2017年11月13日月曜日

審決取消訴訟 特許   平成28(行ケ)10215  無効審判 不成立審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年10月26日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部                        
裁判長裁判官     森   義 之                                 
裁判官          森 岡 礼 子            
裁判官佐藤達文は,転補のため,署名押印することができない                      
裁判長裁判官     森   義 之  
 
「(1)  特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,明細書のサポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負うと解するのが相当である(当庁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決・判例タイムズ1192号164頁参照)。
    (2)  特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比すると,前記1(1)ウの【0010】及び【0011】における第1の発明についての記載は,請求項1の記載と一致する。
 また,同【0012】の記載のうち,「前記モールドパウダー・・・特徴とする」という部分は,請求項2において,本件発明1をさらに特定する事項の記載と一致する。
    (3)ア  前記1(1)イのとおり,本件発明の課題は,二次冷却帯における鋳片の冷却能を高めることを可能とする,鋳片表面からの剥離性に優れる,鋼の連続鋳造用モールドパウダーを提供することである(【0009】)。
イ  そして,前記(2)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明【0010】,【0011】及び【0012】には,課題を解決する手段として,「第1の発明」及び「第2の発明」のモールドパウダー,すなわち,本件発明が記載され,また,前記1(1)オのとおり,剥離性の試験結果を示した図1及び図2に基づき,請求項1に記載された式(1)及び(2)を満たすモールドパウダーが,剥離性に優れることが分かったとされている(同【0018】~【0024】)。
 具体的には,図1及び図2は,溶融させて1300℃に保持したモールドパウダーを鉄製矩形容器内に流し込み,溶融したモールドパウダーが固化完了する前に矩形容器を解体して,矩形容器壁面へのモールドパウダーの付着した面積率で評価し,付着した面積率が50%未満の場合を,剥離性に優れると評価し,逆に,付着した面積率が50%以上の場合を,剥離性が悪いと評価し(同【0017】。以下,この試験を「モデル試験」という。),その結果を,図1は,モールドパウダーのSiO2 含有量(質量%)及びNa 2 O含有量(質量%)と剥離性との関係を示し,図2は,モールドパウダーの塩基度(CaO/SiO 2 )及びNa 2 O含有量(質量%)と剥離性との関係を示すようにプロットしたものである(同【0018】)。
  また,前記1(1)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,実施例1として,連続鋳造機において,表1の組成を有し,(1)式及び(2)式のどちらも満足しないモールドパウダーAと,(1)式及び(2)式を満足するモールドパウダーBの2種類のモールドパウダーを用い,厚み250mm,幅1350mm,C:0.02~0.05質量%,Si:0.1質量%以下,Mn:0.05~0.3質量%,P:0.002~0.035質量%,S:0.005~0.015質量%,sol.Al:0.02~0.05質量%の組成の低炭素アルミキルド鋼のスラブ鋳片を鋳片引抜き速度2.5m/分で鋳造したことが記載されている(本件明細書【0028】~【0030】)。