2019年6月25日火曜日

侵害訴訟 特許  平成29(ワ)9201  大阪地裁 請求一部認容


事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求事件
裁判年月日
 令和元年6月20日
裁判所名
 大阪地方裁判所第26民事部          
裁判長裁判官   杉          浦          正          樹                      
裁判官         野          上          誠          一                          
裁判官         大          門          宏      一      郎 
 
明確性について
「3  争点2-1(明確性要件違反の有無)について
(1)  特許法36条6項2号の趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合に,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となることにより生じ得る第三者の不測の不利益を防止することにある。そこで,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断すべきものと解される。
(2)  「発泡性」について  
ア  証拠(甲37)及び弁論の全趣旨によれば,泡には,形態的に区別される気泡と泡沫とがあり,気泡は,気体が液体又は固体に包まれた状態を指し,ただ1つの界面を有するのに対し,泡沫は,気泡が多数集まって薄膜を隔てて密接に存在し,2つの界面を有するものであることは,親出願の出願日当時における当業者の技術常識であったと認められる。 
 他方,本件明細書には,本件各発明に係る「泡」に関し,「本明細書で用いられる「泡」は,混合されて,可変長の時間持続する構造を有する小さい気泡のマスを形成する液体及び気体を意味する。」(【0036】),「気泡は,液体のフィルムで取り囲まれた気体のセルである。」(【0037】)との定義が記載されている。また,本件各発明の発泡性組成物の作用効果に関しては,本件各発明の組成物  は,発泡性であるために,適用された部分に留まることができる(【0015】)とともに,表面上に容易に広がる泡として分配できる(【0018】)ものであること,空気と混合されるときに安定な泡を与え,この泡は,個人的洗浄用又は消毒目的のために使用でき,例えばユーザーが両手をこすったとき又は表面上に塗布されたときに壊れること(【0041】),消毒に適する組成物が40%v/vより多量のアルコールを含有するようにされており,かつ,低圧容器及びエアゾール包装容器の両者から化粧品として魅力的な泡として分配され得ることが本発明の重要かつ驚くべき成果であること(【0044】)も,それぞれ記載されている。
 これらの記載に鑑みると,本件各発明における「泡」との語は,親出願の出願日当時における当業者の技術常識である上記意義と異なるものでないことは明らかである。
 そうである以上,「発泡性」なる文言との関係において,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。すなわち,当該文言との関係において,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載に明確性要件違反はない。
 ・・・
(3) 「低い圧力で空気と混合されるときに発泡性」について
ア  本件明細書【0040】において,「低い圧力」は,「無加圧容器から泡を分配するときのような大気圧付近又はそれ以下の圧力」と定義され,また,「典型的には,泡がエアゾール容器から分配されるとき,この泡は高い「圧力」条件下で 分配されると考えられる」とも記載されている。ここで,本件明細書における「エアゾール」とは,分配のために製品を強制的に追い出すために加圧気体が用いられる包装及び送出システム,並びに送出された製品を意味するものとされている(【0038】)。また,本件各発明は,無加圧容器から低圧条件下で,又はエアゾール包装システムにより,泡として分配することのできる,シリコーン・ベース の界面活性剤を高い低級アルコール(C 1-4)含有量と共に含む発泡性アルコール組成物を提供する発明であることが記載されている(【0041】)。
 このような本件明細書の記載に鑑みると,本件各発明における「低い圧力」との語は,エアゾール容器のような加圧容器を用いない程度の圧力を意味するものであることは明らかである。このことと,上記「泡」ないし「発泡性」の意味を併せ考えると,「低い圧力で空気と混合されるときに発泡性」との語は,加圧容器を用いない程度の圧力で発泡性アルコール組成物と空気を混合したときに,泡沫を生成することを意味することもまた,本件明細書の記載から明らかである。
 したがって,「低い圧力で空気と混合されるときに発泡性」との文言との関係において,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載が第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるとはいえない。すなわち,当該文言との関係において,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載に明確性要件違反はない。 」

損害額について
「イ  実施料率について
(ア) 特許法102条3項は,「特許権者…は,故意又は過失により自己の特許権…を侵害した者に対し,その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を,自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。」旨規定する。そうすると,同項による損害は,原則として,侵害品の売上高を基準とし,そこに,実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。
 ここで,特許法102条3項については,「その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」では侵害のし得になってしまうとして,平成10年法律第51号による改正により「通常」の部分が削除された経緯がある。また,特許発明の実施許諾契約においては,技術的範囲への属否や当該特許の効力が明らか ではない段階で,被許諾者が最低保証額を支払い,当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなど,様々な契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で,事前に実施料率が決定される。これに対し,特許権侵害訴訟で特許権侵害に当たるとされた場合,侵害者は,上記のような契約上の制約を負わない。これらの事情に照らせば,同項に基づく損害の算定に当たっ て用いる実施に対し受けるべき料率は,必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく,むしろ,通常の実施料率に比べておのずと高額になるであろうことを考慮すべきである
 したがって,特許法102条3項による損害を算定する基礎となる実施に対し受けるべき料率は,①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や,それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ,②当該特 5 許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性,他のものによる代替可能性,③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様,④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。・・・ 」

【コメント】
 発明の名称 を「シリコーン・ベースの界面活性剤を含むアルコール含有量の高い発泡性組成物」とする特許( 第5891575号 )を持つ原告と,被告との間の特許権侵害訴訟の事件です。
 
 まずは,クレームからです。
1A  発泡性アルコール組成物であって,低い圧力で空気と混合されるときに発泡性であり,下記の成分; 
    1B  a)全組成物の少なくとも40%v/vの量で存在する,C 1-4 アルコール又はその混合物;
    1C  b)全組成物の0.01重量%~10.0重量%の量で存在する,発泡のための,シリコーン骨格を含有する親油性鎖を含む生理的に許容されるシリコーン・ベースの界面活性剤を含む発泡剤であって,bis-PEG-[10-20]ジメチコーン,又はbis-PEG-[10-20]ジメチコーンの混合物であり,組成物を空気と混合するディスペンサーポンプを有する無加圧ディスペンサーから分配されるときに,該発泡性アルコール組成物が空気と混合されて泡が形成される発泡剤;及び
    1D  c)全組成物を100重量%とする量で存在する水を含む 
 1A  発泡性アルコール組成物。

 ただし,構成要件該当性にはあまり争いがないようです。というのは,侵害訴訟よりも先に無効審判の請求があったようで(無効2016-800067。つまり請求されたのは平成28年。),これは不成立審決で,審決取消訴訟でも覆らなかったからなのです(平29行ケ10113。このまま確定。)
 
 ということで,構成要件該当性よりも重要なのは,本件では無効の抗弁として,記載要件不備,特に明確性が問題になったということだと思います。
 
 なので,下線のとおり,低い圧力ってどのくらいの圧力なんだ?,発泡性ってどういう意味だ?など,比較の対象がないと本来意味不明な言葉や,多義的な言葉があるため,被告が突っかかるのはやむを得ないところです。
 
