2017年7月31日月曜日

侵害訴訟 特許  平成28(ワ)21346  東京地裁 請求棄却 /追伸あり


事件番号
事件名
 特許権侵害差止請求事件
裁判年月日
 平成29年7月20日
裁判所名
 東京地方裁判所民事第46部
 裁判長裁判官  柴 田 義 明
 裁判官  萩 原 孝 基 
 裁判官  大 下 良 仁 


「⑴  原告は,構成要件Eにつき,「検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった」条件が成就した「場合」において①設定する「注文情報」は指値注文の情報に限られず成行注文の情報も含むところ,被告サービスにおいて上記条件が成就した直後に買いの成行注文及び売りの指値注文が設定されること,②仮に上記「注文情報」が指値注文の情報に限られるとしても,㋐上記「場合」は上記条件以外の条件を付加することを排除する趣旨ではなく,被告サービスにおいては上記条件のほかに設定された売りの指値注文が約定した場合に買い及び売りの指値注文が設定されること,㋑構成要件Eにおける新たな注文情報の「設定」は,実際に注文情報を生成するものでなく,情報を生成し得るものとして記録しておけば足りるところ,被告サービスにおいては上記条件が成就した際に上記の記録が行われ,その後に買い及び売りの指値注文が設定されることを挙げて,被告サービスが構成要件Eを充足すると主張する。
⑵  まず,構成要件Eの「注文情報」の意義について検討する。
ア  本件発明の特許請求の範囲の記載によれば,本件発明において生成される注文情報は,一の価格についての買いの注文をする情報(第一注文情報),他の価格についての売りの注文をする情報(第二注文情報)であって,注文情報記録手段に記録されるもの(構成要件C)である。そして,金融商品の相場価格が上記一の価格又は他の価格になった場合に当該注文が約定するのである(同D)から,上記一の価格又は他の価格は,注文の約定前に決定され,記録されるものであるということができる。これに符合する注文方法は指値注文であるから,本件発明の「注文情報」は指値注文に係る注文情報をいい,このことは構成要件Eの「注文情報」においても同様であると解される。
イ  この点につき本件明細書を見ると,金融商品の取引方法として指値注文と成行注文があることに触れながら指値注文についてイフダンオーダーが多く行われることを挙げ,従前のコンピュータシステムにおいては指値注文が行われるものの指値注文のイフダンオーダーに対応していないこと,これを複数行うには顧客の操作が必要なことを解決すべき課題として挙げ,その解決手段としてイフダンオーダーを自動的に繰り返し,相場価格が高値側に変動してもイフダンオーダーを継続させられるようにする構成をもって本件発明とし,上記課題を解決するとしている(段落【0002】,【0004】~【0006】,【0015】)。これらの記載からも,本件発明は,指値注文のイフダンオーダーを相場価格の変動にかかわらず自動的に継続することに意義があるとされているのであって,それらの注文の間に成行注文が介在することを示唆する記載はない。加えて,発明を実施するための形態においても指値注文を複数のイフダンオーダーによって行う
ことができるもののみを挙げていて(段落【0041】~【0073】。前記1⑵),注文に成行注文を含み得る旨の記載は見当たらない。そうすると,本件明細書の記載も,前記アの解釈と符合するということできる。
ウ  したがって,構成要件Eの「注文情報」は指値注文に係る注文情報をいうと解するのが相当である。
⑶  次に,構成要件Eの「・・・検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった場合・・・」の「場合」の意義について検討する。
ア  一般に,「場合」は,「その場に出会った時。時。おり。時機」(広辞苑〔第六版〕2210頁),「仮定的・一般的にある状況になったとき」(大辞林〔第二版新装版〕2037頁)という意味を有する。このことに照らすと,本件発明の特許請求の範囲の記載上,「場合」の直前にある「検出された・・・変動幅が予め設定された値以上となった」ことが,その後に定められた「高値側に・・・新たな前記第一注文情報と・・・新たな前記第二注文情報とを設定」するという動作が行われる条件となることを示していると解される。もっとも,当該記載上,上記とは異なる条件が定められていない一方で,他の条件を付加することを禁じる趣旨の記載も見られない。
イ  そこで本件明細書をみると,前記1⑶のとおり,本件発明は複数の注文を連続的に組み合わせる金融商品の注文についての発明であり,相場価格の価格帯が高値側に変化した場合であってもそうした注文が継続的に可能であることを本件発明の効果としていて,この点に本件発明の意義を見いだすことができる。この意義を前提とすれば,本件発明は価格帯の変化のみに着目して新たな注文をすることができる発明であると解することができる上,注文を継続的に行うために価格帯が変化した際に直ちに注文を行うことが想定されていると考えられる。また,発明の実施の形態においても,相場価格の変動に伴う注文価格の変更は,相場価格が高値側に変動した時点で直ちに行われ得る構成のみが挙げられ,相場価格の変動時にその成就の有無を判断できない条件の示唆はない(段落【0074】~【0081】。前記1⑵)。
  そうすると,構成要件Eの新たな注文情報の設定が行われる「場合」の指す条件としては,価格帯の変動時に直ちに新たな注文を行い得るものをいう趣旨ということができるから,当該「場合」において仮に他の条件の付加が認められるとしても,価格帯の変動時にその成就の有無を判断できないものは含まれないと解するのが相当である。
