2020年2月14日金曜日

審決取消訴訟 特許 平成30(行ケ)10157 知財高裁 無効審判 不成立審決 請求認容

事件名
 審決取消請求事件
裁判年月日
 令和2年1月30日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部                          
裁判長裁判官                 鶴      岡      稔      彦                                  
裁判官             上      田      卓      哉                                  
裁判官             山      門              優 
 
「 イ  本件発明1の特許性について
  特許に係る発明が,先行の公知文献に記載された発明にその下位概念として包含されるときは,当該発明は,先行の公知となった文献に具体的に開示されておらず,かつ,先行の公知文献に記載された発明と比較して顕著な特有の効果,すなわち先行の公知文献に記載された発明によって奏される効果とは異質の効果,又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合を除き,特許性を有しないものと解するのが相当である
 したがって,本件発明1は,甲1に具体的に開示されておらず,かつ,甲1に記載された発明すなわち甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏する場合を除き,特許性を有しないところ,甲1には,本件発明1に該当する態様が具体的に開示されていることは認められない。
 そこで,本件発明1が甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏するものであるかについて,以下検討する。
(ア)  本件発明1の効果  
・・・
(イ)  甲1発明Aの効果 
・・・
(ウ)  効果の特別顕著性について
  前記(イ)のとおり,甲1発明Aは,①広い温度範囲において析出することがない,②高速応答に対応した低い粘度である,③表示不良を生じない,という効果を同時に奏する液晶組成物であることから,本件発明1と甲1発明Aは,上記三つの特性を備えた液晶組成物であるという点において,共通するものである。 
 そこで,本件発明1に特許性が認められるためには,上記三つの特性において,本件発明1が,甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏することを要する。
a  効果(1)(低温保存性の向上)について
(a)  本件発明1に関し,本件明細書には,実施例1~4及び比較例1の液晶組成物の低温保存試験において,実施例1~4は,-40℃及び-25℃のいずれの温度においても,2週間又は3週間ネマチック状態を維持したのに対し,フッ素原子を有しない重合性化合物を用いた比較例1の液晶組成物(【0073】,【0074】)は,ネマチック状態を1週間しか維持せず,2週目には析出が確認された旨が記載されている(前記⑴イ(エ)a)。
 他方,甲1発明Aに関し,甲1には,実施例1~52及び「本発明」の第三成分を含有していない比較例1の組成物は,いずれも,ネマチック相の下限温度(Tc)が「≦-20℃」(ただし,実施例21のみ「≦-30℃」)であり,ネマチック相の好ましい下限温度である-10℃以下より低いものである旨が記載されている(前記⑵)。
⒝  前記(a)の記載に関し本件審決は,甲1の実施例1~52及び比較例1の「下限温度」は,-40℃及び-30℃のいずれでも(ただし,実施例21は「-40℃では」)10日以内に結晶又はスメクチック相に変化したものと理解できるのに対し,本件明細書の実施例1~4は,-25℃及び-40℃で2週間又は3週間ネマチック状態を維持したと記載されているから,甲1に記載された実験結果より低い温度でより長い期間に渡り安定性が維持されるものと解することができ,本件発明1の低温保存性は,甲1に記載されていない有利な効果である旨判断した。
 しかしながら,そもそも,本件明細書に記載された低温保存試験は,具体的な測定方法,測定条件について記載されていないため,甲1に記載された低温保存試験と同じ測定方法,測定条件で実施されたものであるかについて,本件明細書の記載からは明らかでない。
 また,液晶組成物の低温保存試験は,液晶組成物のその他の物性値である粘度,光学異方性値,誘電率異方性値等と異なり,確立された標準的な手法は存在しないところ(弁論の全趣旨),甲32(原告従業員による平成30年7月12日付けの試験成績証明書)においては,試験管(P-12M)を用いた場合とクリーンバイアル瓶(A-No.3)を用いた場合という容器の形状等の違いで実験結果に差異が生じ,甲1の実施例20と甲82(株式会社UKCシステムエンジニアリングによる平成31年4月17日付け試験報告書)の実験結果の間でも,低温保存試験の条件によって実験結果が異なることからすると,液晶組成物の低温保存試験においては,試験方法や試験条件が異なることで過冷却の状態が生じることを否定できず(甲40),試験結果に著しい差異が生じる可能性があるものと認められる。
 加えて,甲1の低温保存試験においては,化合物(1)ないし(3)の組合せやその配合量が顕著に異なる液晶組成物であっても,実施例21(「Tc≦-30℃」)を除いて,「Tc≦-20℃」という同じ結果となっているのに対し,本件明細書の実施例1~4と比
較例1は,フッ素原子を有する重合性化合物又はフッ素原子を有しない重合性化合物という配合成分の差異のみで,-25℃及び-40℃におけるネマチック状態の維持期間が顕著に異なる結果となっている。
