2018年9月20日木曜日

審決取消訴訟 特許   平成29(行ケ)10189  知財高裁 無効審判 不成立審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成30年9月4日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部     
裁判長裁判官           鶴      岡      稔      彦      
裁判官          寺      田      利      彦      
裁判官           間      明      宏      充 
 
「3  取消事由1(訂正事項である特許請求の範囲請求項1記載の「ほぼ同径」に
ついての判断の誤り)について
(1) 原告は,審決が本件訂正を認めた点につき,「前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径であるとともに,前記円筒状陥没部に接触せず,」の「ほぼ同径」の範囲が不明確であるから,本件訂正は認められない,と主張する。 かかる原告の主張が,独立特許要件としての明細書及び特許請求の範囲の記載要件違反(明確性要件違反)を主張する趣旨であれば,特許法134条の2第9項後段により,無効審判の請求がされた請求項については独立特許要件が判断されないものとされている以上,主張自体失当というべきであるが,原告の主張は,要するに,「ほぼ同径」の範囲が不明確であるから,当該訂正事項の意味するところも明確ではないのに,訂正事項1及び2をそれぞれ「特許請求の範囲の減縮」及び「明瞭でない記載の釈明」と認めた点につき判断の誤りがある,と指摘する趣旨であるとも解されるので,以下,これを前提に判断する。
(2) 本件発明の「カバー」は,「排水口金具を露出しないように覆う」ためのものであるところ(請求項1),同カバーがかかる機能を発揮するためには,その外径が,「排水口金具のフランジ部」の外径以上でなければならないことは自明であるといえる。
 そうすると,本件発明の「カバー」が,「前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」と特定することは,本件発明の「カバー」の外径を,当該「排水口金具のフランジ部」の外径との関係で,「排水口金具を露出しないように覆う」という機能を発揮し得る範囲内で極力小さな径に特定しようとしたものであると理解でき,その意味は明確であるといえる。
 このように理解すると,本件明細書の図1に,「カバー」の外径と「排水口金具のフランジ部」との外径が「ほぼ同一」であり,「カバー」と「排水口金具」とが完全に重なっていることが示され,本件明細書の【0008】に記載された,「排水口部内の汚れを覆い隠すことができ,見栄え良くできる」という効果を奏するのに資することができることとも符合する。
 そうすると,「ほぼ同径」の語を用いているがゆえに本件訂正事項が不明確であるとはいえず,したがって,審決が訂正事項1及び2をそれぞれ「特許請求の範囲の減縮」及び「明瞭でない記載の釈明」と認めた点に誤りがあるとは認められない。
(3) 原告が主張する個別の点について  
ア  原告は,本件訂正における「カバーが,前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」について,本件明細書に接した当業者は本件特許を回避するためにカバーの外径を排水口金具のフランジ部の外径よりもどの程度大きくすればよいのか理解できず,「ほぼ同径」という語は不明確であるから訂正は認められない旨主張する。
 しかしながら,上記(2)のとおり,「ほぼ同径」とは,「カバー」の外径を当該「排水口金具」との関係で「排水口金具を露出しないように覆うカバー」として機能し得る範囲内で極力小さな径に特定しようとしたものと理解できるから,原告の主張は採用できない。
イ  原告は,「カバーが,前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」には,カバーの外径が排水口金具のフランジ部の外径より,やや小径の場合,同径の場合,やや大径の場合が含まれ,さらに,排水口のために水槽の底部面に形成された陥没部のR面を含む傾斜面の形状や傾斜角度は多種多様であり(甲24,29~35),たとえカバーの外径がフランジ部の外径よりやや大径であったとしても,前記傾斜角度が緩やかである場合には,排水口金具の取付境目に溜まった残水及び水垢等が見えてしまい,本件発明の効果(本件明細書の【0008】及び【0013】参照)は得られないから,本件発明の効果を奏するには,前記傾斜面の形状や傾斜角度も特定する必要がある,と主張する。
 しかしながら,上記【0008】及び【0013】に記載の効果は,本件発明の全ての構成要素(例えば,カバーの形状のほかにも円筒状陥没部の形状や,カバーと円筒状陥没部との隙間の大小等)をもって奏するものであると理解されるところ,原告の主張は,一部の構成要素である「カバーが,前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」であることのみをもって,上記効果を奏しなければならないとの理解を前提としている点で失当である。
 本件訂正事項における「カバーが,前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径」は,上記(2)のとおりに理解できることをもって明確性の要件を満たしているというべきであって,カバーと排水口金具との大小関係のみを単純に比較して検討した場合には,カバーが排水口金具のフランジ部よりもやや大径であるにもかかわらず本件発明の効果を奏しないものが想定できるとしても,そのことから直ちに明確性要件に違反することとなるものではないから,原告の主張は採用できない。
ウ  原告は,本件訂正は,「円筒状陥没部内を上下動するカバー」と「前記円筒状陥没部に接触せず,」との関係でも,「ほぼ同径」という語は不明確であると主張する。
 しかしながら,上記(2)のとおり,「ほぼ同径」と規定したのは,「カバー」の外径を当該「排水口金具」との関係で「排水口金具を露出しないように覆うカバー」として機能し得る範囲内で極力小さな径に特定しようとしたものと理解でき,その場合,「カバー」は,「排水口金具」の外径よりもその内径が大きい「円筒状陥没部」に接触しないことが容易に理解できるから,原告の主張は採用できない。
エ  原告は,本件訂正事項における「前記円筒状陥没部に接触せず,」について,本件発明の「カバー」のがたつきを完全に規制してカバーが円筒状陥没部に接触しないようにするための構成が何ら記載されていないから,当該訂正は認められないと主張する。
 しかしながら,「カバー」が「前記円筒状陥没部に接触せず,」の意味するところは,「カバー」と「円筒状陥没部」とが「接触」しないことと明確に把握でき,カバーのがたつきを規制するための構成が併せて特定されなければ理解できないものでもないから,原告の主張は採用できない。
(4) 以上より,原告が主張する取消事由1は理由がない。  」

