2015年9月16日水曜日

侵害訴訟 著作権 平成27(ネ)10009 知財高裁 控訴棄却

事件番号
事件名
 書籍出版差止等請求控訴事件
裁判年月日
 平成27年9月10日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官 清 水 節
裁判官 中 村 恭
裁判官 中 武 由 紀

「 (3) 歴史教科書の個々の記述について
 特定の著作物と他の著作物との間で著作権又は著作者人格権(著作権等)の侵害の有無を判断しようとする場合,表現それ自体ではない部分又は表現上の創作性がない部分において同一性を有するにすぎないときには,複製又は翻案には該当しないのであるから,著作権等を侵害されたと主張する者は,自らの著作権等が侵害されたとする表現部分を特定した上で,まず,その表現部分が創作性を有していることを明らかにしなければならない。この点,原判決別紙対比表項目1,2,9,10,15,17,19,20,24,26,27~29,33~36,43~45及び47の各「原告主張」欄の小項目「■【原告書籍の表現の視点】」に記載された控訴人の主張が,記述内容に関する著者のアイディアや制作意図ないし編集方針,あるいは,歴史観又は歴史認識に創作性があるという趣旨であれば,それ自体は表現ということができないから,いずれも失当である。当裁判所の検討に当たっては,当該視点に基づいて記されたとする具体的な記述について,表現上の創作性の有無を検討する。
 まず,控訴人は,被控訴人書籍の特定の単元の記述の一部が控訴人書籍の特定の単元の一部の記述の著作権等を侵害すると主張しているのであるから,上記の手法(いわゆる「ろ過テスト」)に従うならば,控訴人各記述のうち被控訴人各記述に対応する部分(後述のとおり,その多くは,切れ切れとなった文章表現を全体的に観察した場合にうかがうことのできる観念的な共通性にすぎない。)が,それぞれ単独で創作性を有していることを,更に明らかにしなければならない。
 前記(1)のとおり,歴史上の事実又は歴史上の人物に関する事実(歴史的事項)の記述であっても,その事実の選択や配列,あるいは歴史上の位置付け等において創作性が発揮されているものや,歴史上の事実等又はそれについての見解や歴史観をその具体的記述において創作的に表現したものについては,著作権法の保護が及ぶことがある。
 ところで,前記(2)のとおり,中学校用歴史教科書については,文部科学大臣が公示する教科用図書検定基準並びに文部科学省が作成した中学校学習指導要領及びその解説により,法令上及び事実上,その記述内容及び方法が相当程度に制約されているほか,想定される読者が中学生であることによる教育的配慮から,その記述事項は,通常,一般的に知られている歴史的事項の範囲内から選択される。その一方で,歴史教科書として制作された書籍だからといって,教科書としてだけ用いられるわけではなく(被控訴人書籍1は,一般に市販されている。),歴史教科書に係る著作権の侵害の有無が問題となる書籍が歴史教科書に限られるわけでもない(被控訴人書籍1は,歴史教科書ではない。)。そうすると,歴史教科書は,簡潔に歴史全般を説明する歴史書に属するものであって,一般の歴史書と同様に,その記述に前記した観点からみて創作性があるか否かを問題とすべきである。すなわち,他社の歴史教科書とのみ対比して創作性を判断すべきものではなく,一般の簡潔な歴史書と対比しても創作性があることを要するものと解される。
 そして,簡潔な歴史書における歴史事項の選択の創作性は,主として,いかに記述すべき歴史的事項を限定するかにあるのであり,選択される歴史的事項は一定範囲の歴史的事実としての広がりをもって画されている。したがって,同等の分量の他書に一見すると同一の記述がなかったとしても,それが,他書が選択した歴史的事項の範囲内に含まれる事実として知られている場合や,当該歴史的事項に一般的な歴史的説明を補充,付加するにすぎないものである場合には,歴史書の著述として創意を要するようなものとはいえない。控訴人の創作性基準に関する主張は,上記説示に反する限り,採用することができない。
 以下,他社の歴史教科書に同様の表現があるか否かの点を中心に,控訴人各記述の創作性を検討するが,これは,他社の歴史教科書が同等の分量を有する歴史書として,もっとも適切な対比資料であり,他社の歴史教科書に同様の表現があることは,当該表現がありふれたものであることの客観的かつ明白な根拠だからである。
(4) 項目1(縄文時代)について
ア 控訴人記述記述1(判決において,文章に番号を付して,分説した。以
下同じ。」)。
「 ①日本列島は食料にめぐまれていたので,人々は大規模な農耕や牧畜を始める
にはいたらなかった。
 ②今から1 万数千年前も前から,日本列島の人々はすでに土器をつくりはじめていた。③これは,世界で最古の土器の一つである。④この時代の土器は,表面に縄目の文様がつけられたものが多いことから,縄文土器とよばれている。⑩それらの多くは深い鉢で,煮炊きなどに用いられた。⑪男たちは小動物の狩りと漁労に出かけ,女たちは植物の採集と栽培にいそしみ,年寄りは火のそばで煮炊きの番をするといった生活の場面が想像される。
 ⑤縄文土器が用いられていた,1万数千年前から紀元前4世紀ごろまでを縄文
時代とよび,⑤´このころの文化を縄文文化とよぶ。
 ⑥当時の人々は,数十人程度の集団で,小高い丘を選んで生活していた。⑦住まいは,地面を掘って床をつくり,柱を立てて草ぶきの屋根をかけた,竪穴住居とよばれるものだった。⑧人々が貝殻などの食べ物の残りかすをすてた跡である貝塚からは,土器の破片や石器が発見され,当時の生活のようすをうかがうことができる。⑨青森県の三内丸山遺跡からは,約5千年前の大きな集落の跡が見つかっている。」
