2015年11月6日金曜日

侵害訴訟 商標 平成26(ネ)10037 知財高裁 控訴認容(請求棄却)

事件番号
事件名
 商標権侵害行為差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成27年11月5日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 柵 木 澄 子

「 1 当裁判所は,被告標章は,原告商標に類似しないというべきであるから,控訴人が被告施設について被告標章を使用する行為は,原告商標権を侵害するものではなく,被控訴人の控訴人に対する本訴請求はいずれも理由がないものと判断する。
 その理由は,以下のとおりである。
2 争点(1)(原告商標と被告標章の類否)について
(1) 類否の判断について
 商標の類否は,対比される商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に,その商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,使用された商標がその外観,観念,称呼等によって取引者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかも,その商品又は役務に係る取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁,最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。
 また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合していると認められる場合においては,その構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して類否を判断することは,原則として許されないが,他方で,商標の構成部分の一部が取引者又は需要者に対し,商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じない場合などには,商標の構成部分の一部だけを取り出して,他人の商標と比較し,その類否を判断することが許されるものと解される(最高裁昭和37年(オ)第953号同38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁,最高裁平成3年(行ツ)第103号同5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁,最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
(2) 原告商標について
ア 原告商標の外観は,「ラドン健康パレス」の文字及び「湯~とぴあ」の文字(なお,「湯~」の部分は,「湯」の旁である「昜」の中の「一」を,「~」と波状に変形しつつ,その右端を伸ばすことによって,「湯~」を一体的に表現している。)を上下二段にそれぞれ横書きして成り,上段の「ラドン健康パレス」の文字は,細いゴシック調で色は青色であり,下段の「湯~とぴあ」の文字は,丸みを帯びた太いフォントのポップ体で,やや立体感を持たせた黄色の文字を青地でふち取って表されており,上段の文字の約7,8倍大きく,また,「湯~とぴあ」の「湯」の文字が「とぴあ」の文字よりも大きく強調されている。
原告商標は,上記の上下二段の文字から,全体として,「ラドンケンコウパレス ユートピア」との称呼を生じる。
 そして,上段の「ラドン健康パレス」の部分は,元素の一つである「ラドン」,身体に悪いところがなくすこやかなことを意味する「健康」及び「宮殿,御殿。娯楽又は公益のための建築物」の意味を持つ「パレス」という一般的な単語(甲20)を繋げたものであり,その上,証拠(甲24,25)及び弁論の全趣旨によれば,ラドン温泉を提供する施設は日本全国に多数存在し,その中には,「ラドン健康センター」,「ラドン温泉健康センター」,「ラドン健康美容センター」,「ラドン温泉センター」,「ラドン保養センター」,「ラドン保健センター」,「ラドンセンター」,「ラドンスパ」,「ラドンサウナセンター」等の名称を用いる施設も多く,また,サウナや入浴施設の名称として,「センター」のほか「プラザ」,「ランド」,「パレス」の語が用いられることも一般的であることが認められることからすると,「ラドン健康パレス」の語が温泉施設の名称の中で用いられた場合には,それらの単語が持つ個々の意味合いを併せた「ラドンを用いた健康によい温泉施設」という程度の一般名称的な観念が生じるものということができる。
 また,原告商標の下段の「湯~とぴあ」の部分は,「理想郷,理想社会」などを意味する英単語「utopia」(ユートピア)(甲26)の「ユ」を「湯」に置き換えた造語であって,「理想的で快適な入浴施設」という程度の観念が生じるということができる。
 そうすると,この上段部分と下段部分の意味上のつながりから,原告商標を全体として見ると,「ラドンを用いた健康によい温泉施設であって,理想的で快適な入浴施設」という程度の観念が生じるということができる。
イ 原告商標の上段部分と下段部分を分離観察することの可否
(ア) もっとも,原告商標は,その外観上,上段の「ラドン健康パレス」の部分と下段の「湯~とぴあ」の部分とから成る結合商標と認められるところ,その文字の色及び大きさの違い,その配置態様によって,一見して明瞭に区分して認識されるものであるから,これらの二つの部分は,分離して観察することが取引上不自然と思われるほど不可分に結合しているものということはできない。
(イ) そして,下段の「湯~とぴあ」の部分は,前記アのとおり,「ユートピア」の
「ユ」を「湯」に置き換えた造語であり,しかも,その文字が上段の文字よりもはる
かに大きく目立つ色彩,態様で示されている。・・・
 以上の認定事実によれば,「ゆうとぴあ」(「ユートピア」)と称呼される語は,「湯」の漢字を含む場合であると,「湯」の漢字を含まない場合であると,いずれの場合であっても,入浴施設の提供という役務においては,全国的に広く使用されているということができる。
 したがって,原告商標のうち,下段の「湯~とぴあ」の部分は,入浴施設の提供という指定役務との関係では,自他役務の識別力が弱いというべきであるから,取引者又は需要者をして役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるということはできず,この「湯~とぴあ」の部分だけを抽出して,被告標章と比較して類否を判断することは相当ではない。
(ウ) また,上段の「ラドン健康パレス」の部分は,前記アのとおり,「ラドン」,「健康」及び「パレス」といういずれも一般的な単語を繋げたものであり,温泉施設の名称の中で用いられた場合には,それらの単語が持つ個々の意味合いを併せた「ラドンを用いた健康によい温泉施設」という程度の一般名称的な意味を示すにすぎず,入浴施設の提供という指定役務との関係では,自他役務の識別力が弱いというべきである。
(エ) そうすると,原告商標の上段部分の「ラドン健康パレス」及び下段部分の「湯~とぴあ」の各部分は,指定役務との関係では,いずれも出所識別力が弱いものであって,両者が結合することによってはじめて,「ラドンを用いた健康によい温泉施設であって,理想的で快適な入浴施設」であることが明確になるものであるから,原告商標における「ラドン健康パレス」と「湯~とぴあ」は不可分一体として理解されるべきものである。したがって,原告商標については,上段部分の「ラドン健康パレス」と下段部分の「湯~とぴあ」の部分を分離観察せずに,全体として一体的に観察して,被告標章との類否を判断するのが相当である。

