2015年9月25日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成26(行ケ)10157 無効審判 無効審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年9月16日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 大 鷹 一 郎
裁判官 田 中 正 哉
裁判官 神 谷 厚 毅

「 イ 前記アによれば,本件明細書には,訂正発明1に関し,次のような開示があることが認められる。
(ア) 従来の表面実装型発光装置の成形体に遮光性樹脂として用いられる熱可塑性エンジニアリングポリマーは,耐熱性に優れるものの分子内に芳香族成分を有するため耐光性に乏しく,発光素子の高出力化に伴う成形体の光劣化が顕著となっており,また,分子末端に接着性を向上させる水酸基等を有しないため,リードフレーム及び透光性封止樹脂との密着が得られないという問題があった(段落【0003】,【0005】)。
(イ) 訂正発明1は,高寿命で量産性に優れた表面実装型発光装置を提供することを目的とするものであり(段落【0007】),上記課題を解決するための手段として,請求項1記載の構成を採用した。
 訂正発明1では,第1の樹脂成形体と第2の樹脂成形体を熱硬化性樹脂にすることにより両者の接着界面が強固になるため,光劣化が少なく,耐剥離性に優れ,経年変化の少ない表面実装型発光装置を得ることができ(段落【0030】),また,第1のリードの発光素子が載置されている領域の主面側と反対の裏面側は,発光素子からの熱を最短距離で外部に放熱できるように,第1の樹脂成形体から露出されているため,極めて効率よく放熱することができ(段落【0034】),さらには,第1の樹脂成形体は,複雑な形状の成形体を成形できるトランスファ・モールドにより成形されているため,凹部を持つ第1の樹脂成形体を容易に成形することができ(段落【0038】,【0050】),その際に,第1のリード及び第2のリードを所定の金型(上金型と下金型)で挟み込んでリードのばたつきを抑制するため,樹脂流動性が良好な熱硬化樹脂を用いても,バリの発生を抑制し,量産性を向上させることができる(段落【0035】,【0049】,【0051】,【0125】)という効果を奏する。・・・
(3) 相違点61の容易想到性の判断の誤り(取消事由1-1)について
 原告は,本件審決が,甲3-1発明において,相違点61に係る訂正発明1の構成とすることは,当業者が設計上適宜なし得る程度のことである旨判断したのは誤りである旨主張するので,以下において判断する。 ・・・
 (イ) 甲3には,甲3-1発明の「第2の樹脂部材」(訂正発明1の「第1の樹脂成形体」に相当)に関し,段落【0057】に「樹脂部3および8は,LEDチップ4から発せられた光を樹脂部3で効率良く反射するために,反射率が高い白色の樹脂から形成されている。また,製造時におけるリフロー工程を考慮して,樹脂部3および8は,耐熱性に優れた樹脂から形成されている。具体的には,上述の両方の条件を満たす液晶ポリマーまたはポリアミド系樹脂などが使用されている。なお,これ以外の樹脂およびセラミックなどについても,樹脂部3および8を形成する材料として使用することができる。」との記載があり,「第2の樹脂部材」(別紙2の図1記載の樹脂部3及び8)に熱可塑性樹脂である「液晶ポリマーまたはポリアミド系樹脂」が使用されていることが具体的に摘示され,「これ以外の樹脂」を使用することができることも記載されている。
 一方で,甲3には,「これ以外の樹脂」についての具体的な例示はなく,「これ以外の樹脂」に熱硬化性樹脂が含まれることを明示した記載はない。
 また,甲3には,「第2の樹脂部材」に酸化チタン顔料が含有されていることについての記載もない。・・・
(オ) 検討
a 前記(ア)及び(イ)によれば,本件出願当時,LEDチップ等の半導体発光素子からの光を傾斜面で反射して半導体発光装置の前面へ出射させるための反射部材の材料として,熱可塑性樹脂材料又は熱硬化性樹脂材料が通常使用される樹脂として認識されており,反射部材を熱硬化性樹脂材料で形成することは,周知技術であったものと認められる。
b 前記(ア)ないし(エ)によれば,本件出願当時,反射部材の反射率を向上させるために,反射部材にTiO2(酸化チタン)等の白色粉末を配合することは,周知技術であったものと認められる。
ウ 相違点61の容易想到性について
(ア) 半導体発光装置の設計に当たっては,反射部材と発光素子の封止部材との結合強度,光透過性,屈折率,温度安定性,機械的強度等が所望の性能となるように調整するため,反射部材と封止部材との部材相互間の接着性,反射部材の反射率等は当然に考慮すべき事項であるといえる。
 そして,前記アによれば,甲3には,「第2の樹脂部材」(別紙2の図1記載の樹脂部3及び8)に使用することができる「これ以外の樹脂」についての具体的な例示はないが,段落【0057】には,「第2の樹脂部材」は,「LEDチップ4から発せられた光を樹脂部3で効率良く反射するために,反射率が高い白色の樹脂から形成されている」こと,「製造時におけるリフロー工程を考慮して…耐熱性に優れた樹脂から形成されている」ことの両方の条件を満たす必要があることが記載されている。
(イ) 前記イ(オ)a認定のとおり,本件出願当時,熱可塑性樹脂材料又は熱硬化性樹脂材料が反射部材において通常使用される樹脂として認識されており,反射部材を熱硬化性樹脂材料で形成することは,周知技術であったものと認められる。
 また,①甲15(「化学大事典」1989年10月20日発行)に「熱硬化性樹脂は一般に三次元構造をとるので,耐熱性,…接着性…が高いので塗料,接着剤として使用されることが多い。」(1719頁)との記載があること,②甲16(「新エポキシ樹脂」昭和60年5月10日発行)に「エポキシ樹脂硬化物の物性や接着性が他の樹脂より優れている」(246頁)との記載があること,③甲27(特開平10-163519号公報)に「【0006】エポキシ樹脂は成形時の流動性及び硬化後の第1のリードフレーム11及び第2のリードフレーム12との密着性に優れているため広く用いられている。…」との記載があることからすると,本件出願当時,エポキシ樹脂等の熱硬化性樹脂が耐熱性及び接着性・密着性に優れていることは,技術常識であったことが認められる。
(ウ) 前記イ(オ)b認定のとおり,本件出願当時,反射部材の反射率を向上させるために,反射部材にTiO2(酸化チタン)等の白色粉末を配合することは,周知技術であったものと認められる。
(エ) 前記(ア)ないし(ウ)を総合すると,甲3に接した当業者には,甲3-1発明の半導体発光装置において,反射部材である「第2の樹脂部材」と封止部材である「第1の樹脂部材」との結合強度を高めるとともに,「第2の樹脂部材」の反射率を向上させるために,本件出願当時,反射部材に使用されることが周知であり,かつ,耐熱性及び接着性・密着性に優れている熱硬化性樹脂を「第2の樹脂部材」として採用し,これにTiO2(酸化チタン)の白色粉末を配合することの動機付けがあるものと認められるから,当業者は,甲3-1発明において,相違点61に係る訂正発明1の構成とすることを容易に想到することができたものと認められる。」