 しかし,上記判旨のとおり,常識で考えましょうよ,屁理屈こねずに,という感じで,裁判所は軽くいなしております。
 
 なお,明確性の規範は,知財高裁1部から広まったよくあるパターンのやつですね(ここでも紹介したものです。)。 

 あと,大きな論点ではないのですが,102条3項の所は注目です。
 何と,わずか二週間足らず前に公になった大合議判決にモロ準拠しています。
 すごく早いです。

 恐らく,大合議判決後書き直したのだと思います。この部分といい,明確性の所といい,今回の大阪地裁の判決は知財高裁踏襲~と言っていいのではないでしょうか。
 
 普段,大阪地裁の判決は独自の理論で展開することが多く,ここで紹介しても誰の得にもならないと思えることもあるため,積極的に紹介しておりませんでした。多分このブログでの判決紹介も200件くらいにはなっていると思うのですが,大阪地裁のやつは10件程度だと思います。
 しかし,今回は,比較的まともというか,知財高裁に行っても大丈夫なロジックだと思いますので,紹介致しました。

 

2019年6月18日火曜日

不正競争 平成30(ネ)10081等 知財高裁 中間判決

事件番号
事件名
 不正競争行為差止等請求控訴事件等
裁判年月日
 令和元年5月30日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官               森   義 之                                 
裁判官                     佐 野   信                                      
裁判官                熊 谷 大 輔 

「   4  争点4(被告標章第1の営業上の使用行為及び商号としての使用行為が不競法2条1項1号又は2号の不正競争行為に該当するか)について  
・・・
エ  なお,原告文字表示マリカーの周知性についても検討しておくに,原告文字表示マリカーは,一審原告自身が「マリオカート」シリーズを表すものとして用いていたものではないものの,①ゲームソフト「マリオカート」の略称として,遅くとも平成8年頃には,ゲーム雑誌において使用されるようになっており,②平成22年頃には,ゲームとは関係性の薄い漫画作品においても何らの注釈を付することなく使用されることがあった。また,③一審被告会社が設立される前日である平成27年6月3日には,その1日をとってみても,「マリオカート」を「マリカー」との略称で表現するツイートが600以上投稿されたことが認められる。そして,一審被告会社の設立後においても,テレビ番組において,タレントが,一審原告のゲームシリーズである「マリオカート」の略称として「マリカー」を使用していたと発言し,本件訴訟提起に係る報道が出された後には,複数の一般人から,一審被告会社の社名である「マリカー」が一審原告のゲームシリーズ「マリオカート」を意味するにもかかわらず,一審被告会社が一審原告から許可を得ていなかったことに驚く内容の投稿がされた事実が認められる。
 以上の事実からすると,原告文字表示マリカーは,一審原告のカートレーシングゲームシリーズである「マリオカート」を示すものとして,遅くとも平成22年頃には,日本国内のゲームに関心を有する需要者,すなわち日本国内の本件需要者の間で,広く知られていたと認められる。
      オ  以上のとおり,「MARIO KART」表示は日本の国内外の本件需要者の間で,原告文字表示マリオカートは日本国内の本件需要者の間で,それぞれ著名であったものと認められる
。 
・・・・
  (4)  小括 
 以上の検討のとおり,原告文字表示マリオカートは著名であって,被告標章第1の1の需要者である日本国内の本件需要者との関係で被告標章第1の1と類似しており,「MARIO KART」表示は著名であって,被告標章第1の2~4の需要者である日本国内外の本件需要者との関係で被告標章第1の2~4と類似するものである。
  また,前記第2の2(4),第3の1~3で認定した一審被告会社が単独又は関連団体と共同で行っている被告標章第1の使用行為は,いずれも被告標章第1を,自己がしている本件レンタル事業という役務を表示するものとして使用するものといえる。
 そして,不競法2条1項2号は,著名表示をフリーライドやダイリューションから保護するために設けられた規定であって,混同のおそれが不要とされているものであるから,一審被告らが主張するような打ち消し表示の存在や本件各コスチュームの使用割合が低いこと(ただし,この点についての一審被告らの主張を採用できないことは,後記6(2)エのとおりである。)といった事情は,何ら不正競争行為の成立を妨げるものではない。
 したがって,その余の点について判断するまでもなく,自ら又は関係団体と共同して被告標章第1を前記第2の2(4),第3の1~3で認定したとおり使用する一審被告会社の行為は,外国語のみで記載されたウェブサイト等で用いることも含めて不正競争行為に該当するものである。 
・・・
6  争点7(本件宣伝行為及び本件貸与行為が,不競法2条1項1号又は2号の不正競争行為に該当するか)について 
・・・    
 そして,前記イと同様に,本件各動画中において,本件マリオコスチューム,本件ルイージコスチューム,本件ヨッシーコスチューム及び本件クッパコスチューム並びにそれらのコスチュームを着用した人物の表示は,いずれも原告表現物の特徴の一部を備えていて,外観上,原告表現物と類似することや「マリオカート」シリーズが,「マリオ」や「ヨッシー」等によるカートレーシングゲームとして日本国内外の本件需要者の間で著名であることからすると,本件各動画中の上記表示と原告表現物は類似するといえる。 
・・・・
  エ  本件貸与行為について
      (ア)前記第2の2(4)イ,前記第3の1,2からすると,本件各店舗において本件貸与行為がされていると認められるところ,証拠(甲110~115)及び弁論の全趣旨によると,本件貸与行為で用いられている本件各コスチュームは,ライセンシーが一審原告の許諾・監修のもとに作成したものであって,前記アで認定した原告表現物の特徴の全部又はその大部分を備えていて,原告表現物に類似するものである。
      (イ)次に,前記5で認定したとおり,平成29年2月までの間において,「スーパーマリオのコスプレをして乗れば,まさにリアルマリオカート状態!!」などと,本件貸与行為を強調し,それを前面に出して本件レンタル事業の宣伝が行われてきた。
 また,原判決が本件貸与行為は不正競争行為に該当すると判断した後も,本件各店舗において本件貸与行為が継続されていること及び前記1(1)判決後の平成31年2月17日の時点で京都店がルイージやヨッシーのコスチュームを着用した者らの写真をウェブサイトの予約ページで用いていること(甲220)からすると,現時点でも本件貸与行為は,一審被告会社がしている本件レンタル事業を特徴付けるものとして,従来と同じく重要な地位を占めているものと推認することができる。
 したがって,一審被告会社は,本件各コスチュームを自己の商品等表示として使用しているものと認められる。
  (ウ) 以上からすると,本件貸与行為は,不競法2条1項2号の定める「使用」に当たるものとして,同号の不正競争行為に該当するというべきである。  」

【コメント】
 いわゆるマリカー事件の控訴審の中間判決です。
 漸くアップされました。

 一審は,東京地裁平成29(ワ)6293(平成30年9月27日判決)です。このブログでも紹介しました。
 で,前提となる,被告標章第1というのは,以下のとおりです。
 「1  マリカー
 2  MariCar 
 3  MARICAR
 4  maricar

 最初だけ日本語で,あとはアルファベットです。ただし,マリオカートを英語に訳すと,mario kartのカートのカがk!なのですが,被告の標章は,どれもcであることに注意です。

