2019年6月25日火曜日

侵害訴訟 特許  平成29(ワ)9201  大阪地裁 請求一部認容


事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 令和元年6月20日
裁判所名
 大阪地方裁判所第26民事部          
裁判長裁判官   杉          浦          正          樹                      
裁判官         野          上          誠          一                          
裁判官         大          門          宏      一      郎 
 
明確性について
「3  争点2-1(明確性要件違反の有無)について
(1)  特許法36条6項2号の趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合に,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となることにより生じ得る第三者の不測の不利益を防止することにある。そこで,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断すべきものと解される。
(2)  「発泡性」について  
ア  証拠(甲37)及び弁論の全趣旨によれば,泡には,形態的に区別される気泡と泡沫とがあり,気泡は,気体が液体又は固体に包まれた状態を指し,ただ1つの界面を有するのに対し,泡沫は,気泡が多数集まって薄膜を隔てて密接に存在し,2つの界面を有するものであることは,親出願の出願日当時における当業者の技術常識であったと認められる。 
 他方,本件明細書には,本件各発明に係る「泡」に関し,「本明細書で用いられる「泡」は,混合されて,可変長の時間持続する構造を有する小さい気泡のマスを形成する液体及び気体を意味する。」(【0036】),「気泡は,液体のフィルムで取り囲まれた気体のセルである。」(【0037】)との定義が記載されている。また,本件各発明の発泡性組成物の作用効果に関しては,本件各発明の組成物  は,発泡性であるために,適用された部分に留まることができる(【0015】)とともに,表面上に容易に広がる泡として分配できる(【0018】)ものであること,空気と混合されるときに安定な泡を与え,この泡は,個人的洗浄用又は消毒目的のために使用でき,例えばユーザーが両手をこすったとき又は表面上に塗布されたときに壊れること(【0041】),消毒に適する組成物が40%v/vより多量のアルコールを含有するようにされており,かつ,低圧容器及びエアゾール包装容器の両者から化粧品として魅力的な泡として分配され得ることが本発明の重要かつ驚くべき成果であること(【0044】)も,それぞれ記載されている。
 これらの記載に鑑みると,本件各発明における「泡」との語は,親出願の出願日当時における当業者の技術常識である上記意義と異なるものでないことは明らかである。
 そうである以上,「発泡性」なる文言との関係において,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。すなわち,当該文言との関係において,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載に明確性要件違反はない。
 ・・・
(3) 「低い圧力で空気と混合されるときに発泡性」について
ア  本件明細書【0040】において,「低い圧力」は,「無加圧容器から泡を分配するときのような大気圧付近又はそれ以下の圧力」と定義され,また,「典型的には,泡がエアゾール容器から分配されるとき,この泡は高い「圧力」条件下で 分配されると考えられる」とも記載されている。ここで,本件明細書における「エアゾール」とは,分配のために製品を強制的に追い出すために加圧気体が用いられる包装及び送出システム,並びに送出された製品を意味するものとされている(【0038】)。また,本件各発明は,無加圧容器から低圧条件下で,又はエアゾール包装システムにより,泡として分配することのできる,シリコーン・ベース の界面活性剤を高い低級アルコール(C 1-4)含有量と共に含む発泡性アルコール組成物を提供する発明であることが記載されている(【0041】)。
 このような本件明細書の記載に鑑みると,本件各発明における「低い圧力」との語は,エアゾール容器のような加圧容器を用いない程度の圧力を意味するものであることは明らかである。このことと,上記「泡」ないし「発泡性」の意味を併せ考えると,「低い圧力で空気と混合されるときに発泡性」との語は,加圧容器を用いない程度の圧力で発泡性アルコール組成物と空気を混合したときに,泡沫を生成することを意味することもまた,本件明細書の記載から明らかである。
 したがって,「低い圧力で空気と混合されるときに発泡性」との文言との関係において,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。すなわち,当該文言との関係において,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載に明確性要件違反はない。 」

