2018年7月25日水曜日

審決取消訴訟 特許   平成29(行ケ)10174  知財高裁 不成立審決 請求棄却

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成30年7月19日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部        
裁判長裁判官      鶴      岡      稔      彦       
裁判官               寺      田      利      彦  
裁判官               間      明      宏      充 

「2  取消事由1(公知発明と甲8発明の組合せによる容易想到性判断の誤り)について
(1) 原告は,本件審決が甲8発明に相違点1に係る構成が記載されていると認定しながら,公知発明(主引用発明)と甲8発明の組合せによる本件発明1及び8の容易想到性の有無を判断していない点において,判断遺漏の違法がある,と主張する。 
 しかしながら,主引用発明が同一であったとしても,主引用発明に組み合わせる技術が公知発明における一部の構成か,あるいは,周知技術であるかによって,通常,論理付けを含む発明の容易想到性の判断における具体的な論理構成が異なることとなるから,たとえ公知技術や周知技術認定の根拠となる文献が重複するとしても,上記二つの組合せは,それぞれ異なる無効理由を構成するものと解するのが相当である。
 しかるところ,本件審判手続において,原告は,「本件発明1及び8は,公知発明及び周知技術Y1に基づいて,当業者が容易に発明できた」という無効理由1-2の主張に関連して,「キャラクタの置かれている状況に応じて間欠的に生じる振動の間欠周期を異ならせる」技術が「周知技術」であると主張し,その根拠の一つとして甲8発明の内容を主張立証するにとどまっており,更に進んで,動機付けを含む公知発明と甲8発明それ自体との組合せによる容易想到性については一切主張していない
 そうすると,原告が本件訴訟において主張する無効理由(公知発明と甲8発明の組合せによる容易想到性)は,本件審判手続において主張した無効理由1-2(公知発明と甲8発明を含む周知技術Y1の組合せによる容易想到性)とは異なる別個独立の無効理由に当たるというべきである。
 したがって,本件審決が,公知発明と甲8発明との組合せによる容易想到性について判断していないとしても,本件審決の判断に遺漏があったとは認められない。
(2) これに対し,原告は,審判において審理された公知事実に関する限り,複数の公知事実が審理判断されている場合に,その組合せにつき審決と異なる主張をすることは,それだけで直ちに審判で審理判断された公知事実との対比の枠を超えるということはできず(知財高裁平成28年(行ケ)第10087号同29年1月17日判決),甲8発明の内容については本件審決において具体的に審理されていることから,被告による防御という観点からも問題はなく,また,紛争の一回的解決の観点からも,公知発明と甲8発明の組合せによる容易想到性を本件訴訟において判断することは許される,と主張する。
 しかしながら,この主張が,本件審決の手続上の違法(判断の遺漏)を主張するものではなく,実体判断上の違法(進歩性の判断の誤り)を主張するものであるとしても,本件審判手続において,甲8発明の内容を個別に取り上げて公知発明に適用する動機付けの有無やその他公知発明と甲8発明の組合せの容易想到性を検討することは何ら行われていない。したがって,かかる組合せによる容易想到性の主張は,専ら当該審判手続において現実に争われ,かつ,審理判断された特定の無効原因に関するものとはいえないから,本件審決の取消事由(違法事由)としては主張し得ないものである(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁〔メリヤス編機事件〕参照)。
 なお,原告が指摘する上記知財高裁判決は,審判手続で主張されていない引用例の組合せについて,審決取消訴訟において審理判断することを当事者双方が認め,なおかつ,その主張立証が尽くされている事案であるから,本件訴訟とは事案を異にするというべきである。
 また,原告は,特許法167条の「同一の事実及び同一の証拠」の意義について,特許無効審判の一回的紛争解決を図るという趣旨をより重視して広く解釈されてしまうと,本件審決が確定した後に公知発明と甲8発明の組合せによる容易想到性を争うことが同条により許されないと解釈されるおそれがあり(知財高裁平成27年(行ケ)第10260号同28年9月28日判決),その場合,原告による本件特許の無効を争う機会を奪うことになり不当であるから,本件訴訟で公知発明と甲8発明の組合せによる容易想到性に関する本件審決の判断の遺漏及び違法を争うことは許される,とも主張する。
 しかしながら,本件審判手続においても,本件訴訟手続においても,公知発明と甲8発明の組合せによる容易想到性という無効理由の有無については何ら審理判断されていないのであるから,特許法167条の「同一の事実及び同一の証拠」に当たるということはないというべきである。
(3) 以上によれば,本件訴訟手続において,公知発明と甲8発明の組合せによる本件発明1及び8の容易想到性を判断することは許されないというべきである。
 したがって,原告が主張する取消事由1は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。 」

【コメント】
 昨年末少し話題になった,特許権者が大阪のカプコン,相手方が横浜のコーエーテクモの侵害事件の,裏で繰り広げられている無効審判の事件です。
 無効審判の請求人であり,この審決取消訴訟の原告がコーエーテクモです。他方,被請求人である特許権者がカプコンということになります。

