2017年7月13日木曜日

審決取消訴訟 特許 平成28(行ケ)10064  無効審判 不成立審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成29年6月29日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
 裁判長裁判官    森   義 之       
 裁判官     片 岡 早 苗       
 裁判官     古 庄   研     
 
「  ア  前記1(2)のとおり,本件訂正明細書には,「ノニオン系界面活性剤(B)」として本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物を添加した実施例,比較参考例,比較例しか開示されておらず,本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物以外の「ノニオン系界面活性剤(B)」を添加した実施例,比較例は,開示されていない。
  原告は,このような実施例,比較参考例,比較例の記載に接した当業者は,本件訂正発明1の「ノニオン系界面活性剤(B)」を使用すれば,その種類にかかわらず,「常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数か月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくい」PVA系重合体フィルムを提供するという本件訂正発明1の課題が達成されるものと認識することはできないと主張するので,以下,本件訂正発明1が,本件訂正明細書において当業者が発明の課題が解決できることを認識できるように記載された範囲を超えるものか否かについて,本件出願日当時の技術常識に照らし,本件訂正発明1の範囲まで,本件訂正明細書に開示された内容を拡張又は一般化できるといえるかという観点から,検討する。
      イ  前記1(2)のとおり,本件訂正発明1は,従来,製膜性等の改善や光学特性等の向上のために界面活性剤を配合して製造されたPVA系重合体フィルムには,ロール状に巻いて常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数か月間程度保管すると,ロールの色が著しく黄色味を帯びる問題(以下,「常温長期保管時の黄変」という。)があったことから,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数か月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することを目的とするものであり,本件訂正発明1の課題は,常温近辺に温度コントロールした倉庫内などに数ヶ月間程度保管した後であってもフィルムの色が黄色味を帯びにくいPVA系重合体フィルムを提供することであると認められる。
      ウ  前記イのとおり,本件訂正発明1の課題が,常温長期保管時の黄変を抑制し得るPVA系重合体フィルムの提供にあることから,まず,常温長期保管時の黄変の機序について検討すると,本件訂正明細書には,「・・・長期保管時のフィルムの黄変を抑制する上で重要である。上記のpHが2.0未満の場合には,PVA系重合体自体の劣化によるものと思われる黄変が生じやすくなる。」という記載(【0025】)はあるものの,これが常温長期保管時の黄変の趣旨であるか,強酸性であることを原因とする別の機序による黄変の趣旨であるかは必ずしも明らかでない上,前者の常温長期保管時の黄変の趣旨であるとしても,「PVA系重合体自体の劣化」が具体的にどのような機序を指すものであるかは,明らかでない。  
 また,本件訂正明細書には,界面活性剤の添加が常温長期保管時の黄変の原因であることをうかがわせる記載(【0005】)があり,「ノニオン系界面活性剤(B)」を添加していない比較例1の80℃短期保管試験の黄変度(ΔYI)の数値が,「ノニオン系界面活性剤(B)」を添加したその余の実施例1~7,比較参考例1,2,比較例2,3,5に比し,著しく良好であること(【表1】)も,これに沿うものということができるが,界面活性剤の添加が常温長期保管時の黄変をもたらすに至る機序についての記載はない。本件訂正明細書には,「酸化防止剤(D)を含むと,理由は定かではないが,黄変の抑制効果をより長期間にわたって持続させることができる。」という記載(【0031】)があるものの,①「酸化防止剤(D)」を含まないことのみが実施例1と相違する実施例6の80℃短期保管試験の黄変度(ΔYI)の数値は,3日後及び5日後においては実施例1とほぼ同じであり,10日後に至って初めて実施例1よりも顕著に黄変が見られたこと(【表1】),②実施例1(実施例10)及び比較例3(比較例6)において,80℃短期保管試験における3日後や5日後の黄変度(ΔYI)は,30℃長期保管試験における6か月後の黄変度(ΔYI)よりも黄変が進行していることを示していることを併せて考慮すると,30℃で6か月(又はそれを超える一定期間)保管した場合の黄変度(ΔYI)が,酸化防止作用を有する酸化防止剤の添加の有無にかかわらず,ほぼ同じである可能性が高いから,常温長期保管時の黄変の軽減が酸化防止剤による酸化の抑制を原因とするものかどうかは,本件訂正明細書の記載からは明らかでないというほかない。したがって,本件訂正明細書の記載のみによって,常温長期保管時の黄変の機序を界面活性剤の酸化と認識することはできないものと認められる。
