2015年9月5日土曜日

審決取消訴訟 特許 平成26(行ケ)10201 無効審判 不成立審決 請求棄却

事件番号
事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 平成27年9月3日
裁判所名
 知的財産高等裁判所 第4部
裁判長裁判官 高 部 眞 規 子
裁判官 田 中 芳 樹
裁判官 柵 木 澄 子

「取消事由1(訂正要件違反の看過)について 
(1) 本件訂正1及び17は,それぞれ本件訂正前の特許請求の範囲請求項1及
び7に記載された「亜鉛または亜鉛系合金のめっき層」を,「亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」と訂正するものであり,その訂正は,本件訂正前の特許請求の範囲請求項1及び7に含まれていた純亜鉛のめっき層を除外し,更に亜鉛系合金のめっき層について,亜鉛系合金に含まれる元素を特定することにより,特許請求の範囲を減縮するものであるから,特許法134条の2第1項ただし書1号に規定する特許請求の範囲の減縮を目的とするものである。
(2) そして,本件訂正1及び17が,願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内の訂正か否かを検討するに,本件訂正1及び17に係るめっき層について,①「亜鉛-ニッケル合金めっき層」は,本件明細書(甲9)の【0038】及び【表5】のNo.2に,②「亜鉛-コバルト合金めっき層」は,本件明細書の【0038】及び【表5】のNo.3に,③「亜鉛-クロム合金めっき層」は,本件明細書の【0038】に,④「亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層」は,本件明細書の【0038】及び【表5】のNo.8のめっき主成分「Zn,Al,Mg」として,⑤「スズ-亜鉛合金めっき層」は,本件明細書の【0038】に,⑥「亜鉛-マンガン合金めっき層」は,本件明細書の【0038】に,それぞれ記載されていることが認められる。
 そうすると,本件訂正1及び17に係るめっき層は,いずれも本件明細書に記載されたものであって,これを本件訂正後の請求項1及び7にそれぞれ選択的に記載した本件訂正後の特許請求の範囲請求項1及び7は,願書に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面に記載した事項の範囲内のものであるから,本件訂正1及び17は,特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項に適合するものである。」
「取消事由2(明確性要件,サポート要件又は実施可能要件の判断の誤り)について
(1) 明確性要件について
 原告は,本件訂正発明の「熱間プレス用鋼板」は,言葉の普通の意味に基づけば,常温において取引される鋼板であると解されるところ,「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は,「熱間プレス用鋼板」が備えるべき構成要件であるから,遅くとも熱間プレスのための加熱が始まる前に存在することが必要であるが,本件訂正明細書には,「亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」の形成時期を明らかにする記載がなく,また,本件明細書の【0018】,【0042】,【0043】,【0064】の記載を考慮しても,「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた」という構成要件が熱間プレスのための加熱前に充足されていなくてもよいという解釈を一義的に導き出すことができず,本件訂正発明の特許請求の範囲の記載は明確性要件に反する旨主張する。
 本件訂正明細書の【0018】には,酸化皮膜は熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されることが必要で,その後熱間プレス加工のための700~1000℃の加熱によっても形成が進むと推測されることが記載され,【0042】,【0043】には,酸化皮膜は,熱間プレス加工のため700~1000℃に加熱する前に,予め形成されている場合と形成されていない場合があることを前提として,熱間プレスのための加熱方法には,予め酸化皮膜が形成されている材料の場合には,酸化皮膜の維持に悪影響がない限り特に制限がないことが記載され,さらに【0064】,【表5】には,実施例No.2,3として,電気めっきを施した後,熱間プレスに先立つ加熱を大気炉で850℃,3分間行ったものについて均一な酸化皮膜が形成されたことが記載されているところ,電気めっきにおいてはめっき層は加熱されないことから,上記実施例はいずれも熱間プレスに先立つ加熱前に予め酸化皮膜が形成されていない場合であって,この場合の酸化皮膜は,熱間プレスのための加熱(大気炉で850℃,3分間)により形成されたものと理解することができる。
 そうすると,本件訂正発明の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は,熱間プレスの加熱前に,予め形成されている場合,ある程度形成されていてその後熱間プレスの加熱時に形成が進む場合,予め形成されていないが熱間プレスの加熱により形成される場合のいずれでもよいことから,その形成時期は熱間プレスの直前までであればよいと解するのが相当である。したがって,本件訂正後の特許請求の範囲請求項1及びこれを引用する請求項2ないし6並びに請求項7の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」の形成時期は,本件訂正明細書の発明の詳細な説明を参照すれば,明確というべきである。そして,本件訂正発明の特許請求の範囲及び発明の詳細な説明に,本件訂正発明の「熱間プレス用鋼板」及び「熱間プレス用鋼材」を,常温において取引される鋼板及び鋼材とする限定は何ら付されていないから,「熱間プレス用鋼板」及び「熱間プレス用鋼材」が備えるべき「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が,遅くとも熱間プレスのための加熱が始まる前に存在することが必要であるとすることもできない。
 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。

