事件番号
事件名
育成者権侵害差止等請求事件
裁判年月日
平成30年6月8日
裁判所名
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官 佐 藤 達 文
裁判官廣瀬孝は異動のため,裁判官勝又来未子は転補のため,いずれも署名押印することができない。
裁判長裁判官 佐 藤 達 文
「2 争点(2)(本件品種と被告各しいたけの対比)について
証拠(甲2,23)によれば,被告各しいたけは種苗管理センターが寄託物として預かったことが認められる。そして,当審において,種苗管理センターに寄託されている被告各しいたけの各菌株と,同じく同センターに寄託されている本件品種の菌株とを用いて鑑定を実施したところ,①菌株から菌床栽培して発生したしいたけの現物(培養期間:平成28年10月~平成29年3月,発生期間:平成29年3月~同年7月)を比較すると,形態的特性(菌傘,子実層たく,菌柄等)及び栽培的特性(子実体発生,培地適応性,乾物率,収量性等)の全ての項目において被告各しいたけと本件品種の数値は類似していた,②対峙培養の結果,帯線はみられず,同一菌株と考えられる,③生育試験の結果,菌株の生育特性が類似しており,同一菌株と考えられる,との結果が得られた。
以上によれば,被告各しいたけは本件品種と特性により明確に区別されない品種であるものというべきである。
3 争点(3)(育成者権の及ぶ範囲)について
(1) 上記2において判断したとおり,被告各しいたけは本件品種と特性により明確に区別されない品種であるから,被告各しいたけは本件品種の育成者権の範囲に属するものというべきである(法20条1項本文)。
(2) この点に関し,被告河鶴は,しいたけは原木栽培と菌床栽培とで特性上の差異が大きいところ,本件品種の品種登録簿には原木栽培の特性表しか添付されておらず,菌床栽培の特性表は添付されていないから,本件品種に係る育成者権は菌床栽培された被告各しいたけに及ばない旨主張する。
しかし,種苗法の品種登録制度はその保護の対象を「栽培方法」ではなく「品種」としているところ,その「品種」とは,特性の全部又は一部によって他の植物体の集合と区別することができ,かつ,その特性の全部を保持し つつ繁殖させることができる一の植物体の集合をいい(法2条2項),現実に存在する植物体の集合そのものを種苗法による保護の対象としている。それゆえ,品種登録の際に品種登録簿に記載される品種の特性(法18条2項4号)は,品種登録簿上,登録品種を同定識別するためのものであり,上記特性の記載によって権利の範囲を定めるものではないものと解される(知財高判平成18年12月25日・判時1993号117頁参照)。
証拠(甲2,23)によれば,被告各しいたけは種苗管理センターが寄託物として預かったことが認められる。そして,当審において,種苗管理センターに寄託されている被告各しいたけの各菌株と,同じく同センターに寄託されている本件品種の菌株とを用いて鑑定を実施したところ,①菌株から菌床栽培して発生したしいたけの現物(培養期間:平成28年10月~平成29年3月,発生期間:平成29年3月~同年7月)を比較すると,形態的特性(菌傘,子実層たく,菌柄等)及び栽培的特性(子実体発生,培地適応性,乾物率,収量性等)の全ての項目において被告各しいたけと本件品種の数値は類似していた,②対峙培養の結果,帯線はみられず,同一菌株と考えられる,③生育試験の結果,菌株の生育特性が類似しており,同一菌株と考えられる,との結果が得られた。
以上によれば,被告各しいたけは本件品種と特性により明確に区別されない品種であるものというべきである。
3 争点(3)(育成者権の及ぶ範囲)について
(1) 上記2において判断したとおり,被告各しいたけは本件品種と特性により明確に区別されない品種であるから,被告各しいたけは本件品種の育成者権の範囲に属するものというべきである(法20条1項本文)。
(2) この点に関し,被告河鶴は,しいたけは原木栽培と菌床栽培とで特性上の差異が大きいところ,本件品種の品種登録簿には原木栽培の特性表しか添付されておらず,菌床栽培の特性表は添付されていないから,本件品種に係る育成者権は菌床栽培された被告各しいたけに及ばない旨主張する。
