞれ数値限定されているということです。
 ですので,これらの構成物だけで,当然効果を奏するものでないといけません。そして,そのことがきちんと明細書に書かれていないといけないわけです(勿論,書かずとも分かる自明なものならばよいのですが。)。

 ところが,この明細書,そう書かれていなかったのです(判旨注目)。
 
 このブログで記載要件不備で権利行使不能の事件を紹介したのは,去年の12月以来ですから約半年ぶりです。そのときの事件は,若干厳しいなあと感じるものでした。ですので,裁判官が変わると結論も変わりそうな感じもありました。

 ところが,この事件は,そりゃ無理でしょ,と誰しも思うものです。むしろ,どうしてこれで特許庁がOK(特許査定)を出したのか非常に不思議な事件と言ってよいと思います。
 原告の代理人を見ると,特許出願の事務所がそのまま代理をしたようですが,どちらにせよ老舗の大きな特許事務所です。
 
 それがこの程度の明細書しか書けないというのでは・・・いやはや,ですね。