2018年9月12日水曜日

審決取消訴訟 特許   平成29(行ケ)10201  知財高裁 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成30年9月4日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第1部 
裁判長裁判官          高      部      眞  規  子 
裁判官          杉      浦      正      樹  
裁判官          片      瀬              亮 

「 ⑸  相違点についての判断
  ア  本件訂正明細書に「一対のボール17の開き角度βが50~110度に設定されるとともに,ボール17の外周面間の間隔Dが8~25mmに設定されていることから,所望とする肌20部位に適切な押圧力を作用させることができると同時に,肌20の摘み上げを強過ぎず,弱過ぎることなく心地よく行うことができる。」(【0026】)と記載されているように,肌の摘み上げを適度な強度で行うことには,一対のボールの支持軸のなす角度βと,一対のボールの外周面間の間隔Dの両方が関係している。この角度βと間隔Dとは,一般に,角度βを変えれば間隔Dも変わり,間隔Dを変えれば角度βも変わるという関係にあり,また,ボールの直径Lやハンドルの二股部11aの長さによっても,角度βと間隔Dは変化する。
  そうすると,少なくとも,相違点1及び2に係る各構成は,完全に独立したものではなく,相互に密接に関係したものであるから,相違点1及び2に係る各数値囲の構成がそれぞれ異なる文献に記載されていることをもって,相違点1及び2に係る各構成を当業者が容易に想到し得たものということはできない。
  イ  本件訂正発明は,肌に接触する部分をボールで構成することにより,ボールが肌に対して局部接触し,肌の局部に集中して押圧力や摘み上げ力を作用することができるとともに,肌に対するボールの動きをスムーズにでき,移動方向の自由度も高い(【0009】,【0025】)というものである。
  また,本件訂正発明は,「往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように,ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成」することにより,肘を上げたり,手首をあまり曲げたりすることなく美容器10の往復動作を行うことができ,しかも,ボール支持軸15の軸線yを肌20面に対して直角に近くなるように維持しながら操作を継続することができるため,肌20に対してボール17を有効に押圧してマッサージ作用を効率良く発現することができる(【0024】)というものである。
  ここで,相違点3に係る本件訂正発明の構成は,「前記ボールは,非貫通状態でボール支持軸に軸受部材を介して支持されている」というものである。図3,4及び8によれば,本件訂正発明に係る美容器を,ボール支持軸が肌に対して直角に近くなるように押し当てると,ボールの肌に接触する部分には支持軸付近が含まれるものと推認し得る。この場合,支持軸が貫通状態でボールを支持していると,支持軸の部分が肌に接触することにより,ボールはスムーズな回転を得られないと考えられる。すなわち,非貫通状態でボール支持軸に軸受部材を介して支持されていることは,ボールのスムーズな回転に寄与していることがうかがわれる。
  そうすると,本件訂正発明に係る美容器の使用状態において,相違点3に係る構成は,ボール支持軸が肌面に直接接触しないようにするための構成であるということができるところ,ボールのどの部分が肌面に接触するかに関係するという点では,一致点に係る「往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように,ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させ」る構成のほか,相違点1に係る「一対のボール支持軸の開き角度を65~80度とし」た構成及び相違点2に係る「一対のボールの外周面間の間隔を10~13mm」とする構成も同様である。そうである以上,相違点3に係る構成は,相違点1及び2に係るものを含む本件訂正発明の上記各構成と,それぞれ別個独立に捉えられるべきものではなく,相互に関連性を有するものとして理解・把握するのが相当である。
  したがって,引用例3及び4に,ボール支持軸と肌への接触面とに関係なく,単にボールが非貫通状態でボール支持軸に支持されていることが記載されていることに基づいて,相違点3に係る構成を当業者が容易に想到し得たものということはできない。
  ウ  相違点4に係る構成は,【0024】,【0026】に記載された美容器の往復動作による摘み上げの作用を特定したものである。すなわち,「往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように,ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成」し,「一対のボール支持軸の開き角度を65~80度」(相違点1)とし,「一対のボールの外周面間の間隔を10~13mm」(相違点2)としたことによる作用を特定したものであるから,これらの構成と相互に関連したものということができる。
  したがって,相違点4についても,引用例2及び4に,単に美容器の往復動作による摘み上げの作用が記載されていることに基づいて,相違点4に係る構成を当業者が容易に想到し得たものということはできない。 
 エ  以上のとおり,相違点1及び2に係る本件訂正発明の各構成は,進歩性を判断するにあたり,相互に密接に関連するものとして理解・把握されるのが相当であり,また,これらと相違点3及び4に係る各構成も同様である。原告が主張するように,各相違点に係る構成につき相互の関連性を考慮することなく別個独立に考察することは相当でない。
  オ  一対のボール支持軸の開き角度を65~80度とし(相違点1に係る構成),かつ,一対のボールの外周面間の間隔を10~13mmとする(相違点2に係る構成)ことは,原告がその構成の容易想到性の根拠とする引用例2には,いずれも記載されていない。なお,引用例3及び4並びに甲3,4,13,26の1及び27の1のいずれにも,これらの構成は記載されていない。
  すなわち,引用例2には,「ハンドルに,一対の球をV字状に回転可能に軸支したマッサージ器具において,小さい直径を持つ球の2つの軸が70~100°に及ぶ角度をなし,球の直径は,直径2cm~8cmとすること。」が記載されていることが認められるものの,その2つの球の外周面間の間隔については記載がない。そうすると,引用発明1の「一対の円形体の直径を10とした場合の一対の円形体の外周面間の間隔の相対値を4」とする「直径」に,引用例2記載の上記事項を適用したとしても,引用例2においては,2つの球の直径と外周面間の相対関係は特定されていないから,引用発明1の円形体の直径と外周面間の間隔の相対値が維持されるか否かは不明というほかない。しかも,外周面間の間隔Dを変化させると一対のボール支持軸の開き角度も変化するのが通常であるから,開き角度を65~80度の範囲に維持した状態で,外周面間の間隔を10~13mmとすることを当業者が容易に想到し得たということはできない。
  また,引用例3及び4並びに甲3,4,13,26の1及び27の1には,「一対のボールの外周面間の間隔」に係る技術の開示は見当たらない。
  さらに,引用例5~8には,それぞれマッサージ器における球やローラの直径が記載されているが,いずれも肌の摘み上げの作用を有するものではない。そうである以上,これらの文献に記載されたボールの直径を引用発明1に適用し,一対のボールの外周面間の間隔を10~13mmとすることを当業者が容易に想到し得たということもできない。
  したがって,相違点1及び2に係る各構成の相互の関連性を考慮すると,当業者がこれを容易に想到し得たということはできない。
  そして,相違点1及び2に係る各構成と,相違点3又は4に係る各構成との相互の関連性を考慮した場合はなおさらである。
  カ  そうすると,本件訂正発明については,引用発明1A,引用発明2~4並びに引用例2~4,甲3,4,13,26の1及び27の1に各記載の周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたということはできない。
  キ  同様に,本件訂正発明について,引用発明1A,引用発明2~4,引用発明5~8のいずれか並びに引用例2~4,甲3,4,13,26の1及び27の1に各記載の周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたということはできない。 」