イ 被控訴人記述1(判決において,文章に番号を付して,分説した。以下同じ)。
「 ①このように日本列島は,豊かな自然環境にめぐまれ,食料となる動植物が豊富だったため,植物は栽培されていましたが,大規模な農耕や牧畜は始められていませんでした。
 ②今から1 万数千年前,人々は,食物を煮炊きしたり保存したりするための土器をつく り始めました。④これらの土器は,その表面に縄目の模様(文様)がつけられることが多かったため,のちに縄文土器とよばれることになります。③これは世界で最古の土器の一つで,⑤縄文土器が使用されていた1 万数千年前から紀元前4 世紀ごろまでを縄文時代とよび,このころの文化を縄文文化といいます。
 ⑥縄文時代の人々は,数十人程度の集団で暮らしていました。⑦住まいは,地面に掘った穴に柱を立て,草ぶきの屋根をかけた竪穴住居でした。⑧人々が,骨や貝殻など,食べ物の残りを捨てたごみ捨て場は貝塚とよばれ,そこから出土する土器や石器などからは,当時の人々の生活のようすがうかがえます。
 ⑨青森県の三内丸山遺跡からは,約5000年前の巨大な集落跡が発見され,…(以下2行にわたり三内丸山遺跡の説明)」
ウ 事項選択
 控訴人記述1と被控訴人記述1との共通事項は,①日本列島は食料に恵まれていたため,大規模な農耕や牧畜が始められていなかったこと,②日本列島で1万数千年前から土器が作られ始めていたこと,③この土器は,世界で最古の土器の一つであること,④この土器を縄文土器と呼ぶこと,⑤縄文土器が作られていた1万数千年前から紀元前4世紀ごろまでを縄文時代と呼び,⑤´縄文時代の文化を縄文文化と呼ぶこと,⑥縄文時代には,人々は数十人程度の集団で生活していたこと,⑦縄文時代の人々の住まいは,竪穴住居だったこと,⑧貝塚から出土する土器や石器などから当時の生活の様子がうかがえること,⑨三内丸山遺跡から約5千年前の大きな集落跡が見つかったこと,であると認められる。これらは,いずれも,縄文時代について取り上げるべき事項としてごく普通のものであると認められる。実際,少なくとも,上記①と同旨の事項が,東京書籍の平成8年検定の歴史教科書(以下,他社教科書は年号の略号と発行社名で略記する。),平13・平17東京書籍に,同②と同旨の事項が,平13・平17大阪書籍,平13・平17日本書籍に,同③と同旨の事項が,平8・平13帝国書院に,同⑤と同旨の事項が,平13・平17大阪書籍に,同⑥と同旨の事項が,平8帝国書院に,同⑨と同旨の事項については,平13帝国書院,平13清水書院,平17日本書籍にそれぞれ記載されている(甲41,乙45。なお,同④⑤´⑦⑧が縄文時代の説明として取り上げるべき事項であることは,明白であるから,個々に掲載教科書を摘記することはしない。以下の記述でも,明白な場合には,個々の教科書を掲記することはしない。)。
 したがって,控訴人記述1の事項の選択は,ありふれたものと認められる。
 なお,他社の歴史教科書に掲載されてある事項であれば,それらが,控訴人書籍とは異なる単元や小単元をまたがるものであっても,その選択は,ありふれた選択にすぎない。なぜなら,他社の歴史教科書に記述された事項は,いずれもありふれたものであって,ありふれたものの中からは,どれを選択してもありふれた事項の選択だからである。以下も同様であるから,この説示を繰り返すことはしない。
エ 事項の配列
 控訴人記述1①~⑨は,歴史的事項を単純に説明する文が羅列されているだけであるから,その配列は,ありふれたものである。
オ 具体的表現形式
 控訴人記述1①~⑨は,いずれも,歴史的事項を単純に説明するにすぎないものであるから,その具体的表現は,ありふれたものである。
 なお,ありふれた表現は,一般に,複数存在するのであるから,歴史的事項を説明する表現に他の表現を選択する余地があるとしても,そのことを理由として,直ちに個性の発揮が根拠付けられるものではない。以下も同様であるから,この説示を繰り返すことはしない。
カ 控訴人の主張について
 控訴人は,控訴人記述1は,控訴人記述1①の指摘から書き始めることにより,暗い遅れた時代であるとの縄文時代のイメージから解放されるという独自の創作性がある旨を主張する。しかしながら,控訴人記述1①は,単元2「縄文文化」の小見出し「豊かな自然のめぐみ」の項の末尾に記載されているものであり,控訴人記述1②~⑨は,「縄文土器の文化」の項に記載されているのであるから,上記主張は,控訴人記述1①~⑨全体についての創作性の主張としては,前提を誤るものであって失当である。
 また,控訴人は,控訴人1①の具体的表現に創作性がある旨を主張するが,ありふれた言い回しにすぎず,そこに創作性を見出すことはできない。
 さらに,控訴人は,控訴人記述1②は,三層世界観に囚われていない歴史教科書としての創作性の顕れである旨を主張するが,上記ウのとおり,他社の教科書に同旨の事項の記載があるから,そこに創作性を見出すことはできない。控訴人の上記主張は,いずれも,採用することができない。
キ 小括
 以上から,控訴人記述1は,被控訴人記述1と共通する部分に創作性が認められない。・・・
(25) まとめ
 その外,控訴人がるる主張するところも採用することはできない。
 以上のとおりであるから,被控訴人記述1,2,9,10,15,17,19,20,24,26,27~29,33~36,43~45及び47は,創作性がないから,「著作物」(著作権法2条1項1号)には該当せず,その翻案も認められない。
 したがって,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の翻案権侵害に基づく請求は,理由がない。」