(2) サポート要件について
特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
 そこで,特許請求の範囲の記載と本件訂正明細書の発明の詳細な説明の記載とを対比するに,本件訂正発明の特許請求の範囲の記載は前記第2の2(2)のとおりである。そして,本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,前記1(1)のとおり,本件訂正発明は,耐食性確保のための後処理を必要とせずに,難プレス成形材料である高張力鋼板の熱間プレス成形を可能とし,同時に耐食性をも確保できる技術を提供することを目的とし(【0014】,【0015】),かかる課題を解決する手段として,亜鉛系めっき鋼板を酸化性雰囲気下で加熱してめっき層表面に亜鉛の酸化皮膜を形成することで,これが下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として作用し,同時にめっき層は合金化が進み,それにより高融点化してめっき層表面からの亜鉛の蒸発を防止し,鋼板の鉄酸化物形成を抑制するため,加熱後に熱間プレスを行うことができ,このようにして加熱されためっき層は熱間プレス成形後において母材である鋼板との密着性が良好であり,しかも,プレス成形後は亜鉛系めっき皮膜を備えていることから,それ自体既に優れた耐食性を備え,後処理としての防錆処理を必要としないという作用効果が得られるものであり(【0016】~【0020】,【0028】),発明の実施の形態として,素地鋼材の組成等(【0029】,【0030】,【0034】),亜鉛系めっき層のめっき操作方法,亜鉛合金めっきの種類,めっき付着量及び亜鉛系めっき層の組成等(【0035】~【0040】),鋼板の加熱方法及び加熱条件並びに熱間プレスの方法等(【0042】~【0045】,【0047】,【0048】)が記載され,さらに,成形後のめっき層の密着状態の判定方法,塗膜密着性及び塗装後耐食性の評価方法(【0050】~【0055】)が記載された上で,参考例1ないし3については,加熱後外観において均一な酸化皮膜が形成され,成形性,塗膜密着性,耐食性ともに評価基準を満たすこと(【0056】~【0063】,【0066】)が記載され,実施例として,「亜鉛-ニッケルめっき」及び「亜鉛-コバルトめっき」については電気めっき後に,「亜鉛-アルミめっき」については溶融めっき後に,いずれも熱間プレスに先立つ加熱を大気炉で850℃,3分間行ったところ,加熱後外観において均一な酸化皮膜が形成され,成型性,塗膜密着性,耐食性ともに評価基準を満たすこと(【0064】~【0066】),これに対して,比較例として,亜鉛系めっきを付着させないCr-Mo鋼,冷延鋼板及びステンレス鋼については,いずれも均一な酸化皮膜が形成されず,鋼板に酸化物が形成され,黒色化して酸化物が剥離しプレス成形時に押し込み疵が生じ,塗膜密着性,耐食性も評価基準を満たさなかったこと(【0056】,【0057】)が記載されている。
 以上のように,本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,本件訂正発明において,亜鉛系めっき鋼板の表面に酸化皮膜が形成されることにより,鋼板の酸化が防止され,成形性,塗膜密着性,耐食性に優れた熱間プレス鋼板となることが記載されており,また,亜鉛系めっき鋼板の表面に酸化皮膜が形成されることによって,皮膜の下のめっき層の亜鉛の蒸発が防止されることも,当業者であれば理解できる事項である。したがって,本件訂正明細書には,鋼板の亜鉛系めっきの表層に酸化皮膜が形成されることよって,本件訂正発明の上記課題が解決されることが記載されているから,本件訂正発明の特許請求の範囲は,本件訂正明細書の記載により,当業者が本件訂正発明の上記課題を解決できると認識できる範囲のものということができ,サポート要件を充足するというべきである。」
「(3) 実施可能要件について
ア 前記(2)アのとおり,本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,発明の実施の形態として,素地鋼材の組成等(【0029】,【0030】,【0034】),亜鉛系めっき層のめっき操作方法,亜鉛合金めっきの種類,めっき付着量及び亜鉛系めっき層の組成等(【0035】~【0040】),鋼板の加熱方法及び加熱条件並びに熱間プレスの方法等(【0042】~【0045】,【0047】,【0048】)が記載され,さらに,成形後のめっき層の密着状態の判定方法,塗膜密着性及び塗装後耐食性の評価方法(【0050】~【0055】)が記載された上で,参考例1ないし3については,加熱後外観において均一な酸化皮膜が形成され,成形性,塗膜密着性,耐食性ともに評価基準を満たすこと(【0056】~【0063】,【0066】)が,実施例として,「亜鉛-ニッケルめっき」及び「亜鉛-コバルトめっき」については電気めっき後に,「亜鉛-アルミめっき」については溶融めっき後に,いずれも熱間プレスに先立つ加熱を大気炉で850℃,3分間行ったところ,加熱後外観において均一な酸化皮膜が形成され,成型性,塗膜密着性,耐食性ともに評価基準を満たすこと(【0064】~【0066】)が,これに対して,比較例として,亜鉛系めっきを付着させないCr-Mo鋼,冷延鋼板及びステンレス鋼については,いずれも均一な酸化皮膜が形成されず,鋼板に酸化物が形成され,黒色化して酸化物が剥離し,プレス成形時に押し込み疵が生じ,塗膜密着性,耐食性も評価基準を満たさなかったこと(【0056】,【0057】)が,それぞれ記載されている。
 そうすると,当業者であれば,かかる本件訂正明細書の記載及び本件特許の出願日当時の技術常識に基づいて,本件訂正発明を実施することが可能であったというべきである。」