「5  取消事由5(無効理由1〔特許法36条6項2号〕についての判断の誤り)
について
(1) 特許法36条6項2号の趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合に,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となることにより生じ得る第三者の不測の不利益を防止することにある。そこで,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2) この点,原告は,審決が,特許請求の範囲の「カバーが水槽の底部面に概ね面一」について,「面一」とは,止水時において,水槽の底部面とカバーの頂部とがつまずくことを防止できる程度にほぼ同じ高さになることを意味するものと解釈できると説示したのに対して,「止水時において,水槽の底部面とカバーの頂部とがつまずくことを防止できる程度」というのは,排水口のために水槽の底部面に形成された円筒状陥没部のR面を含む傾斜面の形状等やカバー自体の形状でも異なるほか,当該傾斜面の形状や傾斜角度とカバーの形状の組合せによっても異なり,さらには,使用者の年齢や性別,体格等によっても異なる以上,「カバー(特にカバーの頂部)が水槽の底部面に概ね面一」が「つまずくことを防止できる程度」という趣旨であるとすれば,権利の及ぶ範囲が不明確であり,本件発明に接した第三者は不測の不利益を被る,などと主張する。
 しかしながら,本件明細書の【0013】には,「カバーにつまづくことを防止するため,カバーの頂面60が水槽の底部1面と概ね面一になるよう円筒状陥没部10の縁とカバー6の縁との位置を略一致させることがよい。」との記載があるものの,【0008】には,「カバーが水槽の底部面と概ね面一にされ,排水口部を覆うことになって排水口部内の汚れを覆い隠すことができ,見栄え良くできる。」との記載もあり,かかる記載を根拠にすると,「概ね面一」とは,「排水口部を覆うことになって排水口部内の汚れを覆い隠すことができ,見栄え良くできる程度」と定義していると理解することも可能である。
 そもそも,本件発明の排水栓装置は,洗面化粧台,浴槽,流し台などあらゆる水槽が含まれるところ,「カバーにつまづくことを防止できる程度」というのは,飽くまで浴槽の観点からみた理解であるから(この定義が明確といえるかどうかの点はひとまず措く。),このように理解できたとしても,浴槽以外の,例えば,洗面化粧台における「概ね面一」の範囲が直ちに明らかになるわけではない。
 したがって,原告の主張は,「カバー(特にカバーの頂部)が水槽の底部面に概ね面一」が「つまずくことを防止できる程度」を意味するとの理解を前提とする限りにおいて正当な指摘を含んでいるが,それでは足りないというべきである。
(3) そこで,さらに進んで検討するに,本件明細書には,「概ね面一」の意味するところを説明する確たる定義はないけれども,本件明細書の図1には,水槽の底部面とカバーの頂部(頂面60)とがほぼ同じ高さになる状態が示されており,この状態をもって「カバーが水槽の底部面に概ね面一」と理解することは自然である。そして,寸法誤差,設計誤差等により,水槽の底部面とカバーの頂部(頂面60)とが完全に同じ高さとならない場合が存することは技術常識であるといえるから,カバーと水槽の底部面との高さの差が,このような範囲にとどまるものを「概ね面一」と理解するなら,洗面化粧台,浴槽,流し台などあらゆる水槽について,「カバーが水槽の底部面に概ね面一」の意味内容を統一的に理解することができる。
 審決の,「概ね面一」とは,「止水時に,カバーを水槽の底部面に対し積極的に出没させた位置に設けようとするものではない」との説示もこうした趣旨と理解できる。
 そうとすれば,「概ね面一」の語を用いているがゆえに特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえず,これに反する原告の主張は採用できない。
(4) 以上によれば,原告が主張する取消事由5も理由がない。 」

