2016年5月12日木曜日

審決取消訴訟 特許 平成27(行ケ)10122 不服審判 拒絶審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成28年5月11日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官 髙 部 眞 規 子
裁判官 鈴 木 わ か な
裁判官 片 瀬 亮

「 (ウ) 液体水フィルターによる冷却について
a 懸濁フィルターとの関係について
 懸濁フィルターについては,前記イ(ア)dのとおり,【0076】には,「フィルター処理は,屈折率に対する共振散乱を用いることで実行され得る。例えば,波長λでの冷却液体の屈折率と一致する粒子66の屈折率を選ばせる。…液体中の媒体の屈折率及び結晶条件は,非常に異なる。そのため,融解後,液体6は,ビームの著しい減衰を有する高散乱板になる。6がその冷却能力を失うと,組織における流束量は,従って,自動的に下がり,組織を損傷から保護する。」との記載があることから,懸濁フィルターは,屈折率に対する共振散乱を利用したスペクトル共振散乱体であると解される(前記ア(ウ))。したがって,懸濁フィルターにおいて,これに入射した波長λの光の透過率は,主として波長λにおける凍結した液体(氷)と固体粒子との屈折率の差に応じて決まるものと認められる。
 他方,液体水フィルターは,水を吸収媒体として用いる吸収フィルターであるから,これに入射した波長λの光の透過率は,主として波長λと水の赤外線吸収ピークとの差に応じて決まるものと認められる。
 以上のとおり,スペクトル共振散乱体である懸濁フィルターと吸収フィルターの一種である液体水フィルターとは,明らかに動作原理を異にする。
 また,【0076】の上記記載のとおり,懸濁フィルターは,凍結した液体が融解すると光を著しく減衰させる高散乱板になるのであるから,光スペクトルのフィルターとして作用するのは,液体の凍結時のみであり,融解後は同フィルターとして作用しない。したがって,懸濁フィルターは,液体状のものをフィルターとして使用するものではない。
 以上によれば,液体水フィルターと懸濁フィルターとは,別個のものであるということができる。
b 本件審決が認定した引用発明2における液体水フィルターは,フィルター6の場所に設けられたものであるが,その水を皮膚の冷却に用いることは,引用例2に記載も示唆もされていない。なお,前記イ(イ)のとおり,液体水フィルターには,間隙7内の水を吸収フィルターとして用いるものもあるが,引用例2には,間隙7内の水についても,これを皮膚の冷却に用いることは,記載も示唆もされていない。
 また,この点に関し,液体水フィルターについては,「厚さ1~3mmの液体水フィルターが使用され得,この水は,冷却用にも使用され得る」(【0077】)との記載があるところ,液体水フィルターには,間隙7内の水を吸収フィルターとして用いるものとフィルター6を含む任意の場所に設けられるものがあるが,①前記ウのとおり,装置構成要素の冷却には,間隙7内の液体が用いられること,②いずれの液体水フィルターについても,1~3mmの厚さに薄く広げられた水が導波管5の冷却を介して皮膚1を冷却する効果をもたらすとは必ずしもいい難いことから,上記「冷却用」は,ランプなどの装置構成要素の冷却用を意味するものと考えられる。
c 以上のとおり,液体水フィルターは,皮膚を冷却するものということはできない。
 したがって,本件審決が認定した引用発明2(前記第2の3⑷)のうち,「患者の皮膚の処置のため,ランプからの光を導波管を通じて患者の皮膚へ向けるための装置において,光スペクトルのフィルター処理を行なうためにフィルター6を設け,フィルター6を液体水フィルターと」することは認定できるが,「この水を(皮膚の)冷却用にも使用すること」までは認定することができない。
⑵ 引用発明1に引用例2に記載された発明を適用することについて
 引用例2に記載された発明は,「患者の皮膚の処置のため,ランプからの光を導波管を通じて患者の皮膚へ向けるための装置において,光スペクトルのフィルター処理を行なうためにフィルター6を設け,フィルター6を液体水フィルターとすること」であり,この液体水フィルターの水を皮膚の冷却用に使用することは,認められず,したがって,仮に引用発明1の「プリズム6及びプリズム6の側面のコーティングからなる光学的フィルター」を引用例2に記載された液体水フィルターに替えたとしても,光学的フィルターが生物組織を冷却するという相違点に係る本願発明の構成に至らない。」

【コメント】
 進歩性,特に副引例の認定の誤りなどが問題となった事件です。

 まずは,クレームからです。
【請求項1】光学的放射線を少なくとも1つの生物組織に加えるための装置であっ
て,/化学反応に基づいて前記放射線を発生させるように構成された放射線装置,および,水フィルターを備え,/前記放射線装置は,封止された筐体および前記筐体の内部に設けられた可燃性材料を備え,/前記封止された筐体の外側表面の一部は,前記生物組織に接するように構成され,/前記水フィルターは,前記可燃性材料と前記封止された筐体の外側表面の一部との間に設けられ,/前記水フィルターは,前記光学的放射線の一部を濾光し,且つ,前記生物組織を冷却するために構成され,/前記光学的放射線は,前記少なくとも1つの生物組織の少なくとも一部に生物学的影響をもたらす装置。


 つまり,光による治療装置なのですが,フィルターに水フィルターを使っており,遮光とともに,皮膚の冷却にも使っているということがポイントです。
 
 図で示すとこういうものです。
 
 この図でいう590のところが空洞で,水フィルターとすることができる部分です。

 一致点・相違点です。
ア 本願発明と引用発明1との一致点
 光学的放射線を少なくとも1つの生物組織に加えるための装置であって,/化学反応に基づいて前記放射線を発生させるように構成された放射線装置,および,光学的フィルターを備え,/前記放射線装置は,封止された筐体および前記筐体の内部に設けられた可燃性材料を備え,/前記封止された筐体の外側表面の一部は,前記生物組織に接するように構成され,/前記光学的フィルターは,前記光学的放射線の一部を濾光するために構成され,/前記光学的放射線は,前記少なくとも1つの生物組織の少なくとも一部に生物学的影響をもたらす装置である点
イ 本願発明と引用発明1との相違点
 光学的フィルターが,本願発明においては,水フィルターであって,可燃性材料と封止された筐体の外側表面の一部との間に設けられ,光学的放射線の一部を濾光し,且つ,生物組織を冷却するものであるのに対して,引用発明1においては,インコヒーレント光源3のバルブ本体の前部に配置されたプリズム6及びプリズム6の側面のコーティングからなるものであって,光学的放射線の一部を濾光するものであるが,生物組織を冷却するものであるかまでは不明である点

 副引例の記載です。
患者の皮膚の処置のため,ランプからの光を導波管を通じて患者の皮膚へ向けるための装置において,光スペクトルのフィルター処理を行なうためにフィルター6を設け,フィルター6を液体水フィルターとし,この水を冷却用にも使用すること

 まず,主引例には,水フィルターの記載があったものの,それが遮光に+して皮膚の冷却まで使われることの記載まではありませんでした。
 次に,副引例には水フィルターの記載があり,何らかの冷却には使うのだけど,それで皮膚まで冷やすという記載は実はなかったのです。

 ところが,審決は,若干勇み足をして,副引例の水フィルターが皮膚の冷却にも使う,という事実認定をしてしまったのですね。

 ということで,副引例認定の誤りという,そこそこ珍しい事例,しかし,そこが間違えたらそりゃアウトでしょう,ということで審決取消となった事件でした。