2015年11月5日木曜日

侵害訴訟 特許 平成27(ワ)1025 東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成27年10月29日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部
裁判長裁判官 長谷川 浩二
裁判官 中嶋邦人
裁判官清野正彦は,転官のため,署名押印することができない。
裁判長裁判官 長谷川 浩二

公然実施発明1との比較
「 イ 上記事実関係によれば,公然実施発明1に接した当業者において飲み応えが乏しいとの問題があると認識することが明らかであり,これを改善するための手段として,エキス分の添加という方法を採用することは容易であったと認められる。そして,その添加によりエキス分の総量は当然に増加するところ,公然実施発明1の0.39重量%を0.5重量%以上とすることが困難であるとはうかがわれない。そうすると,相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得る事項であると解すべきである。
 なお,飲料中のエキス分の総量を増加させた場合にはpH及び糖質の含量が変化すると考えられるが,エキス分には糖質由来のものとそれ以外のものがあり(本件明細書の段落【0020】,【0033】参照),pHにも多様のものがあると解されることに照らすと,公然実施発明1にエキス分を適宜(例えば,非糖質由来で酸性又は中性のものを)加えてその総量を0.5重量以上としつつ,pH及び糖質の含量を公然実施発明1と同程度のもの(本件発明の特許請求の範囲に記載の各数値範囲を超えないもの)とすることに困難性はないと解される。
ウ これに対し,原告は,①公然実施発明1については,消費者の満足度が高く,飲み応えに関する課題はなかったこと,②飲み応え感を付与する方法としてエキス分の総量に着目する動機付けがないこと,③公然実施発明1は,トリプルゼロ(アルコール,カロリー及び糖質のゼロ)を商品コンセプトとし,エキス分が薄いことを特徴としていたから,エキス分を増加させることは考え難いこと,④本件発明には公然実施発明1から予測できない顕著な効果があることを理由に,本件発明に進歩性がある旨主張するが,以下のとおり,いずれも採用することができない。
 ①についであり,飲み応えに乏しいとの意見もあったから,当業者(原告に限らない。)において公然実施発明1より飲み応えが高いノンアルコールのビールテイスト飲料を開発することの動機付けはあったと考えられる。
 ②について,ノンアルコールのビールテイスト飲料につき飲み応え感を付与するために各種のエキス分を添加する技術が周知であったことは前記当然に想定されるということができる。
 ③について,公然実施発明1の商品コンセプトは,アルコール,カロリー及び糖質がゼロであることであり(乙4),エキス分には糖質に由来しないものがあるから(上記イ),エキス分の総量を増加させることが上記コンセプトの破壊につながるとは認められない。
 ④について,エキス分の増加により飲み応えが向上することが周知であるから,本件発明が公然実施発明1から予測し得る範囲を超えた顕著な効果を奏するということはできない。」

公然実施発明2との比較
「イ 上記事実関係によれば,公然実施発明2に接した当業者においては,糖質の含量を100ml当たり0.5g未満に減少させることに強い動機付けがあったことが明らかであり,また,糖質の含量を減少させることは容易であるということができる。そうすると,相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得る事項であると解すべきである。
 なお,飲料中の糖質の含量を減少させた場合にはエキス分の総量が減り,pHが変化すると考えられるが,エキス分には糖質由来のものとそれ以外のものがあり(本件明細書の段落【0020】,【0033】参照),そのpHにも多様のものがあると解されることに照らすと,公然実施発明2の糖質の含量を減少させてこれを0.5g/100ml以下としつつ,糖質に由来しないエキス分であって,酸性又は中性のものを増加させるなどして,エキス分の総量及びpHを公然実施発明2と同程度のもの(本件発明の特許請求の範囲記載の各数値範囲を超えないもの)とすることに困難性はないと解される。
ウ これに対し,原告は,①公然実施発明2は主成分を糖質とする麦芽エキスを使用することを特徴としているから,糖質の含量を低下させることに阻害要因があること,②本件発明には公然実施発明2から予測のできない顕著な効果があることを理由に,本件発明に進歩性がある旨主張するが,以下のとおり,いずれも採用することができない。
 ①について,前記アのとおり「糖質ゼロ」のノンアルコールのビールテイスト飲料が消費者の支持を受けていたことに照らせば,当業者(被告に限らない。)において麦芽エキスの使用量を減少させてでも糖質の含量を低下させようとする動機があったものと解される。
 ②について,公然実施発明2のエキス分の総量,pH及び糖質の含量は本件明細書中の発明品4とほぼ同じであるところ(【表1】),発明品4と本件発明の実施例である発明品3(同)を比べると,飲み応えの平均値をみても(発明品3は3.3,発明品4は4.0),pHの調整による飲み応えの変化をみても(発明品3は対照品3に対し1.0の改善,発明品4は対照品4に対し1.0の改善),発明品3の効果が顕著に優れているとは認められない。」