(3) 被告標章について
ア 被告標章の外観は,原判決別紙被告標章目録記載のとおり,上段に「湯~トピアかんなみ」の文字を横書きし,下段に,3枚の葉を伴う1輪の花(控訴人の主張によれば,函南町の花である「ハコネザクラ」。)の図形と,その図形の左右にそれぞれ「IZU KANNAMI」と「SPA」の極めて小さな欧文字を横書きに配して成る。上段の文字は,いずれも毛筆様のもので書いたように濃淡や太さに変化を持たせたデザインの字体(なお,「湯」の字の中の「日」の部分は,その中央の「-」が赤い丸に置き換えられて表現されている。)となっているが,このうち「湯~トピア」の部分は黒色(上記赤い丸を除く。以下同じ。)で,「かんなみ」の部分は緑色でそれぞれ表されており,「湯~トピア」の「湯」の文字が「~トピア」の文字よりも大きく強調されており,また,下段の花の図形は,上段の一文字と同程度かそれより小さく描かれ,下段の欧文字は,上段の文字に比して極めて小さいフォントで,黒色で記されている。
 被告標章は,全体として,「ユートピアカンナミイズカンナミスパ」との称呼が生じ,「函南町にある,理想的で快適な入浴施設」という観念が生じる。
イ もっとも,被告標章は,その外観上,「湯~トピアかんなみ」の文字で構成される上段部分と,下段部分の図形及びごく小さな欧文字から成る結合商標と認められるところ,上段部分と下段部分とは,その文字の大きさ及び書体の違い,その配置態様等によって,一見して明瞭に区分して認識されるものであるから,これらの二つの部分は,分離して観察することが取引上不自然と思われるほど不可分に結合しているものということはできない。
 そして,上段部分の「湯~トピアかんなみ」の文字は,下段部分の図形及びごく小さな欧文字と比較して,はるかに大きく目立つ態様で示されていることからすれば,被告標章の中で,取引者又は需要者をして強く支配的な印象を与える部分ということができる。この上段部分からは「ユートピアカンナミ」の称呼が生じ,また,「函南町にある,理想的で快適な入浴施設」という程度の観念が生じる。
ウ ところで,被告標章のうち上段部分の「湯~トピアかんなみ」の文字は,いずれも同様の字体で,1行でまとまりよく記載されているものの,視覚上,黒色の「湯~トピア」と緑色の「かんなみ」の二つの部分によって構成されていることが容易に認識されるものであるから,これらの二つの部分は,分離して観察することが取引上不自然と思われるほど不可分に結合しているとまではいえない。
 しかしながら,前方の「湯~トピア」の部分は,「ユートピア」の「ユ」を「湯」に置き換えた造語であるものの,前記(2)イ(イ)と同様に,入浴施設の提供という役務との関係では,自他役務の識別力が弱いというべきであるから,取引者又は需要者をして役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるということはできず,この「湯~トピア」の部分だけを抽出して,原告商標と比較して類否を判断することは相当ではない。
 また,後方の「かんなみ」の部分は,「函南」という地名又は町名を指していることが容易に理解できるものであって,入浴施設が所在し,その役務が提供される場所を表すものにすぎず,自他役務の識別力が弱いというべきであるから,取引者又は需要者をして役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるということはできず,この「かんなみ」の部分だけを抽出して,原告商標と比較して類否を判断することも相当ではない。
 そうすると,被告標章の上段部分のうち,「湯~トピア」及び「かんなみ」の各部分は,同様の字体で,1行でまとまりよく記載されている上に,いずれも出所識別力が弱いものであって,両者が結合することによってはじめて,「函南町にある,理想的で快適な入浴施設」であることが明確になるものであるから,被告標章における「湯~トピア」と「かんなみ」は不可分一体として理解されるべきものである。したがって,被告標章の上段部分のうち,「湯~トピア」の部分だけを抽出して,原告商標と比較して類否を判断することは相当ではなく,被告標章のうち,上段部分の,「湯~トピア」と「かんなみ」の部分を分離観察せずに,一体的に観察して,原告商標との類否を判断するのが相当である。
 このようにして,被告標章の上段部分からは,被告標章全体に対応した称呼及び観念とは別に,「湯~トピアかんなみ」に対応した「ユートピアカンナミ」という称呼及び「函南町にある,理想的で快適な入浴施設」という程度の観念が生じるものというべきである。・・・
(5) 原告商標と被告標章との類否
 前記(2)及び(3)のとおり,原告商標と,被告標章のうち強く支配的な印象を与える部分である「湯~トピアかんなみ」とを対比すると,原告商標からは,「ラドンケンコウパレスユートピア」の称呼及び「ラドンを用いた健康によい温泉施設であって,理想的で快適な入浴施設」という程度の観念が生じ,被告標章の「湯~トピアかんなみ」の部分からは,「ユートピアカンナミ」の称呼及び「函南町にある,理想的で快適な入浴施設」という程度の観念が生じることが認められるから,原告商標と,被告標章のうち強く支配的な印象を与える部分とは,称呼及び観念を異にするものであり,また,外観においても著しく異なるものであることが明らかである。その上,前記(4)のとおり,全国の入浴施設については,同一の経営主体が各地において同様の名称を用いて複数の施設を運営することがあり,原告商標及び被告標章にはいずれも「ユートピア」と称呼される「湯~とぴあ」又は「湯~トピア」の文字部分が含まれている ことを考慮しても,原告商標と被告標章との外観上の相違点,原告施設及び被告施設以外で,「湯ーとぴあ」又はこれに類する名称を用いた施設が全国に相当数存在すること,被告施設の所在地,施設の性格及び利用者の層などの事情をも考慮すれば,原告商標と被告標章とが,入浴施設の提供という同一の役務に使用されたとしても,取引者及び需要者において,その役務の出所について誤認混同を生ずるおそれがあると認めることはできない。
 したがって,被告標章は,原告商標に類似しないというべきであるから,控訴人が被告施設について被告標章を使用する行為は,商標法37条1号の規定に該当するものではない。」

