2017年11月28日火曜日

侵害訴訟 特許  平成29(ネ)10093 知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件名
 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成29年10月25日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 清水 節 
裁判官 中島基至 
裁判官 岡田慎吾 

「3  争点 エ(乙34発明に基づく進歩性欠如)について 
(1) 乙34発明の認定
      ア  乙34ウェブページの記載事項 
 乙34ウェブページには,以下の事項が記載されている。
  「えふくん応援します  ~お試しコスメ日記~
  美肌を目指して,お試ししたコスメやサプリなどのこと,お得な情報,などなどご紹介しますネ。・・・
  インフィルトレート  セラム  ってどんなの?
  2007.01.17  (Wed)
  1/15から新発売になった,
  エフ  スクエア  アイ
      インフィルトレート  セラム  リンクル  エッセンス・・・
ってどんなの?  っていうことで,ちょっと調べてみましたよ!
  (全成分表示も載せましたよ!)・・・
  【More・・・】
    アスタキサンチン配合  真浸透美容液
  エフ  スクエア  アイ
      インフィルトレート  セラム  リンクル  エッセンス  30ml  8,400円(税込み)・・・ 

 プロフィール
  Author:よっこ」 

      イ  乙35ウェブページの記載事項
  乙35ウェブページには,以下の事項が記載されている。
  「エフ スクエア アイ インフィルトレート セラム リンクル エッセンス ・・・
  クチコミ・・・
  *Ihasa*さん
  21歳|脂性肌|クチコミ投稿205件・・・
  評価しない          2007/1/27  00:27:47
  サンプル使用なので評価は控えさせて頂きます。
  現品は8400yen/30mlとなっております。・・・
  全成分:
  ・水・グリセリン・BG・ペンチレングリコール・クエン酸・リン酸アスコルビルMg 
・・・
 ウ  乙34発明について
  乙34ウェブページには,控訴人旧製品のpHに関する記載はないから,乙34発明は,以下のとおりであると認められる(乙35発明も同様である。)。
  「水,グリセリン,クエン酸(本件発明の「pH調整剤」に相当する。),リン酸アスコルビルマグネシウム,オレイン酸ポリグリセリル-10(同「ポリグリセリン脂肪酸エステル」に相当する。),ヘマトコッカスプルビアリス油(同「アスタキサンチン」に相当する。),トコフェロール,レシチン(同「リン脂質」に相当する。)等の35の成分を含む美容液(同「スキンケア用化粧料」に相当する。)であって,このうちオレイン酸ポリグリセリル-10,ヘマトコッカスプルビアリス油及びレシチンはエマルジョン粒子となっているもの」
      エ  控訴人の主張について
  控訴人は,乙34及び乙35の各ウェブページは,それぞれ「よっこ」及び「*Ihasa*さん」と称する匿名者による記事にすぎず,それらの正確性,信頼性に何らの裏付けもなく,また,公開日に関しては,乙34ウェブページのブログ記事も乙35ウェブページのクチコミ記事も過去の投稿内容をいつでも容易に編集することが可能なのであって(甲79,80),それらに記載された内容が,それぞれ,実際に平成19年1月17日及び同年1月27日の時点で,公衆に利用可能になっていたことは疑わしいから,乙34ウェブページは証拠として採用されるに値しないと主張する。
  しかしながら,本件特許の出願前において,化粧品の全成分表示が義務付けられていたところ(乙36),控訴人は,乙34ウェブページにおける控訴人旧製品の全成分の記載内容の正確性について争っておらず,また,本件特許の出願前の平成19年1月15日に発売された控訴人旧製品の全成分リストを,乙34ウェブページの作成者が参照することができなかったなどというような具体的な主張もしていない。 
 さらに,乙34ウェブページと乙35ウェブページとは,異なるウェブページであり,その作成者のペンネームも異なることから,異なる者によって記載されたものであり,控訴人旧製品の全成分の記載内容については,各成分の名称も表記順序も一致していることなどを考慮すると,両ウェブページを記載した者は,いずれも控訴人旧製品の容器等に記載された全成分表示を参照したものと考えるのが自然かつ合理的であるといえる。このように,異なる複数の者が控訴人旧製品の全成分表示を参照していることなどからすると,乙34ウェブページは,その内容を書き換えられる可能性が皆無ではないとしても,平成19年1月15日の控訴人旧製品の発売日より後の平成19年1月17日(乙34)に記載されたものであると推認することができる(乙35ウェブページについても,平成19年1月27日(乙35)に記載されたものと推認することができる。)。そして,その他,上記認定を左右するに足りる事情は認められない。
  そうすると,乙34ウェブページに記載された,控訴人旧製品の全成分に関する記載内容は,本件特許の出願前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものということができる。
  したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。 

  (2)本件発明と乙34発明との対比
  本件発明と乙34発明とでは,本件発明のpHの値が5.0~7.5の範囲であるのに対し,乙34発明のpH値が特定されていない点で相違し,その余の点で一致する。
 