 さて,本件は一審の判決を踏襲しているようですが,多少違う所があります。
 まず, 外国語のみ~の件です。
 二審では,以下のとおり,著名の地域を認めました。
「MARIO KART」→日本+外国
「マリオカート」→日本のみ
「マリカー」→日本のみ
 そうすると,一審のとおり,「外国語のみで記載されたウェブサイト及びチラシにおける被告標章第1の使用についての差止及び抹消請求は認められない。」ということになりそうです。

 ところが,上記の判旨のとおり,
「MARIO KART」は著名だから→「2  MariCar 3  MARICAR 4  maricar 」と類似
「マリオカート」も著名だから→ 「1  マリカー」と類似
と,被告標章第1の全部ダメ!としたのですね。 

 なので,つまり,ここは一審と異なり,「外国語のみで記載されたウェブサイト等で用いることも含めて不正競争行為に該当する」としたわけです。

 違いはもう一つあります。大した話ではありませんが,一審では被告代表者への損害賠償を否定し,被告会社のみに賠償を認めていました。
 しかし,この二審では,「取締役としては,会社が不正競争行為を行わないようにする義務があるところ,上記検討によると,一審被告Yにはそのような義務に違反した点について,悪意又は少なくとも重過失があるものといえ,一審被告Yは,会社法429条1項に基づく責任を負うというべきである。  」と,不真正連帯債務であろう損害賠償責任を認めています。

 一審との違いはこのくらいでしょうか。
 あとのコスチューム関係はほぼ一審とおり,また著作権の判断もありませんので,まあ着目すべき点は,上記の話に尽きるかなと思います。

2019年6月10日月曜日

侵害訴訟 特許 平成30(ネ)10063  知財高裁 控訴棄却(請求一部認容)

