1 都合によりしばらく休止します。
どうして休止するかは,このブログを見ることのできる多くの方々にはそのうち自明だと思います。
約4年半でしたが,ありがとうございました。
知財判決その他
知財の最新の判決その他をタイムリーに出来るだけ詳しく紹介するつもりです。
2020年4月2日木曜日
2020年3月24日火曜日
審決取消訴訟 商標 令和1(行ケ)10121 知財高裁 拒絶査定審判 不成立審決 請求棄却
事件番号
「1 本願商標の指定商品と引用登録品種の種苗との類否について
(1) 商品の類否判断の手法について
ア 商標法4条1項14号は,種苗法18条1項の規定による品種登録を受けた品種の名称と同一又は類似の商標であって,その品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用をするものについては,商標登録を受けることができない旨を規定する。この規定の趣旨は,種苗法においては,出願品種に名称を付与することを登録要件とし(同法5条3号),登録品種の種苗を業として譲渡する場合の登録品種の名称の使用義務(同法22条1項)及び登録品種又はこれに類似する品種以外の種苗を業として譲渡する場合の登録品種の名称の使用禁止(同条2項)を規定していることから,登録品種の名称をその品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用する商標を商標登録の対象から除外し,当該名称については,特定の者に登録商標を独占的排他的に使用することができる専用権(商標法25条)及び登録商標と類似する商標を指定商品又は指定役務に類似する商品若しくは役務について使用する行為を排除する禁止権(同法37条1号)が生ずることを防止することにあるものと解される。
次に,商標法は,商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発展に寄与し,あわせて需要者の利益を保護することを目的とすること(同法1条)に鑑みると,商標の本質は,商標の使用をする者の自己の商品又は役務と他人の商品又は役務とを識別する機能を有することにあると解されるから,同法4条1項14号が「その品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」を要件とし,品種の種苗に類似する商品若しくは役務について使用をする場合であっても同号に該当するものとした趣旨は,それらの商品が通常同一の営業主により生産又は販売されている等の事情により,商品又は役務の出所の誤認混同を生じさせることを防止する趣旨をも含むものと解される。
そうすると,本願商標の指定商品が登録品種の種苗と類似のものであるかどうかは,商品自体が取引上誤認混同のおそれがあるかどうかにより判断すべきものではなく,上記事情により,指定商品及び登録品種の種苗の商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一の営業主の生産又は販売に係る商品と誤認混同されるおそれがあると認められる関係にある場合には,たとえ,商品自体が互いに誤認混同を生ずるおそれがないものであっても,類似の商品に当たると解するのが相当である(最高裁判所昭和33年(オ)第1104号同36年6月27日第三小法廷判決・民集15巻6号1730頁,最高裁判所昭和39年(行ツ)第54号同43年11月15日第二小法廷判決・民集22巻12号2559頁)。
(1) 商品の類否判断の手法について
ア 商標法4条1項14号は,種苗法18条1項の規定による品種登録を受けた品種の名称と同一又は類似の商標であって,その品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用をするものについては,商標登録を受けることができない旨を規定する。この規定の趣旨は,種苗法においては,出願品種に名称を付与することを登録要件とし(同法5条3号),登録品種の種苗を業として譲渡する場合の登録品種の名称の使用義務(同法22条1項)及び登録品種又はこれに類似する品種以外の種苗を業として譲渡する場合の登録品種の名称の使用禁止(同条2項)を規定していることから,登録品種の名称をその品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用する商標を商標登録の対象から除外し,当該名称については,特定の者に登録商標を独占的排他的に使用することができる専用権(商標法25条)及び登録商標と類似する商標を指定商品又は指定役務に類似する商品若しくは役務について使用する行為を排除する禁止権(同法37条1号)が生ずることを防止することにあるものと解される。
次に,商標法は,商標を保護することにより,商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り,もって産業の発展に寄与し,あわせて需要者の利益を保護することを目的とすること(同法1条)に鑑みると,商標の本質は,商標の使用をする者の自己の商品又は役務と他人の商品又は役務とを識別する機能を有することにあると解されるから,同法4条1項14号が「その品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」を要件とし,品種の種苗に類似する商品若しくは役務について使用をする場合であっても同号に該当するものとした趣旨は,それらの商品が通常同一の営業主により生産又は販売されている等の事情により,商品又は役務の出所の誤認混同を生じさせることを防止する趣旨をも含むものと解される。
そうすると,本願商標の指定商品が登録品種の種苗と類似のものであるかどうかは,商品自体が取引上誤認混同のおそれがあるかどうかにより判断すべきものではなく,上記事情により,指定商品及び登録品種の種苗の商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一の営業主の生産又は販売に係る商品と誤認混同されるおそれがあると認められる関係にある場合には,たとえ,商品自体が互いに誤認混同を生ずるおそれがないものであっても,類似の商品に当たると解するのが相当である(最高裁判所昭和33年(オ)第1104号同36年6月27日第三小法廷判決・民集15巻6号1730頁,最高裁判所昭和39年(行ツ)第54号同43年11月15日第二小法廷判決・民集22巻12号2559頁)。
・・・
前記アのとおり,商標法4条1項14号が「その品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」を要件とし,品種の種苗に類似する商品若しくは役務について使用をする場合であっても同号に該当するものとした趣旨は,商品又は役務の出所の誤認混同を生じさせることを防止する趣旨をも含むものと解されるから,属が異なるが同一又は類似の名称の種苗は,外見の違いによって商品自体の誤認混同が生じない場合であっても,同一の営業主の生産
又は販売に係る商品と誤認混同されるおそれがあると認められる関係にある場合には,類似の商品に当たると解するのが相当である。そして,このように解することが国際常識上及び社会通念上著しく妥当性を欠くものとはいえない。
又は販売に係る商品と誤認混同されるおそれがあると認められる関係にある場合には,類似の商品に当たると解するのが相当である。そして,このように解することが国際常識上及び社会通念上著しく妥当性を欠くものとはいえない。
・・・
(2) 本願商標の指定商品と引用登録品種の種苗との類否について
ア 本願商標の指定商品は,第31類「ハオルシア,ハオルシアの苗,ハオルシアの種子」であるところ,「ハオルシア」は,ハオルシア属の多年生草本であり,観賞用の小型多肉植物(甲1)であると認められる。そして,園芸店の通信販売を行うウェブサイトにおいて,「ハオルチア・クーペリーの種」,「マザーリーフの種」といった多肉植物の種子類が販売されていること(乙8)からすれば,多肉植物の種子類は,園芸店の店舗や,園芸店の通信販売を行うウェブサイトを通じても販売されているものと認められるから,多肉植物の種子類の主な需要者は,家庭において観賞用の植物を育てる一般の消費者であると認められる。
一方,引用登録品種の農林水産植物の種類は,「ばれいしょ種」であり,作物区分は「食用作物」(乙4)であり,野菜の一種であると認められる。そして,「種苗」とは,「植物体の全部又は一部で繁殖の用に供されるもの」(種苗法2条3項)であるから,引用登録品種の種苗は,「ばれいしょ種」の種芋であると認められる。そして,園芸店の通信販売を行うウェブサイト(乙7,8)には,「国華園が厳選!オススメ じゃがいも種イモ」として,複数の種類のじゃがいも種芋が販売されているように,野菜の種子類は,園芸店の店舗や,園芸店の通信販売を行うウェブサイトを通じても販売されているものと認められるから,野菜の種子類の主な需要者には,野菜を生産する農業関係者に加え,家庭において園芸を行う一般の消費者も含まれるものと認められる。
そうすると,多肉植物の種子類と野菜の種子類は,用途において観賞用と食用の違いがあるものの,いずれも植物の種子類であって,園芸店やその通信販売用のウェブサイト等で販売され,家庭における園芸に用いられ,需要者が一般の消費者である点において共通する。