⒞  以上の事情に照らすと,低温保存試験に関する甲1の実験と本件明細書の実験が,同じ配合組成(配合成分及び配合量)の液晶組成物を試験した場合に同様の試験結果が得られるような,共通の試験方法,試験条件において実施されたものとは,にわかに考え難いというべきである。
 さらに,本件明細書において,実施例1~4と対比されたのは,重合性化合物にフッ素原子を有しない構造を有するというほかは,実施例1~4と同様の配合組成を有する比較例1であって,その配合組成は,甲1の実施例(1~52)とは顕著に異なるものである。
 そして,この点は,被告において本件明細書の試験の再現実験である旨主張する乙14についても同様であることから,本件明細書及び乙14の実験結果のみから,本件発明1の効果と甲1発明Aの効果を比較することは困難である。
  したがって,本件明細書に記載された実施例1~4の下限温度と,甲1に記載された実施例及び比較例の下限温度とを単純に比較するだけで,低温保存に係る本件発明1の効果が,甲1発明Aの効果よりも顕著に有利なものであると認めることはできない。
b  効果(2)(低粘度)について
 前記(イ)のとおり,甲1発明Aの具体例である実施例の液晶組成物は,いずれも高速応答に対応した低い粘度のものであることが認められるところ,液晶組成物の粘度について,本件発明1が甲1発明Aと比較して顕著な特有の効果を奏するものであることを認めるに足りる証拠はない。
 したがって,本件発明1が,甲1発明Aと比較して,低粘度に係る有利な効果を奏するものとは認められない。
c  効果(3)(焼き付きや表示ムラ等が少ないか全くないこと)について
(a)  本件発明1に関し,本件明細書には,実施例1~6の液晶組成物,及びフッ素原子を有しない重合性化合物を用い,かつ一般式(II-A)及び(II-B)で表される化合物を含まない比較例2の液晶組成物において,重合性化合物の液晶化合物に対する配向規制力をプレチルト角の測定により確認した旨が記載されている(前記⑴イ(エ)c)。
 一方,甲1発明Aに関し,甲1には,第三成分の好ましい割合は,表示不良を防ぐために,第三成分を除いた液晶組成物100重量部に対して10重量部以下であり,さらに好ましい割合は,0.1重量部から2重量部の範囲である旨が記載されている(前記⑵イ(エ))。
⒝  前記(a)の記載に関し本件審決は,本件明細書には,実施例1~4が,焼き付きや表示ムラ等が少ないか全くないという効果(効果(3))を奏することは具体的に記載されていないが,実施例1~4においては,「環構造と重合性官能基のみを持つ1,4-フェニレン基等の構造を有する重合性化合物」に相当する重合性化合物(I-11)が用いられ,かつ,当該重合性化合物が添加された液晶組成物は,いずれも「アルケニル基や塩素原子を含む液晶化合物を使用」していないから,従来から公知の技術的事項に照らして,焼き付きや表示ムラ等が少ないか全くないものである蓋然性が高いといえる旨判断した。
 しかしながら,前記(a)のとおり,本件明細書には,実施例1~6及び比較例2に関し,「重合性化合物の液晶化合物に対する配向規制力をプレチルト角の測定により確認した」旨が記載されているに過ぎず,本件明細書及び被告の提出する実験報告書(甲46~48)を参照しても,焼き付き等の表示不良の有無や程度についての評価が可能な,プレチルト角の経時変化及び安定性に関する実験結果は記載されておらず,VHR(電圧保持率)についても,いかなる条件で得られた数値が,この評価の対象とされ,どの程度の数値を示せば,焼き付き等の表示不良を生じないと評価できるのか等の詳細について,何ら具体的な説明はされていない。
 したがって,仮に,焼き付き等の表示不良とプレチルト角の経時変化及び安定性又はVHRとの間に一定の相関関係があったとしても,本件明細書及び甲46~48に示された実験結果に基づいて,本件発明1が達成している焼き付き等の表示不良抑制の程度を評価することはできないというべきである。
            ⒞  また,本件明細書には,式(I-1)ないし(I-4)の重合性化合物を用いることにより,表示ムラが抑制されるか,又は全く発生しないこと,また,焼き付きや表示ムラ等の表示不良を抑制するため,又は全く発生させないためには,塩素原子で置換される液晶化合物を含有することは好ましくないことが記載されているところ(前記⑴イ(イ)),甲1の実施例の半数以上(実施例5,7,11,13,26~27,29~52 )が,本件発明1の重合性化合物(I-1)~(I-4)のいずれかに相当する重合性液晶化合物(化合物(3-3-1),(3-4-1),(3-7-1),(3-8-1))を含有し,また,甲1の実施例の7割以上(実施例2~8,11~16,19,21~24,28~30,35~52)が,塩素原子で置換された液晶化合物を含有していない。
 さらに,本件明細書において,実施例1~6と対比されたのは,フッ素原子を有しない重合性化合物を用い,かつ一般式(II-A)及び(II-B)で表される化合物を含まない比較例2であって,その配合組成は,甲1の実施例(1~52)とは顕著に異なるものであり,この点は,被告において本件明細書の試験の再現実験である旨主張する甲46~48についても同様であるから,仮に本件発明1の実施例が比較例よりも有利な結果を示したとしても,甲1の実施例に対しても同様に有利な結果を示すとは限らない。
⒟  以上の事情に照らすと,焼き付きや表示ムラ等が少ないか全くないことに係る本件発明1の効果が,甲1発明Aの表示不良が生じない効果よりも顕著に有利なものであると認めることはできない。
d  小括
 以上によると,本件発明1は,甲1の実施例で示された液晶組成物では到底得られないような効果(低温保存性の向上,低粘度及び焼き付きや表示ムラ等が少ないか全くないこと)を示すものとは認められないので,本件発明1が,甲1発明Aと比較して,格別顕著な効果を奏するものとは認められない。  」