しかし,種苗法の品種登録制度はその保護の対象を「栽培方法」ではなく「品種」としているところ,その「品種」とは,特性の全部又は一部によって他の植物体の集合と区別することができ,かつ,その特性の全部を保持し つつ繁殖させることができる一の植物体の集合をいい(法2条2項),現実に存在する植物体の集合そのものを種苗法による保護の対象としている。それゆえ,品種登録の際に品種登録簿に記載される品種の特性(法18条2項4号)は,品種登録簿上,登録品種を同定識別するためのものであり,上記特性の記載によって権利の範囲を定めるものではないものと解される(知財高判平成18年12月25日・判時1993号117頁参照)。
したがって,本件品種の品種登録簿には複数の栽培方法のうち一つ(原木栽培)の特性表しか添付されていなかったとしても,被告各しいたけが本件品種と特性により明確に区別されない品種と認められる以上,本件品種に係る育成者権は,その栽培方法にかかわらず被告各しいたけに及ぶというべきであって,被告河鶴の上記主張は採用することができない。
・・・
5 争点(5)(過失の有無)について
(1) 法35条(過失の推定)の適用の有無
(1) 法35条(過失の推定)の適用の有無
本件における被告河鶴の行為に対する法35条(過失の推定)の適用の有無に関し,被告河鶴は,①現在の品種登録の取扱い上,菌床栽培のしいたけの特性が公示されていないこと,②しいたけの品種の異同について調査・確認を行うのは著しく困難であることなどを理由として,同条は適用の前提を欠くので,過失は推定されないと主張する。
しかし,法35条は,「他人の育成者権又は専用利用権を侵害した者は,その侵害の行為について過失があったものと推定する。」と規定するのみであって,公示の範囲や侵害の調査・確認の難易度によりその適用範囲を制限又は限定する旨の例外規定は,特段設けられていない。
また,被告河鶴は,仮にカスケイド原則の例外を認めて,収穫物の販売を 行っていた被告河鶴に対する損害賠償を認めるのであれば,過失の推定規定は不適用又は抑制的に適用すべきであると主張するが,同主張も条文上の根拠を欠くものであって採用し得ない。
したがって,本件において法35条自体が適用されないとする上記主張は,採用することができず,被告河鶴の主張する事情は,過失の覆滅事情として 考慮すべきである。
しかし,法35条は,「他人の育成者権又は専用利用権を侵害した者は,その侵害の行為について過失があったものと推定する。」と規定するのみであって,公示の範囲や侵害の調査・確認の難易度によりその適用範囲を制限又は限定する旨の例外規定は,特段設けられていない。
また,被告河鶴は,仮にカスケイド原則の例外を認めて,収穫物の販売を 行っていた被告河鶴に対する損害賠償を認めるのであれば,過失の推定規定は不適用又は抑制的に適用すべきであると主張するが,同主張も条文上の根拠を欠くものであって採用し得ない。
したがって,本件において法35条自体が適用されないとする上記主張は,採用することができず,被告河鶴の主張する事情は,過失の覆滅事情として 考慮すべきである。
・・・
以上のとおり,本件通知前の段階においては,①河鶴農研はS.S.ITから購入する菌床が「L-808」との説明を受け,その説明に疑念を差し挟むべき事情はうかがわれないこと,②S.S.IT等からの請求書にも品種の表示はなかったこと,③品種登録制度の運用上,被告河鶴及び河鶴農研は品種登録簿に添付された特性表から品種の異同を判断することはできなかったことなどの事情が認められ,これらは過失の覆滅事由に当たるというべきである。
・・・したがって,本件通知後の被告河鶴の行為については,過失の推定を覆滅すべき事由はなく,同被告には過失があると認めるのが相当である。
ウ 以上によれば,本件通知がされた平成24年5月より後の被告河鶴の行為に限り,同被告に過失を認めることができる。 」
ウ 以上によれば,本件通知がされた平成24年5月より後の被告河鶴の行為に限り,同被告に過失を認めることができる。 」
【コメント】
ここでは初めての紹介になるでしょう,種苗法の育成者権侵害の事例です。
育成者権というのは,以下のようなものです。
「第十九条 育成者権は、品種登録により発生する。
第二十条 育成者権者は、品種登録を受けている品種(以下「登録品種」という。)及び当該登録品種と特性により明確に区別されない品種を業として利用する権利を専有する。ただし、その育成者権について専用利用権を設定したときは、専用利用権者がこれらの品種を利用する権利を専有する範囲については、この限りでない。」