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日
 令和元年6月7日
裁判所名
 知的財産高等裁判所特別部        
裁判長裁判官          高      部      眞  規  子                                                
裁判官          森              義      之                                                
裁判官          鶴      岡      稔      彦                                                
裁判官          大      鷹      一      郎       
裁判官          高      橋              彩 
「5  損害(特許法102条2項)(争点6-1)
(1)  特許法102条2項について      
ア  特許法102条2項は,「特許権者…が故意又は過失により自己の特許権…を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において,その者がその侵害の行為により利益を受けているときは,その利益の額は,特許権者…が受けた損害の額と推定する。」と規定する。特許法102条2項は,民法の原則の下では,特許権侵害によって特許権者が被った損害の賠償を求めるためには,特許権者において,損害の発生及び額,これと特許権侵害行為との間の因果関係を主張,立証しなければならないところ,その立証等には困難が伴い,その結果,妥当な損害の塡補がされないという不都合が生じ得ることに照らして,侵害者が侵害行為によって利益を受けているときは,その利益の額を特許権者の損害額と推定するとして,立証の困難性の軽減を図った規定である。そして,特許権者に,侵害者による特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在する場合には,特許法102条2項の適用が認められると解すべきである。
イ  被控訴人は,平成11年9月以降,「メディプローラー」,「スパオキシジェル」及び「ナノアクアジェルパック」との商品名でジェル剤と顆粒剤からなる2剤混合型の炭酸パック化粧料を製造,販売している。これらの製品(以下,併せて「原告製品」という。)は,本件発明1-1及び本件発明2-1の実施品である(甲5,6,46,55の2及び弁論の全趣旨)。
 これによれば,本件において,被控訴人に,控訴人らによる特許権侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事情が存在することが認められ,特許法102条2項の適用が認められる。
ウ  そして,特許法102条2項の上記趣旨からすると,同項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額とは,原則として,侵害者が得た利益全額であると解するのが相当であって,このような利益全額について同項による推定が及ぶと解すべきである。もっとも,上記規定は推定規定であるから,侵害者の側で,侵害者が得た利益の一部又は全部について,特許権者が受けた損害との相当因果関係が欠けることを主張立証した場合には,その限度で上記推定は覆滅されるものということができる。
(2)  侵害行為により侵害者が受けた利益の額
ア  利益の意義
 特許法102条2項所定の侵害行為により侵害者が受けた利益の額は,侵害者の侵害品の売上高から,侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益の額であり,その主張立証責任は特許権者側にあるものと解すべきである。 
 被控訴人は,被告各製品(以下,控訴人ネオケミアとの関係では顆粒剤を含む。)に係る,本件特許1の登録日である平成23年1月7日から,控訴人ごと及び製品ごとに別紙「請求一覧」各項記載の日(1項から順に被告製品1~9,11~18に対応している。)までの期間(以下「本件損害期間」という。)の控訴人らの売上高及び経費は別紙「売上高・経費一覧表」の「売上高」欄及び「争いのない経費」欄記載のとおりであるとして,同項所定の利益の額につき,別紙「損害額一覧表」の「被控訴人主張額」「2項による損害額」欄記載のとおり主張する。
イ  売上高
 被告各製品に係る本件損害期間の控訴人らの売上高が別紙「売上高・経費一覧表」の「売上高」欄記載のとおりであることについては,当事者間に争いはない。
ウ  控除すべき経費
(ア)  前記のとおり,控除すべき経費は,侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものをいい,例えば,侵害品についての原材料費,仕入費用,運送費等がこれに当たる。これに対し,例えば,管理部門の人件費や交通・通信費等は,通常,侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費には当たらない
 そして,被控訴人は,本件損害期間に係る上記原材料費,仕入費用及び運送費等控除すべき経費として別紙「売上高・経費一覧表」の「争いのない経費」欄記載のとおり主張し,この額の限度では当事者間に争いがない。控訴人らは,同別紙「控訴人らの主張する経費」欄記載のとおり,さらに控除すべき経費を主張するので,以下において判断する
(イ)  控訴人ネオケミアの経費について(被告各製品)
 控訴人ネオケミアは,R&Dセンターの研究員の人件費を控除すべきであると主張する。しかし,R&Dセンターの研究員の業務の具体的内容や被告各製品(2,5~7,9,11~14及び16~18については顆粒剤)の製造販売に関する従事状況は明らかではないから,控訴人ネオケミアの主張する人件費が,これらの製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記人件費をこれらの製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
(ウ)  控訴人コスメプロの経費について(被告製品1,14,15及び18)
a  パート従業員の人件費
 控訴人コスメプロは,パート従業員の人件費を控除すべきであると主張する。
 しかし,パート従業員の担当する業務の具体的内容や被告製品1,14,15及び18の製造販売に関する従事状況は明らかではないから,控訴人コスメプロの主張する人件費が,これらの製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記人件費をこれらの製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
b  外注の試験研究費
 控訴人コスメプロは,外注の試験研究費として37万8880円を控除すべきであると主張するところ,乙B2の9②及び③に係る試験は平成26年11月に行われたものであり,同年12月に販売された被告製品18の防腐,防カビ試験に関するものであると認められる(弁論の全趣旨)。よって,上記試験に係る費用(合計3万8880円)は同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものといえるから,同製品の売上高から控除すべき経費に当たる。これに対し,その余の試験費(乙B2の9①に係るもの)はどの製品に係るものであるかも明らかではないから,その試験費が被告製品1,14,15及び18の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,この部分については,これらの製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当でない。
c  広告費等
 控訴人コスメプロは,広告費を控除すべきであると主張する。しかし,乙B2の11の(1)~(4)によっても,展示会における控訴人コスメプロの展示内容やその中での被告製品1,14,15及び18の出品状況は明らかではないから,控訴人コスメプロの主張する広告費が,これらの製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記広告費をこれらの製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
d  無償配布サンプル代及び展示会配布サンプル代
 控訴人コスメプロは,サンプル代(原材料費,人件費,送料)を控除すべきであると主張する。しかし,乙B2の10及び12によっても,控訴人コスメプロが被告製品1,14,15及び18について,販売用の製品とは別にサンプルに係る経費を負担したことが明らかではないから,控訴人コスメプロの主張するサンプル代が,これらの製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記サンプル代をこれらの製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
(エ)  控訴人アイリカの広告宣伝費(被告製品5)
 控訴人アイリカは,広告宣伝費を控除すべきであると主張する。しかし,乙B8の7からは,被告製品5に関するものであるかが明らかではないから,控訴人アイリカの主張する広告宣伝費が,同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記広告宣伝費を同製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
(オ)  控訴人キアラマキアートの宣伝広告費(被告製品5)
 控訴人キアラマキアートは,被告製品5についてのプロモーション代として108万9837円を支出したことが認められ(乙B8の4),これは同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったものといえるから,同製品の売上高から控除すべき経費に当たる。
(カ)  控訴人ウインセンスの人件費(被告製品13)
 控訴人ウインセンスは,被告製品13を専門に担当するパート従業員の人件費を控除すべきであると主張する。しかし,乙B18の7の⑲によっても,パート従業員の担当する業務の具体的内容や被告製品13の製造販売に関する従事状況は明らかではないから,控訴人ウインセンスの主張する人件費が,同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記人件費を同製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
(キ)  控訴人クリアノワールの経費(被告製品15)