⑷  さらに,構成要件Eの「高値側に・・・新たな前記第一注文情報と・・・新たな前記第二注文情報とを設定」の「設定」の意義について検討する。
ア  一般に,「設定」は「つくり定めること」(広辞苑〔第六版〕1577頁),「ある目的に沿って,新たに物事をもうけ定めること」(大辞林〔第二版新装版〕1410頁)という意味を有していること,本件発明の特許
請求の範囲の記載上,注文情報生成手段が新たな第一注文情報及び第二注文情報を「設定」するとされている(構成要件E)こと,前記の「注文情報」の解釈を踏まえると,「設定」は,売り又は買いの指値注文の注文情報をつくり定めることであると解される。もっとも,設定の内容が,実際に注文情報を生成するものでなく,注文価格その他の注文情報を生成し得るものとして記録しておけば足りるのか否かは必ずしも明らかでない。
イ  そこで本件明細書をみると,前記1⑶のとおり,本件発明は,相場価格の価格帯が高値側に変化しても変化した後の価格帯において複数の注文を連続的に組み合わせて行う取引,すなわちイフダンオーダーの取引を継続させることができる点にその意義があるのであるから,価格帯が変化した際に直ちに注文を行うことが想定されているといえる。また,発明の実施の形態において,注文情報の書換えの後に第1注文を約定させて第2注文を有効な注文情報とするとされていること(段落【0074】~【0081】。前記1⑵)からも,上記書換えの直後に注文を出すことが前提とされていると理解される。そうすると,本件明細書上,本件発明においては相場価格帯が高値側に変化した際に高値側の注文情報をつくり定めた直後に当該注文情報に基づく注文を発する趣旨が表現されているとみることができるから,「設定」は,注文価格その他の注文情報を生成し得るものとして記録しておけば足りるというものでなく,実際に注文情報を生成するものであると解するのが相当である。
⑸ア  被告サービスについてみると,被告サービスにおいては,前記前提事実⑷のように,注文,注文の約定等の処理がされており,①買いの成行注文と売りの指値注文が同時にされ(別表1最左列の番号とその注文内容としては,注文番号114の買いの成行注文(相場価格114.28円)及び同113の売りの指値注文(指定価格114.90円)。以下,この項につき同じ。),②買いの成行注文(①)の約定(114.3円)を経た後に①の売りの指値注文が約定すると(注文番号113の約定。①の各注文の約18時間21分後),③その直後に買いの指値注文と売りの指値注文が同時にされ(注文番号100の買いの指値注文(指定価格114.28円)及び同99の売りの指値注文(指定価格114.90円)),④更にその直後に,買いの成行注文及び売りの指値注文が同時にされ(注文番号97の買いの成行注文(相場価格114.90円)及び同96の売りの指値注文(指定価格115.52円)),⑤買いの成行注文(④)の約定(114.91円)を経た後,④の指値注文が約定すると(注文番号96の約定。④の各注文の約35時間52分後),⑥その直後に買いの指値注文及び売りの指値注文が同時にされた(注文番号88の買いの指値注文(相場価格114.90円)及び同87の売りの指値注文(指定価格115.52円))。
イ  原告は,上記②の売りの指値注文が約定した時点が構成要件Eの「検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった」に該当すると主張し,それによって,高値側の「新たな一の価格」及び「新たな他の価格」の注文情報群が生成されているとする(原告第3準備書面17,18頁等)。
  そこで,このことを前提として検討すると,被告サービスにおいては,上記のとおり,上記②の時点の直後に高値側に買いの成行注文及び売りの指値注文(上記④の各注文)の注文情報が生成,発注された。
  もっとも,上記④の各注文のうち,売り注文は指値注文であるが買い注文は成行注文であるところ,前記⑵のとおり構成要件Eの「注文情報」は指値注文に係る注文情報をいい,成行注文に係る注文情報を含まないと解される。そうすると,④の買い注文に係る注文情報は,構成要件Eの新たな「第一注文情報」に該当しないというべきである。
  他方,上記⑥の注文はいずれも指値注文であり,これらの注文に係る注文情報は構成要件Eの「第一注文情報」及び「第二注文情報」に該当し得るものといえる。しかし,⑥の各注文は,②の時点の直後に③の各注文がされた後,③の成行の買い注文の約定価格よりも高値側に価格が変動し,③の売りの指値注文が約定した⑤の時点の後にされるものである。そうすると,⑥の各注文に係る注文情報は,「検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった」時点である②の時点において,成就の有無が判断できる他の条件の付加なく,また,直ちに生成されたものということはできない。別表1の取引においても,⑥の注文は,②の時点から約35時間50分後にされ,また,その間に⑤の売りの指値注文の約定等がされた後にされている。
  そうすると,「検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった場合」に,上記⑥の注文に係る「第一注文情報」及び「第二注文情報」が「設定」されたということはできない。
ウ  以上によれば,被告サービスは構成要件Eの「検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった場合,・・・高値側に・・・新たな前記第一注文情報と・・・新たな前記第二注文情報とを設定」を充足しない。 」