以上によれば,本願商標の指定商品「ハオルシアの種子」及び引用登録品種の「ばれいしょ種の種芋」に本願商標を使用した場合には,これに接する取引者,需要者は,同一の営業主の生産又は販売に係る商品であると誤認混同されるおそれがあるものと認められる。
したがって,本願商標の指定商品中「ハオルシアの種子」は,引用登録品種の種苗である「ばれいしょ種の種苗」と類似の商品に当たるものと認められる。
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ア 本願商標の指定商品は,第31類「ハオルシア,ハオルシアの苗,ハオルシアの種子」であるところ,「ハオルシア」は,ハオルシア属の多年生草本であり,観賞用の小型多肉植物(甲1)であると認められる。そして,園芸店の通信販売を行うウェブサイトにおいて,「ハオルチア・クーペリーの種」,「マザーリーフの種」といった多肉植物の種子類が販売されていること(乙8)からすれば,多肉植物の種子類は,園芸店の店舗や,園芸店の通信販売を行うウェブサイトを通じても販売されているものと認められるから,多肉植物の種子類の主な需要者は,家庭において観賞用の植物を育てる一般の消費者であると認められる。
一方,引用登録品種の農林水産植物の種類は,「ばれいしょ種」であり,作物区分は「食用作物」(乙4)であり,野菜の一種であると認められる。そして,「種苗」とは,「植物体の全部又は一部で繁殖の用に供されるもの」(種苗法2条3項)であるから,引用登録品種の種苗は,「ばれいしょ種」の種芋であると認められる。そして,園芸店の通信販売を行うウェブサイト(乙7,8)には,「国華園が厳選!オススメ じゃがいも種イモ」として,複数の種類のじゃがいも種芋が販売されているように,野菜の種子類は,園芸店の店舗や,園芸店の通信販売を行うウェブサイトを通じても販売されているものと認められるから,野菜の種子類の主な需要者には,野菜を生産する農業関係者に加え,家庭において園芸を行う一般の消費者も含まれるものと認められる。
そうすると,多肉植物の種子類と野菜の種子類は,用途において観賞用と食用の違いがあるものの,いずれも植物の種子類であって,園芸店やその通信販売用のウェブサイト等で販売され,家庭における園芸に用いられ,需要者が一般の消費者である点において共通する。
以上によれば,本願商標の指定商品「ハオルシアの種子」及び引用登録品種の「ばれいしょ種の種芋」に本願商標を使用した場合には,これに接する取引者,需要者は,同一の営業主の生産又は販売に係る商品であると誤認混同されるおそれがあるものと認められる。
したがって,本願商標の指定商品中「ハオルシアの種子」は,引用登録品種の種苗である「ばれいしょ種の種苗」と類似の商品に当たるものと認められる。
・・・
(3) 小括
以上によれば,本願商標は,引用登録品種の名称と類似する商標であって,その品種の種苗に類似する商品に使用をするものと認められるから,商標法4条1項14号に該当するものと認められる。」
以上によれば,本願商標は,引用登録品種の名称と類似する商標であって,その品種の種苗に類似する商品に使用をするものと認められるから,商標法4条1項14号に該当するものと認められる。」
【コメント】
「粉雪」の文字を標準文字で表してなる商標について拒絶査定(4条1項14号)を受けた原告が,拒絶査定不服審判を請求したものの,不成立審決を受けたため,審決取消訴訟を提起したものです。
これに対し,知財高裁4部(大鷹部長の合議体です。)は,請求を棄却しました(審決とおりでよいということです。)。
非常に珍しい条文だったので,取り上げた次第です。
まず,本件の商標は,「粉雪」の標準文字商標で,指定商品を第31類「ハオルシア,ハオルシアの苗,ハオルシアの種子」としたものです。
ハオルシアとは,観賞用の植物で,一見アロエのようにも,キャベツのようにも見える,そんな感じのものです。
つぎに,引用の登録品種の方は, 「Solanum tuberosum L.」(ばれいしょ種)の品種の名称である「コナユキ」(登録番号第21865号)です。
条文は,こんな感じです。
「種苗法(平成十年法律第八十三号)第十八条第一項の規定による品種登録を受けた品種の名称と同一又は類似の商標であつて、その品種の種苗又はこれに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」
こう見ると,前半の「品種登録を受けた品種の名称と同一又は類似の商標」という要件については,
「コナユキ」VS「粉雪」
ですので,少なくとも類似かなあと思います。
では,問題の後半の「その品種の種苗又はこれに類似する商品・・・について使用をするもの」について,です。
「コナユキ」の品種の種苗は,ばれいしょ種,つまりジャガイモ~♪ですから,ハオルシアとは似ても似つかぬものです。なので,ここはスルー。
では,ハオルシアが「これに類似する商品」 という所が問題になってきます。
で,上記のような判旨で判断したということになります。
まあ色々意見はありましょうが,これはこれで仕方ないかなという気がします。
勿論,原告の言うとおり,ジャガイモとハオルシアは全く別物で区別できます。そりゃそうです。
だけど,商標法ってそういう法律じゃないのですね。
だって,なんかの商標の指定商品がリンゴだけだったからと言って, 他人がそれをミカンに使って商標権侵害にならないか,っていうとそうじゃないですからね。
判決の言うとおり,個別の区別性がポイントじゃないのです。判決で引いたいわゆる橘正宗事件~のとおり,対象となる商品等に同じような商標をつけたら誤認混同を起こすか,ここがポイントなのですね。
法目的がそうであり,その法目的には一定程度の合理性がありますので,この結論は致し方ないかなあと思います。
2020年3月6日金曜日
請求権不存在確認訴訟 著作権 平成29(ワ)20502等 東京地裁 請求棄却
事件番号
平成29(ワ)20502等https://music-growth.org/common/pdf/200228_02.pdf
事件名
損害賠償等請求事件
裁判年月日
令和2年2月28日
裁判所名
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 佐藤達文
裁判官 吉野俊太郎
裁判官 今野智紀 「省略」
【コメント】
本件は,マスコミでも話題となった,原告の音楽教室(ヤマハ等)が被告(JASRAC)に対して,音楽教室でのJASRAC管理楽曲の使用が演奏権の及ばないものだとして,使用料徴収権がないことの確認を求める,いわゆる債務不存在確認訴訟の事件です。
いまだ裁判所のホームページにアップされていませんので,音楽教育を守る会からのリンクにさせて頂きました。
またそのようなものですので,判旨の部分は一旦省略です(裁判所でのアップがされたらこちらも切り替えます。)。
さて, 本件のポイントは著作権法22条の上演権等の範囲です。ですので,まずは条文です。
「(上演権及び演奏権)
第二十二条 著作者は、その著作物を、公衆に直接見せ又は聞かせることを目的として(以下「公に」という。)上演し、又は演奏する権利を専有する。」
また,定義規定で重要なものがあります。
「十六 上演 演奏(歌唱を含む。以下同じ。)以外の方法により著作物を演ずることをいう。」
「5 この法律にいう「公衆」には、特定かつ多数の者を含むものとする。」
「7 この法律において、「上演」、「演奏」又は「口述」には、著作物の上演、演奏又は口述で録音され、又は録画されたものを再生すること(公衆送信又は上映に該当するものを除く。)及び著作物の上演、演奏又は口述を電気通信設備を用いて伝達すること(公衆送信に該当するものを除く。)を含むものとする。」
加戸先生のコンメンタールには,無形的再生なので,「公に」という要件が必要なのだ,という旨が書いてありましたが,まあそういうことなのでしょう。
で,本件のポイントは,まずは,主体です。
音楽教室側は教師と生徒だと主張し,JASRAC側は教室事業者だと主張したのですが,これはJASRAC側に軍配を上げております。
理由は,判旨のとおりと言いたい所ですが,判旨がないので書きますと,いわゆるカラオケ法理事件と,ロクラクⅡ事件の判旨を引いているので, 枢要な行為の管理・支配~というアレです。
これで教室事業者(原告)が著作物の利用主体だとされました。
そして次に,生徒が「公衆」にあたるかということについては,原告と生徒との間に個人的結合関係はないから「不特定」であるし,入れ替わりもある以上「多数」ということになりました。⇒つまりは「公衆」該当です。
最後に,「公に」の要件ですが,これも加戸先生のコンメンタールには,かなり広いのだ~ということが載っておりましたので,裁判所もなかなかここで制限するようなことは出来ず,ここにも該当ということになりました。
こういちいち言われると確かにそうかなという気もします。
だけど,何か腑に落ちない感じが残ります。
カラオケ法理の典型的事案は,まさにスナックでのカラオケ歌唱だと思います。それで客引いてるのですから,店が主体でもいいと思います。
だけどこの事案は将来の音楽家等を育てるためなので,ここで金を取ると自分のパイを減らすだけなのではないかと思うのですね。そこがやはり腑に落ちない感じの元なのではないかと思います。