a  在庫品等の仕入金額について
 控訴人クリアノワールは,在庫品分及びサンプル分の仕入金額を控除すべきであると主張する。しかし,在庫品分の仕入金額は被告製品15の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費ではないことは明らかであり,このことは,その性質上,仮処分申立事件の和解により販売を控えたかどうかなどの在庫品が生じた理由によって変わるものではない。また,控訴人クリアノワールが,サンプルを配布したことも,これが同製品の製造販売にどのように関連して追加的に必要となったかも明らかではないから,控訴人クリアノワールの主張するサンプル分の仕入金額が,同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,控訴人クリアノワールの主張する上記仕入金額を,同製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
b  宣伝広告費等
 控訴人クリアノワールは,宣伝広告費及び交通費を控除すべきであると主張する。しかし,乙B20の3及び5によっても,控訴人クリアノワールの主張する支出が被告製品15に関連するものであることが明らかではないから,控訴人クリアノワールの主張する宣伝広告費及び交通費が,同製品の製造販売に直接関連して追加的に必要となったということはできない。よって,上記宣伝広告費及び交通費を同製品の売上高から控除すべき経費とみるのは相当ではない。
(ク)  以上によれば,売上高から控除すべき経費は,別紙「売上高・経費一覧表」の「経費合計額」欄記載のとおりである。
エ  小括
 したがって,別紙「損害額一覧表」の「裁判所認定額」「2項による損害額」欄記載の額が控訴人らの特許権侵害行為により被控訴人が被った損害の額と推定される。
(3)  推定覆滅事由について
ア  推定覆滅の事情
 特許法102条2項における推定の覆滅については,同条1項ただし書の事情と同様に,侵害者が主張立証責任を負うものであり,侵害者が得た利益と特許権者が受けた損害との相当因果関係を阻害する事情がこれに当たると解される。例えば,①特許権者と侵害者の業務態様等に相違が存在すること(市場の非同一性),②市場における競合品の存在,③侵害者の営業努力(ブランド力,宣伝広告),④侵害品の性能(機能,デザイン等特許発明以外の特徴)などの事情について,特許法102条1項ただし書の事情と同様,同条2項についても,これらの事情を推定覆滅の事情として考慮することができるものと解される。また,特許発明が侵害品の部分のみに実施されている場合においても,推定覆滅の事情として考慮することができるが,特許発明が侵害品の部分のみに実施されていることから直ちに上記推定の覆滅が認められるのではなく,特許発明が実施されている部分の侵害品中における位置付け,当該特許発明の顧客誘引力等の事情を総合的に考慮してこれを決するのが相当である。
イ  控訴人らは,炭酸ガスを利用したパック化粧料全てが競合品であることを前提に,他の炭酸パック化粧料の存在が推定覆滅事由となると主張する。
 しかし,そもそも,競合品といえるためには,市場において侵害品と競合関係に立つ製品であることを要するものと解される。
 被告各製品は,炭酸パックの2剤型のキットの1剤を含水粘性組成物とし,炭酸塩と酸を含水粘性組成物中で反応させて二酸化炭素を発生させ,得られた二酸化炭素含有粘性組成物に二酸化炭素を気泡状で保持させる炭酸ガスを利用したパック化粧料である。そして,化粧料における剤型は,簡便さ,扱いやすさのみならず,手間をかけることにより得られる満足感等にも影響するものであり,各消費者の必要や好みに応じて選択されるものであるから,剤型を捨象して広く炭酸ガスを利用したパック化粧料全てをもって競合品であると解するのは相当ではない。控訴人らが競合品であると主張する製品は,その販売時期や市場占有率等が不明であり,市場において被告各製品と競合関係に立つものと認めるには足りない。
ウ  控訴人らは,被告各製品が利便性に優れているとか,被告各製品の販売は控訴人らの企画力・営業努力によって成し遂げられたものであると主張する。
 しかし,事業者は,製品の製造,販売に当たり,製品の利便性について工夫し,営業努力を行うのが通常であるから,通常の範囲の工夫や営業努力をしたとしても,推定覆滅事由に当たるとはいえないところ,本件において,控訴人らが通常の範囲を超える格別の工夫や営業努力をしたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
エ  控訴人らは,被告各製品は原告製品に比べて顕著に優れた効能を有すると主張する。
 侵害品が特許権者の製品に比べて優れた効能を有するとしても,そのことから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく,当該優れた効能が侵害者の売上げに貢献しているといった事情がなければならないというべきである。
(ア)  原告製品については,「お肌を内側から潤す,炭酸のチカラ」,「シュワシュワッとはじけた炭酸ガスがお肌の代謝に必要な“酸素”を届けます」,「スパオキシジェルが築く,自信のフェイスライン。それは,ハリ・艶・潤いのある引き締まった素肌のこと。」などと宣伝されている。これらの製品の使用方法は,ジェルと顆粒をカップに入れて,スパチュラなどでまんべんなく混ぜ,できあがったジェルを清潔にした肌に厚めに塗り,そのまま約20分間から30分間パックし,スパチュラなどでジェルをおおまかに取った後,濡れタオルなどで拭き取り,洗い流
すというものである。(甲5,6,46,55の2及び弁論の全趣旨)
(イ)  被告各製品の使用方法は,製品によって若干異なるものの,概ね,①A剤(顆粒)とB剤(ジェル)を軽く混ぜ合わせ,少し厚め(1㎜程度)に顔全体に広げる,②パックの目安時間は20ないし30分程度,③パック終了後,付属のスパチュラでジェルを取り除く,④顔にジェルが残らないように,最後に軽く洗顔し洗い流す(被告製品3)などというものである。
 ただし,②の時間については,15分以上とするもの(被告製品5)や,15分から30分(程度)とするもの(被告製品13,14),15分ないし20分とするもの(被告製品9)などがあり,被告各製品から得られる組成物の使用時間(パック時間)は15分ないし30分程度である。
 また,③及び④につき,被告製品1については,ムース状のジェレーターをスパチュラに適量とり,顔に塗布したジェルを覆うように,少量を薄く塗り広げる,ジェレーターを全体に塗り終えたら数回に分けてジェルをはがす,はがし残りのジェルは拭き取るか,洗い流して完全に除去するとされているほか,被告製品8についても,きれいに洗ったスパチュラに,付属フィクサー(硬化剤)を適量取って,これをまずは顔のジェルを覆うように塗り広げ,徐々に表面が固まった後に,ゆっくりとはがす,はがした後は必ずきれいに洗い流し終えるとされている。さらに,被告製品15においてもジェルをはがすのに固化剤を使用することとされている(甲7,8,20,乙A36の3,42の4,乙E全27の3及び弁論の全趣旨)。
 第三者のホームページには,「使用方法もいたってシンプル!…パックが剥がしやすいように最後に凝固剤の役割となるジュレのようなものを乗せるので,簡単にジェルが取り除けるように工夫されているのも特徴の1つ」(被告製品1。乙A36の2,乙E全27の2),「オールスキンタイプの弱酸性炭酸ガスパックです」(被告製品8。乙A38の2),「炭酸のチカラが注目の美容成分をお肌へしっかり浸透させます!」,「10種の美容成分を配合」(被告製品12。乙A39の2),「高濃度炭酸ガスを効率的に角質層へ浸透させるため,粘性の高いジェル」を使用している(被告製品18。乙A45の2)などと製品独自の特徴も記載されている(乙A36ないし45,乙E全27,28)。
(ウ)  被告各製品及び原告製品は,いずれも本件発明1-1及び本件発明2-1の実施品であり,炭酸塩と酸を含水粘性組成物中で反応させて二酸化炭素を発生させ,得られた二酸化炭素含有粘性組成物に二酸化炭素を気泡状で保持させ,皮膚に適用して二酸化炭素を皮下組織等に供給することにより,美肌,部分肥満改善等に効果を有するものであると認められるのであり,上記(ア)及び(イ)に認定した事実によっても,被告各製品が原告製品に比して顕著に優れた効能を有し,これが控訴人らの売上げに貢献しているといった事情を認めるには足りず,ほかにこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
オ  控訴人らは,被告各製品が控訴人ネオケミアの有する特許発明の実施品であるなどとして,これらの特許発明の寄与を考慮して損害賠償額が減額されるべきであると主張する。
 侵害品が他の特許発明の実施品であるとしても,そのことから直ちに推定の覆滅が認められるのではなく,他の特許発明を実施したことが侵害品の売上げに貢献しているといった事情がなければならないというべきである。控訴人ネオケミアが,二酸化炭素外用剤に関連する特許である,①特許第4130181号(乙A18),②特許第4248878号(乙A19),③特許第4589432号(乙A20),④特許第4756265号(乙B全7)を保有していることは認められるが,被告各製品が上記各特許に係る発明の技術的範囲に属することを裏付ける的確な証拠はないから,そもそも,被告各製品が他の特許発明の実施品であるということができない。よって,これらの特許発明の寄与による推定の覆滅を認めることはできない。 
 なお,被告各製品の中には,上記特許権の存在や,特許取得済みであることを外装箱に表示したり,宣伝広告に表示したりしているものがあったことが認められる(甲7,8,17,20)が,特許発明の実施の事実が認められない場合に,その特許に関する表示のみをもって推定覆滅事由として考慮することは相当でないから,この点による推定の覆滅を認めることもできない。
カ  控訴人らは,従来技術との比較の観点から,本件発明1-1及び本件発明2-1の技術的価値が低いことを主張するが,控訴人らが指摘するジェルと粉末を組み合わせる化粧料の技術(資生堂614及び日清324)は,炭酸ガスを利用した化粧料に係るものではないし(乙A103,乙E全9,35,36),2剤混合型の気泡状の二酸化炭素を発生する化粧料(石垣発明1及び2)は,炭酸ガスの気泡の破裂により皮膚等をマッサージするための発泡性化粧料の技術であって,二酸化炭素を気泡状で保持する二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのものではない(乙E全4,5,37,38)から,いずれも本件発明1-1及び本件発明2-1を代替するものではない。そうすると,これらの従来技術の存在は,被控訴人の受ける損害とは無関係であるから,推定覆滅事由に当たるということはできない。