【コメント】
 知財高裁の判決中で,明確に「ろ過テスト」と判示されたのは初めてではないでしょうか。
 ちなみに,ろ過テストとは何かと言うと,二段階テストと対比されるものです。
 この判決は知財高裁2部の判決なのですが,4部の現部長の高部さんの書かれた「実務詳説 著作権訴訟」(きんざい)の当該部分に依りますと,「①原告作品の著作物性を認定してから,被告作品に原告作品の創作的表現が複製又は本案されているかを順次判断する手法(2段階テスト)と,②原告作品と被告作品の同一性を有する部分を抽出し,それが思想又は感情の創作的な表現に当たるか否かという判断をする手法(濾過テスト)があった」とあります。

 つまり,二段階テストが,オーソドックスな手法であるのではありますが,二度手間の可能性があるのに対し,ろ過テストはある意味手っ取り早い手法と言えます。

 で,今回,このろ過テストを使って,盗作があると主張する歴史教科書の記述を判断していくことになるのですが,原告には厳しい結果です。

 該当箇所のそれぞれを分析的には検討しているとは言え,結局「ありふれたもの」で著作物ではない!と断定しています。
  こうなると,仮にデッドコピーでも,著作物ではないのですから,コピペし放題容認ということが言えます。勿論ありふれたものではなく,思想感情を創作的に表現したと認定される部分に同一性があれば,著作物侵害は認めてもらえるのだと思いますが,この分野(歴史教科書)については随分狭き門という感が致します。