とは言え,ではどこかの要件で・・・てなるとなかなか厳しい所があります。
あえて挙げるとすると,「公衆」でしょうか。入れ替わりはあっても少数~でもこうなると裁判官の胸先三寸の話にもなり,予測可能性がない話でもあります。む~ん,困った感じです。
困った所で終わりです。
2020年3月4日水曜日
侵害訴訟 特許 平成31(ネ)10003 知財高裁 控訴一部認容(請求一部認容)
事件番号
平成31(ネ)10003
事件名
特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日
令和2年2月28日
裁判所名
知的財産高等裁判所特別部
裁判長裁判官 高 部 眞 規 子
裁判官 森 義 之
裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 佐 野 信
構成要件該当性について
「 (1) 被告製品は,本件発明2の「回転体」(構成要件F,G,H,K,L)を具備するかについて
ア 前記第2の2で認定した本件発明2の特許請求の範囲の記載及び前記1(2)で認定した本件明細書2の記載からすると,本件発明2の「回転体」は,基端側のみに穴を有し,支持軸の先端側に,その内部に支持軸の先端が位置する非貫通状態で,軸受け部材を介して回転可能に支持された部材を意味するものと認められる。
本判決別紙参考図1の1ないし3,2の1ないし3,証拠(乙1~7,167,168)及び弁論の全趣旨によると,被告製品のローリング部は,基端側のみに穴を有し,支持軸の先端側に,その内部に支持軸の先端が位置する非貫通状態で,軸受け部材を介して回転可能に支持されているものと認められるから,本件発明2の「回転体」に該当するものと認められる。
したがって,被告製品は,本件発明2の「回転体」を具備する。
イ 一審被告は,①本件発明2の構成において,回転体を安定させるためにはキャップ材29が必要であること,②別件訴訟2において,一審原告は,キャップ材29は,本件発明2の「回転体」の構成要素であると主張し,また,同訴訟の判決も,そのように判断したこと,③本件発明2の特許請求の範囲は,「支持軸の先端側に回転可能に支持された」というものであることを理由として,本件発明2の「回転体」は,本件発明2の実施例におけるキャップ材29を必須要素とするものであり,キャップ材29を備えない部材は,本件発明2の「回転体」には当たらないと主張する。
しかし,本件発明2の特許請求の範囲は,前記第2の2で認定したとおりであり,同特許請求の範囲には,キャップ材29が回転体の構成要素であることの記載はない。
本件発明2は,「回転体」を「支持軸の先端側」(後記エのとおり,支持軸のうち回転体の穴のない側)で回転可能に支持するというものであり,「回転体」を「支持軸の先端部」で支持するというものではないから,回転体の支持軸の先端部にキャップ材29のような部材を備えることを必須の構成とするものではない。
本件明細書2の図4には,キャップ材29が示されているが,同図面は,あくまでも,本件発明2の実施例の一つであり,また,本件明細書2には,本件発明2を同図面の構成に限定することを示す記載はない(甲4)。
そして,本件発明2において,回転体を安定的に支持軸に支持するための構成としては,種々の構成が考えられるのであって,必ずしもキャップ材29が必要であるとは認められない。
また,証拠(乙165)によると,別件訴訟2において,裁判所は,本件発明2では,「鍔部」及び「係止爪」だけで「回転体」を回転可能に支持しているとの一審被告(同訴訟の原告)の主張を判断する中で,本件発明2では,実施例において,キャップ材29が回転体の一部を構成することを判示しているものであって,「本件明細書には,キャップ材29が,がたつきを防止するために必須の構成である旨の記載はない。」とも判示されているから,キャップ材29が本件発明2の構成要件としての「回転体」に含まれる旨を判示しているものではなく,同訴訟における一審原告(同訴訟の被告)の主張もその旨のものと理解することができる。
以上によると,一審被告の上記主張を採用することはできず,キャップ材29は,本件発明2の「回転体」の必須の構成ということはできない。
・・・
(2) 被告製品は,本件発明2の「弾性変形可能な係止爪」を具備するかについて
ア 前記第2の2で認定した本件発明2の特許請求の範囲の記載及び前記1(2)で認定した本件明細書2の記載からすると,本件発明2は,回転体を支持軸に対して回転可能に支持することができる美容器を提供するという目的を達成するために,上記特許請求の範囲の構成としたものと認められるところ,上記記載からすると,軸受け部材に弾性変形可能な係止爪を突き出すように設けたのは,段差部を同係止爪に係合させることによって,回転体が軸受け部材を介して支持軸に回転可能に支持されるようにしたものであり,また,係止爪の形状を,先端側に向かうほど軸受け部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有するものとし,弾性変形可能なものとしたのは,軸受け部材を回転体内に回転体の基端側から挿入した際に,係止爪が回転体の回転中心の方向(内側方向)へ弾性変形することによって,段差部を乗り越え,段差部を乗り越えた後は元の状態に戻って段差部と係合し,これにより,軸受け部材が回転体から抜け落ちないようにするためであると認められる。
そして,本件発明2の上記構成においては,係止爪が段差部を乗り越えるためには,係止爪の形状自体が変形する必要はなく,係止爪が周方向へ沈み込むことによっても段差部を乗り越えることができるところ,「弾性変形可能な係止爪」との文言から,段差部を乗り越える手段が係止爪の形状自体が変形する構成に限定されていると解することはできないから,係止爪が段差部を乗り越える際に周方向へ沈み込み,段差部を乗り越えた後は元の状態に戻るのであれば,係止爪の形状自体が変形しなくても,同係止爪は,「弾性変形可能な係止爪」に当たるというべきである。
・・・
(3) 被告製品は,本件発明2の「段差部」(構成要件L)を具備するかについて
ア 前記第2の2で認定した本件発明2の特許請求の範囲の記載及び前記1(2)で認定した本件明細書2の記載からすると,本件発明2の「段差部」とは,回転体の内周にあって,係止爪の基端側に係止され,係止爪と鍔部との間に位置する部材であると認められる。
本判決別紙参考図1の1,2の1,証拠(乙1~7,167,168)及び弁論の全趣旨によると,被告製品においては,金具2(円筒状リング)は回転体の内周に位置し,係止爪の基端側に係止され,係止爪と鍔部との間に位置する部材であると認められるから,本件発明2の「段差部」に該当し,被告製品は,本件発明2の「段差部」を具備する。 」
損害論について
「 (1) 特許法102条1項について
特許法102条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,特許法102条1項本文において,侵害者の譲渡した物の数量に特許権者又は専用実施権者(以下「特許権者等」という。)がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,特許権者等の実施の能力の限度で損害額とし,同項ただし書において,譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して,侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより,より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。
特許法102条1項の文言及び上記趣旨に照らせば,特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りると解すべきである。
また,「単位数量当たりの利益の額」は,特許権者等の製品の売上高から特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した額(限界利益の額)であり,その主張立証責任は,特許権者等の実施の能力を含め特許権者側にあるものと解すべきである。
さらに,特許法102条1項ただし書の規定する譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が「販売することができないとする事情」については,侵害者が主張立証責任を負い,このような事情の存在が主張立証されたときに,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものである。
(2) 侵害の行為を組成した物の譲渡数量
ア 前記3ないし5のとおり,被告製品の譲渡行為は,本件特許権2を侵害するものであり,被告製品は「侵害の行為を組成した物」に該当する。
イ 一審原告が本件訴訟において損害賠償請求をしている不法行為の期間である平成27年12月4日から平成29年5月8日までの期間(以下「本件侵害期間」という。)の被告製品の譲渡数量は下記のとおりであり,被告は総計35万1724個,月平均2万0690個程度の被告製品を譲渡したことになる(争いがない。)。
・・・