【コメント】
 原審は,東京地裁平成25年(ワ)第12646号(民事40部の東海林部長の合議体)(平成27年2月20日判決)でした。
 そして,今般の知財高裁4部の高部部長の合議体の判断は,これとは真逆のものになっております。
 原告の登録商標はこんな感じです。 


 他方,被告使用の商標はこんな感じです。


 どうでしょうか?似ていますか?

 原審は,原告の登録商標について,「原告商標の中で,「湯~とぴあ」の部分は,強く支配的な印象を与える部分ということができる。」 としました。
 つまり,「湯~とぴあ」の部分が要部だと認定したのです。

 他方,被告商標についてはどうだったかといいますと,「他方,後方の「かんなみ」の部分は,「函南」という地名若しくは町名を指していることは明らかであるから,入浴施設が所在し,その役務が提供される場所を表すものにすぎず,自他役務を識別する機能が弱いというべきである。そうすると,「かんなみ」の部分は,「湯~トピア」の部分と一体となって上記の称呼及び観念が生じ得るとしても,「かんなみ」の部分それ自体からは,独自の出所識別標識としての称呼及び観念を生じないというのが相当である。」としました。
 つまり,識別標識として使っているのは,「湯~とぴあ」の部分だ!としたわけです。

 その結果,これらを比較すると,それは類似となります。当然です。

 一方,知財高裁の場合は,上記の判旨のとおりです。
 まず,原告の登録商標については,「「ラドン健康パレス」と下段部分の「湯~とぴあ」の部分を分離観察せずに,全体として一体的に観察し」たのです。つまりは,二段表示のそのままです。

 次に,被告商標については,どうだったかといいますと,「 被告標章のうち,上段部分の,「湯~トピア」と「かんなみ」の部分を分離観察せずに,一体的に観察し」たのです。これも分離せずそのままです。

 その結果,これらを比較すると,それは非類似となります。これも当然です。

 要するに,どこがその商標の要部かという認定によって,判断は180度変わるということなのです。

 とは言え,個人的には価値判断が先に立ったのではないかと思います。

 上記の2つの商標を見比べてください。別に商標や知財の専門家の視点でなくてもいいのですが(需要者は一般の人なので,むしろその方が良いです。),どう思いますか?

 似ている感じが全くしないのではないのでしょうか。
 こういうことも重要なのです。常識からして,これで類似ってちょっとちょっと??と思うものに関しては,専門家もやはりちょっとちょっとと思うものです。そして,その感覚のことを,多少難しい言い方で,リーガルマインドと言ったりします。

 本件は,高部部長のリーガルマインドからすると,原審の結果がどうしても許せなかった事件なのでしょう。