2018年9月21日金曜日

審決取消訴訟 特許   平成29(行ケ)10210  知財高裁 無効審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成30年9月6日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官     鶴 岡 稔 彦        
裁判官      高 橋   彩        
裁判官      寺 田 利 彦  

「(1)  明確性要件について
 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある
 そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
(2)  「平均分子量」の意義
    ア  「平均分子量」という概念は,一義的なものではなく,測定方法の違い等によって,「重量平均分子量」,「数平均分子量」,「粘度平均分子量」等に区分される。そして,同一の高分子化合物であっても,重量平均分子量,数平均分子量,粘度平均分子量等の各数値は必ずしも一致せず,それぞれ異なるものとなり得る。(甲17,27)
イ  本件訂正後の特許請求の範囲及び本件訂正明細書には,コンドロイチン硫酸又はその塩につき単に「平均分子量」と記載されるにとどまり,これが重量平均分子量,数平均分子量,粘度平均分子量等のいずれに該当するかを明らかにする記載は存在しない。
 もっとも,本件訂正明細書に記載された他の高分子化合物については,例えば,メチルセルロース(段落【0017】),ポリビニルピロリドン(段落【0018】),ヒドロキシプロピルメチルセルロース(段落【0019】)及びポリビニルアルコール(段落【0020】)の平均分子量として記載されている各社の各製品の各数値は,重量平均分子量の各数値が記載されているものであり,この重量平均分子量の各数値は公知であったから(甲61~64,67),当業者は,本件出願日当時,これらの高分子化合物の平均分子量は,重量平均分子量を意味するものと解するものと推認される。
ウ  次に掲げる事実によれば,高分子化合物の平均分子量は,本件出願日当時には,一般に重量平均分子量によって明記されていたことが認められる。
(ア)  沢井製薬株式会社が出願人である特開平10-139666号公報(甲58段落【0027】)には,ポリビニルピロリドン(ポビドン)の「平均分子量」が「重量平均分子量」によって明記されている。・・・
 (3)  コンドロイチン硫酸又はその塩について
ア  マルハ株式会社と生化学工業株式会社の2社は,本件出願日当時,コンドロイチン硫酸又はその塩の製造販売を市場において独占していた。(甲11,12)
イ  生化学工業株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムについて
  (ア)  生化学工業株式会社は,平成16年より以前から,ユーザーからコンドロイチン硫酸ナトリウム製品の平均分子量について問合せがあった場合には,通常,重量平均分子量の数値を提供し,平均分子量約1万,約2万及び約4万とする製品についても重量平均分子量の数値を提供していた(甲100)。これによれば,本件出願日当時,生化学工業株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として同社が提供していたのは重量平均分子量の数値であり,当業者に公然に知られた数値も,重量平均分子量の数値であったと認められる。 
(イ)  また,生化学工業株式会社が出願人である特許公開公報等には,次の記載がある。
a  特開平9-202731号公報(甲59段落【0026】【0045】)には,硫酸化多糖の「平均分子量」は「重量平均分子量」であることが好ましいこと,生化学工業株式会社製のコンドロイチン硫酸(「平均分子量」1万)を用いることが記載されている。  ・・・
ウ  マルハ株式会社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムについて
  (ア)  マルハ株式会社は,平成15年ないし平成16年頃,コンドロイチン硫酸ナトリウム(Lot.PUC-822,829,844,845,849,850及び855)の平均分子量につき,全て粘度平均分子量で測定してこれを販売しており,それ以外の測定方法によって算出したものは存在しない。また,上記の各製品の粘度平均分子量は6千ないし1万程度のものであった。(甲2)
(イ)  マルハ株式会社は,過去において,ユーザーからコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について問合せがあった場合には,通常粘度平均分子量の数値を提供していたものであり(甲43),ユーザーには当業者が含まれると推認されるから,本件出願日当時,マルハ株式会社のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として,当業者に公然に知られた数値は,粘度平均分子量の数値であったものと認められる。
(4)  以上を踏まえて本件訂正後の特許請求の範囲の記載の明確性について判断する。
ア  本件訂正後の特許請求の範囲にいう「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が,本件出願日当時,重量平均分子量,粘度平均分子量,数平均分子量等のいずれを示すものであるかについては,本件訂正明細書において,これを明らかにする記載は存在しない。もっとも,このような場合であっても,本件訂正明細書におけるコンドロイチン硫酸又はその塩及びその他の高分子化合物に関する記載を合理的に解釈し,当業者の技術常識も参酌して,その平均分子量が何であるかを合理的に推認することができるときには,そのように解釈すべきである。
イ  上記1(2)カのとおり,本件訂正明細書には,「本発明に用いるコンドロイチン硫酸又はその塩は公知の高分子化合物であり,平均分子量が0.5万~50万のものを用いる。より好ましくは0.5万~20万,さらに好ましくは平均分子量0.5万~10万,特に好ましくは0.5万~4万のコンドロイチン硫酸又はその塩を用いる。かかるコンドロイチン硫酸又はその塩は市販のものを利用することができ,例えば,生化学工業株式会社から販売されている,コンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)が利用できる。」(段落【0021】)と記載されている。
 上記の「生化学工業株式会社から販売されているコンドロイチン硫酸ナトリウム(平均分子量約1万,平均分子量約2万,平均分子量約4万等)」については,本件出願日当時,生化学工業株式会社は,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量について重量平均分子量の数値を提供しており,同社製のコンドロイチン硫酸ナトリウムの平均分子量として当業者に公然に知られた数値は重量平均分子量の数値であったこと(上記(3)イ(ア))からすれば,その「平均分子量」は重量平均分子量であると合理的に理解することができ,そうだとすると,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量も重量平均分子量を意味するものと推認することができる。加えて,本件訂正明細書の上記段落に先立つ段落に記載された他の高分子化合物の平均分子量は重量平均分子量であると合理的に理解できること(上記(2)イ),高分子化合物の平均分子量につき一般に重量平均分子量によって明記されていたというのが本件出願日当時の技術常識であること(上記(2)ウ)も,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」にいう平均分子量が重量平均分子量であるという上記の結論を裏付けるに足りる十分な事情であるということができる。
ウ  よって,本件訂正後の特許請求の範囲の記載は明確性要件を充足するものと認めるのが相当である。」