「取消事由3(本件訂正発明と先願発明の同一性判断の誤り)について
・・・
イ 本件訂正発明1と先願発明’との一致点及び相違点
そうすると,本件訂正発明1と先願発明’の一致点及び相違点は,以下のとおりであると認められる。なお,一致点については,当事者間に争いがない。
(ア) 一致点
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛を含むめっき層を鋼板表面に有する950℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス鋼板
(イ) 相違点
「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えためっき層」に関し,本件訂正発明1では,「亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」であるのに対し,先願発明’では,「亜鉛又は亜鉛-アルミニウム被膜」である点(以下「相違点A’」という。)。
ウ 相違点A’について
本件訂正発明1における亜鉛合金皮膜は,「亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」である。これに対して,先願発明’の「亜鉛又は亜鉛-アルミニウム被膜」を形成する合金めっき層としては,先願明細書の【請求項3】,【0007】,【0014】に「亜鉛又は亜鉛ベース合金」として,亜鉛をベースとして含む合金一般を広く意味する記載があるが,先願明細書において,「亜鉛ベース合金」として具体的に亜鉛以外の組成を含む合金として開示されているのは,「亜鉛-鉄」,「亜鉛-アルミニウム」及び「亜鉛-鉄-アルミニウム」の3種類であって,本件訂正発明1記載の上記合金に係る記載はない。
 ところで,合金は,その構成(成分及び組成範囲等)から,どのような特性を有するか予測することは困難であり,また,ある成分の含有量を増減したり,その他の成分を更に添加したりすると,その特性が大きく変わるものであって,合金の成分及び組成範囲が異なれば,同じ製造方法により製造したとしても,その特性は異なることが通常である(弁論の全趣旨)。そうすると,先願明細書には,本件訂正発明1において特定されている上記のめっき合金が具体的に開示されていない以上,先願明細書に,先願発明’の「亜鉛又は亜鉛-アルミニウム被膜」を形成する合金として,本件訂正発明1において特定されている上記のめっき合金が記載されてい又は記載されているに等しいということはできない。
 したがって,相違点A’は,実質的な相違点であって,先願明細書に開示された発明は本件訂正発明1と同一ではないとした本件審決の判断に誤りはない。」

【コメント】
 訂正要件の判断に,特段の規範の判示はありません。通常,大合議の除くクレーム事件の規範を持ってくることも多いのですが,そこまでする必要はないと判断したのでしょうか。

 明確性要件も特段の規範は示されておりません。しかも,ここは原告の主張を否定するだけで,済ませている感があります。しかし,明確性要件も記載要件ですので,特許権者(被告)に主張・立証責任があると思われます。 そのような観点からすると,多少の疑問があります。

 サポート要件の規範は,例のパラメータ事件の大合議判決そのままです。長らく生き残ってます。結構使いやすいからですかね。

 実施可能要件の判断も特段の規範は示されておりません。あてはめ?だけのような判示です。

 で,もっとも注目すべきは29条の2のところです。実質同一かどうかを判断しているのですが,合金の特性について,「弁論の全趣旨」という荒業を使っております。
 弁論の全趣旨とは,民事訴訟法の247条に出ているのですが,要するに,具体的な証拠には載っていないけど,エイヤーで認定できるものです。もっと明白なものは,「顕著な事実」(民訴法179条)になるのですが,そこまではいかないのでしょう。

 さて,今回の弁論の全趣旨は,合金の分野だとさもありなんと思われる事柄です。ということは,具体的な記載がない限り実質同一などではないという判断そのものは妥当だと思います。とは言え,釈明権を行使しても良かったのではないかなとも思えます。