(3) 侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額
ア 侵害行為がなければ販売することができた物
前記(1)のとおり,「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りる。一審原告は,本件発明2の実施品として,「ReFa CARAT(リファ カラット)」という名称の美容器(以下「原告製品」という。)を,平成21年2月以降販売しており(甲23,24,弁論の全趣旨),原告製品は,「侵害行為がなければ販売することができた物」に当たることは明らかである。
原告製品は,ローラの表面にプラチナムコートが施され,支持軸に回転可能に支持された一対のローリング部を肌に押し付けて回転させることにより,肌を摘み上げ,肌に対して美容的作用を付与しようとする美容器(弁論の全趣旨)であり,搭載されたソーラーパネルにより,微弱電流(マイクロカレント)を発生する機構を有している(甲23)。
原告製品は,原告の店舗,大手通販業者,百貨店,家電量販店で販売され,希望小売価格である2万3800円(税抜)又はこれに近い価格で販売されている(甲23,乙94~108)。
一審原告は,平成27年10月から平成29年8月までの間に,125万6410個の原告製品を販売しており(月平均5万4626個〔1個未満切り捨て〕),最も少ない月(平成28年1月)でも1万8770個,最も多い月(平成28年12月)には8万5492個を販売した(甲38)。
イ 単位数量当たりの利益の額の意義
前記(1)のとおり,特許法102条1項所定の「単位数量当たりの利益の額」は,特許権者等の製品の売上高から,特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり,その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである。
ウ 原告製品の限界利益の額
(ア) 売上高及び製造原価
平成27年10月から平成29年8月までの間の原告製品の販売数量は125万6410個,売上高は合計132億4606万1089円であり,製造原価は●●●●●●●●●●●●●である(甲38,39)。
(イ) 製造原価以外の控除すべき費用
・・・
c 前記(ア)の期間における原告製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった費用は,前記(ア)の製造原価のほか,後記①~⑨のとおりであり,その額は,①,③,④,⑥~⑨については,一審原告の全製品について生じた各費用(甲40)に前記aの比率を乗じた額であり,②及び⑤については,「ReFa」ブランドの製品について生じた各費用(甲32,33)に前記bの比率を乗じた額である(1円未満切り捨て)。
① 販売手数料 ●●●●●●●●●●●●
② 販売促進費 2億5798万4777円
③ ポイント引当金 741万7870円
④ 見本品費 5343万9379円
⑤ 宣伝広告費 5億2075万3024円
⑥ 荷造運賃 4億5578万0084円
⑦ クレーム処理費 6548万5934円
⑧ 製品保証引当金繰入 590万2260円
⑨ 市場調査費 1038万5182円
①から⑨までの合計額 ●●●●●●●●●●●●●
d 一審被告は,原告製品の売上高から,一審原告の全ての費用を,原告製品の売上比率に従って控除すべきであると主張する。
しかし,前記(1)のとおり,特許法102条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,侵害者の譲渡した物の数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を上記の損害額としたものである。このように,同項の損害額は,侵害行為がなければ特許権者等が販売できた特許権者等の製品についての逸失利益であるから,同項の「単位数量当たりの利益の額」を算定するに当たっては,特許権者等の製品の製造販売のために直接関連しない費用を売上高から控除するのは相当ではなく,管理部門の人件費や交通・通信費などが,通常,これに当たる。また,一審原告は,既に,原告製品を製造販売しており,そのために必要な既に支出した費用(例えば,当該製品を製造するために必要な機器や設備に要する費用で既に支出したもの)も,売上高から控除するのは相当ではないというべきである。
一審被告が,売上高から控除すべきであると主張する上記費用のうち,前記cの①~⑨の費用以外の費用は,全て上記の売上高から控除するのが相当ではない費用に当たるというべきであるから,一審被告の上記主張は理由がない。
(ウ) 原告製品の限界利益の額は,原告製品の前記(ア)の売上高から前記(ア)の製造原価と前記(イ)cの各費用の合計額を控除した69億6809万2706円であり,これを,前記(ア)の期間における原告製品の販売数量125万6410個で除すると5546円(69億6809万2706円÷125万6410個≒5546.03円。1円未満切り捨て)となる。
(エ) 前記第2の2で認定した本件発明2の特許請求の範囲の記載及び前記1で認定した本件明細書2の記載からすると,本件発明2は,回転体,支持軸,軸受け部材,ハンドル等の部材から構成される美容器の発明であるが,軸受け部材と回転体の内周面の形状に特徴のある発明であると認められる(以下,この部分を「本件特徴部分」という。)。
原告製品は,前記アのとおり,支持軸に回転可能に支持された一対のローリング部を肌に押し付けて回転させることにより,肌を摘み上げ,肌に対して美容的作用を付与しようとする美容器であるから,本件特徴部分は,原告製品の一部分であるにすぎない。
ところで,本件のように,特許発明を実施した特許権者の製品において,特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても,特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるというべきである。
そして,原告製品にとっては,ローリング部の良好な回転を実現することも重要であり,そのために必要な部材である本件特徴部分すなわち軸受け部材と回転体の内周面の形状も,原告製品の販売による利益に相応に貢献しているものといえる。
しかし,上記のとおり,原告製品は,一対のローリング部を皮膚に押し付けて回転させることにより,皮膚を摘み上げて美容的作用を付与するという美容器であるから,原告製品のうち大きな顧客誘引力を有する部分は,ローリング部の構成であるものと認められ,また,前記アのとおり,原告製品は,ソーラーパネルを備え,微弱電流を発生させており,これにより,顧客誘引力を高めているものと認められる。これらの事情からすると,本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないから,原告製品の販売によって得られる限界利益の全額を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく,したがって,原告製品においては,上記の事実上の推定が一部覆滅されるというべきである。
そして,上記で判示した本件特徴部分の原告製品における位置付け,原告製品が本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合考慮すると,同覆滅がされる程度は,全体の約6割であると認めるのが相当である。
この点に関し,一審被告は,原告製品全体の製造費用に占める軸受けの製造費用の割合を貢献の程度とすべき旨主張するが,上記の推定覆滅は,原告製品の販売による利益に対する本件特徴部分の貢献の程度に着目してされるものであり,当該部分の製造費用の割合のみによってされるべきものではない。また,一審被告は,原告製品においては,ローラの抜落の防止機能が不十分であるから,軸受けの貢献度は低い旨主張するが,一審被告が根拠とする乙138(原告製品に関するブログの記載)から,原告製品においてローラの抜落の防止機能が不十分であると認めることはできず,他に同事実を認めるに足りる証拠はない。よって,上記主張はいずれも採用できない。
以上より,原告製品の「単位数量当たりの利益の額」の算定に当たっては,原告製品全体の限界利益の額である5546円から,その約6割を控除するのが相当であり,原告製品の単位数量当たりの利益の額は,2218円(5546円×0.4≒2218円)となる。
(4) 実施の能力に応じた額
特許法102条1項は,前記(1)のとおり,侵害者の譲渡数量に特許権者等の製品の単位数量当たりの利益の額を乗じた額の全額を特許権者等の受けた損害の額とするのではなく,特許権者等の実施の能力に応じた額を超えない限度という制約を設けているところ,この「実施の能力」は,潜在的な能力で足り,生産委託等の方法により,侵害品の販売数量に対応する数量の製品を供給することが可能な場合も実施の能力があるものと解すべきであり,その主張立証責任は特許権者側にある。
そして,前記(3)アのとおり,一審原告は,毎月の平均販売個数に対し,約3万個の余剰製品供給能力を有していたと推認できるのであるから,この余剰能力の範囲内で月に平均2万個程度の数量の原告製品を追加して販売する能力を有していたと認めるのが相当である。