【コメント】
 本件は,被告の有する発明の名称を「重合性化合物含有液晶組成物及びそれを使用した液晶表示素子」という液晶材料の特許権(特許第5196073号)に対する無効審判について(進歩性欠如),不成立審決が下されたため,これに不服の原告が審決取消訴訟を提起したものです。
 
 これに対して,知財高裁3部鶴岡さんの合議体は,逆転で審決を取り消しました。つまりは進歩性はないかも・・・というわけです。
 
 さて,とは言うものの,この事件をこのブログで扱うのは,実は二回目です。
 一回目はここです。 

 ですので,詳しい経緯等はそこを見てもらった方がいいです(クレームは変わらず省略します。)
 
 さて,ポイントは,本件発明については,第一成分から,第四成分まであるということ,そして,本件発明が,引用発明の下位概念として包含される関係にあるということです。
 そして,前の判決では,今回と同様の「特許に係る発明が,先行の公知文献に記載された発明にその下位概念として包含されるときは,当該発明は,先行の公知となった文献に具体的に開示されておらず,かつ,先行の公知文献に記載された発明と比較して顕著な特有の効果,すなわち先行の公知文献に記載された発明によって奏される効果とは異質の効果,又は同質の効果であるが際立って優れた効果を奏する場合を除き,特許性を有しないものと解するのが相当である」という規範を立てて判断しました。
 
 その結果,効果を検討して,個別選択の効果ではなく,その個別選択が合わさったときの効果を見ないといけないとして,審決を取消したわけです。
 
 ほんで,今回の前審である無効審判に戻って,今度は特許庁は,効果あり,進歩性ありとして不成立審決を下したというわけです(前とは真逆です。)。 
 ですが,上記のとおり,本件の審決取消訴訟においては,個別選択が合わさったときの効果はやはりなしとして,審決を取り消したのです。
 
 まあですので,進歩性での効果が問題になっているのですが,昨年出た最高裁の判決と何かの関係があるわけではありません。ここで取り上げたのは袖振り合うも多生の縁という理由だけです。
 
 さて,本件は,再度再度特許庁の無効審判に戻るわけですけど,そろそろ決着がつくのでしょうかね。