これらのモールドパウダーを6チャージの連続連続鋳造(連々鋳)で,チャージ毎にストランドを変更して使用し,そのときの湯面変動を調査した結果,モールドパウダーAでは,平均湯面変動量は約15mmであり,モールドパウダーBでは,平均湯面変動量は約7mmであったことが記載されている(同【0030】【0031】)。この記載は,モデル実験の結果を示す図1及び図2から導かれた式(1)及び(2)を満たすモールドパウダーは,連続鋳造に用いた場合に,実際に鋳片からの剥離性に優れ,二次冷却帯における鋳片の冷却能を高めることを可能とするものであるかどうかを,バルジング湯面変動の抑制効果によって評価することを意図したものであると認められる。
      ウ  実施例について
(ア)  証拠(甲3,5,7,8,10,19)及び弁論の全趣旨によると,
次の技術常識が認められる。
a  バルジング性湯面変動は凝固シェルの厚みが薄くなることに起因して激しくなる。凝固シェルは溶鋼が鋳型内で冷却されて形成されるものであり,鋳型内抜熱強度が低い場合(鋳型に抜けていく熱が少なく,鋳型内が冷却されにくい場合)には凝固シェルの厚みが薄くなる。
b  鋳型内における冷却強度の指標としてモールドパウダーの凝固温度が用いられる。このパウダーの凝固温度は,一定温度に保持した坩堝中において円筒を回転するなどして粘性を求め,測定温度に対し粘性をプロットした図において,温度の低下に伴って急激に粘性が高くなる温度とされている。この急激な粘性の変化は温度の低下に伴いパウダーが結晶化し,見掛けの粘性が高くなるためであると考えられており,この凝固温度が高い場合はパウダーフィルム内の結晶相(固着相)厚みが厚いため鋳型-凝固シェル間の熱抵抗が大きくなり,緩冷却が実現されるとされている。
c  モールドパウダーの凝固温度は,その組成によって変化する。
        (イ)  これらの技術常識を考え合わせると,凝固シェルの厚みは,鋳型直下でのモールドパウダーの鋳片表面からの剥離性及びそれに伴う二次冷却帯での冷却効率のみによって決まるものではなく,モールドパウダーの組成によって異なる凝固温度にも影響されると認められる。
        (ウ)  本件明細書記載の実施例において,モールドパウダーBとモールドパウダーAについて,鋳型内における冷却強度の指標となる凝固シェルの厚みに影響を与え得る凝固温度は記載されていない。また,モールドパウダーAとモールドパウダーBの組成が記載された表1には,化学成分として,SiO 2 ,Al 2 O 3 ,CaO,MgO,Na 2 Oのみが挙げられ,それらの量を合計しても,モールドパウダーAで80.6%,モールドパウダーBで78.7%であり,残りの成分が何であったのか不明であるから,その組成から凝固温度を推測することもできない。
 また,本件明細書記載の実施例において,(1)式及び(2)式を満たすものと満たさないものについての連続鋳造の際のバルジング性湯面変動の測定は,それぞれ,モールドパウダーBとモールドパウダーAの一つずつで行われたにとどまる
 これらのことから,本件明細書の発明の詳細な説明において,モールドパウダーBがモールドパウダーAよりもバルジング性湯面変動を抑制できたことが示されていても,モールドパウダーBがモールドパウダーAと比較してバルジング性湯面変動を抑制することができたのは,モールドパウダーが(1)式及び(2)式を満たす組成であることによるのか否かは,本件明細書の発明の詳細な説明からは,不明であるといわざるを得ない。 
 エ  モデル実験について
・・・・
 オ  以上によると,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載又は本件特許出願時の技術常識から,(1)式及び(2)式を満たす本件発明のモールドパウダーが発明の課題を解決することができると認識可能であるとはいえない。
 したがって,本件特許は,本件出願日当時の技術常識を有する当業者が本件明細書において本件訂正発明の課題が解決できることを認識できるように記載された範囲を超えるものであって,特許法36条6項1号所定のサポート要件に適合するものということはできない。 」

