2015年11月4日水曜日

審決取消訴訟 特許 平成26(行ケ)10246 無効審判 不成立審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年10月28日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 設 樂 隆 一
裁判官 大 寄 麻 代
裁判官 岡 田 慎 吾

「 (4) 相違点2及び相違点3について
ア 本件発明1と甲1発明との相違点2は,前記のとおり,内壁の連接部と反対側の端部が,本件発明1は,「自由端部」であり,「外壁に向かって延びるように」曲げられており,「傾斜部」になっているのに対し,甲1発明は,「側板2と反対側へ延びるように曲げられ,天板内面へ溶接により接着されている」点であり,また,本件発明1と甲13発明との相違点3は,前記のとおり,棚板における外壁の先端に,基板の側に折り返された内壁が,本件発明1は,「当該内壁と前記外壁との間に空間が空くように連接部を介して一体に形成されており,前記内壁のうち前記連接部と反対側の自由端部は前記外壁に向かって延びるように曲げられており,前記内壁の自由端部は傾斜部になっている」のに対し,甲13発明の周縁18は,基板の周囲に折り曲げ形成した外壁部分と,外壁部分の先端を内曲げして内壁部分とした二重構造である点である。
イ 前記認定の本件発明の技術的特徴によれば,本件発明は,棚板の剛性を高くして棚装置全体としてより頑丈な構造とするため,棚板における外壁の先端に,基板の側に折り返された内壁が一体に形成されており,具体的には,棚板における外壁の先端に,基板の側に折り返された内壁が,内壁と外壁との間に空間が空くように連接部を介して一体に形成されており,内壁の自由端部である下端部は外壁に向けて傾斜した傾斜部になっている,との構成を採用していることが認められるのであるから,内壁の連接部と反対側の端部が「自由端部」であり,「外壁に向かって延びるように」曲げられており,「傾斜部」になっているとの各相違点に係る構成は,課題の解決や本件発明の効果を奏するために必須の構成であるということができる。
 したがって,本件発明1と甲1発明及び甲13発明との各相違点に係る構成が当業者にとって容易想到であったというためには,少なくとも,内壁の連接部と反対側の端部が「自由端部」であり,「外壁に向かって延びるように」曲げられており,「傾斜部」になっている構成が公知文献に開示又は示唆されていなければならない。
 そこで,まず,上記構成を開示又は示唆する文献等があるかを検討するに,前記(3)認定のとおり,甲1,甲2,甲5,甲6,甲10,甲11,甲13ないし甲15,甲18ないし甲22,甲25,甲26,甲31の各文献のいずれにも,内壁の連接部と反対側の端部が「自由端部」であり,「外壁に向かって延びるように」曲げられており,「傾斜部」になっているとの構成が,開示ないし示唆されているとはいえるものは見当たらない(別紙各図面目録参照)。
 すなわち,内壁の連接部と反対側の端部が「自由端部」であり,「外壁に向かって延びるように」曲げられており,「傾斜部」になっているとの構成に比較的近い形状を示すものと考えられる発明について具体的に検討しても,前記のとおり,甲11文献,甲15文献及び甲31文献には,内壁の連接部と反対側の端部が「外壁に向かって延びるように」曲げられており,「傾斜部」になっている構成が開示されていることが認められるものの,「傾斜部」の先端から外壁に沿って伸びる部分が存在し,当該部分が外壁と重なることで,内壁の連接部と反対側の端部は「自由端部」になっていないことが認められる。また,仮に,「傾斜部」の先端から外壁に沿って伸びる部分が外壁と重なっていないために内壁の連接部と反対側の端部は「自由端部」であると認め得るとしても,その「自由端部」は「傾斜部」とはいえないことが認められる。
 したがって,上記各公知文献には,内壁の連接部と反対側の端部が「自由端部」であり,「外壁に向かって延びるように」曲げられており,「傾斜部」になっているとの構成が開示又は示唆されているということはできない(なお,甲11文献及び甲31文献については,本件特許に係る出願の出願日(本件原出願の出願日)における公知性ないし周知性についても当事者間に争いがある。)。
 さらに,甲5文献及び甲14文献には,外壁の先端が内側にカールしている構成が開示されていることが認められるのみであるから,上記各文献についても,内壁の連接部と反対側の端部が「自由端部」であり,「外壁に向かって延びるように」曲げられており,「傾斜部」になっている構成が開示ないし示唆されているということはできない。
 以上によれば,原告が提出した全ての公知文献(各証拠)によっても,内壁の連接部と反対側の端部が「自由端部」であり,「外壁に向かって延びるように」曲げられており,「傾斜部」になっているとの各相違点に係る構成が開示ないし示唆されていることを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,甲1発明及び甲13発明の棚板の壁部の構成をあえて異なる構成に変更する動機付け等が存在するかどうかについて判断するまでもなく,甲1発明及び甲13発明の棚板の壁部の構成を,内壁の連接部と反対側の端部が「自由端部」であり,「外壁に向かって延びるように」曲げられており,「傾斜部」になっているとの構成に変更して,相違点2及び相違点3に係る本件発明の構成とすることは当業者が容易に想到し得たとはいい難い。」

