事件番号
事件名
審決取消請求事件
裁判年月日
平成30年3月28日
裁判所名
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官 森 義 之
裁判官 永 田 早 苗
裁判官 古 庄 研
「
(イ) 以上より,甲3発明は以下のとおりのものと認められる。 種々の現金の受取りや,公共料金振替済等の個人情報の通知を葉書で行う場合,個人情報が人目に触れるという問題点がある(前記(ア)③)。これを解決するために,葉書の情報表示部をシート体で被覆するが,そのシート体に感圧性接着剤層を備える場合,第三者がシート体を葉書から剥離して情報を取得した後,再度シート体を葉書に接着させても秘密漏洩の事実を感知することができないという新たな問題が生じる(前記(ア)④)。例えば,被着体の情報表示部を視認不能に覆う不透明部を備えたシート体から成り,情報表示部の周部に位置してシート体に剥離可能な印刷層を形成するとともに,印刷層上にシート体を被着体に接着するための感圧性接着剤層を積層して成り,シート体を被着体より剥離すると,印刷層はシート体に対して剥離可能である一方,感圧性接着剤層に接着されているから,引き剥がされるシート体に追従することなく,印刷層の少なくとも一部は接着剤層上に転移して,シート体を被着体に再度接着させようとしても,シート体は剥離された印刷層上には接着せず分離状態にあり,元の状態には復帰しない秘密保持シートは,前記新たな問題を解決することができる(前記(ア)④~⑧)。
(ウ) したがって,甲3発明は前記第2,3(3)イ(イ)bのとおりのものと認められる。
(ウ) したがって,甲3発明は前記第2,3(3)イ(イ)bのとおりのものと認められる。
イ 甲1発明に甲3発明を適用する動機付け
登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け,剥離することを繰り返すと,粘着剤層が多数積層して,登記識別情報を読み取りにくくなるという登記識別情報保護シールにおける本件課題は,登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け,剥離することを繰り返すと必然的に生じるものであって,登記識別情報保護シールの需要者には当然に認識されていたと考えられる。現に,本件原出願日の5年以上前である平成21年9月30日には,登記識別情報保護シールの需要者である司法書士に認識されていたものと認められる(甲9)。
そして,登記識別情報保護シールの製造・販売業者は,需要者の要求に応じた製品を開発しようとするから,本件課題は,本件原出願日前に,当業者において周知の課題であったといえる。
そうすると,本件課題に直面した登記識別情報保護シールの技術分野における当業者は,フィルム層(粘着剤層)の下の文字(登記識別情報)が見えにくくならないようにするために,粘着剤層が登記識別情報の上に付着することがないように工夫するものと認められる。甲3発明と甲1発明は,秘密情報保護シールであるという技術分野が共通し,一度剥がすと再度貼ることはできないようにして,秘密情報の漏洩があったことを感知するという点でも共通する。したがって,甲1発明に甲3発明を適用する動機付けがあるといえる。
甲1発明に甲3発明を適用すると,粘着剤層が登記識別情報の上に付着することがなくなり,本件課題が解決される。したがって,甲1発明において,甲3発明を適用し,相違点に係る構成とすることは,当業者が容易に想到するものと認められる。 」
登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け,剥離することを繰り返すと,粘着剤層が多数積層して,登記識別情報を読み取りにくくなるという登記識別情報保護シールにおける本件課題は,登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け,剥離することを繰り返すと必然的に生じるものであって,登記識別情報保護シールの需要者には当然に認識されていたと考えられる。現に,本件原出願日の5年以上前である平成21年9月30日には,登記識別情報保護シールの需要者である司法書士に認識されていたものと認められる(甲9)。
そして,登記識別情報保護シールの製造・販売業者は,需要者の要求に応じた製品を開発しようとするから,本件課題は,本件原出願日前に,当業者において周知の課題であったといえる。