【コメント】
 本件は,サントリーがアサヒの販売するドライゼロを特許侵害として訴えたものです。
 なお,上で言う公然実施発明1とは,原告の製品のオールフリーで,公然実施発明2とは,被告の製品のダブルゼロです。どちらも,本件発明の優先日(H23.11.22)よりも前に発売していたようです。
 そして,本件では,原告(サントリー)は自社の製品によって進歩性なしと言われてしまったのです。なかなかキツい話です。

 まずは,本件発明のクレームです。
A-① エキス分の総量が0.5重量%以上2.0重量%以下であるノンアルコールのビールテイスト飲料であって,
A-② pHが3.0以上4.5以下であり,
A-③ 糖質の含量が0.5g/100ml以下である,
B 前記飲料。


  数値限定発明ではあるのですが,エキス分,pH,糖質以外の構成要件はありませんので,かなり広い発明だと言えると思います。

 そして,公然実施発明1(オールフリー)との一致点・相違点です。
本件発明と公然実施発明1は,エキス分の総量につき,本件発明が0.5重量%以上2.0重量%以下であるのに対し,公然実施発明1が0.39重量%である点で相違し,その余の点で一致する。」

 次に,公然実施発明2(ダブルゼロ)との一致点・相違点です。
本件発明と公然実施発明2は,糖質の含量につき,本件発明が0.5g/100ml以下であるのに対し,公然実施発明2が0.9g/100mlである点で相違し,その余の点で一致する。

 つまり,公然実施発明1との違いは,エキス分の総量の数値限定の違いのみで,公然実施発明2との違いも,糖質の含量の数値限定の違いのみだったというわけです。

 この点について,原告も色々主張はしていたようですが,どれもこれもクレーム外の主張として,排斥されております。広いクレームだけに,無効の抗弁に対しては弱いというわけです。

 このように,数値限定の数値のみしか先行技術との違いがないという場合に,進歩性を肯定するのは非常に難しく,その方法は,通常一つしかありません。
 それは数値限定の臨界的意義の主張です。

 例えば,公然実施発明1との違いでしたら,エキス分の総量を0.5~2.0にすることで,それ以外の範囲に比べてとんでもない差があるのだ,という風にです。
 ところで,このようなことは数値限定発明でのイロハのイです。しかし,今回そのような主張を原告がしていない所を見ると,数値限定の臨界的意義の記載が明細書に無かったのでしょう。
 
 このままではかなり厳しいと言えます。

 では方策が全くないかというとそうではないと思います。
 ヒントは判旨にあります。 原告は,公然実施発明2について,麦芽エキスを使用しており,本件発明はそうではないという旨の主張をしております。
 これも裁判所から結局は排斥されているのですが,可能性はあります。

 ですので,使用する材料等を絞ればよいのです(勿論,絞り過ぎで, ドライゼロが権利範囲から出たらしょうがないのですが。)。

 公然実施発明1や2では使っておらず,本件発明やドライゼロでは使っている材料の限定,又は, 公然実施発明1や2では使っており,本件発明やドライゼロでは使っていない材料を排除するような限定,このような訂正を行えばいいのです。
 勿論,新規事項追加になってしまってはいけませんが,当初明細書から隈無く探せば,うまい訂正もできるのではないかと思います(他のクレームもたくさんあるようですので,単なる削除だけでうまくいくかもしれません。)。

 報道では,既にサントリーは知財高裁へ控訴したとのことですので, 勝負は第二ラウンド,というわけです。

 なお,訴訟提起後,意外に早い判決となっておりますが,これは原告のサントリーが損害賠償を求めておらず,所謂損害論もなく,その結果,お金での決着(和解等)もなかったためと思われます。