  本件訂正明細書には,「保管時の温度が高くなるほど黄変しやすくなる傾向がある」という記載(【0042】)もあるが,この記載を踏まえても,同様であり,上記判断は左右されない。
  そうすると,本件訂正明細書の記載のみによって,常温長期保管時の黄変の機序を特定することはできないというべきである。 
  エ  本件訂正明細書には,常温長期保管時の黄変の抑制の機序に関し,前記ウで引用の記載のほか,「本発明の重合体フィルムは,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpH(得られる水溶液のpH)が2.0~6.8の範囲内にあることが,長期保管時のフィルムの黄変を抑制する上で重要である。」という記載(【0025】)があるが,これらを総合しても,常温長期保管時の黄変の抑制の機序は,明らかではない。
  したがって,本件訂正明細書の記載のみによって,常温長期保管時の黄変の抑制の機序を特定することはできないというべきである。
      オ  そこで,本件訂正明細書の記載に加え,本件出願日当時の技術常識に照らし,当業者が常温長期保管時の黄変の機序を認識することができるかについて検討する。
  証拠(乙4の1~4)によると,本件出願日当時,界面活性剤は,その種類を問わず,空気中の酸素によって酸化することがあることは,技術常識となっていたものと認められる。しかしながら,前記ウのとおり,酸化防止剤の添加の有無のみが異なる実施例1と実施例6の80℃短期保管試験の黄変度(ΔYI)の数値が3日後及び5日後はほぼ同じであり,他に常温長期保管時の黄変の機序を認めるに足りる証拠がないことからすると,上記の界面活性剤が酸化することがあるという技術常識を踏まえても,常温長期保管時の黄変の機序がノニオン系界面活性剤の酸化であると直ちに特定し得るものとは認められない
  また,仮に常温長期保管時の黄変の機序がノニオン系界面活性剤の酸化であると認識したとしても,そのような常温長期保管時の黄変が,ノニオン系界面活性剤の含有量の数値範囲を「0.001~1質量部」とし,PVA系重合体フィルムのpHの数値範囲を「2.0~6.8」とすることにより抑制される機序について,当業者が認識し得ることを認めるに足りる証拠はない
      カ  前記1(1)カ(イ)のとおり,本件訂正発明1における「ノニオン系界面活性剤(B)」には,アルキルエーテル型,アルキルフェニルエーテル型,アルキルエステル型,アルキルアミン型,アルキルアミド型,ポリプロピレングリコールエーテル型,アルカノールアミド型,アリルフェニルエーテル型などのものが含まれるところ(【0020】),証拠(甲42~44,乙4の3)によると,ノニオン系界面活性剤の種類を問わず,酸化反応の反応性が一様であるとはいえないし,前記1(1)カ(イ)のとおり,本件訂正発明1の「ノニオン系界面活性剤(B)」は,学術上のノニオン系界面活性剤に加え,その原料,触媒,溶媒,分解物などを含む混合物を含み(【0022】),「ノニオン系界面活性剤(B)」の酸化反応の反応性は更に多様であると考えられる。
      キ  以上のオ,カで述べたところからすると,当業者が,界面活性剤として本件ラウリン酸ジエタノールアミド混合物を採用し,ノニオン系界面活性剤の含有量の数値範囲を「0.3質量部」とし,PVA系重合体フィルムのpHの数値範囲を「3.6~6.2」とした実施例において,30℃長期保管試験及び80℃短期保管試験において,黄変の抑制効果が得られたことが開示されていることに接した場合,本件訂正発明1の「ノニオン系界面活性剤(B)」であれば,その種類を問わず,ノニオン系界面活性剤の含有量の数値範囲を「0.001~1質量部」とし,PVA系重合体フィルムのpHの数値範囲を「2.0~6.8」とすることにより,常温長期保管時の黄変を抑制し得るPVA系重合体フィルムを提供するという本件訂正発明1の課題が解決できることを認識することができるとは認められない。
  そうすると,本件訂正発明1は,本件出願日当時の技術常識を有する当業者が本件訂正明細書において本件訂正発明1の課題が解決できることを認識できるように記載された範囲を超えるものであって,特許法36条6項1号所定のサポート要件に適合するものということはできない。 」