【コメント】
 原告(ロート製薬)の有する,発明の名称を「眼科用清涼組成物」とする特許権(第5403850号)についての無効審判→審決取消訴訟の事案です。

 無効審判では,被告(請求人,自然人のようですが,ダミーと思われます。)の請求によって,無効審決(明確性要件違反)となっており,逆転で有効となったわけです。

 まずは,クレームからです。
【請求項1】a)メントール,カンフル又はボルネオールから選択される化合物を,それらの総量として0.01w/v%以上0.1w/v%未満,
b)0.01~10w/v%の塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸ナトリウム,硫酸マグネシウム,リン酸水素二ナトリウム,リン酸二水素ナトリウム,リン酸二水素カリウムから選ばれる少なくとも1種,および
c)平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩を0.001~10w/v%含有することを特徴とするソフトコンタクトレンズ装用時に清涼感を付与するための眼科用清涼組成物(ただし,局所麻酔剤を含有するものを除く)。
  」
 この手のもので,明確性要件違反となると,どこだかわかります。
 要するに,「 当業者の技術常識から合理的に解釈しても,本件訂正後の特許請求の範囲の「平均分子量が2万~4万のコンドロイチン硫酸或いはその塩」(【請求項1】【請求項6】)における「平均分子量」がいかなる平均分子量を意味するのかが不明である」という理由です。

 今回はいつもと逆で,大体OKの特許庁の方が厳しく,結構ガチガチの裁判所の方が緩やかだったというパターンではあります。
 とは言え,「平均」はクレームの鬼門ですね。

 今回は,何とか上記のとおり,平均分子量と言う場合,大体重量平均分子量のことを言うのであり,本件もそうだということで知財高裁が納得したので,大事にならずに済みました。だけど,いつもいつも,「平均~」がもうほぼ一義的に・・・のことを言う,って決まっている場合ばかりとは限りません。

 
 可能な限り,明細書中で,定義を規定し,そしてその測定法すらも記載した方がいいですね。

 なお,明確性要件の規範は,第3部ですので, いつもとおりかなあと思ったら違いました。本件での書き方は旧4部の高部部長パターンの方です(と言っても,第三者の利益を害することの防止か,第三者の不測の不利益の防止か,なので,大した違いじゃありません。)。