キ  控訴人らは,乙A3の実験結果によれば,ブチレングリコールが配合された被告各製品においては,本件発明1-1及び本件発明2-1の寄与は限定的であると主張する。しかし,本件発明1-1及び本件発明2-1は二酸化炭素含有粘性組成物を得るための2剤型の化粧料のキットの発明であるところ,被告各製品は,炭酸塩を含むジェル剤と酸を含む顆粒剤を混合して使用するパック化粧料のキットであるから,本件発明1-1及び本件発明2-1は被告各製品の全体について実施されているというべきである。また,被告各製品にブチレングリコールが配合されたことによる効果が控訴人らの売上げに貢献しているといった事情も認められない本件において,ブチレングリコールが配合されていることは,被控訴人の受ける損害とは無関係であるから,控訴人らが指摘する乙A3の実験の結果は,控訴人らの上記主張を基礎付けるものではない。
ク  控訴人らは,被告各製品は構成要件1-4A及び1-5Aを充足しないから本件各発明の寄与は限定的であると主張するが,被告各製品の製造,販売が本件各特許権の侵害に当たることはこれまでに認定したとおりであり,本件における従属項に係る発明の実施の有無は,被控訴人の受ける損害とは無関係であるから,控訴人らの上記主張を基礎付けるものとはいえない。
ケ  控訴人らの主張するその余の点は,いずれも,特許法102条2項の推定覆滅事由とはならないものであり,以上によれば,本件において同項の推定の覆滅は認められない。
(4)  まとめ
 以上より,本件各特許権侵害について,特許法102条2項により算定される損害額は,別紙「損害額一覧表」の「裁判所認定額」「2項による損害額」欄記載のとおりとなる。なお,本件特許権1及び本件特許権2の内容に照らし,一方のみを侵害していた期間と両方を侵害していた期間で損害額を異にするものではない。
6  損害(特許法102条3項)(争点6-2)
(1)  特許法102条3項について
ア  被控訴人は,選択的に,別紙「損害額一覧表」の「被控訴人主張額」「3項による損害額」欄記載のとおり,特許法102条3項により算定される損害額も主張している。特許法102条3項は,特許権侵害の際に特許権者が請求し得る最低限度の損害額を法定した規定である
イ  特許法102条3項は,「特許権者…は,故意又は過失により自己の特許権…を侵害した者に対し,その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を,自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。」旨規定する。そうすると,同項による損害は,原則として,侵害品の売上高を基準とし,そこに,実施に対し受けるべき料率を乗じて算定すべきである。
(2)  その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額
ア  特許法102条3項所定の「その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額」については,平成10年法律第51号による改正前は「その特許発明の実施に対し通常受けるべき金銭の額に相当する額」と定められていたところ,「通常受けるべき金銭の額」では侵害のし得になってしまうとして,同改正により「通常」の部分が削除された経緯がある。 
 特許発明の実施許諾契約においては,技術的範囲への属否や当該特許が無効にされるべきものか否かが明らかではない段階で,被許諾者が最低保証額を支払い,当該特許が無効にされた場合であっても支払済みの実施料の返還を求めることができないなどさまざまな契約上の制約を受けるのが通常である状況の下で事前に実施料率が決定されるのに対し,技術的範囲に属し当該特許が無効にされるべきものとはいえないとして特許権侵害に当たるとされた場合には,侵害者が上記のような契約上の制約を負わない。そして,上記のような特許法改正の経緯に照らせば,同項に基づく損害の算定に当たっては,必ずしも当該特許権についての実施許諾契約における実施料率に基づかなければならない必然性はなく,特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき,実施に対し受けるべき料率は,むしろ,通常の実施料率に比べて自ずと高額になるであろうことを考慮すべきである。
 したがって,実施に対し受けるべき料率は,①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や,それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ,②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性,他のものによる代替可能性,③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様,④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮して,合理的な料率を定めるべきである。
イ  認定事実
(ア)  本件各特許についての実際の実施許諾契約の実施料率は本件訴訟に現れていないところ,証拠(甲48,乙A49)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
a  株式会社帝国データバンクが作成した「知的財産の価値評価を踏まえた特許等の活用の在り方に関する調査研究報告書~知的財産(資産)価値及びロイヤルティ料率に関する実態把握~(平成22年3月)」(以下「本件報告書」という。)の表Ⅲ-10には,国内企業のロイヤルティ料率に関するアンケート結果として,産業分野を化学とする特許のロイヤルティ率は5.3%と記載されている。
 もっとも,平成19年の国内企業・団体に対するアンケート結果を記載した表Ⅱ-3には,技術分類を化学とする特許のロイヤルティ率の平均は4.3%(最大値32.5%,最低0.5%)(件数103件)と記載されている。
b  本件報告書の表Ⅲ-12には,平成16年から平成20年までの産業分野を化学とする特許の司法決定によるロイヤルティ料率は,平均値6.1%(最大値20%,最小値0.3%)(件数5件)と記載されている。
 他方で,本件報告書の表Ⅲ-11には,平成9年から平成20年までの産業分野を化学とする特許の司法決定によるロイヤルティ料率は,平均値3.1%(中央値3.0%,最高値5.0%,件数7件)と記載されている。
c  被控訴人の保有する他の特許権に関する和解
(a)  被控訴人は,本件各特許権のほかに,下記の特許第5164438号(甲51の1。以下「別件特許」という。)を保有している。
 出願日      平成19年6月11日
 原出願日    平成11年5月6日
 登録日      平成24年12月28日
 発明の名称  二酸化炭素経皮・経粘膜吸収用組成物
(b)  被控訴人による訴訟外の和解
 被控訴人は,株式会社エイチ・ツー・オーに対し,別件特許に係る特許権に基づき,同社が製造,販売している製品の製造,販売の中止を求め,同社との間で,平成25年4月30日,その製品の売上高の10%に相当する56万1219円の解決金の支払を受けることなどを内容とする訴訟外の和解をし,その解決金の支払を受けた(甲49,57の1)。
  被控訴人は,株式会社ライズに対し,別件特許に係る特許権に基づき,同社が販売している製品の販売の中止を求め,同社との間で,平成25年10月1日,その製品の売上高の10%に相当する34万6225円の解決金の支払を受けることなどを内容とする訴訟外の和解をし,その解決金の支払を受けた(甲50,57の2)。
  (イ)  前記1(4)ア(イ)のとおり,本件発明1-1及び本件発明2-1は,2剤型のキットの1剤につきアルギン酸ナトリウムを含む含水粘性組成物とし,炭酸塩と酸を含水粘性組成物中で反応させて二酸化炭素を発生させ,得られた二酸化炭素含有粘性組成物に二酸化炭素を気泡状で保持させ,皮膚粘膜又は損傷皮膚組織や皮膚に適用して二酸化炭素を持続的に皮下組織等に供給することにより,美肌,部分肥満改善等に効果をもたらすものである。そして,本件発明1-1及び本件発明2-1は,二酸化炭素を気泡状で保持させる化粧料等において1剤につきアルギン酸ナトリウムを含む含水粘性組成物とする点において,化粧料における剤型という構成全体に関わる発明であり,相応の重要性を有するものということができる。また,二酸化炭素を気泡状で保持させる化粧料等に関し,2剤型のキットの1剤につきアルギン酸ナトリウムを含む含水粘性組成物とする従来技術は存在せず,この点についての代替技術が存在することはうかがわれない。
  (ウ)  前記5(3)キのとおり,本件発明1-1及び本件発明2-1は被告各製品の全体について実施されているというべきである。そして,パック化粧料における剤型は,需要者の購入動機に影響を与えるものであるから,上記両発明を被告各製品に用いることにより控訴人らの売上げ及び利益に貢献するものと認められる。
  (エ)  控訴人と被控訴人はいずれも化粧品の製造販売業者であり,競業関係にある。
ウ  実施に対し受けるべき金銭の額
 上記のとおり,①本件訴訟において本件各特許の実際の実施許諾契約の実施料率は現れていないところ,本件各特許の技術分野が属する分野の近年の統計上の平均的な実施料率が,国内企業のアンケート結果では5.3%で,司法決定では6.1%であること及び被控訴人の保有する同じ分野の特許の特許権侵害に関する解決金を売上高の10%とした事例があること,②本件発明1-1及び本件発明2-1は相応の重要性を有し,代替技術があるものではないこと,③本件発明1-1及び本件発明2-1の実施は被告各製品の売上げ及び利益に貢献するものといえること,④被控訴人と控訴人らは競業関係にあることなど,本件訴訟に現れた事情を考慮すると,特許権侵害をした者に対して事後的に定められるべき,本件での実施に対し受けるべき料率は10%を下らないものと認めるのが相当である。なお,本件特許権1及び本件特許権2の内容に照らし,一方のみの場合と双方を合わせた場合でその料率は異ならないものと解すべきである。
 したがって,本件各特許権侵害について,特許法102条3項により算定される損害額は,別紙「損害額一覧表」の「裁判所認定額」「3項による損害額」欄記載のとおりとなる。 」
【コメント】
 本件は,化粧品の特許(名称を「二酸化炭素含有粘性組成物」とする発明に係る2件の特許権,特許第4659980号及び特許第4912492号)に関する特許権侵害訴訟の事件です。
 一審(大阪地裁平成27(ワ)4292, 平成30年6月28日判決)では,差止等と一部の損害賠償も認められたため, これに不服の被告(控訴人)が控訴を提起したのが,本件です。

