2018年5月17日木曜日

審決取消訴訟 特許   平成29(行ケ)10096  知財高裁 不成立審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成30年5月15日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
 裁判長裁判官 鶴      岡      稔      彦
 裁判官 杉      浦      正      樹  
 裁判官  間      明      宏      充  

「 (2) 相違点の容易想到性について
ア  本件訂正発明1と甲1発明との相違点である,甲1発明におけるSiO 2 粒子(非磁性材)の含有量を「3重量%」(3.2mol%)から「6mol%以上」とすることについて,当業者が容易に想到できるといえるか否かを検討する。
      イ  動機付けの有無について
 (ア) 上記3(1)において認定したとおり,本件特許の優先日当時,垂直磁気記録媒体において,非磁性材であるSiO 2 を11mol%あるいは15~40vol%含有する磁性膜は,粒子の孤立化が促進され,磁気特性やノイズ特性に優れていることが知られており,非磁性材を6mol%以上含有するスパッタリングターゲットは技術常識であった。
            そして,本件特許の優先日前に公開されていた甲4(特開2004-339586号公報)において,従来技術として甲2が引用され,甲2に開示されている従来のターゲットは「十分にシリカ相がCo基焼結合金相中に十分に分散されないために,低透磁率にならず,そのために異常放電したり,スパッタ初期に安定した放電が得られない,という問題点があった」(段落【0004】)と記載されていることからも,優れたスパッタリングターゲットを得るために,材料やその含有割合,混合条件,焼結条件等に関し,日々検討が加えられている状況にあったと認められる。
 そうすると,甲1発明に係るスパッタリングターゲットにおいても,酸化物の含有量を増加させる動機付けがあったというべきである(磁気記録方式の違いが判断に影響を及ぼさないことについては,後記オ(ア)に説示するとおりである。)。
        (イ) 次に,具体的な含有量の点についてみると,被告も,非磁性材の含有量を「6mol%以上」と特定することで何らかの作用効果を狙ったものではないと主張している上,証拠に照らしても,6mol%という境界値に技術的意義があることは何らうかがわれない
 さらに,本件明細書の段落【0016】及び【0017】に記載されているスパッタリングターゲットの作製方法は,本件特許の優先日当時,一般的に使用・利用可能であった通常の強磁性材及び非磁性材を用い,様々な原料粉の形状,粉砕・混合方法,混合時間,焼結方法,焼結温度を選択することにより,本件訂正発明に係る形状及び寸法を備えるようにできるというものであるから,甲1発明に基づいて非磁性材である酸化物の含有量が6mol%以上であるターゲットを製造することに技術的困難性が伴うものであったともいえない。
 そうすると,磁気特性やノイズ特性に優れたスパッタリングターゲットの作製を目的として,甲1発明に基づいて,その酸化物の含有量を6mol%以上に増加させる動機付けがあったと認めるのが相当である。 
・・・
エ  有利な効果について
 本件明細書には,本件訂正発明に係るターゲットを使用することにより,「品質の優れた材料を得ることができ,特に磁性材料を低コストで安定して製造できる」,その「密度向上は,非磁性材と強磁性材との密着性を高めることにより,非磁性材の脱粒を抑制することができ,また,空孔を減少させ結晶粒を微細化し,ターゲットのスパッタ面を均一かつ平滑にすることができるので,スパッタリング時のパーティクルやノジュールを低減させ,さらにターゲットライフも長くすることができる」という効果を有する旨記載されている(段落【0014】)。
 しかし,上記効果は,ターゲット中の非磁性材が3mol%(本件明細書記載の実施例2。上記1(2)カ(イ)参照。)という甲1発明と同様のものにおいても認められるというのであって,他の証拠に照らしても,非磁性材の含有量を6mol%以上とすることによって格別の効果を奏するものと認めることはできない。 」

【コメント】
 被告の有する「非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット」の特許権(特許第4975647号)について,原告の請求した無効審判が不成立審決(進歩性あり等)となったための,審決取消訴訟の事件です。

 色々,論点はあるのですが,結論としては,やっぱりそこなんだ!という感じのする判決です。
 
 まずは,クレームからです。本件訂正発明です。
 
1A  Co若しくはFe又は双方を主成分とする材料の強磁性材の中に酸化物,窒化物,炭化物,珪化物から選択した1成分以上の材料からなる非磁性材の粒子が分散した材料からなる焼結体スパッタリングターゲットであって,
1F  前記非磁性材は6mol%以上含有され,
1B  前記材料の研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子は,非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2㎛の全ての仮想円よりも小さいか,又は該仮想円と,強磁性材と非磁性材の界面との間で,少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子とからなり,
1C  研磨面で観察される非磁性材の粒子が存在しない領域の最大径が40㎛以下であり,
1D  直径10㎛以上40㎛以下の非磁性材の粒子が存在しない領域の個数が1000個/mm 2 以下である
1E  ことを特徴とする焼結体からなる非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。

 つぎに,一致点・相違点です。
イ  本件訂正発明1の構成要件1Bに係る事項は択一的であるところ,甲1発明の構成要件bは,本件訂正発明1の構成要件1Bに規定された「研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子」についての択一的記載の一方である「非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2㎛の全ての仮想円よりも小さい」との事項に相当する。  
          したがって,本件訂正発明1と甲1発明とは,以下の点で一致する。 
 1A  Co若しくはFe又は双方を主成分とする材料の強磁性材の中に酸化物,窒化物,炭化物,珪化物から選択した1成分以上の材料からなる非磁性材の粒子が分散した材料からなる焼結体スパッタリングターゲットであって,
1B  前記材料の研磨面で観察される組織の非磁性材の全粒子は,非磁性材料粒子内の任意の点を中心に形成した半径2㎛の全ての仮想円よりも小さいか,又は該仮想円と,強磁性材と非磁性材の界面との間で,少なくとも2点以上の接点又は交点を有する形状及び寸法の粒子とからなり, 
1C  研磨面で観察される非磁性材の粒子が存在しない領域の最大径が40㎛以下であり, 
1D  直径10㎛以上40㎛以下の非磁性材の粒子が存在しない領域の個数が1000個/mm 2 以下である 
1E  ことを特徴とする焼結体からなる非磁性材粒子分散型強磁性材スパッタリングターゲット。
  (3) 本件訂正発明1と甲1発明との相違点
 本件訂正発明1においては,非磁性材の含有量が「6mol%以上」であるのに対し,甲1発明においては,SiO 2 粒子(非磁性材)の含有量が「3重量%」である点。 
 
 構成要件が複数ある数値限定発明ですけど,結局違う点は,非磁性材の含有量という数値限定の違いだけ,というわけです。
 
 そして,その数値限定については, 臨界的意義が無かったというものです(判旨のとおり)。
 だとすると,これで進歩性を認めるのは至難の技です。
 
 本件のような数値限定しか違いがない場合は,顕著で有利な効果があるかどうか,つまりは臨界的意義があるかどうか,それ一本と言ってよいのですが,上記のとおり,これを認めることが出来なかったわけですので,結論は致し方ない所でしょう。

 このような認定で,むしろ,なぜ審決が進歩性を認めたのかが気になる所ですが,本件訂正発明の課題が当業者によく知られていたことではなく,本件訂正発明オリジナルのものだという認定が審決の認定でした。ですので,ここの部分の大元が異なるので,審決と判決で結論が違うという,複雑系というかカオス的な話になったのだと思います。