【コメント】
 近時フィンテック系の訴訟の話が色んな所を賑わせていますが,それはベンチャー企業同士だからでしょう。
 本件もフィンテック系の訴訟なのですが,マスコミで報道されることはありません。それは両社ともマスコミへの発表をしないからだと思います。
 にも関わらず,実は争訟第二弾です。第一弾はここでもご紹介しました。 今回は,同じ原告(マネースクウェア)と被告(外為オンライン)ですが,特許が異なります。第5941237号です。

 まずはクレームからです。

A  金融商品の売買取引を管理する金融商品取引管理装置であって,
B  前記金融商品の注文情報を生成する注文情報生成手段と,前記金融商品の相場価格の情報を取得する価格情報受信手段とを備え,
C  前記注文情報生成手段は,同一種類の前記金融商品を,一の価格について買いの注文をする第一注文情報,及び,他の価格について売りの注文をする第二注文情報からなる注文情報群を生成して該生成した前記注文情報群を注文情報記録手段に記録し,
D  前記注文情報群を形成する前記第一注文情報及び前記第二注文情報は,前記価格情報受信手段が取得した前記相場価格が前記一の価格になった場合,前記第一注文情報に基づいて前記金融商品の約定が行われ,該約定の後,前記価格情報受信手段が取得した前記相場価格が前記他の価格になった場合,前記第二注文情報に基づいて前記金融商品の約定が行われる処理が複数回繰り返されるように構成され,
E  前記注文情報生成手段は,前記相場価格の変動を検出する手段によって前記相場価格が検出され,検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった場合,現在の前記相場価格の変動方向である前記高値側に,新たな一の価格の新たな前記第一注文情報と新たな他の価格の新たな前記第二注文情報とを設定することを特徴とする
F  金融商品取引管理装置。

