2020年1月17日金曜日

侵害訴訟 特許  平成30(ワ)34728  東京地裁 請求棄却

事件番号
事件名
 特許権に基づく損害賠償請求事件
裁判年月日
 令和元年12月17日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第47部 
裁判長裁判官          田      中      孝      一 
裁判官          横      山      真      通 
裁判官          奥              俊      彦  

「 1  本件事案に鑑み,まず,争点2(被告各製品が,本件発明に係る「物」の「生産に用いる物(中略)であってその発明による課題の解決に不可欠なもの」に当たるか)について判断する。
(1)  本件特許請求の範囲は,前記第2の1 のとおりであり,その構成要件Cは,「前記改質領域から延びる微小亀裂を前記ウェーハの表面に露出させない状態で前記ウェーハの裏面を研削除去する研削手段を有する,」分割起点形成装置という文言の記載であるところ,本件特許の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)には,発明の詳細な説明として,次の記載がある(甲2)。 
・・・
(2)  以上を前提に,以下判断する。
  ア  本件特許請求の範囲の記載をみると,本件発明に係る「物」である「分割起点形成装置」(構成要件A,D)は,「内部にレーザ光で改質領域を形成したウェーハを分割するための」装置であるものであって,上記の「形成した」という記載文言からすれば,既にその内部にレーザ光で改質領域が形成されたウェーハを加工対象物として,その割断のための分割の起点を形成する装置であることが明らかである
 このことは,本件明細書の各記載からも裏付けられる。すなわち,本件発明の課題は,チップ断面の改質領域の部分からの発塵やチップの破断等を防ぎ,抗折強度の高い,安定した品質のチップを効率よく得るようにすることにあるところ(段落【0010】,【0022】),本件発明は,研削後においても,微小空孔が大きくなり亀裂が進展するものの,完全に基板は分割されていない点に技術的特徴があり(段落【0051】),また,本件発明の実施の形態によれば,研削によりレーザ光により形成された改質領域内のクラックを進展させることができるため,チップCの断面にレーザ光により形成された改質領域が残らないようにすることができる(段落【0209】)というのである。これらによれば,本件発明は,その内部に既にレーザ光で改質領域が形成されたウェーハを対象として所定の加工等を行うに当たり,クラックの進展の程度を制御しようとする技術思想のものであることが認められる。
 そうすると,SDレーザソーに搭載される被告各製品は,あくまでその 内部にレーザ光で改質領域を形成したウェーハを製作するためのものであり,本件発明に係る分割起点形成装置に対しては,その加工対象物を提供するという位置付けを有するものにとどまるというべきであるから,このような被告各製品をもって,同分割起点形成装置の生産に用いる物ということはできないというほかない。 
 したがって,被告各製品は,本件発明に係る「物」の「生産に用いる物」に当たるということはできない。
      イ  また,上記のとおり,構成要件A,Dは,既にその内部にレーザ光で改質領域が形成されたウェーハを加工対象物として,その割断のための分割の起点を形成する装置であることを示すものであり,本件発明に係る上記技術思想を実現する構成を特定するものではないことからすれば,本件特許請求の範囲の記載において,同技術思想について具体的に特定している構成は,構成要件B(「前記ウェーハの前記改質領域を研削除去するための研削手段であって,」),構成要件C(「前記改質領域から延びる微小亀裂を前記ウェーハの表面に露出させない状態で前記ウェーハの裏面を研削除去する研削手段を有する,」)にいう「研削手段」であるものというべきである。
 そうすると,本件発明は,SDBGプロセス実行システムBを実現する複数の装置の中で,上記「研削手段」により,課題を解決する発明であると解されるものであって,本件発明において,課題解決手段による作用効果を直接もたらすものは,上記「研削手段」以外には存しないというべきであるから,「その発明による課題の解決に不可欠なもの」に当たるものは,構成要件B,Cの「研削手段」であるというべきである。
 しかして,SDレーザソーに搭載される被告各製品は,飽くまでウェーハ内部に改質領域を作るための装置であって,上記構成要件B,Cの「研削手段」を実現する装置ではない。そうすると,被告各製品は,「その発明 による課題の解決に不可欠なもの」に当たるとはいえないというべきである。
ウ  以上のア,イによれば,被告各製品は,本件発明に係る「物」の「生産に用いる物(中略)であってその発明による課題の解決に不可欠なもの」に当たるとはいえないというべきである。」 

【コメント】
 本件は,特許権者(発明の名称を「分割起点形成方法及び分割起点形成装置」とする特許第6197970号の特許権)である原告が東京精密,被告が浜松ホトニクスという,有名企業同士による特許権侵害訴訟の事件です。 
 
 にもかかわらず,判決は全15pという非常に弱火に終わっております。

 まずはクレームからです。
A  内部にレーザ光で改質領域を形成したウェーハを分割するための分割起点形成装置において,
     B  前記ウェーハの前記改質領域を研削除去するための研削手段であって, 
     C  前記改質領域から延びる微小亀裂を前記ウェーハの表面に露出させない状態で前記ウェーハの裏面を研削除去する研削手段を有する,
     D  分割起点形成装置。

 東京精密と言えば,ウェーハのダイサーですけど,ノコの幅すら歩留まりに関係あるということで,さらに小幅なレーザでダイシングできないかという課題があります。本件の発明はそのプロセスの中の一工程を担当する装置のようです。
 
 で,原告としては,被告の浜松ホトニクスが,ディスコ!(本当はここが本丸でしょう。)に納入しているレーザエンジンが上記特許の間接侵害(条文は101条の2号でしょう。)になるという主張だったようです。
 
 その102条の2号です。
二 特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為」 

 で,判旨のとおり,若干ずれている~ということなのですね。
 
 プロセスとしては以下のとおりだと思います。
 ①ウェーハにレーザを当て改質→②分割起点を形成(この中で研削等を行う)

 で,本件の特許は②の装置で,本件の被告製品は①に使う物,だったようです。なので,「不可欠」じゃないじゃん!ということです。
 原告としては,①や②を含む一体のプロセスでレーザダイシングの工程と言えるのだ!という主張もしていますが, 裁判所は不可分一体というわけじゃないでしょ,別々の装置なわけでしょ,ということで一蹴しております。
 
 ま,リバースエンジニアリングの都合か何かでしょうけど,ちょっと特許の選択を誤ったかなあという感が無きにしもあらずです。
 
 あと,個人的にびっくりしたのは, 被告側の最後に載っている保佐人弁理士の方ですね。
 この方,某有名知財裁判官の妹という噂のある人で,しかも特許庁での審判部長等を歴任された有名人です。
 当該裁判官の方は,定年が65歳,他方特許庁の定年は60歳なので,そういうこともありなん(つまりは妹の方が先に退官)と思ったのですが,どうやら定年前に辞められたようですね。