したがって,一審原告は,一審被告が本件侵害期間中に販売した被告製品の数量の原告製品を販売する能力を有していたと認められる。
(5) 一審原告が販売することができないとする事情
ア 前記(1)のとおり,特許法102条1項ただし書は,侵害品の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情(以下「販売できない事情」という。)があるときは,販売できない事情に相当する数量に応じた額を控除するものとすると規定しており,侵害者が,販売できない事情として認められる各種の事情及び同事情に相当する数量に応じた額を主張立証した場合には,同項本文により認定された損害額から上記数量に応じた額が控除される。
そして,「販売することができないとする事情」は,侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいい,例えば,①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当するというべきである。
イ 以下,一審被告が販売できない事情として主張する事情について検討する。
(ア) 一審被告は,原告製品と被告製品の価格の差異や販売店舗の差異を,販売できない事情として主張する。
a 本件においては,前記(2)ウ,(3)アのとおり,原告製品は,大手通販業者や百貨店において,2万3800円又はこれに近い価格で販売されているのに対し,被告製品はディスカウントストアや雑貨店において,3000円ないし5000円程度の価格で販売されているが,このように,原告製品は,比較的高額な美容器であるのに対し,被告製品は,原告製品の価格の8分の1ないし5分の1程度の廉価で販売されていることからすると,被告製品を購入した者は,被告製品が存在しなかった場合には,原告製品を購入するとは必ずしもいえないというべきである。したがって,上記の販売価格の差異は,販売できない事情と認めることができる。
・・・
ウ 以上によれば,本件においては,前記イ(ア)aで判示した事情を考慮すると,この販売できない事情に相当する数量は,全体の約5割であると認めるのが相当である。
(6) 本件発明2の寄与度を考慮した損害額の減額の可否について
前記(3)及び(5)のとおり,原告製品の単位数量当たりの利益の額の算定に当たっては,本件発明2が原告製品の販売による利益に貢献している程度を考慮して,原告製品の限界利益の全額から6割を控除し,また,被告製品の販売数量に上記の原告製品の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た一審原告の受けた損害額から,特許法102条1項ただし書により5割を控除するのが相当である。仮に,一審被告の主張が,これらの控除とは別に,本件発明2が被告製品の販売に寄与した割合を考慮して損害額を減額すべきであるとの趣旨であるとしても,これを認める規定はなく,また,これを認める根拠はないから,そのような寄与度の考慮による減額を認めることはできない。
(7) 損害額の算定
以上からすると,特許法102条1項による一審原告の損害額は,被告製品の譲渡数量35万1724個のうち,約5割については販売することができないとする事情があるからその分を控除し,控除後の販売数量を原告製品の単位数量当たりの利益額2218円に乗じることで,3億9006万円(2218円×35万1724個×0.5≒3億9006万円)となる。
また,一審被告による本件特許権2の侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は,認容額,本件訴訟の難易度及び一審原告の差止請求が認容されていることを考慮して,5000万円と認めるのが相当である。
したがって,一審原告の損害額は,合計で4億4006万円となる。 」
【コメント】
原告(MTG)の有する美容器の発明(特許第5847904号 )について,原告が被告(ファイブスター)に対し,被告製品の差止等を求めた特許権侵害訴訟の控訴審の事件です。
一審(大阪地方裁判所平成28年(ワ)第5345号,平成30年11月29日判決)の第21民事部(谷部長の合議体です。)は,一部請求認容したため,これに不服の原被告の両者が控訴したものです。
これに対して,知財高裁は,さらに賠償額を増やしたわけです(報道によると一審では1億1千万円だったそうです。)。
まずは,クレームです。特許は2つあるのですが,一審二審とも,本件特許2の侵害しか認めていませんので,それのみの検討です(分説がFから始まっているのはそのためです。)。
「 F 基端においてハンドルに抜け止め固定された支持軸と,前記支持軸の先端側に回転可能に支持された回転体とを備え,その回転体により身体に対して美容的作用を付与するようにした美容器である。
G 前記回転体は基端側にのみ穴を有し,回転体は,その内部に前記支持軸の先端が位置する非貫通状態で前記支持軸に軸受け部材を介して支持されている。
H 軸受け部材は,前記回転体の穴とは反対側となる先端で支持軸に抜け止めされている。
I 前記軸受け部材からは弾性変形可能な係止爪が突き出ている。
J 軸受け部材は係止爪の前記基端側に鍔部を有している。
K 同係止爪は前記先端側に向かうほど軸受け部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有している。
L 前記回転体は内周に前記係止爪に係合可能な段差部を有し,前記段差部は前記係止爪の前記基端側に係止されるとともに前記係止爪と前記鍔部との間に位置している。」
まあこういうのは,図をみないとさっぱりわかりません。
図1が正面図で,図4が断面図です。
特徴としては,
・回転体27の一方しか穴がなく貫通していない,
・軸受け部材25には係止爪25aと鍔部(つばぶと読みます。)があり(鍔部の番号はないようです。) ,その鍔部と係止爪の間に段差部28aがカチッと来て止まる,
というところでしょうか。
被告の製品はこんな感じです。
ポイントとなる内部の機構はこんな感じです。
構成要件該当性について,被告は,回転体の部品に貫通しているやつもあるぞ,段差部のところも複数部品からなるぞ,などなど色々言ってますが,ちょっと説得的ではない話でした。
で,ポイントはやはり損害論です。
去年の大合議の積み残しの102条1項の話というわけでしょう。
まとめますと,こんな感じだと思います。
1 102条1項の「侵害行為がなければ販売することができた物」
侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者の製品であれば足りるということで,ここはユルユルですね。
2 102条1項の利益 その1
・102条1項の利益は,基本限界利益。しかし,その言葉よりも「特許権者等の製品の売上高から特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した額」いうことの方が重要でしょう。
例示も重要です。
・この主張立証責任は特許権者。
3 102条1項の利益 その2
・上記の場合の限界利益そのままを逸失利益として以降計算するのが不公平っぽいときは,寄与度に代わる,事実上の推定と覆滅ということを導入してます。これが一番の斬新な話です。
本件では,6割覆滅で,逸失利益は限界利益の4割になりました。
・この主張立証責任は,「事実上の推定」ということなので,よくわかりません。
4 102条1項の「特許権者等の実施の能力に応じた額を超えない限度という制約」
・制約の「実施の能力」は,潜在的な能力で足りるようで,生産委託等の方法でも構わないという結構ユルユルな感じです。
・この主張立証責任は特許権者。
5 102条1項の「販売することができないとする事情」(覆滅事情)
・今までとおりでいいと思います。 ただし,例示の事情がありますので,ここが重要です。
ちなみに,その例示の事情は,昨年の大合議の102条2項の明文にない覆滅事情の所と全く同じです。
・この主張立証責任は侵害者。
ということで,結果としては,2218円×35万1724個×0.5≒3億9006万円が損害となりました(これに弁護士費用5000万円をプラスしたものが総額です。)。
他方,一審は黒塗りが多すぎてよくわかりませんが,寄与度10%はわかっており,35万1724個×0.5も変わりないので,恐らく限界利益も二審と変わらないと思います。
つまり,5546円×35万1724個×0.5×0.1=9745万円が一審認定の損害ではないかと思います(総額は,これに弁護士費用1000万円をプラスしたのではないかと思います。)。
このように比べると明らかなのですが,本件,一審が寄与度を10%としたのに対し,知財高裁が寄与度40%したのと結局変わらないわけです。
この点について,知財高裁は,「上記で判示した本件特徴部分の原告製品における位置付け,原告製品が本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合考慮すると,同覆滅がされる程度は,全体の約6割であると認めるのが相当である。」としていますが,ここも総合考慮としか言っておらず,何をどう検討すると6割覆滅(4割残る)となるのかさっぱりわかりません!