【コメント】
 「鋼の連続鋳造用モールドパウダー」とする発明(特許第4725133号)についての無効審判での不成立審決(サポート要件違反なし)に対する審決取消訴訟の事件です。
 
 モールドパウダーとは, 鋳造で使うもので,鋳型の潤滑剤らしいです(この分野は詳しくないもので・・・。)。
 
 判旨によると,「高速連続鋳造において,鋳造速度が大きくなると,凝固シェル厚みが薄くなり,これに伴って,バルジングが大きくなることから,バルジング性湯面変動が発生し,モールドパウダーの巻き込みが発生する原因となっている。鋳片表面にモールドパウダーが付着していない方が二次冷却における冷却効率が良く,凝固シェル厚みが厚くなるので,バルジング性湯面変動を抑制するには,鋳片からの剥離性の良いモールドパウダーが望ましい。
 そこで,本件発明は,二次冷却帯における鋳片の冷却能を高めることを可能とする,鋳片表面からの剥離性に優れる,鋼の連続鋳造用モールドパウダーを提供することを,その目的とするものである。
  」ということです。

 クレームからです。
 
【請求項1】(本件発明1)
「  C:0.02~0.05質量%(但し,0.05質量%を除く),Si:0.1質量%以下,Mn:0.05~0.3質量%,P:0.002~0.035質量%,S:0.005~0.015質量%,sol.Al:0.02~0.05質量%を含有する低炭素アルミキルド鋼の連続鋳造に使用される,少なくともSiO 2 ,CaO,及びNa 2 Oを含有し,二次冷却帯においては鋳片表面からの剥離性に優れ,二次冷却帯での鋳片の冷却能を高めることが可能な,鋼の連続鋳造用モールドパウダーであって,前記モールドパウダーのSiO 2 含有量とNa 2 O含有量との関係が,下記の(1)式を満たす範囲であり,且つ,前記モールドパウダーの塩基度とNa 2 O含有量との関係が,下記の(2)式を満たす範囲である(但し,[%SiO 2 ]=35%,[%Na 2 O]=8%,かつ,[%CaO]=35%の場合,[%SiO 2 ]=31.4%,[%Na 2 O]=9.6%,かつ,[%CaO]=25.1%の場合,[%SiO 2 ]=32.8%,[%Na 2 O]=9.0%,かつ,[%CaO]=26.3%の場合,[%SiO 2 ]=34.4%,[%Na 2 O]=6.3%,かつ,[%CaO]=34.2%の場合,[%SiO 2 ]=32.3%,[%Na 2 O]=7.5%,かつ,[%CaO]=32.1%の場合,[%SiO 2 ]=43.3%,[%Na 2 O]=12.8%,かつ,[%CaO]=28.8%の場合,[%SiO 2 ]=47.2%,[%Na 2 O]=12.8%,かつ,[%CaO]=28.8%の場合,[%SiO 2 ]=36.5%,[%Na 2 O]=7.9%,かつ,[%CaO]=38.4%の場合,[%SiO 2 ]=34.5%,[%Na 2 O]=7.9%,かつ,[%CaO]=38.4%の場合,[%SiO 2 ]=34.5%,[%Na 2O]=7.9%,かつ,[%CaO]=37.0%の場合,[%SiO 2 ]=33.5%,[%Na 2 O]=7.9%,かつ,[%CaO]=34.2%の場合,[%SiO 2 ]=34.5%,[%Na 2 O]=7.9%,かつ,[%CaO]=35.6%の場合,[%SiO 2 ]=34.6%,[%Na 2 O]=5.2%,かつ,[%CaO]=38.5%の場合,及び[%SiO 2 ]=31.5%,[%Na 2 O]=5.2%,かつ,[%CaO]=38.5%の場合を除く)ことを特徴とする,鋼の連続鋳造用モールドパウダー。
  0.65×[%Na 2 O]+25≦[%SiO 2 ]≦2.08×[%Na 2 O]+25・・・(1)
  -0.078×[%Na 2 O]+1.4≦CaO/SiO 2 ≦-0.077×[%Na2 O]+1.8・・・(2) 
  但し,(1)式及び(2)式において,[%Na 2 O]は前記モールドパウダーのNa2 O含有量(質量%),[%SiO 2 ]は前記モールドパウダーのSiO 2 含有量(質量%),[%CaO]は前記モールドパウダーのCaO含有量(質量%),CaO/SiO 2 は前記モールドパウダーの塩基度である。」 
 
 さて,非常に長たらしい,しかも除くクレームがややこしいのですが,ポイントは(1)式と(2)式を満たす範囲という所です。
 しかし,肝腎のバルジング性湯面変動の測定は,適と不適でのそれぞれ1点しかやっていなかったようです。
 そのことは原告が,以下のような分かりやすいグラフで示しております
 
 
 これは(1)式についてです。
 そして(2)式についても,
 
 
 
 という感じで示しております。
 
 つまり,肝腎の実施例について,適はたった1点なわけです。
 
 今回,サポート要件の違反で,いわゆるパラメータ事件の大合議の規範を使っておりますが,そのときは,2点から直線を引いたわけで,それが本当かよ?! ということで,歴史に残ったのです。

 それが,今回もやはり同様なレベルです。

 ちょっとこれは・・・という所です。特許庁の審決を詳しく見ていないのでわかりませんが,主張立証が裁判と同じだとすると何を見ていたのだろうか?ということになります。

 やはり2点程度の実施例ではこれじゃあねえって所でしょうか。