2017年12月25日月曜日

審決取消訴訟 特許 平成29(行ケ)10083 無効審決 請求認容


事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年12月21日
裁判所名
 知的財産高等裁判所所第4部          
裁判長裁判官          髙      部      眞  規  子    
裁判官          山      門              優                               
裁判官          片      瀬              亮 

「⑴  明確性要件について
 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり,権利者がどの範囲において独占権を有するのかについて予測可能性を奪うなど第三者の利益が不当に害されることがあり得るので,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
・・・・
  ⑶  本件発明の明確性
ア  物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。しかるに,原告は,本件特許の出願時において上記「無洗米」をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在することについて,主張立証しない。 
イ  他方,前記最高裁判決が,物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合において,当該特許請求の範囲の記載が明確性要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られると判示した趣旨は,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合の技術的範囲は,当該製造方法により製造された物と構造,特性等が同一である物として確定されるが,そのような特許請求の範囲の記載は,一般的には,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが不明であり,権利範囲についての予測可能性を奪う結果となることから,これを無制約に許すのではなく,前記事情が存するときに限って認めるとした点にある。そうすると,特許請求の範囲に物の製造方法が記載されている場合であっても,上記一般的な場合と異なり,当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが,特許請求の範囲,明細書,図面の記載や技術常識から一義的に明らかな場合には,第三者の利益が不当に害されることはないから,明確性要件違反には当たらない。
  ウ  そこで検討するに,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,前記第2の2のとおりであり,本件発明は,玄米粒において,⒜表層部から糊粉細胞層までが除去され亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出しており,⒝米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており,⒞糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」のみが分離除去されてなることを特徴とする,旨み成分と栄養成分を保持した無洗米の発明であることが記載されている。
エ  また,前記1及び前記⑵イのとおり,本件明細書には,①本件発明は,白米でありながら旨み成分と栄養成分を保持した無洗米を提供することを課題とするものであること(【0005】),②玄米,分搗き米,胚芽米などの食味が良くないのは,おいしさの足を引っ張る物質(米粒表層部の表皮,果皮,種皮,糊粉細胞層までの層)が残っているせいであり,それらが除去されている完全精白米でも,洗米して炊かないと食味が良くないのは,精米過程において,糊粉細胞層の細胞壁が破られ,その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に「肌ヌカ」として付着されているからであること(【0014】,【0015】),③一方,胚盤や亜糊粉細胞層は米粒の栄養成分及び旨み成分を多く含有しているので,これを可及的に残すとともに,食味にマイナス作用を与える糊粉細胞層やそれより表層の物質,いわゆるぬか層成分や,胚芽の表面部を可能な限り除去すればよいこと(【0023】),④従来の精白米に,食べやすいが栄養成分が少ない精白米か,栄養成分が多いが極めて食味がまずいものしかなかったという問題を解決するには,摩擦式精米機での精米過程において,可能な限り亜糊粉細胞層と胚盤又は胚芽の表面部を除去した胚芽を残るようにした上,亜糊粉細胞層が表面に露出した時に搗精を終わらせる必要があるところ,運転条件(搗精の条件)が調整された摩擦式精米装置
を適用することによって,本件発明に係る無洗米の前段階である,前記ウ⒜⒝の米を製造することが可能であること(【0028】~【0035】),⑤また,精米機で仕上げられたままでは肌ぬかが表面に付着しているため,無洗米機にて肌ぬかを除去し,無洗米に仕上げる必要があるところ,型式(無洗米とする方式)が特定され運転条件が調整された無洗米機を適用することにより,上記無洗米の前段階である米から,前記ウ⒞の本件発明に係る無洗米を製造することが可能であること(【0041】),⑥本件発明の無洗米は,その表面が亜糊粉細胞層に覆われ,全米粒のうち,胚盤又は表面を除去された胚芽が残った米粒の合計数が50%以上を占めているため,従来のご飯とは異なったおいしさがあること(【0043】)が記載されている。
 他方,本件明細書には,本件発明に係る無洗米の前段階である前記ウ⒜⒝の米を製造するために摩擦式精米機により搗精し,かかる米から前記ウ⒞の本件発明に係る無洗米を製造するために無洗米機を用いるということのほかに,摩擦式精米機により搗精される米が前記ウ⒜⒝以外の構造又は特性を有することや,かかる米を無洗米機により無洗米としたものが,前記ウ⒞以外の構造又は特性を有することをうかがわせる記載は存在しない。
オ  以上のような特許請求の範囲及び本件明細書の記載によれば,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の「摩擦式精米機により搗精され」という記載は,本件発明に係る無洗米の前段階である前記ウ⒜⒝の構造又は特性を有する精白米を製造する際に摩擦式精米機を用いることを意味するものであり,「無洗米機(21)にて」という記載は,上記精白米から前記ウ⒞の構造又は特性を有する無洗米を製造する際に無洗米機を用いることを意味するものであって,前記ウ⒜ないし⒞のほかに本件発明に係る無洗米の構造又は特性を表すものではないと解するのが相当である。
 そして,本件発明に係る無洗米とは,玄米粒の表層部から糊粉細胞層までが除去され,亜糊粉細胞層が米粒の表面に露出し,米粒の50%以上に「胚芽の表面部を削りとられた胚芽」又は「胚盤」が残っており,糊粉細胞層の中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している「肌ヌカ」が分離除去された米であるといえる。
 そうすると,請求項1に「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」という製造方法が記載されているとしても,本件発明に係る無洗米のどのような構造又は特性を表しているのかは,特許請求の範囲及び本件明細書の記載から一義的に明らかである。よって,請求項1の上記記載が明確性要件に違反するということはできない。
⑷  被告の主張について
ア  被告は,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1は,いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームとなっており,また,「無洗米」という物の発明としての権利取得を希望するのであれば,無洗米機により洗米処理された後の,「無洗米の現在ある構造(構成)」のみの記載により,発明を特定しなければならないところ,上記請求項に無洗米の構成はほとんど記載されておらず,本件発明は明確性要件を満たしていない旨主張する。
 しかし,上記請求項1の記載のうち,「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」という記載が,物の製造方法の記載であると認められることについては,前記⑵のとおりであるが,これらの記載が,当該物のどのような構造又は特性を表しているのかは一義的に明らかであり,上記請求項1の記載が明確性要件に違反するものではないことについては,前記⑶のとおりである。 」