【コメント】
 本件では,進歩性が問題となりました。
 相違点は,以下のとおりですが, 相違点51(本来,1は下付き文字なのですが,表現できないためこのようになっております。)は,原告が争っていないため,相違点61以降が争われています。
 また,上記の判示は,相違点61のみの部分ですが,相違点71も相違点81も,似たような判示のため,省略しました。
 さて,訂正発明1は,以下のとおりです。

 【請求項1】
 発光素子と,発光素子を載置するための第1のリードと発光素子と電気的に接続される第2のリードとを一体成形してなる第1の樹脂成形体と,発光素子を被覆する第2の樹脂成形体と,を有する表面実装型発光装置であって,
 発光素子は,発光波長が420nm以上490nm以下にあり,
 第1の樹脂成形体は,酸化チタン顔料が含有されており,第1の樹脂成形体は,底面と側面とを持つ凹部が形成されており,第1の樹脂成形体の凹部の底面から第1のリードが露出されており,その露出部分に発光素子が載置されており,
 第1のリードの発光素子が載置されている領域の主面側と反対の裏面側は,発光素子からの熱を最短距離で外部に放熱できるように,第1の樹脂成形体から露出されており,
 第1の樹脂成形体と第2の樹脂成形体とは熱硬化性樹脂であり,
 第1の樹脂成形体は,トランスファ・モールドにより成形されていることを
特徴とする表面実装型発光装置。


 他方,引用発明(甲3-1発明)との一致点・相違点は以下のとおりです。
(一致点)
「発光素子と,発光素子を載置するための第1のリードと発光素子と電気的に接続される第2のリードとを一体成形してなる第1の樹脂成形体と,発光素子を被覆する第2の樹脂成形体と,を有する表面実装型発光装置であって,
 第1の樹脂成形体は,底面と側面とを持つ凹部が形成されており,第1の樹脂成形体の凹部の底面から第1のリードが露出されており,その露出部分に発光素子が載置されており,
 発光素子が載置されている主面側と反対の第1のリードの裏面側は,第1の樹脂成形体から露出されている表面実装型発光装置」である点。

(相違点51)
 発光素子の発光波長が,訂正発明1では,「420nm以上490nm以下」にあるのに対して,甲3-1発明では,発光波長は特定されない点。
(相違点61)
 訂正発明1では,第1の樹脂成形体と第2の樹脂成形体とは熱硬化性樹脂であり,第1の樹脂成形体は,酸化チタン顔料が含有されているのに対して,甲3-1発明では,第2の樹脂部材(第1の樹脂成形体)は,反射率が高い白色の樹脂から形成され,第1の樹脂部材(第2の樹脂成形体)は,エポキシ樹脂である点。
(相違点71)
 第1の樹脂成形体が,訂正発明1では,「トランスファ・モールドにより成形されている」のに対して,甲3-1発明では,成形方法は特定されない点。
(相違点81)
 第1のリードの裏面側の露出について,訂正発明1では,「第1のリードの発光素子が載置されている領域の主面側と反対の裏面側は,発光素子からの熱を最短距離で外部に放熱できるように,第1の樹脂成形体から露出されており」と特定されるのに対して,甲3-1発明では,そのように特定されない点。 

 こう眺めるだけでも,相違点の数はあるものの,どれも微差のように感じられます。

 相違点61は熱硬化性樹脂に酸化チタンを配合した点,相違点71はトランスファーモールドにした点,相違点81は熱放出の点です。どれもこれもよくある手です。
 
 そもそも発光素子のモールドの場合,光を反射させる樹脂と素子を固定させ光を透過させる樹脂という二通りの樹脂等を用いるのが定番だったようです。
 そうすると,それ以外のところで何か画期的な工夫があれば兎も角も,発明当時似た技術分野でよく使われていた技術の転用ではなかなか進歩性をクリアするのは難しいのだと思います。
 
 ちなみに,今回の引例である甲3は,無効審判になってから請求人が新しく探してきたもののようですので,そのような近い技術が見つかった時点でアウト!だったのでしょう。