【コメント】
 美容器の発明(特許第5356625号)に対する無効審判からの審決取消訴訟の事件です。
 最近売出し中の会社が被告つまりは特許権者のため(MTG),多少話題になりました。

 原告が請求人で,訂正要件違反と進歩性欠如を無効理由として請求したのですが,不成立審決となり,訴訟でも請求棄却となったわけです。
 つまりは,進歩性あり,ということです。
 まずは,クレームからです。
【請求項1】ハンドルの先端部に一対のボールを,相互間隔をおいてそれぞれ一軸線を中心に回転可能に支持した美容器において,/往復動作中にボールの軸線が肌面に対して一定角度を維持できるように,ボールの軸線をハンドルの中心線に対して前傾させて構成し,/一対のボール支持軸の開き角度を65~80度,一対のボールの外周面間の間隔を10~13mmとし,/前記ボールは,非貫通状態でボール支持軸に軸受部材を介して支持されており,/ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるようにした/ことを特徴とする美容器。

 こういう機械系というか構造物系のものは図がないとさっぱり分かりません。
 ということで,図です。
 
 
 恐らく,上記の図で分かるのではないでしょうか。あ,アレか!と思う人もいるかもしれません。
一対のボール支持軸の開き角度」 は図5のβですね。また,「一対のボールの外周面間の間隔」は,図のDです。
 
 他方,引用発明です。
 
  ちょっと似ているでしょうか。

 一致点・相違点は以下のとおりです。
a  相違点1
  本件訂正発明は,一対のボール支持軸の開き角度を65~80度としたのに対して,/引用発明1Aは,一対の円形体の支持軸の正面図上のなす角度を80°とした点。
  b  相違点2  
 本件訂正発明は,一対のボールの外周面間の間隔を10~13mmとしたのに対して,/引用発明1Aは,一対の円形体の直径を10とした場合の一対の円形体の外周面間の間隔の相対値を4とした点。
  c  相違点3
  本件訂正発明は,ボールは,非貫通状態でボール支持軸に軸受部材を介して支持されているのに対して,/引用発明1Aは,円形体は,貫通状態で軸受部材を介さずに支持されている点。
  d  相違点4
  本件訂正発明は,ボールの外周面を肌に押し当ててハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるようにしたのに対して,/引用発明1Aは,人体の部位を引っ張り,押して筋肉をほぐしてくれるものの,ハンドルの先端から基端方向に移動させることにより肌が摘み上げられるか否か不明である点。
 判決でも述べられているとおり,β(相違点1に関係ある)とD(相違点2に関係ある)は単独で変えるのが難しいものです。角度が大きくなれば,距離も離れますから。

 それ故,単独でどちらかが記載されている引用例(主引例も含めて)がいくつもあろうと(原告はそのような主張をしてました。),それじゃあダメ!両方いっぺんに載っているような引用例じゃなきゃ,想到容易の基礎とできないですよ,としたわけです。
 
 ですので,そのような引用例を探せなかった時点で,進歩性欠如での無効主張は非常に厳しい所だったのでしょう。
 進歩性はとにかく,どれほど近い引用例を探せるかどうか,ここにかかっている,それがよく現れた事例ではないかと思います。