事件番号
事件名
審決取消請求事件
裁判年月日
令和元年8月28日
裁判所名
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官 高 部 眞 規 子
裁判官 小 林 康 彦
裁判官 関 根 澄 子
「⑷ 相違点2の容易想到性
ア 前記⑶イのとおり,各文献には,ショ糖の約650倍の甘味を有する非代謝性のノンカロリー高甘味度甘味料であるスクラロースが,アスパルテーム,ステビア,サッカリンナトリウム等の他の高甘味度甘味料と比較して,甘味の質においてショ糖に似ているという特徴があることから,多くの種類の食品において嗜好性の高い甘味を付与することが見込まれているとの記載があり,加えて,前記⑶アのとおり,本件出願前に,ショ糖や,アスパルテーム,ステビア,サッカリンといった慣用の高甘味度甘味料が酸味のマスキング剤としての機能を備えることが,当業者に周知であったことからすると,引用発明のアスパルテームに代えてスクラロースを採用してみることは,当業者が容易に想到することができたというべきである。
イ また,前記⑶イのとおり,各文献には,スクラロースをその甘さが感じられる閾値より低い濃度で用いた場合でも,塩なれ効果,卵風味の向上効果を奏すること,製品100重量部に対して0.0001〜0.1重量部(製品に対して0.0001~0.1重量%)のスクラロースを用いた実施例によれば,カプサイシン0.001%のとき,甘味度が0である0.0001重量部(同0.0001重量%)又は0.005重量部(同0.005重量%)で辛味増強効果を奏すること,スクラロースの甘味を感じさせない0.0025重量%のアルコール/スクラロース水溶液でエチルアルコールの苦味の抑制効果を奏することの各記載がある。
以上の記載によれば,スクラロースの添加については,向上させようとする風味や製品によって使用量は上下するものの,下限値として,製品に対して0.0001重量%,0.0025重量%,0.005重量%で用いたものなどが知られており,スクラロースの甘味を感じさせない量であっても製品の風味の向上が可能であることを当業者は認識していたものと認められる。
他方,引用例には,アスパルテームによる酸味緩和効果を得るための下限値として1mg%(0.001重量%),1.5mg%(0.0015重量%),5mg%(0.005重量%)が挙げられ,上記のスクラロースと同様のレベルの使用量で酸味のマスキングが行えることが記載され,更に,アスパルテームの甘味により,食品・調味料の呈味バランスが崩れないようアスパルテームの添加量は食品・調味料の種類に応じ,適宜設定すべきであるとされている。
また,酸味のマスキングは,甘味の付与を目的とするものではなく,所望の酸味のマスキング効果を奏する場合には,甘味がつきすぎて味のバランスが崩れることがないように,甘味料の使用を減らすことは考えても,増量することは考えないから,スクラロースを酸味のマスキング剤に使用する場合であっても,当業者は,酸味のマスキングが実現可能な低い濃度でスクラロースを使用することを指向する。
そうすると,スクラロースを,引用発明の食酢を含む食品(ドレッシング,ソース,漬物,及び調味料などの製品)における,酸味のマスキング剤として使用するにあたり,酸味緩和効果が得られるものの,スクラロースの甘味により前記製品の旨味バランスを崩さない濃度範囲のうち低い濃度を,製品ごとに選択して,スクラロースの従来の使用濃度である0.0001~0.005重量%に重複する0.0028~0.0042重量%という濃度範囲に至ることは,当業者に容易であったということができる。
ウ そして,本件明細書の実施例2~4を参照しても,0.0028~0.0042重量%の濃度範囲を境にして,当業者の期待,予測を超える格別顕著な効果を奏しているとは評価できない。
エ 以上によれば,アスパルテームを製品濃度1~200mg%(=0.001~0.2重量%)で添加する引用発明から,スクラロースを製品の0.0028~0.0042重量%で添加することは,容易に想到することができたものである。 」
ア 前記⑶イのとおり,各文献には,ショ糖の約650倍の甘味を有する非代謝性のノンカロリー高甘味度甘味料であるスクラロースが,アスパルテーム,ステビア,サッカリンナトリウム等の他の高甘味度甘味料と比較して,甘味の質においてショ糖に似ているという特徴があることから,多くの種類の食品において嗜好性の高い甘味を付与することが見込まれているとの記載があり,加えて,前記⑶アのとおり,本件出願前に,ショ糖や,アスパルテーム,ステビア,サッカリンといった慣用の高甘味度甘味料が酸味のマスキング剤としての機能を備えることが,当業者に周知であったことからすると,引用発明のアスパルテームに代えてスクラロースを採用してみることは,当業者が容易に想到することができたというべきである。
イ また,前記⑶イのとおり,各文献には,スクラロースをその甘さが感じられる閾値より低い濃度で用いた場合でも,塩なれ効果,卵風味の向上効果を奏すること,製品100重量部に対して0.0001〜0.1重量部(製品に対して0.0001~0.1重量%)のスクラロースを用いた実施例によれば,カプサイシン0.001%のとき,甘味度が0である0.0001重量部(同0.0001重量%)又は0.005重量部(同0.005重量%)で辛味増強効果を奏すること,スクラロースの甘味を感じさせない0.0025重量%のアルコール/スクラロース水溶液でエチルアルコールの苦味の抑制効果を奏することの各記載がある。
以上の記載によれば,スクラロースの添加については,向上させようとする風味や製品によって使用量は上下するものの,下限値として,製品に対して0.0001重量%,0.0025重量%,0.005重量%で用いたものなどが知られており,スクラロースの甘味を感じさせない量であっても製品の風味の向上が可能であることを当業者は認識していたものと認められる。