 (3)相違点の容易想到性について
      ア  証拠(乙8の1~6,乙22)及び弁論の全趣旨によれば,皮膚に直接塗布する化粧品のpHは,皮膚への安全性を考慮して,弱酸性(約pH4以上)~弱アルカリ性(約pH9以下)の範囲で調整されること,実際に市販されている化粧品については,そのpHが人体の皮膚表面のpHと同じ弱酸性の範囲(pH5.5~6.5程度)に設定されているものも多いことが認められる。 
  そうすると,本件特許の出願前に,化粧品のpHを弱酸性~弱アルカリ性の範囲に設定することは技術常識であったと認められるから,pHが特定されていない化粧品である乙34発明のpHを,弱酸性~弱アルカリ性のものとすることは,当業者が適宜設定し得る事項というべきものである。そして,皮膚表面と同じ弱酸性とされることも多いという化粧品の特性に照らすと,化粧品である乙34発明のpHを,弱酸性~弱アルカリ性の範囲に含まれる「5.0~7.5」の範囲内のいずれかの値に設定することも,格別困難であるとはいえず,当業者が適宜なし得る程度のことといえる。
  また,証拠(乙9の1,2,乙27)及び弁論の全趣旨によれば,化粧品(医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律2条2項の「医薬部外品」及び同条3項の「化粧品」に当たるもの)の基本的かつ重要な品質特性としては,安全性,安定性,有用性,使用性が挙げられ,化粧品の設計に当たっては,まず配合薬剤の基剤中における安定性に留意する必要があること,薬剤の安定化にはpH,温度,光,配合禁忌面から同時に配合する成分の影響を把握しておくことが重要となること,安定化の方法としては,酸素を断つ方法や酸化防止剤の配合,pH調整剤,金属イオン封鎖剤の配合や最適配合量の水準,不純物質の除去,生産プロセスにおける温度安定性の工夫,原料レベルでの安定な保管などの方法があること,化粧水等の化粧品の品質検査項目としては,外観や匂い等の官能検査,pH,比重,透明度,粘度,有効成分等の定量試験などの項目があり,化粧品の安定化を図るためにpH調整剤を用いることやpHを測定することは一般的に行われていることが認められる。
  このように,化粧品の基本的かつ重要な品質特性の一つとして安定性があり,化粧品の製造工程において常に問題とされるものであることは当業者に明らかであるところ,化粧品の安定化という課題に対する解決手段には,上記のとおり,酸素を断つ方法や酸化防止剤の配合,pH調整剤,金属イオン封鎖剤の配合や最適配合量の水準,不純物質の除去,生産プロセスにおける温度安定性の工夫,原料レベルでの安定な保管などの方法など,様々なものがあることが認められる。
  そうすると,pHが特定されていない化粧品である乙34発明に接した当業者において,乙34発明のpHを弱酸性~弱アルカリ性の範囲にするとともに,併せて,pH調整剤を含め化粧料に対する様々な安定化の手段を採用して安定化を図るということも,当然に試みるものと解される(乙34発明は,控訴人旧製品の全成分情報に示された各成分を含有するものの,これら各成分の含有量は明らかではなく,そのpHも明らかではない「スキンケア用化粧料」であるから,当業者は,乙34発明を具現化するに当たっては,各成分の含有量やpHを具体的に設定することを要することになる。)。
  以上によれば,相違点に係る本件発明の構成は当業者であれば容易に想到し得るものであると認められる。」

【コメント】
 大手の富士フィルムとDHCの間で繰り広げられた化粧品の特許権侵害訴訟の控訴審です。 
 経緯等は,一審もここで紹介しておりますので,そちらを見た方が早いです。
 
 ただし,概要を書くと,特許権は,第5046756号で, 出願日は,平成19年6月27 日でした。
 クレームは,以下のとおりです。
本件発明1
1-A (a)アスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;
1-B (b)リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体;並びに
1-C (c)pH調整剤
1-D を含有する,pHが5.0~7.5のスキンケア用化粧料。
 
 です。
 
 そして,一審では,pH以外,乙6というウェブサイトに載っていたということで,その乙6発明に基づいて進歩性なしとなっております。
 
 で,審決取消訴訟については,ここでも取り上げました。
 そこでは何と,この乙6(審決取消訴訟では甲1) が,新規性・進歩性でいう公知発明に該当しない!という驚くべき判断でした。つまり,進歩性あり!です。
 
 当然,その審決取消訴訟と同じ合議体ですので, 同じ判断になるかと思いきや,こちらは一審と結論が同じ,やはり進歩性なし!です。
 
 ただ,公知資料が違います。上記のとおり,乙6(審決取消訴訟では甲1)が使えません。ですので,こちらは,乙34(素人さんのブログ)を持ってきて,これによって進歩性なし!と判断したのです。
 
 これはびっくりです。
 確かに審決取消訴訟では主引例を新たに追加することはできません(最高裁昭和51年3月10日判決。知財で唯一の大法廷の判決です。)。なので,審決取消訴訟では,乙34に対応する甲58を提出出来無かったわけです(再度,無効審判を請求すればいいだけなのですが。)。
 
 しかし,民事訴訟である特許権侵害訴訟においては,控訴審においても新たな証拠を提出でき,それによって新たな無効事由も主張できるわけです。
 
 そのため,そういうことによって,原告はやはり敗れ去りました。
 
 いやあ世の中って一筋縄では行かない,そんな感想を持つ事件ですね。 

 なお,この侵害訴訟の判決は審決取消訴訟と同日の判決だったのですが,バツが悪かったのか,しばらく経ってから公開になりました。そのため,ここでの紹介も若干遅れました。