損害額について
「イ  実施料率について
(ア) 特許法102条3項は,「特許権者…は,故意又は過失により自己の特許権…を侵害した者に対し,その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を,自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。」旨規定する。そうすると,同項による損害は,原則として,侵害品の売上高を基準とし,そこに,実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。
 ここで,特許法102条3項については,「その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」では侵害のし得になってしまうとして,平成10年法律第51号による改正により「通常」の部分が削除された経緯がある。また,特許発明の実施許諾契約においては,技術的範囲への属否や当該特許の効力が明らか ではない段階で,被許諾者が最低保証額を支払い,当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなど,様々な契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で,事前に実施料率が決定される。これに対し,特許権侵害訴訟で特許権侵害に当たるとされた場合,侵害者は,上記のような契約上の制約を負わない。これらの事情に照らせば,同項に基づく損害の算定に当たっ て用いる実施に対し受けるべき料率は,必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく,むしろ,通常の実施料率に比べておのずと高額になるであろうことを考慮すべきである
 したがって,特許法102条3項による損害を算定する基礎となる実施に対し受けるべき料率は,①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や,それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ,②当該特 5 許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性,他のものによる代替可能性,③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様,④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。・・・ 」

【コメント】
 発明の名称 を「シリコーン・ベースの界面活性剤を含むアルコール含有量の高い発泡性組成物」とする特許( 第5891575号 )を持つ原告と,被告との間の特許権侵害訴訟の事件です。
 
 まずは,クレームからです。
1A  発泡性アルコール組成物であって,低い圧力で空気と混合されるときに発泡性であり,下記の成分; 
    1B  a)全組成物の少なくとも40%v/vの量で存在する,C 1-4 アルコール又はその混合物;
    1C  b)全組成物の0.01重量%~10.0重量%の量で存在する,発泡のための,シリコーン骨格を含有する親油性鎖を含む生理的に許容されるシリコーン・ベースの界面活性剤を含む発泡剤であって,bis-PEG-[10-20]ジメチコーン,又はbis-PEG-[10-20]ジメチコーンの混合物であり,組成物を空気と混合するディスペンサーポンプを有する無加圧ディスペンサーから分配されるときに,該発泡性アルコール組成物が空気と混合されて泡が形成される発泡剤;及び
    1D  c)全組成物を100重量%とする量で存在する水を含む 
 1A  発泡性アルコール組成物。

 ただし,構成要件該当性にはあまり争いがないようです。というのは,侵害訴訟よりも先に無効審判の請求があったようで(無効2016-800067。つまり請求されたのは平成28年。),これは不成立審決で,審決取消訴訟でも覆らなかったからなのです(平29行ケ10113。このまま確定。)
 
 ということで,構成要件該当性よりも重要なのは,本件では無効の抗弁として,記載要件不備,特に明確性が問題になったということだと思います。
 
 なので,下線のとおり,低い圧力ってどのくらいの圧力なんだ?,発泡性ってどういう意味だ?など,比較の対象がないと本来意味不明な言葉や,多義的な言葉があるため,被告が突っかかるのはやむを得ないところです。
 
 しかし,上記判旨のとおり,常識で考えましょうよ,屁理屈こねずに,という感じで,裁判所は軽くいなしております。
 
 なお,明確性の規範は,知財高裁1部から広まったよくあるパターンのやつですね(ここでも紹介したものです。)。 

 あと,大きな論点ではないのですが,102条3項の所は注目です。
 何と,わずか二週間足らず前に公になった大合議判決にモロ準拠しています。
 すごく早いです。

 恐らく,大合議判決後書き直したのだと思います。この部分といい,明確性の所といい,今回の大阪地裁の判決は知財高裁踏襲~と言っていいのではないでしょうか。
 
 普段,大阪地裁の判決は独自の理論で展開することが多く,ここで紹介しても誰の得にもならないと思えることもあるため,積極的に紹介しておりませんでした。多分このブログでの判決紹介も200件くらいにはなっていると思うのですが,大阪地裁のやつは10件程度だと思います。
 しかし,今回は,比較的まともというか,知財高裁に行っても大丈夫なロジックだと思いますので,紹介致しました。