そうすると,本件課題に直面した登記識別情報保護シールの技術分野における当業者は,フィルム層(粘着剤層)の下の文字(登記識別情報)が見えにくくならないようにするために,粘着剤層が登記識別情報の上に付着することがないように工夫するものと認められる。甲3発明と甲1発明は,秘密情報保護シールであるという技術分野が共通し,一度剥がすと再度貼ることはできないようにして,秘密情報の漏洩があったことを感知するという点でも共通する。したがって,甲1発明に甲3発明を適用する動機付けがあるといえる。
甲1発明に甲3発明を適用すると,粘着剤層が登記識別情報の上に付着することがなくなり,本件課題が解決される。したがって,甲1発明において,甲3発明を適用し,相違点に係る構成とすることは,当業者が容易に想到するものと認められる。 」
【コメント】
発明の名称「登記識別情報保護シール」の特許権(特許第6035579号)に関する無効審判の不成立審決(進歩性あり)に対する,審決取消訴訟の事件です。
逆転で進歩性なしという結論ですが,審決が裁判所を忖度し過ぎなような気がして,ここで紹介する次第です。
クレームからです。
「(本件発明1)
登記識別情報通知書の登記識別情報が記載されている部分に貼り付けて登記識別情報を隠蔽・保護するための,一度剥がすと再度貼り直しできない登記識別情報保護シールであって,前記登記識別情報保護シールを構成する粘着剤層の少なくとも前記登記識別情報に接触する部分には前記登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域を有することを特徴とする登記識別情報保護シール。」
登記識別情報通知書の登記識別情報が記載されている部分に貼り付けて登記識別情報を隠蔽・保護するための,一度剥がすと再度貼り直しできない登記識別情報保護シールであって,前記登記識別情報保護シールを構成する粘着剤層の少なくとも前記登記識別情報に接触する部分には前記登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域を有することを特徴とする登記識別情報保護シール。」
登記識別情報通知書って知っていますかね?不動産(勿論分譲マンションも)の売買を最近行った方なら先刻ご承知でしょう。
しかし,10数年前以前にやったっきりって方が知らないかもしれません。
その昔の登記済証というのが,この登記識別情報通知書に変わったのです。つまり,権利者だけが持てるその証,というものです。
とは言え,そんな仰々しいものではなく,ちょっとしたダイレクトメール的なもので,12桁の数字が見えないようになっているもの,そういうやつです。
この図のようなものです。12桁の数字部に,粘着剤層がかからないようになっている,まあ言ってみればそれだけのものです。
これだけ聞いてよく特許になったなあ,そして,無効審判でよく不成立審決だったなあ,というのが第一印象かもしれません。
もっとも,特許法概説で吉藤先生が書いていたように,コロンブスの卵,というのは大事な話です。ただし,昨今,特許庁もそういうことをあまりにも自意識過剰という気がしています。
さて,主引例との一致点・相違点です。
「(一致点)
「登記識別情報通知書の登記識別情報が記載されている部分に貼り付けて登記識別情報を隠蔽・保護するための,一度剥がすと再度貼り直しできない登記識別情報保護シールであって,前記登記識別情報保護シールを構成する粘着剤層を有する登記識別情報保護シール。」
(相違点)
本件発明1は,「粘着剤層の少なくとも登記識別情報に接触する部分には登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域を有する」のに対し,甲1発明は,そのようなものではない点。 」
(相違点)
本件発明1は,「粘着剤層の少なくとも登記識別情報に接触する部分には登記識別情報通知書に粘着しない非粘着領域を有する」のに対し,甲1発明は,そのようなものではない点。 」
要するに,ポイントとなる非粘着領域が無かった,他方,甲3 にはその部分の記載があるような感じだった(詳しくは判旨を),というわけです。
これで,審決はどう判断したかというと,こんな感じです。