まあ公平を保つためには仕方がないのだと思いますが,前の言い訳がしょうもないからと言って,別の大してしょうもなさの変わらない言い訳を持ってきても,やっぱりしょうもないなあと思いますね。
平成31(ネ)10003
事件名
特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日
令和2年2月28日
裁判所名
知的財産高等裁判所特別部
裁判長裁判官 高 部 眞 規 子
裁判官 森 義 之
裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 佐 野 信
構成要件該当性について
「 (1) 被告製品は,本件発明2の「回転体」(構成要件F,G,H,K,L)を具備するかについて
ア 前記第2の2で認定した本件発明2の特許請求の範囲の記載及び前記1(2)で認定した本件明細書2の記載からすると,本件発明2の「回転体」は,基端側のみに穴を有し,支持軸の先端側に,その内部に支持軸の先端が位置する非貫通状態で,軸受け部材を介して回転可能に支持された部材を意味するものと認められる。
本判決別紙参考図1の1ないし3,2の1ないし3,証拠(乙1~7,167,168)及び弁論の全趣旨によると,被告製品のローリング部は,基端側のみに穴を有し,支持軸の先端側に,その内部に支持軸の先端が位置する非貫通状態で,軸受け部材を介して回転可能に支持されているものと認められるから,本件発明2の「回転体」に該当するものと認められる。
したがって,被告製品は,本件発明2の「回転体」を具備する。
イ 一審被告は,①本件発明2の構成において,回転体を安定させるためにはキャップ材29が必要であること,②別件訴訟2において,一審原告は,キャップ材29は,本件発明2の「回転体」の構成要素であると主張し,また,同訴訟の判決も,そのように判断したこと,③本件発明2の特許請求の範囲は,「支持軸の先端側に回転可能に支持された」というものであることを理由として,本件発明2の「回転体」は,本件発明2の実施例におけるキャップ材29を必須要素とするものであり,キャップ材29を備えない部材は,本件発明2の「回転体」には当たらないと主張する。
しかし,本件発明2の特許請求の範囲は,前記第2の2で認定したとおりであり,同特許請求の範囲には,キャップ材29が回転体の構成要素であることの記載はない。
本件発明2は,「回転体」を「支持軸の先端側」(後記エのとおり,支持軸のうち回転体の穴のない側)で回転可能に支持するというものであり,「回転体」を「支持軸の先端部」で支持するというものではないから,回転体の支持軸の先端部にキャップ材29のような部材を備えることを必須の構成とするものではない。
本件明細書2の図4には,キャップ材29が示されているが,同図面は,あくまでも,本件発明2の実施例の一つであり,また,本件明細書2には,本件発明2を同図面の構成に限定することを示す記載はない(甲4)。
そして,本件発明2において,回転体を安定的に支持軸に支持するための構成としては,種々の構成が考えられるのであって,必ずしもキャップ材29が必要であるとは認められない。
また,証拠(乙165)によると,別件訴訟2において,裁判所は,本件発明2では,「鍔部」及び「係止爪」だけで「回転体」を回転可能に支持しているとの一審被告(同訴訟の原告)の主張を判断する中で,本件発明2では,実施例において,キャップ材29が回転体の一部を構成することを判示しているものであって,「本件明細書には,キャップ材29が,がたつきを防止するために必須の構成である旨の記載はない。」とも判示されているから,キャップ材29が本件発明2の構成要件としての「回転体」に含まれる旨を判示しているものではなく,同訴訟における一審原告(同訴訟の被告)の主張もその旨のものと理解することができる。
以上によると,一審被告の上記主張を採用することはできず,キャップ材29は,本件発明2の「回転体」の必須の構成ということはできない。
・・・
(2) 被告製品は,本件発明2の「弾性変形可能な係止爪」を具備するかについて
ア 前記第2の2で認定した本件発明2の特許請求の範囲の記載及び前記1(2)で認定した本件明細書2の記載からすると,本件発明2は,回転体を支持軸に対して回転可能に支持することができる美容器を提供するという目的を達成するために,上記特許請求の範囲の構成としたものと認められるところ,上記記載からすると,軸受け部材に弾性変形可能な係止爪を突き出すように設けたのは,段差部を同係止爪に係合させることによって,回転体が軸受け部材を介して支持軸に回転可能に支持されるようにしたものであり,また,係止爪の形状を,先端側に向かうほど軸受け部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有するものとし,弾性変形可能なものとしたのは,軸受け部材を回転体内に回転体の基端側から挿入した際に,係止爪が回転体の回転中心の方向(内側方向)へ弾性変形することによって,段差部を乗り越え,段差部を乗り越えた後は元の状態に戻って段差部と係合し,これにより,軸受け部材が回転体から抜け落ちないようにするためであると認められる。
そして,本件発明2の上記構成においては,係止爪が段差部を乗り越えるためには,係止爪の形状自体が変形する必要はなく,係止爪が周方向へ沈み込むことによっても段差部を乗り越えることができるところ,「弾性変形可能な係止爪」との文言から,段差部を乗り越える手段が係止爪の形状自体が変形する構成に限定されていると解することはできないから,係止爪が段差部を乗り越える際に周方向へ沈み込み,段差部を乗り越えた後は元の状態に戻るのであれば,係止爪の形状自体が変形しなくても,同係止爪は,「弾性変形可能な係止爪」に当たるというべきである。
・・・
(3) 被告製品は,本件発明2の「段差部」(構成要件L)を具備するかについて
ア 前記第2の2で認定した本件発明2の特許請求の範囲の記載及び前記1(2)で認定した本件明細書2の記載からすると,本件発明2の「段差部」とは,回転体の内周にあって,係止爪の基端側に係止され,係止爪と鍔部との間に位置する部材であると認められる。
本判決別紙参考図1の1,2の1,証拠(乙1~7,167,168)及び弁論の全趣旨によると,被告製品においては,金具2(円筒状リング)は回転体の内周に位置し,係止爪の基端側に係止され,係止爪と鍔部との間に位置する部材であると認められるから,本件発明2の「段差部」に該当し,被告製品は,本件発明2の「段差部」を具備する。 」
損害論について
「 (1) 特許法102条1項について
特許法102条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,特許法102条1項本文において,侵害者の譲渡した物の数量に特許権者又は専用実施権者(以下「特許権者等」という。)がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を,特許権者等の実施の能力の限度で損害額とし,同項ただし書において,譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が販売することができないとする事情を侵害者が立証したときは,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものと規定して,侵害行為と相当因果関係のある販売減少数量の立証責任の転換を図ることにより,より柔軟な販売減少数量の認定を目的とする規定である。
特許法102条1項の文言及び上記趣旨に照らせば,特許権者等が「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りると解すべきである。
また,「単位数量当たりの利益の額」は,特許権者等の製品の売上高から特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した額(限界利益の額)であり,その主張立証責任は,特許権者等の実施の能力を含め特許権者側にあるものと解すべきである。
さらに,特許法102条1項ただし書の規定する譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者等が「販売することができないとする事情」については,侵害者が主張立証責任を負い,このような事情の存在が主張立証されたときに,当該事情に相当する数量に応じた額を控除するものである。
(2) 侵害の行為を組成した物の譲渡数量
ア 前記3ないし5のとおり,被告製品の譲渡行為は,本件特許権2を侵害するものであり,被告製品は「侵害の行為を組成した物」に該当する。
イ 一審原告が本件訴訟において損害賠償請求をしている不法行為の期間である平成27年12月4日から平成29年5月8日までの期間(以下「本件侵害期間」という。)の被告製品の譲渡数量は下記のとおりであり,被告は総計35万1724個,月平均2万0690個程度の被告製品を譲渡したことになる(争いがない。)。
・・・
(3) 侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額
ア 侵害行為がなければ販売することができた物