 で,結果としては,控訴棄却ですので,原審のまま!ということですね。
 注目なのは,この事件が大合議とされている点です。
 まずは,クレームからです(一部)。
1-1A部分肥満改善用化粧料,或いは水虫,アトピー性皮膚炎又は褥創の治療用医薬組成物として使用される二酸化炭素含有粘性組成物を得るためのキットであって,
1-1B1)炭酸塩及びアルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物と,酸を含む顆粒(細粒,粉末)剤の組み合わせ;又は
 2)炭酸塩及び酸を含む複合顆粒(細粒,粉末)剤と,アルギン酸ナトリウムを含有する含水粘性組成物の組み合わせからなり,
1-1C含水粘性組成物が,二酸化炭素を気泡状で保持できるものであることを特徴とする,
1-1D含水粘性組成物中で炭酸塩と酸を反応させることにより気泡状の二酸化炭素を含有する前記二酸化炭素含有粘性組成物を得ることができるキット。

 このようなものです。 
 で,構成要件該当性があり,無効の抗弁認められず,ということで侵害となったものです。

 さて,控訴審でのポイントは,損害賠償の算定の所です。
 各ポイントを概観しますと,以下のとおりでしょう。

1 102条2項の利益
・102条2項の利益は,限界利益。しかし,その言葉よりも「侵害者の侵害品の売上高から,侵害者において侵害品を製造販売することによりその製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した」ものということの方が重要でしょう。
 例示も重要です。
・この主張立証責任は特許権者。
2 102条2項の,明文にない覆滅事情
・ 特許法102条2項における推定の覆滅は,明文がないけれども,同条1項ただし書の事情と同様だということ。
 ここも例示の事情が重要です。
・この主張立証責任は侵害者。
3 102条3項
・102条3項の計算方法は,売上高×料率でよし。
・料率の判断要素は, ①当該特許発明の実際の実施許諾契約における実施料率や,それが明らかでない場合には業界における実施料の相場等も考慮に入れつつ,②当該特許発明自体の価値すなわち特許発明の技術内容や重要性,他のものによる代替可能性,③当該特許発明を当該製品に用いた場合の売上げ及び利益への貢献や侵害の態様,④特許権者と侵害者との競業関係や特許権者の営業方針等訴訟に現れた諸事情を総合考慮,という所でしょうか。
 大きく3つの争点について,結構な判示があります。
 ただし,102条2項と3項併存説はとっておりませんから,これは法改正後ということになるでしょう。
 ちなみに,来年の4月からと思われる102条の改正後の新条文は以下のとおりです。
(損害の額の推定等)
 第百二条  
1 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為を組成した物を譲渡したときは、次の各号に掲げる額の合計額を、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額とすることができる。
 一 特許権者又は専用実施権者がその侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額に、自己の特許権又は専用実施権を侵害した者が譲渡した物の数量(次号において「譲渡数量」という。)のうち当該特許権者又は専用実施権者の実施の能力に応じた数量(同号において「実施相応数量」という。)を超えない部分(その全部又は一部に相当する数量を当該特許権者又は専用実施権者が販売することができないとする事情があるときは、当該事情に相当する数量(同号において「特定数量」という。)を控除した数量)を乗じて得た額 
二 譲渡数量のうち実施相応数量を超える数量又は特定数量がある場合(特許権者又は専用実施権者が、当該特許権者の特許権についての専用実施権の設定若しくは通常実施権の許諾又は当該専用実施権者の専用実施権についての通常実施権の許諾をし得たと認められない場合を除く。)におけるこれらの数量に応じた当該特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額   
2 特許権者又は専用実施権者が故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対しその侵害により自己が受けた損害の賠償を請求する場合において、その者がその侵害の行為により利益を受けているときは、その利益の額は、特許権者又は専用実施権者が受けた損害の額と推定する。 
3 特許権者又は専用実施権者は、故意又は過失により自己の特許権又は専用実施権を侵害した者に対し、その特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。  
4 裁判所は、第一項第二号及び前項に規定する特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額に相当する額を認定するに当たつては、特許権者又は専用実施権者が、自己の特許権又は専用実施権に係る特許発明の実施の対価について、当該特許権又は専用実施権の侵害があつたことを前提として当該特許権又は専用実施権を侵害した者との間で合意をするとしたならば、当該特許権者又は専用実施権者が得ることとなるその対価を考慮することができる。   
5 第三項の規定は、同項に規定する金額を超える損害の賠償の請求を妨げない。この場合において、特許権又は専用実施権を侵害した者に故意又は重大な過失がなかつたときは、裁判所は、損害の賠償の額を定めるについて、これを参酌することができる。」 

 特許法102条2項の改正はないのですが,1項の1号2号はそのまま2項の解釈においても横滑りするらしいです(今の明文にない覆滅事情と同様。)。
 ですので,今回の大合議は法改正に先行し,ここで法改正後にも適用できる先例を固めておきたいというものがあったのでしょうね。

 この辺の論点で一家言ありそうな高部所長が考えそうな話・・・と言えると思います。
           

2019年6月3日月曜日

侵害訴訟 特許 平成31(ネ)10006  知財高裁 控訴棄却(請求棄却)

事件番号
事件名
 特許権侵害差止等請求控訴事件
裁判年月日
 令和元年5月29日
裁判所名
 知的財産高等裁判所第3部                          
裁判長裁判官          鶴      岡      稔      彦                                  
裁判官             上      田      卓      哉                                  
裁判官             山      門              優