「b 甲3発明には,「(秘密)情報通知書に貼り付けるために外周部に印刷層,及び感圧性接着剤層を設け,(秘密)情報通知書の情報表示部に記載された秘密情報に対応する部分(領域)には,感圧性接着剤層を設けていない秘密情報保護シール」が示されている。
ところで,甲3文献には,本件課題は記載も示唆もされていない。また,甲3発明は,例えば,個人情報(秘密情報)が記載された葉書に使用し,被着体に接着されたシート体を剥離して,情報表示部に記載された秘密情報を閲覧するもので,再度,当該被着体に新たなシート体を接着して使用することは想定していない。
そうすると,甲3発明において,シート体を被着体に何度も貼り付け,剥離することを繰り返すと,感圧性接着剤層が多数積層して,閲覧する秘密情報が読み取れにくくなるといった課題が,自明であるとはいえない。
また,甲1発明は,登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け,剥離することを繰り返しても,登記識別情報が解読不能とならなくするための機能,作用を有するものではない。
したがって,甲1発明に甲3発明を適用する動機付けはない。また,上記相違点に係る本件発明1の発明特定事項が,当業者にとって設計事項であるとする根拠もない。甲1発明において,他に相違点に係る本件発明1の発明特定事項を備えるものとすることを,当業者が容易に想到し得たといえる根拠も見当たらない。
よって,甲1発明において,甲3発明を適用することにより,相違点に係る本件発明1の発明特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得るものではない。 」
ところで,甲3文献には,本件課題は記載も示唆もされていない。また,甲3発明は,例えば,個人情報(秘密情報)が記載された葉書に使用し,被着体に接着されたシート体を剥離して,情報表示部に記載された秘密情報を閲覧するもので,再度,当該被着体に新たなシート体を接着して使用することは想定していない。
そうすると,甲3発明において,シート体を被着体に何度も貼り付け,剥離することを繰り返すと,感圧性接着剤層が多数積層して,閲覧する秘密情報が読み取れにくくなるといった課題が,自明であるとはいえない。
また,甲1発明は,登記識別情報保護シールを登記識別情報通知書に何度も貼り付け,剥離することを繰り返しても,登記識別情報が解読不能とならなくするための機能,作用を有するものではない。
したがって,甲1発明に甲3発明を適用する動機付けはない。また,上記相違点に係る本件発明1の発明特定事項が,当業者にとって設計事項であるとする根拠もない。甲1発明において,他に相違点に係る本件発明1の発明特定事項を備えるものとすることを,当業者が容易に想到し得たといえる根拠も見当たらない。
よって,甲1発明において,甲3発明を適用することにより,相違点に係る本件発明1の発明特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得るものではない。 」
ということですから,本件特許の課題,「シート体を被着体に何度も貼り付け,剥離することを繰り返すと,感圧性接着剤層が多数積層して,閲覧する秘密情報が読み取れにくくなるといった課題」が,自明,周知,認識可能・・・兎に角,前提といえるかどうかという所が分かれ道だったわけです。
判決は,そんなの,わかりきったことで,当然の前提だとしたのに,審決の方は,いやいやいや,そんなの自明じゃないでしょ,としたわけです。
恐らく,審決の方は,この登記識別情報通知書という特殊な領域にポイントが行き,そこだけの狭い技術なんだから,これで特許付与してもいいんじゃないの~という意識があったのでしょうね。
他方,判決は,そういう特殊な技術領域でも,特許付与するだけの進歩性じゃないでしょ,としたわけです。
ただし,上記のとおり,審決は若干忖度し過ぎたような気がします。数年前なら,この程度,有無を言わせず,審決で進歩性なしで無効とされていたことでしょう。ところが,数年前の飯村部長時代の新傾向判決以来,課題重視ということがメジャーになり,審決で無効を宣することに特許庁は躊躇するような感があります。
ま,所詮人のやっていることですので,流行り廃りがありますし,様々な考慮要素に左右されてしまいます。
昨今,AIに置き換わる仕事という議論が盛んですが,裁判所や審判こそ真っ先に置き換わって欲しいものです。