【コメント】
 特許の無効審判(無効2013-800216号)の審決取消訴訟の事件です。
 本件を一言で言うなら,一見枯れた技術でも,どうしてなかなか侮りがたし,という所でしょうか。
 クレームはこのようなものです。
【請求項1】
 4本のコーナー支柱と,前記コーナー支柱で支持された平面視四角形で金属板製の棚板とを備えており,前記棚板は,水平状に広がる基板とこの基板の周囲に折り曲げ形成した外壁とを備えている棚装置であって,
 前記棚板における外壁の先端に,基板の側に折り返された内壁が,当該内壁と前記外壁との間に空間が空くように連接部を介して一体に形成されており,前記内壁のうち前記連接部と反対側の自由端部は前記外壁に向かって延びるように曲げられており,前記内壁の自由端部は傾斜部になっている,
棚装置。

 ラックというか,ワゴンというかそのような発明です。こういう機械系の発明は,言葉よりも図面の方が分かりやすいと思います。
 
 そして,ポイントとなるのは,その棚板と一体の外壁の終端形状(クロージング形状とかクロージング加工とか言われている部分です。)です。
 
 本件発明では,この上の図Aのようになっているらしいです。
 外壁に折り返された内壁があり,その先っちょの6aを見て頂きたいのですが,くっついておらず,自由端になっており,斜め下に伸びているところがポイントです。

 ここまでの説明を読んだ方であれば,それがどうしたの?ありふれた発明ではないの?と思うかもしれません。
 
 本件では,様々な無効事由があったようですが,中心になったのは進歩性ですので,このコメントも進歩性中心で行きましょう。

 一致点・相違点です。
ア 甲1発明
(イ) 本件発明1との一致点
「4本のコーナー支柱と,前記コーナー支柱で支持された平面視四角形で金属板製の棚板とを備えており,
 前記棚板は,水平状に広がる基板とこの基板の辺に折り曲げ形成した外壁とを備えている棚装置であって,
 前記棚板における外壁の先端に,基板の側に折り返された内壁が,当該内壁と前記外壁との間に空間が空くように連接部を介して一体に形成されており,前記内壁のうち前記連接部と反対側の端部は曲げられている,
棚装置。」である点
(ウ) 本件発明1との相違点(相違点1及び2)
① 相違点1
 外壁が,本件発明1は,基板の「周囲」に折り曲げ形成したものであるのに対し,甲1発明は,「天板1の長辺側に折り曲げ形成した側板2」である点。
② 相違点2
 内壁の連接部と反対側の端部が,本件発明1は,「自由端部」であり,「外壁に向かって延びるように」曲げられており,「傾斜部」になっているのに対し,甲1発明は,「側板2と反対側へ延びるように曲げられ,天板内面へ溶接により接着されている」点。
イ 甲13発明
(イ) 本件発明1との一致点
「4本のコーナー支柱と,前記コーナー支柱で支持された平面視四角形で金属板製の棚板とを備えており,
 前記棚板は,水平状に広がる基板とこの基板の周囲に折り曲げ形成した外壁とを備えている棚装置であって,
 棚板における外壁の先端に,基板の側に折り返された内壁が,一体に形成されている,
棚装置。」である点
(ウ) 本件発明1との相違点(相違点3)
 棚板における外壁の先端に,基板の側に折り返された内壁が,本件発明1は,「当該内壁と前記外壁との間に空間が空くように連接部を介して一体に形成されており,前記内壁のうち前記連接部と反対側の自由端部は前記外壁に向かって延びるように曲げられており,前記内壁の自由端部は傾斜部になっている」のに対し,甲13発明の周縁18は,基板の周囲に折り曲げ形成した外壁部分と,外壁部分の先端を内曲げして内壁部分とした二重構造である点。

 甲1と甲13が主引例ですが,その相違点は,それぞれクロージング形状のところに存在します。

 そして,上記の判旨のとおり,この相違点については,かなりの数の副引例を探しても見つからなかったのです。
 一見,このような相違点というか,上記の図Aのような形状は,過去にありそうですが,全く無かったというわけです。
 そして,原告は,相違点に係る構成が証拠に見いだせないことから,自明であるという主張もしますが, それも根拠不足として,はねつけられております。
 ですので,一見簡単そうとか,こんなの誰でも出来るというのは,特許に携わる実務家が抱きそうな気持ちであり,そのような気持ちを抱くインセンティブが大いにあると思います。
 しかし,一旦そのような考えに至ると,筋の通った判断をするのが難しくなるのではないかと思います。それは,特許権者(出願人)もそうですし,無効を主張する側でもそうだと思います。 

 このことについて,特許権者の方はいちいち説明することはないと思いますが,無効を主張する側でもそうだというのは,やはり油断というか浮ついた気持ちが判断ミスを生むからだと思います。
 私も厳に気をつけたいと思います。

(追伸) 
 本件の原告と被告を逆にした,特許権侵害訴訟の事件の判決があります。
 大阪地裁平成25年(ワ)第6674号,平成28年2月16日判決
 技術的範囲に含まれ,無効でもないとして,請求一部認容となっております。

(追伸2)
 さらに,無効審判が提起されて(無効2015 -800131号 ),それでも不成立審決→そして請求棄却の判決がありました(知財高裁平成29(行ケ)10156,平成30年2月28日判決)。
 当事者は,当然同じです。

 ただ,やはりこういう場合に,よい引例を探せないとなかなか厳しいと思います。上記のとおり,特許権侵害訴訟がありますので,侵害訴訟の被告としては必死だと思うのですが,今の所形勢は厳しいと言えます。