2019年6月3日月曜日

侵害訴訟 特許 平成31(ネ)10006  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日
 令和元年5月29日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部                          
裁判長裁判官          鶴      岡      稔      彦                                  
裁判官             上      田      卓      哉                                  
裁判官             山      門              優

「 2  争点1(被告方法は本件発明の技術的範囲に属するか)について
⑴  「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」の意義について
ア(ア)  本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本件発明の「プロカルシトニン3-116」は,「患者の血清中」から「測定」されるものであり,測定結果が「敗血症及び敗血症様全身性感染」の「検出」のために用いられることを理解できる。
 そして,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「プロカルシトニン3-116を測定すること」の意義について規定する記載はないが,「測定」とは,一般的に,「長さ,重さ,速さなど種々の量を器具や装置を用いてはかること」(大辞林(第3版))との意味を有する。
したがって,特許請求の範囲の記載によれば,本件発明の「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは,患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味するものと解される。
(イ)  また,本件明細書の発明の詳細な説明には,従来技術として,患者の血清中のプロカルシトニンの測定が,敗血症の検出にとって有益な診断手段であることが知られていたこと,「本発明」の開始点は,敗血症等の患者の血清中に比較的高濃度で検出可能なプロカルシトニンが,プロカルシトニン1-116ではなく,プロカルシトニン3-116であるという発見であり,そこから新規な診断及び治療方法,そこで使用可能な物質等を導き出したことの開示がある(前記1⑴イ)。一方,本件明細書の発明の詳細な説明には,「プロカルシトニン3-116を測定すること」の意義について明示した記載はない。
      そして,このような本件明細書の記載に照らしても,本件発明の「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは,患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味し,その測定結果が敗血症等の検出に用いられることを理解できる。
(ウ)  以上の特許請求の範囲及び本件明細書の記載事項を総合すると,「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは,患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味するものと解される。
イ  これに対し控訴人は,構成要件Aの「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは,敗血症患者の血清中でプロカルシトニン3-116を敗血症の検出に必要な精度で測定することをいうと解すべきであり,プロカルシトニン1-116と区別してプロカルシトニン3-116を測定することを必須とするものではない旨主張し,その根拠として,①本件明細書の記載事項(【0002】~【0008】等)から,患者の血清中でプロカルシトニン1-116等とプロカルシトニン3-116を区別することなくプロカルシトニン一般を測定したとしても,敗血症等の検出に必要な精度でプロカルシトニン3-116を測定できることが当業者に明らかであること,②本件明細書には,本件特許に係る「敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法」の具体例として,血中から検出されるプロカルシトニンの濃度を一般的なイムノアッセイにより測定することが記載されているが(【0062】,表3),通常のイムノアッセイでは,プロカルシトニン1-116と区別してプロカルシトニン3-116を測定することは不可能であることを挙げる。
 しかしながら,「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは,患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味するものと認められることについては,前記アのとおりである。
 上記①の点については,患者の血清中のプロカルシトニン3-116をプロカルシトニン1-116等と区別することなく測定することとは,患者の血清中のプロカルシトニンを測定することと同義であるところ,本件明細書には,患者の血清中のプロカルシトニン濃度を測定することにより敗血症等を検出する技術は,本件出願の優先日前に従来技術として存在したものであり,「本発明」は,かかる従来技術に対して新規のものである旨が記載されていること(前記1⑵イ,ウ)からすると,かかる従来技術が本件発明に係る方法に含まれると解することはできない。
 なお,本件明細書には,敗血症等の患者の血清中に含まれるプロカルシトニンの大部分がプロカルシトニン3-116であることを発見した旨の記載があるが(【0009】,【0010】),たとえそのような関係があるとしても,プロカルシトニン3-116を測定することと,プロカルシトニン一般を測定することとが同義とはいえないことは明らかである。更に付け加えれば,敗血症等の患者の血清中に含まれるプロカルシトニンの大部分はプロカルシトニン3-116であるとの知見が存在するとしても,敗血症等であるかどうかが明らかではない(だからこそ,その診断を要する)患者については,その血清中のプロカルシトニンの大部分がプロカルシトニン3-116であるかどうかは明らかではないはずである。したがって,敗血症等であるかどうかの診断に当たり,検出されたプロカルシトニン一般の大部分がプロカルシトニン3-116であるとの前提に立つことはできないというべきであるから,上記知見の存在は,前記アの判断を左右するものではない。
 また,上記②の点については,本件明細書には,正常者及び敗血症患者の血清中のプロカルシトニン濃度を測定した旨が記載されているところ(【0062】),【0062】に明示の記載はないが,上記測定は,【0023】と同様に,市販のプロカルシトニンアッセイを用いて行われたものと理解することができる。 
 しかしながら,本件明細書には,かかる測定は,これと同時に行われたこれらの者の血清中のプロホルモン濃度の測定結果と対比することにより,正常者と敗血症患者の間の濃度の差異がプロカルシトニンにおいて際立っていることを示すものである旨の記載があることからすると(【0059】,【0062】,【0063】,表3),上記測定が,本件特許に係る「敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法」の具体例として記載されたものであるとは認められない。したがって,上記②の主張は,その前提を誤るものである。
 以上によれば,控訴人の上記主張を採用することはできない。
⑵  被告方法について
 前記前提事実のとおり,被告装置及び被告キットを使用すると,患者の検体中において,プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116とを区別することなく,いずれをも含み得るプロカルシトニンの濃度を測定することができ,その測定結果に基づき敗血症の鑑別診断等が行われていると認められるものの,本件全証拠によっても,被告装置及び被告キットを使用して敗血症等を検出する過程で,プロカルシトニン3-116の量が明らかにされているとは認められない。
 したがって,その余の点について判断するまでもなく,被告方法は,構成要件Aを充足するものとはいえない。
⑶  小括
 以上によれば,被告方法は,本件発明の技術的範囲に属するものとは認められない。 」

