2018年4月27日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成29(行ケ)10139  拒絶審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成30年4月16日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部                      
裁判長裁判官          高      部      眞  規  子                              
裁判官          山      門              優      
裁判官          片      瀬              亮  
 
「 (4)  相違点の容易想到性
ア  本件周知技術
 周知例1及び2から,「自動車のブレーキ等の作動を自動的に制御するに当たり,特定の条件を満たした場合は,作動装置(ブレーキ)の作動が行われないように,作動装置の始動(ブレーキを働かせる信号)を無効にすること」との本件周知技術が認められることは,当事者間に争いがない。
イ  相違点の容易想到性判断
(ア)  引用発明
 引用発明の衝突対応車両制御は,衝突対応制御プログラムが実行されることによって行われる。同プログラムは,S1の自車線上存在物特定ルーチン及びS2のACC・PCS対象特定ルーチンにおいて,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性が判断され,その後に処理されるS5のACC・PCS作動ルーチンにおいて,自車両の速度,ブレーキ操作部材の操作の有無,自車両と直前存在物との衝突時間や車間時間等の条件に応じて,特定のACC制御やPCS制御が開始され,又は開始されないというものである。
(イ)  条件判断の順序の入替えについて
 本願補正発明では,ターゲット物体との相対移動の検知に応答してアクションを始動するように構成された後に,自車線上にある存在物を特定し,アクションの始動を無効にするという構成が採用されている。したがって,引用発明を,相違点に係る本願補正発明の構成に至らしめるためには,少なくとも,まず,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断を行い,続いて,特定のACC制御やPCS制御を開始するために自車両の速度等の条件判断を行うという引用発明の条件判断の順序を入れ替える必要がある。
 しかし,引用発明では,S1及びS2において,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性が判断される。この条件は,ACC制御,PCS制御の対象となる前方存在物を特定するためのものである(引用例【0091】)。そして,引用発明は,これにより,多数の特定存在物の中から,自車線上にある存在物を特定し,ACC制御,PCS制御の対象となる存在物を絞り込み,ACC制御,PCS制御のための処理負担を軽減することができる。一方,ACC制御,PCS制御の対象となる存在物を絞り込まずに,ACC制御,PCS制御のための処理を行うと,その処理負担が大きくなる。このように,引用発明において,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断を,ACC制御,PCS制御のための処理の前に行うか,後に行うかによって,その技術的意義に変動が生じる。
 したがって,複数の条件が成立したときに特定のアクションを始動する装置において,複数の条件の成立判断の順序を入れ替えることが通常行い得る設計変更であったとしても,引用発明において,まず,特定のACC制御やPCS制御を開始するために自車両の速度等の条件判断を行い,続いて,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断を行うという構成を採用することはできない。
 よって,引用発明における条件判断の順序を入れ替えることが,単なる設計変更であるということはできないから,相違点に係る本願補正発明の構成は,容易に想到することができるものではない。
(ウ)  本件周知技術の適用
a  引用発明における条件判断の順序を入れ替えることが単なる設計変更であったとしても,条件判断の順序を入れ替えた引用発明は,まず,自車両の速度等の条件判断がされ,続いて,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性が判断され,その後,特定のACC制御やPCS制御が開始され,又は開始されないものになる。そして,これに本件周知技術を適用できたとしても,本件周知技術を適用した引用発明は,まず,自車両の速度等の条件判断がされ,続いて,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性が判断され,その後,特定のACC制御やP
CS制御が開始され,又は開始されないものになり,加えて,特定の条件を満たした場合には,当該ACC制御やPCS制御の始動が無効になるにとどまる。
 ここで,本件周知技術を適用した引用発明は,特定の条件を満たした場合に,PCS制御等の始動を無効にするものである。そして,本件周知技術を適用した引用発明においては,PCS制御等の開始に当たり,既に,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性が判断されているから,自車線上の存在物であるか否かという条件を,再度,PCS制御等の始動を無効にするに当たり判断される条件とすることはない。
 これに対し,相違点に係る本願補正発明の構成は,「横方向オフセット値に基づいて」,すなわち,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断に基づいて,少なくとも1のアクションの始動を無効にするものである。
 したがって,引用発明に本件周知技術を適用しても,相違点に係る本願補正発明の構成には至らないというべきである。
b  なお,本件周知技術を適用した引用発明は,自車両の速度等の条件判断と,それに続く,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断をもって,PCS制御等を開始するものである。PCS制御等の開始を,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断よりも前に行うことについて,引用例には記載も示唆もされておらず,このことが周知慣用技術であることを示す証拠もない。
 したがって,引用発明に本件周知技術を適用しても,その発明は相違点に係る本願補正発明の構成には至らないところ,さらに,PCS制御等の開始を,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断よりも前に行うことにより,当該発明を,相違点に係る本願補正発明の構成に至らしめることができるものではない。
c  そもそも,本願補正発明では,ターゲット物体との相対移動の検知に応答してアクションを始動するように構成された後に,自車線上にある存在物を特定し,アクションの始動を無効にするという構成が採用されている。本願補正発明は,ターゲット物体との相対移動の検知に応答してアクションを始動するという既存の構成に,当該構成を変更することなく,単に,自車線上の存在物であるか否かという条件の充足性判断を付加することによって,アクションの始動を無効にするというものであり,引用発明とは技術的思想を異にするものである。
(エ)  以上のとおり,引用発明における条件判断の順序を入れ替えることが単なる設計変更ということはできず,また,引用発明に本件周知技術を適用しても,相違点に係る本願補正発明の構成には至らないというべきであるから,相違点に係る本願補正発明の構成は,引用発明に基づき,容易に想到できたものとはいえない。」
 