【コメント】
 発明の名称を「排水栓装置」とする特許第5975433号を巡る,無効審判→審決取消訴訟の事案です。
 原告が請求人で,被告が特許権者です。
 
 発明の「排水栓装置」は,プロ用とかそういう大袈裟なものでなく,洗面台とかお風呂とかの排水栓のことですね。
 
 まずはクレームからです(訂正後)
 「【請求項1】
 水槽の底部に,円筒状陥没部を形成し,該円筒状陥没部の底部に形成された内向きフランジ部が排水口金具と接続管とで挟持取付けられて排水口部を形成し,該排水口部には,排水口金具を露出しないように覆うカバーが該円筒状陥没部内に設けられ,その円筒状陥没部内を上下動するカバーが,前記排水口金具のフランジ部とほぼ同径であるとともに,前記円筒状陥没部に接触せず,止水時には,水槽の底部面に概ね面一とされ,該カバーの下面には,排水口金具とで密閉可能に止水するパッキンを挿通保持する軸部が設けられて排水栓を構成し,該排水栓の昇降でパッキンによる開閉がされることを特徴とする排水栓装置。 

 と言ってもこのクレームだけで頭に発明が浮かんだ人は相当冴えています。私は当然ボケボケですので,図を見ます。
 
 
 切断図的です。
 これと明細書の以下の記載を照らし合わせて読むと多少分かるかなという所です。
 
【0011】本発明の排水栓装置は,図1に示す如く,洗面化粧台,浴槽,流し台などの水槽の底部1に円筒状陥没部10を形成し,該円筒状陥没部の底部には内向きフランジ部11が形成され,該内向きフランジ部が排水口金具3と接続管5とでパッキン材4を介して挟持取付けられて排水口部2を構成している。
 排水口部2には,排水口金具3を露出しないように覆うカバー6が円筒状陥没部10内に設けられ,その円筒状陥没部10内を上下動するカバー6が,止水時には,水槽の底部1に概ね面一とされ,該カバーの下面には,排水口金具3とで密閉可能にするパッキン7を挿通保持する軸部61が設
けられて排水栓20を構成している。
【0012】排水口金具3には,レリースワイヤ8の作動部81が支持部材9をもって支持され,該作動部が支軸82を介してカバー6の下面に付設され,カバー6の下面に設けられた軸部61に挿通保持されたパッキン7がレリースワイヤ8による遠隔操作で作動され,開閉させる。
 なお,カバー6下面には,ガイド筒62を設け,該ガイド筒がレリースワイヤの作動部81によってガイドされて排水栓20の昇降を行われる。
【0013】排水口金具3は,円筒状陥没部10の底部に形成された内向きフランジ部11を接続管5とで挟持取付けて水槽の底部1に露出しないようにし,排水口金具3が該円筒状陥没部10の底部に取付けられた排水口部2には,円筒状陥没部10内に排水栓20のカバー6が上下動可能に設けられることによって,排水口部2が覆われ,排水口金具3の取付境目などに生じる残水や水垢による汚れなどが隠されて都合良い。
 また,カバー6は,止水のために設けられたパッキン7の密閉性の作用と関係なく,円筒状陥没部10内を上下動可能に設けられているので,位置設定を簡単且つ容易にでき,カバーにつまづくことを防止するため,カバーの頂面60が水槽の底部1面と概ね面一になるよう円筒状陥没部10の縁とカバー6の縁との位置を略一致させることがよい。
