事件番号
事件名
競業差止請求控訴事件
裁判年月日
令和元年8月7日
裁判所名
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官 山 門 優
裁判官 高 橋 彩
「1 本件競業行為が本件各合意に違反するか(争点1)
(1) 退職者に対する競業の制限(以下「競業制限」という。)は,退職者の職業選択の自由や営業の自由を制限するものであるから,個別の合意あるいは就業規則による定めがあり,かつその内容が,これによって守られるべき使用者の利益の内容・程度,退職者の在職時の地位,競業制限の範囲,代償措置の有無・内容等に照らし,合理的と認められる限り,許されるというべきである。
(2) 就業規則及び退職時合意の効力
ところで,控訴人の就業規則には,①社員は,退職後も競業避止義務を守り,競争関係にある会社に就労してはならない,②社員は,退職または解雇後,同業他社への就職および役員への就任,その他形態を問わず同業他社の業務に携わり,または競合する事業を自ら営んではならないとの規定があるが,この定めは,退職する社員の地位に関わりなく,かつ無限定に競業制限を課するものであって,到底合理的な内容のものということはできないから,無効というほかはない。
また,被控訴人が退職時に提出した「誓約・確認書」には,前述のとおり,退職後2年間,国分寺市内の競合関係に立つ事業者に就職しないとの約束をすることはできない旨の被控訴人の留保文言が付されていたのであるから,これによって競業制限に関する合意が成立したということはできない。
これに対し,控訴人は,控訴人が「誓約・確認書」に「この文言は,当社が指定した書式ではないので,無効。会社記載文言のみ有効。また,既に入社時誓約書に記載もあるので,そちらの誓約書を根拠とすることも可能。」と記載してその旨説明し,被控訴人も「わかりました」と述べたものであるから,「誓約・確認書」の不動文字のとおりの合意が成立したと主張するが,控訴人の主張する事実を裏付ける的確な証拠はないし,仮に,このような事実があったとしても,これにより「誓約・確認書」の不動文字どおりの合意が成立したと解することはできない。 」
ところで,控訴人の就業規則には,①社員は,退職後も競業避止義務を守り,競争関係にある会社に就労してはならない,②社員は,退職または解雇後,同業他社への就職および役員への就任,その他形態を問わず同業他社の業務に携わり,または競合する事業を自ら営んではならないとの規定があるが,この定めは,退職する社員の地位に関わりなく,かつ無限定に競業制限を課するものであって,到底合理的な内容のものということはできないから,無効というほかはない。
また,被控訴人が退職時に提出した「誓約・確認書」には,前述のとおり,退職後2年間,国分寺市内の競合関係に立つ事業者に就職しないとの約束をすることはできない旨の被控訴人の留保文言が付されていたのであるから,これによって競業制限に関する合意が成立したということはできない。
これに対し,控訴人は,控訴人が「誓約・確認書」に「この文言は,当社が指定した書式ではないので,無効。会社記載文言のみ有効。また,既に入社時誓約書に記載もあるので,そちらの誓約書を根拠とすることも可能。」と記載してその旨説明し,被控訴人も「わかりました」と述べたものであるから,「誓約・確認書」の不動文字のとおりの合意が成立したと主張するが,控訴人の主張する事実を裏付ける的確な証拠はないし,仮に,このような事実があったとしても,これにより「誓約・確認書」の不動文字どおりの合意が成立したと解することはできない。 」
【コメント】
本件は,東京都国分寺市内でまつげエクステサロンを営む控訴人が,元従業員である被控訴人が,控訴人を退職後に同市内のまつげエクステサロンで就労したことは,被控訴人と控訴人の間の競業禁止の合意に反したとして,被控訴人の退職後2年間の同市内におけるアイリスト業務への従事の差止めを求めた事案です。
大きな話ではないような感じがありますが,知財高裁でこのような判示がされましたので,非常に重要な判決だと思います。なお原審は,東京地裁の立川支部なので,裁判所のサイトに判決のアップはされておりません。
さて,退職者の競業というのは,企業側にとって実に悩ましい話です。
日本の大きな電機会社を辞めたエンジニアが台湾,中国,韓国などの競業に就職し,そこで日本企業をのしていく様な活躍をするというのは,平成の中盤に入ってから多少問題視されておりました。
そこで,企業側としては,退職するに際して誓約書等を徴する,こういう実務になっていたかと思います。
ところが,一律に競業避止義務を課すというのは,退職者に対して過度の制約となり,これは公序良俗違反で無効じゃないかという議論もあります。
だけど,最近の判決でそのような事例を扱ったものはなかなかないと思います。
書籍などでは,「営業秘密と競業避止義務の法務」(ぎょうせい)というのがありますが,通説的見解で書かれていないのと,すでに出版から10年以上も経つことあり,これもイマイチでした。
要するに,なかなか実務に対応できる基準みたいなものが はっきりしなかったのです。
上記の判旨のとおり,本件では,「誓約・確認書」の文言について,判決上明文での提示がないため,はっきりしませんが,「退職後2年間,国分寺市内の競合関係に立つ事業者に就職しない」という旨の文言があったのだと思います。
しかしながら,本件判決によると,この2年の競業避止義務はダメということです。
通常,2年程度の競業避止義務なら,無限定にOKと考えられていたため,今後は,退職者の誓約書については,検討し直さないといけないでしょう。
ポイントは, 社員の地位に応じたものにすることと,内容に限定を施す,ということです。そうすれば,逆に2年を超えた競業避止義務も認められうると思います。