2019年8月5日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成30(行ケ)10145  知財高裁 無効審判 不成立審決 請求認容

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和元年7月18日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第4部                        
裁判長裁判官          大      鷹      一      郎                                
裁判官          國      分      隆      文                                
裁判官          筈      井      卓      矢 
 
「 (5)  相違点1の容易想到性の有無について
ア(ア)  前記(2)イ認定のとおり,甲1には,①従来,海水動物の付着抑制剤として用いられてきた有効塩素発生剤(塩素,次亜塩素酸塩等),有機スズ化合物,有機イオン化合物,第4級アンモニウム塩等には,残留毒性,蓄積毒性があり,広く海水動物の生態環境を破壊するものと指摘され,これらの薬剤に代わる安全な新しい薬剤の開発や,これらの薬剤の使用量を効果的に減少させる方法の開発が強く要望されていたこと,②「本発明」(甲1に記載された発明)は,それ自体低毒性でかつ蓄積毒性,残留毒性のほとんどない過酸化水素を,従来の抑制剤と組み合わせて使用することによって,相乗効果により,従来の抑制剤の使用濃度を実質的に低下せしめ,環境問題の見地からこれらの薬剤を有利に使用することを可能ならしめたという効果を奏することの開示があることが認められる。
          一方で,前記(4)ア(エ)の甲5の記載事項から,甲1記載の有効塩素発生剤と過酸化水素を組み合わせた海水動物の付着抑制方法(甲1発明)には,塩素剤である有効塩素発生剤の添加により有害なトリハロメタン類が生成するという課題があり,その生成防止のために塩素剤の添加量を0.07mg/l未満に減少させた場合,塩素剤の海生付着生物に対する付着及び成長抑制効果を期待できず,また,過酸化水素剤については,特に過酸化水素剤の分解酵素を多く有しているムラサキイガイ等の二枚貝類に対しては,2mg/l以上使用しないと抑制効果が少ないため,海水使用量の大きな冷却水系統においては,その使用量が膨大な量になり,経済的ではないという課題があることを理解できる。
      (イ)  甲1には,二酸化塩素に関する記載はなく,過酸化水素と二酸化塩素を組み合わせて使用することについての記載及び示唆はない。
          しかるところ,本件優先日当時,二酸化塩素は,塩素含有の化合物であるが,水への溶解度は塩素よりも高く,酸化力が塩素よりも強い上,塩素剤の添加により生成する有害なトリハロメタンが発生しない,海生生物の付着防止剤として知られていたことは,前記(4)イ認定のとおりである。
          そして,前記(3)の甲2の記載事項によれば,甲2には,①甲2記載の水中生物付着防止方法は,塩素の代わりに,塩素の2.6倍の有効塩素量を有し,水溶性の高い二酸化塩素又は二酸化塩素発生剤を用いることにより,薬品使用量の減少を図り,ひいては,毒性のあるTHM(トリハロメタン)の生成を防止しつつ,海洋中などの水中における生物付着を防止すること(前記(3)ウ),②二酸化塩素は,実施例1の結果(表2)が示すように,有効塩素発生剤である次亜塩素酸ナトリウムと比較し少量で効果があり,更にトリハロメタンの発生がなく,環境汚染がない,反応生成物は海水中に存在するイオンのみで構成され,残留毒性,蓄積毒性がないという効果を奏すること(前記(3)エ及びオ)の開示があることが認められる。
 加えて,前記(4)ア(ア)の甲3の記載事項によれば,甲3には,甲3記載の水路に付着する生物の付着防止又は除去方法は,低濃度の二酸化塩素水溶液を連続的に水路に注入することによって,冷却系水路の内壁に付着するムサキイガイ等の生物を効果的に付着防止し,又は除去することが可能であり,また,二酸化塩素は有害な有機塩素化合物を形成しないことから,海や河川を汚染することもないという効果を奏することの開示があることが認められる。
        (ウ)  前記(ア)及び(イ)によれば,甲1ないし3,5に接した当業者は,過酸化水素と有効塩素剤とを組み合わせて使用する甲1発明には,有効塩素剤の添加により有害なトリハロメタンが生成するという課題があることを認識し,この課題を解決するとともに,使用する薬剤の濃度を実質的に低下せしめることを目的として,甲1発明における有効塩素剤を,トリハロメタンを生成せず,有効塩素発生剤である次亜塩素酸ナトリウムよりも少量で付着抑制効果を備える海生生物の付着防止剤である甲2記載の二酸化塩素に置換することを試みる動機付けがあるものと認められるから,甲1及び甲2,3,5に基づいて,冷却用海水路の海水中に「二酸化塩素と過酸化水素とをこの順もしくは逆順でまたは同時に添加して,前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中に共存させる」構成(相違点1に係る本件発明1の構成)を容易に想到することができたものと認められる。 」

【コメント】
 発明の名称を「海生生物の付着防止方法およびそれに用いる付着防止剤」とする特許(特許第5879596号。)について,無効審判を請求した原告に対して,不成立審決がくだされたことから(進歩性ありなど),これに不服の原告が,審決取消訴訟を提起したものです。

 そして,知財高裁は逆転で進歩性なし!と判断しております。
  
 まずは,クレームからです。
【請求項1】
 海水冷却水系の海水中に,二酸化塩素と過酸化水素とをこの順もしくは逆順でまたは同時に添加して,前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中に共存させることにより海水冷却水系への海生生物の付着を防止することを特徴とする海生生物の付着防止方法。

 引例1である甲1発明との一致点・相違点です。
(一致点)
「海水冷却系の海水中に,過酸化水素を添加して,海水冷却水系への海生生物の付着を防止する海生生物の付着防止方法」である点。
(相違点1)
 本件発明1は,海水中にさらに「二酸化塩素」を「この順もしくは逆順でまたは同時に添加して,前記二酸化塩素と過酸化水素とを海水中に共存させ」ているのに対して,甲1発明は,海水中にさらに「有効塩素発生剤」を「同時または交互に注入する」点。

 要する,過酸化水素は共通しているものの,甲1では有効塩素発生剤で,本件発明のような二酸化塩素の記載も示唆もないのです。
 他方,二酸化塩素の海洋生物の付着防止効果については,甲1等様々な記載があったようです。
 
 ですので,甲1と甲2を組み合わせる動機付けがあるかどうかという典型的な進歩性の論点が問題となったわけです。
 
 これに対して,審決の方は,甲1発明の有効塩素発生剤は, 過酸化水素との反応で,一重項酸素を発生させるのが主眼であって,そうすると,ここを二酸化塩素に置き換えても一重項酸素の発生はないのだから,動機付けできない!つまり進歩性ありとしたわけです。
 
 他方,本件の訴訟の方では,いやいやいや,海洋生物の付着防止のメカニズムに関して,別に一重項酸素を発生させるのが主眼というわけではなく,むしろそれによる有害なトリハロメタンの発生を抑えたいという課題の方も認識するのであり,そうであれば,有効塩素発生剤に変えて二酸化塩素にするという動機付けはあり!としたのですね。
 
 まあこれは甲2等を見ればそんな感じもしますね。ですが,どっちに転んでも不思議ではないという所です。このようなところが進歩性の予測可能性のなさ,でしょうか。