【コメント】
 記念すべき令和が載った初の判決の紹介です。
 さて,本件は,発明の名称を「敗血症及び敗血症様全身性感染の検出のための方法及び物質」とする特許(特許第5215250号)の特許権者である控訴人(原告)と,被控訴人である被告との間の特許権侵害訴訟の事案です。
 一審(東京地方裁判所平成29年(ワ)第28884号)では,被告方法が技術的範囲に入らないとして,請求棄却になりました。 

 で,この二審でも同様の結論です。

 そう書くと特段面白い所もないのですけど,追い詰められた原告がよく主張する典型的パターンだったので,これを紹介する次第です。

 まずは,クレームからです。
患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定することを含む,敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法」  

 私,この辺の技術に対して土地勘が全くありませんので,中身については??です。 
 しかし,上記のとおり,よくあるパターンですので,技術の中身が分からなくても十分論点は分かります。

 この問題となるプロカルシトニンは本来116個のアミノ酸からなるもののようで,「116のアミノ酸を含む完全なプロカルシトニン1-116ではなく,そのアミノ末端がジペプチド分短くなっているが他は同一であり,114のアミノ酸のみのアミノ酸配列を有するプロカルシトニン(プロカルシトニン3-116)であるという驚くべき発見である。
 つまり,原則的なプロカルシトニンが,1-116であり,今回例外的で派生的な3-116をマーカーに使うということが画期的で,それが登録につながったということです。


 他方,被告方法は,「プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116とを区別することなく,いずれをも含み得るプロカルシトニンの濃度を測定する」というものです。
 だとすると,原告が広く解釈したくなるのは当然としても, そうすると,従来技術と差がつかなくなってしまうのですね(新規性がなくなってしまう。)。

 じゃあ狭く解釈しようとすると,構成要件該当性は無くなってしまい,こっちはこっちでダメ!というパターンです。

 原告からすると,こんなにソックリなのにどうして??と思うかもしれませんが,そんな二枚舌が許されるわけないでしょ!って所です。
  プロカルシトニン3-116の測定で特許が取れたのだから,権利範囲もそこだけ!ってやつです。

 勿論,原告の気持ちは分かりますが,この広く解釈すると無効になり,狭く解釈すると構成要件該当性が無くなるというのは,特許の権利行使で昔からよくあるパターンですので,このパターンになったら諦めるしかないと思います。
 あ,勿論,原告が,弁護士だけ儲けさせてもいいんだという弁護士博愛の心の持ち主だというのであれば,外野がヤーヤー言うことでありません。

【追伸】
 同じ原告で同じ特許による,他の会社に対する特許権侵害訴訟の判決が出ております。
 今回の会社のものも,上記と同様,1-116と3-116を区別しないものだったので,当然,同様に構成要件充足性なしで請求棄却になっております。

 東京地裁平成30(ワ)16555号(令和元年10月29日判決

 ということで,上記のとおり,この原告は弁護士博愛の持ち主のようですね。