【0014】カバー6の下面に設けられた軸部61に挿通保持されたパッキン7は,成形加工上,精巧にし難い円筒状陥没部10との接触でなく,精巧な加工がし易い排水口金具3との接触であるため止水の密閉性を正確且つ確実に得ることができ,好都合になる。また,密閉性がよいので,排水栓20を排水口金具3に載置するだけでの止水ができ,更に,線接触による密閉がされるパッキン7を使用すれば,その効果は向上する。

 ちょっと長かったですかね。
 ま,8がワイヤで外につながっていてここを引っ張たりするとカバー6が下に降りて,その軸部61に設置されたパッキン7も下に降りて,排水口金具3とピタっとくっつき水がもれないようになる,というものです。
 
 で,本件で問題になったのは,訂正要件違反,進歩性欠如,明確性要件違反というものです。
 このうち,訂正要件違反も明確性に関わることなので,これと明確性要件を取り上げました。
 
 まず,訂正要件違反のクレームの「ほぼ同径」からです。
 原告の請求人 としては,「ほぼ」というのだから,小さいやつ大きいやつ色々あると思うのに,ほぼじゃわからんだろ,と主張したわけです。
 
 しかし,これに関しては,「 本件明細書の図1に,「カバー」の外径と「排水口金具のフランジ部」との外径が「ほぼ同一」であり,「カバー」と「排水口金具」とが完全に重なっていることが示され・・・」と認定され,敢え無く不採用です。

 上の図1の左側の図でカバー6の左端と3のフランジ部が10の所で同じように接触しているのがわかりますか?つまり,これが「ほぼ同径」です。
 
 
 つぎに,明確性要件での「概ね面一」です。
 まあ機械系の明細書用語には独特のものがあります。例えば,摺動です。こんなのは広辞苑に出ておりません。面一(ツライチ)というのも,この類です。
 
 知らないと何のことかさっぱり分かりませんけど,要するに,高さが一緒ということなのですね。
 そのままだと,面の皮一枚残すみたいな 感じにも取れますが,そういう小さい差もなく一緒という意味なのです。語源としては,複数の高さの違う木材をカンナで削って触っても分からないくらいの一つの面にする~そんな所から来たようですね。

 本件でいうと,図1で,水槽の底部1の高さと,カバー6が下に来たときのそのカバー6の高さが,一緒ですね。
  ということで,判旨も「そして,寸法誤差,設計誤差等により,水槽の底部面とカバーの頂部(頂面60)とが完全に同じ高さとならない場合が存することは技術常識であるといえるから,カバーと水槽の底部面との高さの差が,このような範囲にとどまるものを「概ね面一」と理解する」としています。
 
 このように判断すると,「ほぼ」だとか「概ね」だとかで無効になることはないと思います。しかし,別にそれはそれでよいのではないかと思います。あとで権利者が,必要以上に文言を拡張して解釈するのを防ぐことができますから。
 

 なお,明確性要件の判断の規範は,前の鶴岡部長の合議体と同じ,さらに言えば,清水前所長の合議体と同じです。