 かなりややこしいのですが,所謂イフダン注文のフィンテックです。
 判旨でも以下のような説明をしています。
本件発明は複数の注文を連続的に組み合わせる金融商品の注文についての発明である。この分野において,従前のコンピュータシステムには,指値注文が行われるものの指値注文のイフダンオーダーに対応していないこと,これを複数行うには顧客の操作が必要なことといった課題があった。本件発明は,こうしたイフダンオーダーを自動的に繰り返し行うことができ,更に,相場価格が高値側に変動しても,その変動幅が予め設定された値以上となった場合には,高値側に新たな価格を設定してイフダンオーダーを行うことができるようにすることで,イフダンオーダーによる注文が継続的に可能であるという意義を有するといえる。  」

 で,イフダン注文って何?ということですが,私の拙い説明よりもこちらを見てもらった方がよいと思います。
 そんなに難しい話ではないです。
 上がるかなという所で買いを入れて,欲のかきすぎにならない辺りで売りを入れて利益を確定するってやつです。
 ほんで,それを何度も繰り返すこともできるよ,ってわけですね。

 で,本件では,そのときの注文情報等について,指値注文だけに狭く限定解釈されたわけです。
 クレームの文言上,成行(現在の値段ね)注文も含むように見えるのですが,判旨の通り,明細書の記載からは,指値に限定されるとされたわけです。
 他の用語についても,限定解釈されて,本件は構成要件該当性なしとしました。 

 ただし,何だか箸にも棒にもかからなそうだった第一弾の訴訟と異なり,この第二弾は結構良いところまで来ているような気がします。
 特に,均等論を主張していないようですから,高裁でプロパテント法廷又はプロパテント判事に当たるとどう転ぶかわかりませんよ。

 そうすると,フリーVSマネーフォワード事件以上に,マスコミに話題となると思います。
 ちょっと注目しておきましょう。

【追伸】218/11/26
 本事件の控訴審判決が出ました。
 知財高裁平成29(ネ)10073号(平成30年10月29日判決)です。

 2部の森部長の合議体で,結論は控訴棄却(請求棄却)ということになります。

 上記の指値か成行かの文言の解釈の争いでは,控訴審でも指値に限定解釈されております。
 また,均等論で可能性があるのでは?とコメントしたのですが,均等論の検討はあったものの,均等ではないということでした。

 で,今回珍しいのは,置換容易性という第三要件の所で切っているということです。そうすると,なかなか均等とは認められない感が致します。

 また,指値か成行の論点だけではなく,構成要件E① の「 検出された前記相場価格の高値側への変動幅が予め設定された値以上となった場合 」も新たな論点として判断され,ここの該当がないともされております。
相場価格が変動した場合に,変動した相場価格の価格帯でイフダン オーダーを行うために同価格帯に対応する新たな注文情報を設定することを規定する構成要件Eは,相場価格が変動する前の価格帯での取引,すなわち,構成要件Cの規定する第一注文情報及び第二注文情報の生成が, 少なくとも1回は行われたことを前提としており, したがって, 構成要件Cの規定する第一注文情報及び第二注文情報の生成が1回も行われていない段階で,相場価格が変動し,その変動幅が予め設定した値以上とな」るような被告サービスでは該当しない,このような理屈です。

 うーん,この特許に関する限り,被告サービスとはかなり差があった,そうであればこの結論はもやむを得ない所だと思います。