で,品種登録が何かというと,以下のようなものです。
「第三条 次に掲げる要件を備えた品種の育成(人為的変異又は自然的変異に係る特性を固定し又は検定することをいう。以下同じ。)をした者又はその承継人(以下「育成者」という。)は、その品種についての登録(以下「品種登録」という。)を受けることができる。
一 品種登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた他の品種と特性の全部又は一部によって明確に区別されること。
二 同一の繁殖の段階に属する植物体のすべてが特性の全部において十分に類似していること。
三 繰り返し繁殖させた後においても特性の全部が変化しないこと。」
基本,特許と似たようなものですが,結構な違いもあります。
まずは,品種登録できるものについて,です。
「第二条 この法律において「農林水産植物」とは、農産物、林産物及び水産物の生産のために栽培される種子植物、しだ類、せんたい類、多細胞の藻類その他政令で定める植物をいい、「植物体」とは、農林水産植物の個体をいう。
2 この法律において「品種」とは、重要な形質に係る特性(以下単に「特性」という。)の全部又は一部によって他の植物体の集合と区別することができ、かつ、その特性の全部を保持しつつ繁殖させることができる一の植物体の集合をいう。」
実はこの定義中に,本件で問題になったきのこ(品種登録の番号第7219号,農林水産植物の種類しいたけ,登録品種の名称「JMS 5K-16」)は入っていません。
きのこは植物だろ!と思うのですが,実は光合成をしないものは植物ではなく微生物だという説もあるらしく,その辺の疑義を無くすため,きのこは「その他政令で定める植物」の方で指定されております。
施行令第1条です。
「 第一条 種苗法(以下「法」という。)第二条第一項の政令で定める植物は、次に掲げる種に属する植物(子実体の生産のために栽培されるものに限る。)とする。
十一 しいたけ」
こういうように対象がややこしいのに加えて,権利自体もややこしい所があります。
判決でも引いてますが,権利範囲は「当該登録品種と特性により明確に区別されない品種を業として利用する権利 」をも含みます。
つまり,同一の範囲に加えて,類似の範囲も含むようなものというわけです。
これは,品種登録の要件,3条1項1号(区別性)との対比なのですね。区別できるものじゃないと登録できないのだから,区別できないものは同一性があると考えないといけないってことです。
で,問題は,その同一性の基準が何か?ということです。
これについては説が2つあります。
本件で引用している知財高裁の判決(もちろん本件も)や農水省の解釈は,現物主義というものです。
権利の範囲を別紙のような特性表ではなく,現物で定めるというものです。こちらが通説です。
他方,特性表で定めるべし,という特性表主義もあります。
しかし,何故現物主義が通説なのかはよくわかりません。恐らく,特性表主義をとると権利範囲が非常に狭くなるからだと思います。
それに,特許法の70条のような明文での権利範囲を定めた条文が種苗法にはないのです。それ故,そこら辺どっちでもいいやということもあります。
だけども現物主義にすると,それこそ現物基準ですから,いつの何を基準にするかで違ってくる可能性があります。
今回は,同じつくばの種苗管理センターで原被告ともの種苗を育成したところ,ほぼ同じ~ということで権利範囲内だという結論になりました(そのため,事件番号を見ると分かるとおり,4年もかかったわけです。)。
だけども,何だか悠長な話だなあという気がしないでもありません。
そうしないと分からない・・・ITの分野に比べるとサイクルが長いのかもしれませんが,うーん,という所です。
農水省は,この現物主義をやめて,明文で特性表主義にしたいと思っているという話を聞いたことがあります。それはこの辺の事情のためだと思います。
ということで,その代わりと言ってはアレですが,過失の推定には(種苗法35条),特許法103条ほどの力は与えていないようです 。
普通に育ている分には同一性の範囲かどうかわからんのだから,調査しての警告書の後の分のみ過失があると認定したわけです。
私はこの分野はそんなに詳しくないのですが,今年の平昌オリンピックでのもぐもぐタイムの一件以来,農水知財が脚光を浴びる機会も多くなったように思います。 ですので,今後はこういう所にもより一層注目が行くのではないかと思います。