他方,引用例には,アスパルテームによる酸味緩和効果を得るための下限値として1mg%(0.001重量%),1.5mg%(0.0015重量%),5mg%(0.005重量%)が挙げられ,上記のスクラロースと同様のレベルの使用量で酸味のマスキングが行えることが記載され,更に,アスパルテームの甘味により,食品・調味料の呈味バランスが崩れないようアスパルテームの添加量は食品・調味料の種類に応じ,適宜設定すべきであるとされている。
また,酸味のマスキングは,甘味の付与を目的とするものではなく,所望の酸味のマスキング効果を奏する場合には,甘味がつきすぎて味のバランスが崩れることがないように,甘味料の使用を減らすことは考えても,増量することは考えないから,スクラロースを酸味のマスキング剤に使用する場合であっても,当業者は,酸味のマスキングが実現可能な低い濃度でスクラロースを使用することを指向する。
そうすると,スクラロースを,引用発明の食酢を含む食品(ドレッシング,ソース,漬物,及び調味料などの製品)における,酸味のマスキング剤として使用するにあたり,酸味緩和効果が得られるものの,スクラロースの甘味により前記製品の旨味バランスを崩さない濃度範囲のうち低い濃度を,製品ごとに選択して,スクラロースの従来の使用濃度である0.0001~0.005重量%に重複する0.0028~0.0042重量%という濃度範囲に至ることは,当業者に容易であったということができる。
ウ そして,本件明細書の実施例2~4を参照しても,0.0028~0.0042重量%の濃度範囲を境にして,当業者の期待,予測を超える格別顕著な効果を奏しているとは評価できない。
エ 以上によれば,アスパルテームを製品濃度1~200mg%(=0.001~0.2重量%)で添加する引用発明から,スクラロースを製品の0.0028~0.0042重量%で添加することは,容易に想到することができたものである。 」
【コメント】
本件は,発明の名称を「酸味のマスキング方法」とする特許第3916281号をめぐる無効審判の事件です。
特許庁の無効審判では,進歩性あり,サポート要件違反なしということで,不成立審決となったため,これに不服の原告が審決取消訴訟を提起したわけです。
まずは,クレームからです。
「【請求項1】 醸造酢を含有するドレッシング,ソース,漬物,及び調味料からなる群より選択される少なくとも1種の製品に,スクラロースを該製品の0.0028~0.0042重量%の量で添加することを特徴とする該製品の酸味のマスキング方法。 」
作用機序等はともかくも,直感的には理解しやすい発明だとは思います。あと,数値限定発明であることに注意です。
主引例との一致点・相違点です。
「 (ア) 一致点
食酢を含有するドレッシング,ソース,漬物,及び調味料からなる群より選択される少なくとも1種の製品に,酸味のマスキング剤を添加する,該製品の酸味のマスキング方法である点。
(イ) 相違点1
製品が含有している食酢が,本件発明では,醸造酢であるのに対し,引用発明では,そのような特定はない点。
(ウ) 相違点2
酸味のマスキング剤が,本件発明では,スクラロースであり,その添加量が製品
の0.0028~0.0042重量%であるのに対し,引用発明では,アスパルテームであって,その添加量が製品濃度で1~200mg%である点。 」
(イ) 相違点1
製品が含有している食酢が,本件発明では,醸造酢であるのに対し,引用発明では,そのような特定はない点。
(ウ) 相違点2
酸味のマスキング剤が,本件発明では,スクラロースであり,その添加量が製品
の0.0028~0.0042重量%であるのに対し,引用発明では,アスパルテームであって,その添加量が製品濃度で1~200mg%である点。 」
ポイントは相違点2ですね。引用発明がアスパルテームという甘味料であるのに大して,本件発明がスクラロースであるという違いです。
審決は,以下のような論理だったようです。
「(ア) ショ糖,アスパルテーム,ステビア又はサッカリンの添加により酸味を緩和することについては,甲2文献,甲3文献,甲7文献及び甲8文献に記載があるが,スクラロースを甘味の閾値以下の量で添加することにより酸味を緩和することができることについてはそのような記載はない。
(イ) 引用発明も,酸味のマスキング剤としてアスパルテームのみを対象とし,それ以外の酸味のマスキング剤の使用を意図していないこと,甲48の記載によればトレハロースのように醸造酢の酸味を増強する甘味料も存在することからすると,引用発明並びに甲2文献,甲3文献,甲7文献及び甲8文献の記載から,高甘味度甘味料一般が酸味を緩和させる効果を有することまで導き出すことはできない。 」
(イ) 引用発明も,酸味のマスキング剤としてアスパルテームのみを対象とし,それ以外の酸味のマスキング剤の使用を意図していないこと,甲48の記載によればトレハロースのように醸造酢の酸味を増強する甘味料も存在することからすると,引用発明並びに甲2文献,甲3文献,甲7文献及び甲8文献の記載から,高甘味度甘味料一般が酸味を緩和させる効果を有することまで導き出すことはできない。 」
まず,記載がないということと,甘味料ひとくくりで何でもかんでも酸味をマスキングできるわけじゃないって所です。
だけど,上の判旨のとおり,スクラロースはショ糖に似ており,そのショ糖には酸味のマスキング効果があるので,置き換えは容易~。
あとは,数値限定の範囲に臨界的意義があるかどうかですけど,甘すぎるとダメという上限と,マスキング効果が得られないとダメという下限があるのは当然なんだから,本件発明の数値範囲は想到容易で,臨界的意義もなし!って所なんだと思います。
これはこのとおりかなあと思いますね。
基本的に,スクラロースでやることにこんなすごくてスンバラシイことがあるんだから,いいんだ!ってのがないと,なかなか難しいのではないかと考える次第です。