前記(1)のとおり,「侵害行為がなければ販売することができた物」とは,侵害行為によってその販売数量に影響を受ける特許権者等の製品,すなわち,侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者等の製品であれば足りる。一審原告は,本件発明2の実施品として,「ReFa CARAT(リファ カラット)」という名称の美容器(以下「原告製品」という。)を,平成21年2月以降販売しており(甲23,24,弁論の全趣旨),原告製品は,「侵害行為がなければ販売することができた物」に当たることは明らかである。
原告製品は,ローラの表面にプラチナムコートが施され,支持軸に回転可能に支持された一対のローリング部を肌に押し付けて回転させることにより,肌を摘み上げ,肌に対して美容的作用を付与しようとする美容器(弁論の全趣旨)であり,搭載されたソーラーパネルにより,微弱電流(マイクロカレント)を発生する機構を有している(甲23)。
原告製品は,原告の店舗,大手通販業者,百貨店,家電量販店で販売され,希望小売価格である2万3800円(税抜)又はこれに近い価格で販売されている(甲23,乙94~108)。
一審原告は,平成27年10月から平成29年8月までの間に,125万6410個の原告製品を販売しており(月平均5万4626個〔1個未満切り捨て〕),最も少ない月(平成28年1月)でも1万8770個,最も多い月(平成28年12月)には8万5492個を販売した(甲38)。
イ 単位数量当たりの利益の額の意義
前記(1)のとおり,特許法102条1項所定の「単位数量当たりの利益の額」は,特許権者等の製品の売上高から,特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり,その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである。
ウ 原告製品の限界利益の額
(ア) 売上高及び製造原価
平成27年10月から平成29年8月までの間の原告製品の販売数量は125万6410個,売上高は合計132億4606万1089円であり,製造原価は●●●●●●●●●●●●●である(甲38,39)。
(イ) 製造原価以外の控除すべき費用
・・・
c 前記(ア)の期間における原告製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった費用は,前記(ア)の製造原価のほか,後記①~⑨のとおりであり,その額は,①,③,④,⑥~⑨については,一審原告の全製品について生じた各費用(甲40)に前記aの比率を乗じた額であり,②及び⑤については,「ReFa」ブランドの製品について生じた各費用(甲32,33)に前記bの比率を乗じた額である(1円未満切り捨て)。
① 販売手数料 ●●●●●●●●●●●●
② 販売促進費 2億5798万4777円
③ ポイント引当金 741万7870円
④ 見本品費 5343万9379円
⑤ 宣伝広告費 5億2075万3024円
⑥ 荷造運賃 4億5578万0084円
⑦ クレーム処理費 6548万5934円
⑧ 製品保証引当金繰入 590万2260円
⑨ 市場調査費 1038万5182円
①から⑨までの合計額 ●●●●●●●●●●●●●
d 一審被告は,原告製品の売上高から,一審原告の全ての費用を,原告製品の売上比率に従って控除すべきであると主張する。
しかし,前記(1)のとおり,特許法102条1項は,民法709条に基づき販売数量減少による逸失利益の損害賠償を求める際の損害額の算定方法について定めた規定であり,侵害者の譲渡した物の数量に特許権者等がその侵害行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益額を乗じた額を上記の損害額としたものである。このように,同項の損害額は,侵害行為がなければ特許権者等が販売できた特許権者等の製品についての逸失利益であるから,同項の「単位数量当たりの利益の額」を算定するに当たっては,特許権者等の製品の製造販売のために直接関連しない費用を売上高から控除するのは相当ではなく,管理部門の人件費や交通・通信費などが,通常,これに当たる。また,一審原告は,既に,原告製品を製造販売しており,そのために必要な既に支出した費用(例えば,当該製品を製造するために必要な機器や設備に要する費用で既に支出したもの)も,売上高から控除するのは相当ではないというべきである。
一審被告が,売上高から控除すべきであると主張する上記費用のうち,前記cの①~⑨の費用以外の費用は,全て上記の売上高から控除するのが相当ではない費用に当たるというべきであるから,一審被告の上記主張は理由がない。
(ウ) 原告製品の限界利益の額は,原告製品の前記(ア)の売上高から前記(ア)の製造原価と前記(イ)cの各費用の合計額を控除した69億6809万2706円であり,これを,前記(ア)の期間における原告製品の販売数量125万6410個で除すると5546円(69億6809万2706円÷125万6410個≒5546.03円。1円未満切り捨て)となる。
(エ) 前記第2の2で認定した本件発明2の特許請求の範囲の記載及び前記1で認定した本件明細書2の記載からすると,本件発明2は,回転体,支持軸,軸受け部材,ハンドル等の部材から構成される美容器の発明であるが,軸受け部材と回転体の内周面の形状に特徴のある発明であると認められる(以下,この部分を「本件特徴部分」という。)。
原告製品は,前記アのとおり,支持軸に回転可能に支持された一対のローリング部を肌に押し付けて回転させることにより,肌を摘み上げ,肌に対して美容的作用を付与しようとする美容器であるから,本件特徴部分は,原告製品の一部分であるにすぎない。
ところで,本件のように,特許発明を実施した特許権者の製品において,特許発明の特徴部分がその一部分にすぎない場合であっても,特許権者の製品の販売によって得られる限界利益の全額が特許権者の逸失利益となることが事実上推定されるというべきである。
そして,原告製品にとっては,ローリング部の良好な回転を実現することも重要であり,そのために必要な部材である本件特徴部分すなわち軸受け部材と回転体の内周面の形状も,原告製品の販売による利益に相応に貢献しているものといえる。
しかし,上記のとおり,原告製品は,一対のローリング部を皮膚に押し付けて回転させることにより,皮膚を摘み上げて美容的作用を付与するという美容器であるから,原告製品のうち大きな顧客誘引力を有する部分は,ローリング部の構成であるものと認められ,また,前記アのとおり,原告製品は,ソーラーパネルを備え,微弱電流を発生させており,これにより,顧客誘引力を高めているものと認められる。これらの事情からすると,本件特徴部分が原告製品の販売による利益の全てに貢献しているとはいえないから,原告製品の販売によって得られる限界利益の全額を原告の逸失利益と認めるのは相当でなく,したがって,原告製品においては,上記の事実上の推定が一部覆滅されるというべきである。
そして,上記で判示した本件特徴部分の原告製品における位置付け,原告製品が本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合考慮すると,同覆滅がされる程度は,全体の約6割であると認めるのが相当である。
この点に関し,一審被告は,原告製品全体の製造費用に占める軸受けの製造費用の割合を貢献の程度とすべき旨主張するが,上記の推定覆滅は,原告製品の販売による利益に対する本件特徴部分の貢献の程度に着目してされるものであり,当該部分の製造費用の割合のみによってされるべきものではない。また,一審被告は,原告製品においては,ローラの抜落の防止機能が不十分であるから,軸受けの貢献度は低い旨主張するが,一審被告が根拠とする乙138(原告製品に関するブログの記載)から,原告製品においてローラの抜落の防止機能が不十分であると認めることはできず,他に同事実を認めるに足りる証拠はない。よって,上記主張はいずれも採用できない。
以上より,原告製品の「単位数量当たりの利益の額」の算定に当たっては,原告製品全体の限界利益の額である5546円から,その約6割を控除するのが相当であり,原告製品の単位数量当たりの利益の額は,2218円(5546円×0.4≒2218円)となる。
(4) 実施の能力に応じた額
特許法102条1項は,前記(1)のとおり,侵害者の譲渡数量に特許権者等の製品の単位数量当たりの利益の額を乗じた額の全額を特許権者等の受けた損害の額とするのではなく,特許権者等の実施の能力に応じた額を超えない限度という制約を設けているところ,この「実施の能力」は,潜在的な能力で足り,生産委託等の方法により,侵害品の販売数量に対応する数量の製品を供給することが可能な場合も実施の能力があるものと解すべきであり,その主張立証責任は特許権者側にある。
そして,前記(3)アのとおり,一審原告は,毎月の平均販売個数に対し,約3万個の余剰製品供給能力を有していたと推認できるのであるから,この余剰能力の範囲内で月に平均2万個程度の数量の原告製品を追加して販売する能力を有していたと認めるのが相当である。
したがって,一審原告は,一審被告が本件侵害期間中に販売した被告製品の数量の原告製品を販売する能力を有していたと認められる。
(5) 一審原告が販売することができないとする事情