【コメント】
「旨み成分と栄養成分を保持 した無洗米」とする特許(特許第 42708059号)の無効審判をめぐる事件です。
 無効審判では明確性要件違反として無効審決になったのですが,審決取消訴訟では逆転で有効となっております。

 クレームからです。

【請求項1】外から順に,表皮(1),果皮(2),種皮(3),糊粉細胞層(4)と,澱粉を含まず食味上もよくない黄茶色の物質の層により表層部が構成され,該表層部の内側は,前記糊粉細胞層(4)に接して,一段深層に位置する薄黄色の一層の亜糊粉細胞層(5)と,該亜糊粉細胞層(5)の更に深層の,純白色の澱粉細胞層(6)により構成された玄米粒において,/前記玄米粒を構成する糊粉細胞層(4)と亜糊粉細胞層(5)と澱粉細胞層(6)の中で,摩擦式精米機により搗精され,表層部から糊粉細胞層(4)までが除去された,該一層の,マルトオリゴ糖類や食物繊維や蛋白質を含有する亜糊粉細胞層(5)が米粒の表面に露出しており,且つ米粒の50%以上に『胚芽(7)の表面部を削りとられた胚芽(8)』または『舌触りの良くない胚芽(7)の表層部や突出部が削り取られた基底部である胚盤(9)』が残っており,/更に無洗米機(21)にて,前記糊粉細胞層(4)の細胞壁(4’)が破られ,その中の糊粉顆粒が米肌に粘り付けられた状態で米粒の表面に付着している『肌ヌカ』のみが分離除去されてなることを特徴とする旨み成分と栄養成分を保持した無洗米。

 このクレームにある「摩擦式精米機により搗精され」及び「無洗米機(21)にて」については,無効審判ではプロダクトバイプロセスクレームであり,にも関わらず,原告は,不可能・非実際的要件については主張しなかったとされ,明確性要件NGで無効になりました。
 しかし,判決では上記のとおり,プロダクトバイプロセスクレームなのだけど,これでOKとされました。

 この点については,特許庁の審査ハンドブックのH28.3.30改訂
「その物の製造方法が記載されている場合」の類型、具体例に形式的に該当したとしても、明細書、特許請求の範囲、及び図面の記載並びに当該技術分野における出願時の技術常識を考慮し、「当該製造方法が 当該物のどのような構造若しくは特性を表しているのか」(注)が明らか であるときには、審査官は、「その物の製造方法が記載されている場合」に該当するとの理由で明確性要件違反とはしない。」 と似たような判断だと思います。

 ただ,この判断って結構恣意的に出来るし,非常に抽象的な話だと思うのですね。

 プロダクトバイプロセスクレームの最高裁判決って,それ自体は分かりやすいものです。①経時的な要素があるとそれはもうプロダクトバイプロセスクレーム→②そのとき不可能・非実際的要件がなきゃダメ!ですからね。

 他方,特許庁やこの判決って,例外的な救済を認めるものであり,それ自体の意義があるとは思うのですが,如何せんどんなときにその例外的な場合に当たるのかがさっぱりわかりません。
 まだ特許庁基準くらいだと多少はマシですが,この裁判のように, 「当該製造方法が当該物のどのような構造又は特性を表しているのかが,特許請求の範囲,明細書,図面の記載や技術常識から一義的に明らかな場合」って,具体的にどんな場合なんだよ~という質問には全く答えられません。

 これは,この判決が初めてではなく,3部のこの判決が初めてだと思うのですが,入れ知恵は,そこの記事でも書いた前知財高裁所長の設楽さん論文だと思います。
 
 なので,まあ抽象的にというかざっくり的には,プロダクトバイプロセスクレームに見えても,単なる状態を表すと思われるときには,一義的に明らかだ!と言ってみても損はしない,そんな所かなという気がします。 

 なお,明確性要件の判断は,4部の判決ですので,4部オリジナル規範を使っております。