【コメント】
 化学系の特許で,無効審判での不成立審決から一転,サポート要件違反ありとして,審決が取り消されたものです。
 
 クレームは以下のとおりです。
 
【請求項1】
  ポリビニルアルコール系重合体(A),および当該ポリビニルアルコール系重合体(A)100質量部に対してノニオン系界面活性剤(B)を0.001~1質量部含むポリビニルアルコール系重合体フィルムであって,水に7質量%の濃度で溶解させた際の20℃におけるpHが2.0~6.8であるポリビニルアルコール系重合体フィルム。
 
 で,本件で問題になったのは, 上記ノニオン系界面活性剤です。

 判旨のとおり,このノニオン系界面活性剤には,「アルキルエーテル型,アルキルフェニルエーテル型,アルキルエステル型,アルキルアミン型,アルキルアミド型,ポリプロピレングリコールエーテル型,アルカノールアミド型,アリルフェニルエーテル型などのものが含まれる」ようです。
 
 ところが,明細書の実施例には,ノニオン系界面活性剤は一種で,「 しかも,この1種類の「ノニオン系界面活性剤(B)は,学術上のノニオン系界面活性剤の純品ではなく,「界面活性剤を含む混合物(ラウリン酸ジエタノールアミドを95質量%の割合で含有し,且つジエタノールアミンを不純物として含む混合物)」であ」ったのです。

 勿論,これが,普通の化学系,まあこういう剤や材なら,こういう効果でしょうね~というものだったら特段問題はない筈です。
 しかし,本件の課題は,「界面活性剤を配合して製造されたPVA系重合体フィルムをロール状に巻いて,これを常温近辺に温度コントロールした倉庫内に数ヶ月間程度保管した時に,ロールの色が著しく黄色味を帯びる問題があることが近年明らかになってきた。 」という,ちょっと変化球のものなのです。

 そして,どうして,ノニオン系界面活性剤を入れて,pHを所定の所にやったら,黄変がなくなるかという作用機序はわからないままだったのです。
 
 いや,どんなもんでも作用機序,つまりメカニズムがわからないと特許って取れない!ってものではありません。特許はある程度の因果関係があれば十分です。
 
 ところが,この特許では,上記のたった1種での実施例を,ノニオン系界面活性剤に広げてしまった!という所がツッコまれたポイントです。
 
 作用機序がわからないと,当該物質に特有・固有の効果だったかもしれません。そうすると,広げてしまった領域については,明細書に記載がないことになります。
 ということで,サポート要件違反!と認定されてしまったわけです。
 
 やはり,非常に特別な良い効果だからと言って一般化できるかどうか,化学系の発明は慎重に検討する必要があるでしょう。
 
 まあ,この特許も,構成要件の(B)を「ラウリン酸ジエタノールアミド混合物」に訂正すれば,生き残ることはできると思いますので,そうすれば良いのではないかと思います。
 
 勿論,狭めたわけですから,その狭めた部分については,均等論の適用がないことは当然です(そうすると,初めから狭い一個の実施例のみで出願し,特許を取った方が良かったかもしれませんね。)。 

 なお,規範はいつものとおり,パラメータ事件大合議のものです。