ア 前記(1)のとおり,特許法102条1項ただし書は,侵害品の譲渡数量の全部又は一部に相当する数量を特許権者が販売することができないとする事情(以下「販売できない事情」という。)があるときは,販売できない事情に相当する数量に応じた額を控除するものとすると規定しており,侵害者が,販売できない事情として認められる各種の事情及び同事情に相当する数量に応じた額を主張立証した場合には,同項本文により認定された損害額から上記数量に応じた額が控除される。
そして,「販売することができないとする事情」は,侵害行為と特許権者等の製品の販売減少との相当因果関係を阻害する事情をいい,例えば,①特許権者と侵害者の業務態様や価格等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品及び特許権者の製品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)に相違が存在することなどの事情がこれに該当するというべきである。
イ 以下,一審被告が販売できない事情として主張する事情について検討する。
(ア) 一審被告は,原告製品と被告製品の価格の差異や販売店舗の差異を,販売できない事情として主張する。
a 本件においては,前記(2)ウ,(3)アのとおり,原告製品は,大手通販業者や百貨店において,2万3800円又はこれに近い価格で販売されているのに対し,被告製品はディスカウントストアや雑貨店において,3000円ないし5000円程度の価格で販売されているが,このように,原告製品は,比較的高額な美容器であるのに対し,被告製品は,原告製品の価格の8分の1ないし5分の1程度の廉価で販売されていることからすると,被告製品を購入した者は,被告製品が存在しなかった場合には,原告製品を購入するとは必ずしもいえないというべきである。したがって,上記の販売価格の差異は,販売できない事情と認めることができる。
・・・
ウ 以上によれば,本件においては,前記イ(ア)aで判示した事情を考慮すると,この販売できない事情に相当する数量は,全体の約5割であると認めるのが相当である。
(6) 本件発明2の寄与度を考慮した損害額の減額の可否について
前記(3)及び(5)のとおり,原告製品の単位数量当たりの利益の額の算定に当たっては,本件発明2が原告製品の販売による利益に貢献している程度を考慮して,原告製品の限界利益の全額から6割を控除し,また,被告製品の販売数量に上記の原告製品の単位数量当たりの利益の額を乗じて得た一審原告の受けた損害額から,特許法102条1項ただし書により5割を控除するのが相当である。仮に,一審被告の主張が,これらの控除とは別に,本件発明2が被告製品の販売に寄与した割合を考慮して損害額を減額すべきであるとの趣旨であるとしても,これを認める規定はなく,また,これを認める根拠はないから,そのような寄与度の考慮による減額を認めることはできない。
(7) 損害額の算定
以上からすると,特許法102条1項による一審原告の損害額は,被告製品の譲渡数量35万1724個のうち,約5割については販売することができないとする事情があるからその分を控除し,控除後の販売数量を原告製品の単位数量当たりの利益額2218円に乗じることで,3億9006万円(2218円×35万1724個×0.5≒3億9006万円)となる。
また,一審被告による本件特許権2の侵害行為と相当因果関係のある弁護士費用は,認容額,本件訴訟の難易度及び一審原告の差止請求が認容されていることを考慮して,5000万円と認めるのが相当である。
したがって,一審原告の損害額は,合計で4億4006万円となる。 」
【コメント】
原告(MTG)の有する美容器の発明(特許第5847904号 )について,原告が被告(ファイブスター)に対し,被告製品の差止等を求めた特許権侵害訴訟の控訴審の事件です。
一審(大阪地方裁判所平成28年(ワ)第5345号,平成30年11月29日判決)の第21民事部(谷部長の合議体です。)は,一部請求認容したため,これに不服の原被告の両者が控訴したものです。
これに対して,知財高裁は,さらに賠償額を増やしたわけです(報道によると一審では1億1千万円だったそうです。)。
まずは,クレームです。特許は2つあるのですが,一審二審とも,本件特許2の侵害しか認めていませんので,それのみの検討です(分説がFから始まっているのはそのためです。)。
「 F 基端においてハンドルに抜け止め固定された支持軸と,前記支持軸の先端側に回転可能に支持された回転体とを備え,その回転体により身体に対して美容的作用を付与するようにした美容器である。
G 前記回転体は基端側にのみ穴を有し,回転体は,その内部に前記支持軸の先端が位置する非貫通状態で前記支持軸に軸受け部材を介して支持されている。
H 軸受け部材は,前記回転体の穴とは反対側となる先端で支持軸に抜け止めされている。
I 前記軸受け部材からは弾性変形可能な係止爪が突き出ている。
J 軸受け部材は係止爪の前記基端側に鍔部を有している。
K 同係止爪は前記先端側に向かうほど軸受け部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有している。
L 前記回転体は内周に前記係止爪に係合可能な段差部を有し,前記段差部は前記係止爪の前記基端側に係止されるとともに前記係止爪と前記鍔部との間に位置している。」
まあこういうのは,図をみないとさっぱりわかりません。
図1が正面図で,図4が断面図です。
特徴としては,
・回転体27の一方しか穴がなく貫通していない,
・軸受け部材25には係止爪25aと鍔部(つばぶと読みます。)があり(鍔部の番号はないようです。) ,その鍔部と係止爪の間に段差部28aがカチッと来て止まる,
というところでしょうか。
被告の製品はこんな感じです。
ポイントとなる内部の機構はこんな感じです。
構成要件該当性について,被告は,回転体の部品に貫通しているやつもあるぞ,段差部のところも複数部品からなるぞ,などなど色々言ってますが,ちょっと説得的ではない話でした。
で,ポイントはやはり損害論です。
去年の大合議の積み残しの102条1項の話というわけでしょう。
まとめますと,こんな感じだと思います。
1 102条1項の「侵害行為がなければ販売することができた物」
侵害品と市場において競合関係に立つ特許権者の製品であれば足りるということで,ここはユルユルですね。
2 102条1項の利益 その1
・102条1項の利益は,基本限界利益。しかし,その言葉よりも「特許権者等の製品の売上高から特許権者等において上記製品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した額」いうことの方が重要でしょう。
例示も重要です。
・この主張立証責任は特許権者。
3 102条1項の利益 その2
・上記の場合の限界利益そのままを逸失利益として以降計算するのが不公平っぽいときは,寄与度に代わる,事実上の推定と覆滅ということを導入してます。これが一番の斬新な話です。
本件では,6割覆滅で,逸失利益は限界利益の4割になりました。
・この主張立証責任は,「事実上の推定」ということなので,よくわかりません。
4 102条1項の「特許権者等の実施の能力に応じた額を超えない限度という制約」
・制約の「実施の能力」は,潜在的な能力で足りるようで,生産委託等の方法でも構わないという結構ユルユルな感じです。
・この主張立証責任は特許権者。
5 102条1項の「販売することができないとする事情」(覆滅事情)
・今までとおりでいいと思います。 ただし,例示の事情がありますので,ここが重要です。
ちなみに,その例示の事情は,昨年の大合議の102条2項の明文にない覆滅事情の所と全く同じです。
・この主張立証責任は侵害者。
ということで,結果としては,2218円×35万1724個×0.5≒3億9006万円が損害となりました(これに弁護士費用5000万円をプラスしたものが総額です。)。
他方,一審は黒塗りが多すぎてよくわかりませんが,寄与度10%はわかっており,35万1724個×0.5も変わりないので,恐らく限界利益も二審と変わらないと思います。
つまり,5546円×35万1724個×0.5×0.1=9745万円が一審認定の損害ではないかと思います(総額は,これに弁護士費用1000万円をプラスしたのではないかと思います。)。
このように比べると明らかなのですが,本件,一審が寄与度を10%としたのに対し,知財高裁が寄与度40%したのと結局変わらないわけです。
この点について,知財高裁は,「上記で判示した本件特徴部分の原告製品における位置付け,原告製品が本件特徴部分以外に備えている特徴やその顧客誘引力など本件に現れた事情を総合考慮すると,同覆滅がされる程度は,全体の約6割であると認めるのが相当である。」としていますが,ここも総合考慮としか言っておらず,何をどう検討すると6割覆滅(4割残る)となるのかさっぱりわかりません!
まあ公平を保つためには仕方がないのだと思いますが,前の言い訳がしょうもないからと言って,別の大してしょうもなさの変わらない言い訳を持ってきても,やっぱりしょうもないなあと思いますね。
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