【コメント】 
 「モニタリング装置及び方法」とする特許出願(特願2014-509742号)について,拒絶査定(進歩性なし)となった出願人である原告が審決取消訴訟を提起した事件です。
 
 ここでは珍しい,拒絶査定不服審判の審決取消訴訟ということですけど,逆転で進歩性ありとなっております。
 
 クレームからです。
【請求項1】レーダー送信機及びレーダー受信機を備えるレーダーセンサを用いてホスト自動車の外部の環境で1又は複数のターゲット物体をモニタリングするための装置であって, /前記装置は,前記ホスト自動車と前記1又は複数のターゲット物体との間の所定の相対移動の検知に応答して少なくとも1のアクションを始動するように構成され, /前記装置は,前記ホスト自動車の延伸軸からの前記ターゲット物体又は各ターゲット物体の距離である横方向オフセット値を判断し,前記横方向オフセット値に基づいて前記少なくとも1のアクションの始動が行われないように,前記少なくとも1のアクションの始動を無効にし,/前記装置は,前記レーダーセンサの出力に応じて前記ターゲット物体又は各ターゲット物体の前記横方向オフセット値を判断するように構成された装置。

 どういう発明かというと,自動ブレーキ系の発明なのですけど,衝突しそうな物体がある程度離れている場合には自動ブレーキを効かないようにする,これがポイントなのですね。
 だって,ある程度の相対位置に来たらいつでも自動ブレーキをかけっぱなしだったら,高速の入り口とか合流とかでいつまで経ってもブレーキがかかり,ガックンガックンになってしまいますから。
 
 図だとこんな感じです。オフセット値が一定以上だと,これはぶつからない,と判断してそのまま進めるようになっているわけです。

 他方,主引例はこんなやつです。
 
 図からして,よく似ています。
 
 一致点・相違点です。
(ア)  一致点 
 レーダー送信機及びレーダー受信機を備えるレーダーセンサを用いてホスト自動車の外部の環境で1又は複数のターゲット物体をモニタリングするための装置であって,/前記装置は,前記ホスト自動車と前記1又は複数のターゲット物体との間の所定の相対移動の検知に応答して少なくとも1のアクションを始動するように構成され,/前記装置は,前記ホスト自動車の延伸軸からの前記ターゲット物体又は各ターゲット物体の距離である横方向オフセット値を判断し,前記横方向オフセット値に基づいて前記少なくとも1のアクションの開始が行われないようにし,/前記装置は,前記レーダーセンサの出力に応じて前記ターゲット物体又は各ターゲット物体の前記横方向オフセット値を判断するように構成された装置。
(イ)  相違点
 本願補正発明では,ターゲット物体又は各ターゲット物体の「横方向オフセット値に基づいて前記少なくとも1のアクションの始動が行われないように,前記少なくとも1のアクションの始動を無効にし」ているのに対し,引用発明では「各特定存在物Cnの変位量ΔQ’(Cn)の絶対値」,つまり,「幅方向において自車線中心線COLからどの程度離れているか」の値(本願補正発明における「横方向オフセット値」に相当する。)が,「自車線幅W OL より大きい場合に,制御における対象から外され」,「絞込み」により除外されたその「特定存在物」については,「自車線上に存在」しないと「判定」し,これにより,「v)ACC・PCS作動ルーチン」における「PCS制御」や「減速ACC制御」の「制御における対象から外され」,「作動装置」の「作動が開始」することはないものの,「作動装置」の「作動が開始」することを無効にする,とは明記されていない点。

 ということで,本願発明と主引例はよく似ています。
 ですが,制御の順番が違うのですね。

 本願発明は,
 検知→自動ブレーキ始動→対象物特定し判断→範囲外なら自動ブレーキ始動を無効
 となります。

 他方,主引例は,
 対象物特定し判断→自動ブレーキ等の条件判断→範囲外なら自動ブレーキ始動しない
 となります。

 これで,何が違うかというと,判旨にもあるとおり,本願発明の場合,はじめに篩をかけていないので,対象物のあれもこれも一応範囲内になります。
 他方,主引例の場合,はじめにに篩をかけていますので,その後の処理に容量が要りません。

 主引例は,特開2005-28992号公報なので,そのころ(2003年か2004年の出願)はCPU等の処理能力をどう抑えるかが念頭にあったのでしょうね。
 ところが,本願発明は,2014年の出願で,主引例よりも10年経っておりますので,CPUの処理能力をあまり考える必要が無かったのでしょう。なので広く対象にして,安全面を優先してももたつくことがない処理が可能な時代の発明,というわけです。

 そこら辺が大きく違うと言えば違いますので,進歩性が逆転で認められたのも致し方なしという気がします。
 
 でも,2010年辺りの出願を探せば,無効資料はたくさんあるような気がしますね。
 とは言え,それは実際に紛争が勃発してからの話ですので,今の結論としては,これでよいのではないかと思います。