 特許は,特許第3295771号です(侵害訴訟でいう特許権Bです。)。

 まずは,クレームからです。 
【請求項1】 
 遊戯者が操作する入力手段と,この入力手段からの信号に基づいてゲームの進行状態を決定あるいは制御するゲーム進行制御手段と,このゲーム進行制御手段からの信号に基づいて少なくとも遊戯者が上記入力手段を操作することにより変動するキャラクタを含む画像情報を出力する出力手段とを有するゲーム機を備えた遊戯装置であって, 
  上記ゲーム進行制御手段からの信号に基づいて,ゲームの進行途中における遊戯者が操作している上記キャラクタの置かれている状況が特定の状況にあるか否かを判定する特定状況判定手段と, 
  上記特定状況判定手段が特定の状況にあることを判定した時に,上記画像情報からは認識できない情報を,上記キャラクタの置かれている状況に応じて間欠的に生じる振動の間欠周期を異ならせるための体感振動情報信号として送出する振動情報制御手段と, 
  上記振動情報制御手段からの体感振動情報信号に基づいて振動を生じさせる振動発生手段と, 
を備えたことを特徴とする,遊戯装置。 
 主引例はニンジャウォーリアーズゲームで,侵害訴訟と同じです。

 一致点と相違点です。
ア  一致点
「遊戯者が操作する入力手段と,
  この入力手段からの信号に基づいてゲームの進行状態を決定あるいは制御するゲーム進行制御手段と,
  このゲーム進行制御手段からの信号に基づいて少なくとも遊戯者が上記入力手段を操作することにより変動するキャラクタを含む画像情報を出力する出力手段とを有するゲーム機を備えた遊戯装置であって,
  上記ゲーム進行制御手段からの信号に基づいて,ゲームの進行途中における遊戯者が操作している上記キャラクタの置かれている状況が特定の状況にあるか否かを判定する特定状況判定手段と,
  上記特定状況判定手段が特定の状況にあることを判定した時に,上記画像情報からは認識できない情報を,体感振動情報信号として送出する振動情報制御手段と,
  上記振動情報制御手段からの体感振動情報信号に基づいて振動を生じさせる振動発生手段と,を備えた遊戯装置。」
イ  相違点(相違点1)
 特定状況判定手段が特定の状況にあることを判定した時に送出される体感振動情報信号に関して,本件発明1は,「キャラクタの置かれている状況に応じて間欠的に生じる振動の間欠周期を異ならせ」ているものであるのに対し,公知発明は,その点については不明な点。
 この辺は,侵害訴訟と同じですね。

 で,問題はここからです。

 実は,無効審判では,進歩性について,以下のとおり認定されました。
甲8発明には,相違点1に係る構成が記載されているが,甲9ないし11発明には周知技術Y1が記載されていないから,「キャラクタの置かれている状況に応じて間欠的に生じる振動の間欠周期を異ならせること」は,周知技術Y1とはいえない。
  したがって,本件発明1及び8は,公知発明,甲8ないし11発明から,当業者が容易に想到し得たものであるとはいえないから,本件発明1及び8に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものでない。
  」

 上記の下線部はちょっと新しい話です。なお,甲8発明というのは,メインの周知技術の一つで, 実願平3-38665号です(これも侵害訴訟と変わりません。)。

 さて,侵害訴訟の無効の抗弁の議論のときには,周知技術の要素を色々提出し,この周知技術と主引例の組み合わせで想到容易だろ!というのがコーエーテクモ側のメインのロジックでした。
 他方,これに対して,大阪地裁は,①周知技術とは言えない(コーエーテクモ主張の技術は,上の 実願平3-38665号1個しか書かれていない,一個じゃ周知技術じゃない!),②しかも,その 実願平3-38665号は主引例とは組み合わせられない,と判断したわけです。

 そう,大阪地裁の攻防の中では, 実願平3-38665号に相違点1が書かれていたかどうか,議論になっていなかったのです(上記②の判断は, 実願平3-38665号に相違点1が書かれているということを前提としているようでもありますが,所謂容易の容易の議論を想起するとわかるとおり,そこのところははっきりしません。)。

 が,しかし,突然,甲8発明(実願平3-38665号)に相違点1が記載されていると,審決で認定されたものですから,コーエーテクモとしては,もうこれを頂きます~とヨダレダラダラの状態になったわけです。
 ところが,上記判旨のとおり, 実願平3-38665号からの周知技術の主張と, 実願平3-38665号単独の副引例の主張とでは,明らかに違う主張でしょ!と認定されたわけです。

 うーん,これはまずいですね。
 相違点を埋めるべき副引例っぽいのがあるのに,その主張は全くしていなかったということです。この判決を見て,慌てて侵害訴訟の判決も見直したのですが,やはり,コーエーテクモ側は全くその主張をしておりません。

 ただ, 救いはあります。
 まず,早急に,新しい無効審判を提起し,そこで,甲8発明(実願平3-38665号)を周知技術の一つじゃなく,れっきとした副引例に格上げして,これと主引例の組み合わせのロジックを主張する,ってことです。本当,早急にです(判旨のとおり,特許法167条は回避できそうですから。)。

 つぎに,知財高裁での侵害訴訟でも,新たに,上記の無効の抗弁を主張するということです。
 ですが,両方とも救いになるかは,裁判所次第ですね。
 後者は,時機に後れた攻撃防御方法で,却下されそうです。また,前者も,侵害訴訟の確定に間に合わず,特許法104条の4で何の意味も無かった~てなことになりそうです。 

 いやあ,これは代理人や知財部の責任問題に発展しそうですね。