「 2  争点1(被告方法は本件発明の技術的範囲に属するか)について
⑴  「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」の意義について
ア(ア)  本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本件発明の「プロカルシトニン3-116」は,「患者の血清中」から「測定」されるものであり,測定結果が「敗血症及び敗血症様全身性感染」の「検出」のために用いられることを理解できる。
 そして,本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には,「プロカルシトニン3-116を測定すること」の意義について規定する記載はないが,「測定」とは,一般的に,「長さ,重さ,速さなど種々の量を器具や装置を用いてはかること」(大辞林(第3版))との意味を有する。
したがって,特許請求の範囲の記載によれば,本件発明の「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは,患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味するものと解される。
(イ)  また,本件明細書の発明の詳細な説明には,従来技術として,患者の血清中のプロカルシトニンの測定が,敗血症の検出にとって有益な診断手段であることが知られていたこと,「本発明」の開始点は,敗血症等の患者の血清中に比較的高濃度で検出可能なプロカルシトニンが,プロカルシトニン1-116ではなく,プロカルシトニン3-116であるという発見であり,そこから新規な診断及び治療方法,そこで使用可能な物質等を導き出したことの開示がある(前記1⑴イ)。一方,本件明細書の発明の詳細な説明には,「プロカルシトニン3-116を測定すること」の意義について明示した記載はない。
      そして,このような本件明細書の記載に照らしても,本件発明の「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは,患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味し,その測定結果が敗血症等の検出に用いられることを理解できる。
(ウ)  以上の特許請求の範囲及び本件明細書の記載事項を総合すると,「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは,患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味するものと解される。
イ  これに対し控訴人は,構成要件Aの「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは,敗血症患者の血清中でプロカルシトニン3-116を敗血症の検出に必要な精度で測定することをいうと解すべきであり,プロカルシトニン1-116と区別してプロカルシトニン3-116を測定することを必須とするものではない旨主張し,その根拠として,①本件明細書の記載事項(【0002】~【0008】等)から,患者の血清中でプロカルシトニン1-116等とプロカルシトニン3-116を区別することなくプロカルシトニン一般を測定したとしても,敗血症等の検出に必要な精度でプロカルシトニン3-116を測定できることが当業者に明らかであること,②本件明細書には,本件特許に係る「敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法」の具体例として,血中から検出されるプロカルシトニンの濃度を一般的なイムノアッセイにより測定することが記載されているが(【0062】,表3),通常のイムノアッセイでは,プロカルシトニン1-116と区別してプロカルシトニン3-116を測定することは不可能であることを挙げる。
 しかしながら,「患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定すること」とは,患者の血清中のプロカルシトニン3-116の量を明らかにすることを意味するものと認められることについては,前記アのとおりである。
 上記①の点については,患者の血清中のプロカルシトニン3-116をプロカルシトニン1-116等と区別することなく測定することとは,患者の血清中のプロカルシトニンを測定することと同義であるところ,本件明細書には,患者の血清中のプロカルシトニン濃度を測定することにより敗血症等を検出する技術は,本件出願の優先日前に従来技術として存在したものであり,「本発明」は,かかる従来技術に対して新規のものである旨が記載されていること(前記1⑵イ,ウ)からすると,かかる従来技術が本件発明に係る方法に含まれると解することはできない。
 なお,本件明細書には,敗血症等の患者の血清中に含まれるプロカルシトニンの大部分がプロカルシトニン3-116であることを発見した旨の記載があるが(【0009】,【0010】),たとえそのような関係があるとしても,プロカルシトニン3-116を測定することと,プロカルシトニン一般を測定することとが同義とはいえないことは明らかである。更に付け加えれば,敗血症等の患者の血清中に含まれるプロカルシトニンの大部分はプロカルシトニン3-116であるとの知見が存在するとしても,敗血症等であるかどうかが明らかではない(だからこそ,その診断を要する)患者については,その血清中のプロカルシトニンの大部分がプロカルシトニン3-116であるかどうかは明らかではないはずである。したがって,敗血症等であるかどうかの診断に当たり,検出されたプロカルシトニン一般の大部分がプロカルシトニン3-116であるとの前提に立つことはできないというべきであるから,上記知見の存在は,前記アの判断を左右するものではない。
 また,上記②の点については,本件明細書には,正常者及び敗血症患者の血清中のプロカルシトニン濃度を測定した旨が記載されているところ(【0062】),【0062】に明示の記載はないが,上記測定は,【0023】と同様に,市販のプロカルシトニンアッセイを用いて行われたものと理解することができる。 
 しかしながら,本件明細書には,かかる測定は,これと同時に行われたこれらの者の血清中のプロホルモン濃度の測定結果と対比することにより,正常者と敗血症患者の間の濃度の差異がプロカルシトニンにおいて際立っていることを示すものである旨の記載があることからすると(【0059】,【0062】,【0063】,表3),上記測定が,本件特許に係る「敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法」の具体例として記載されたものであるとは認められない。したがって,上記②の主張は,その前提を誤るものである。
 以上によれば,控訴人の上記主張を採用することはできない。
⑵  被告方法について
 前記前提事実のとおり,被告装置及び被告キットを使用すると,患者の検体中において,プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116とを区別することなく,いずれをも含み得るプロカルシトニンの濃度を測定することができ,その測定結果に基づき敗血症の鑑別診断等が行われていると認められるものの,本件全証拠によっても,被告装置及び被告キットを使用して敗血症等を検出する過程で,プロカルシトニン3-116の量が明らかにされているとは認められない。
 したがって,その余の点について判断するまでもなく,被告方法は,構成要件Aを充足するものとはいえない。
⑶  小括
 以上によれば,被告方法は,本件発明の技術的範囲に属するものとは認められない。 」

【コメント】
 記念すべき令和が載った初の判決の紹介です。
 さて,本件は,発明の名称を「敗血症及び敗血症様全身性感染の検出のための方法及び物質」とする特許(特許第5215250号)の特許権者である控訴人(原告)と,被控訴人である被告との間の特許権侵害訴訟の事案です。
 一審(東京地方裁判所平成29年(ワ)第28884号)では,被告方法が技術的範囲に入らないとして,請求棄却になりました。 

 で,この二審でも同様の結論です。

 そう書くと特段面白い所もないのですけど,追い詰められた原告がよく主張する典型的パターンだったので,これを紹介する次第です。

 まずは,クレームからです。
患者の血清中でプロカルシトニン3-116を測定することを含む,敗血症及び敗血症様全身性感染を検出するための方法」  

 私,この辺の技術に対して土地勘が全くありませんので,中身については??です。 
 しかし,上記のとおり,よくあるパターンですので,技術の中身が分からなくても十分論点は分かります。

 この問題となるプロカルシトニンは本来116個のアミノ酸からなるもののようで,「116のアミノ酸を含む完全なプロカルシトニン1-116ではなく,そのアミノ末端がジペプチド分短くなっているが他は同一であり,114のアミノ酸のみのアミノ酸配列を有するプロカルシトニン(プロカルシトニン3-116)であるという驚くべき発見である。
 つまり,原則的なプロカルシトニンが,1-116であり,今回例外的で派生的な3-116をマーカーに使うということが画期的で,それが登録につながったということです。


 他方,被告方法は,「プロカルシトニン3-116とプロカルシトニン1-116とを区別することなく,いずれをも含み得るプロカルシトニンの濃度を測定する」というものです。
 だとすると,原告が広く解釈したくなるのは当然としても, そうすると,従来技術と差がつかなくなってしまうのですね(新規性がなくなってしまう。)。

 じゃあ狭く解釈しようとすると,構成要件該当性は無くなってしまい,こっちはこっちでダメ!というパターンです。

 原告からすると,こんなにソックリなのにどうして??と思うかもしれませんが,そんな二枚舌が許されるわけないでしょ!って所です。
  プロカルシトニン3-116の測定で特許が取れたのだから,権利範囲もそこだけ!ってやつです。

 勿論,原告の気持ちは分かりますが,この広く解釈すると無効になり,狭く解釈すると構成要件該当性が無くなるというのは,特許の権利行使で昔からよくあるパターンですので,このパターンになったら諦めるしかないと思います。
 あ,勿論,原告が,弁護士だけ儲けさせてもいいんだという弁護士博愛の心の持ち主だというのであれば,外野がヤーヤー言うことでありません。

【追伸】
 同じ原告で同じ特許による,他の会社に対する特許権侵害訴訟の判決が出ております。
 今回の会社のものも,上記と同様,1-116と3-116を区別しないものだったので,当然,同様に構成要件充足性なしで請求棄却になっております。

 東京地裁平成30(ワ)16555号(令和元年10月29日判決

 ということで,上記のとおり,この原告は弁護士博愛の持ち主のようですね。