事件番号
事件名
審決取消請求事件
裁判年月日
令和元年11月11日
裁判所名
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦
裁判官 山 門 優
裁判官 高 橋 彩
「ウ 事案に鑑み,ゼロクロス時間の下限値について判断する。
訂正事項A-bは,ゼロクロス時間の上限値を2.50秒と特定するのみで下限値を特定していないところ,これは,ゼロクロス時間を0秒以上2.50秒の範囲と特定して特許請求の範囲に限定を付加する訂正であるということができる。そこで,ゼロクロス時間が0秒以上2.50秒以下であることについて,特許請求の範囲又は本件明細書に明示的に記載されているか,その記載から自明である事項であるといえるかを検討する。
まず,本件訂正前の特許請求の範囲にはゼロクロス時間に関する記載はない。
訂正事項A-bは,ゼロクロス時間の上限値を2.50秒と特定するのみで下限値を特定していないところ,これは,ゼロクロス時間を0秒以上2.50秒の範囲と特定して特許請求の範囲に限定を付加する訂正であるということができる。そこで,ゼロクロス時間が0秒以上2.50秒以下であることについて,特許請求の範囲又は本件明細書に明示的に記載されているか,その記載から自明である事項であるといえるかを検討する。
まず,本件訂正前の特許請求の範囲にはゼロクロス時間に関する記載はない。
次に,本件明細書には,上記イのとおり,酸化スズ形成処理がされ,ゼロクロス時間が0秒以上2.50秒以下の範囲に該当するものとして,ゼロクロス時間が2.40秒,2.35秒及び2.30秒のタブ端子(実施例1,2,4,5)が明示的に記載されているということができるが,ゼロクロス時間が0秒以上2.30秒未満であるタブ端子についての明示的な記載はない。
そして,本件明細書の記載からは,ウィスカの成長抑制処理として熱処理を行った場合について,①熱処理温度を110℃,130℃,180℃,200℃と変化させると,ウィスカの長さは130℃で一旦長くなるが,200℃にかけて上昇させると短くなり,ゼロクロス時間は130℃で一旦短くなり,200℃にかけて上昇させると長くなること,②熱処理をしないウィスカの長さは0.23㎜であり,熱処理をした実施例1~3及び比較例1ではウィスカの長さはいずれも許容範囲であるが,200℃で熱処理した比較例1のゼロクロス時間は長すぎてハンダ濡れ性が不十分であることが理解できるものの,熱処理温度とゼロクロス時間との間に単調な相関関係があるとは認められず,実際に測定された各温度以外の熱処理温度においてどのようなゼロクロス時間をとるのかを予測することは困難である。
また,ウィスカの成長抑制処理として溶剤処理を行った場合について,実施例4及び5に関する前記イ⑥の記載から,ゼロクロス時間が2.30秒未満となる具体的な溶剤処理を推測することはできない。
このように,本件明細書の記載から,ゼロクロス時間を2.30秒未満とした上でウィスカの発生を抑制することが自明であるということはできないし,このことは,上記アの技術常識を勘案しても同様である。
以上のとおりであるから,訂正事項A-bは,明細書等に明示的に記載されていないし,その記載から自明であるともいえないから,訂正事項A-bに係る訂正は,新たな技術的事項を導入しないものであるということはできず,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものとはいえない。」
また,ウィスカの成長抑制処理として溶剤処理を行った場合について,実施例4及び5に関する前記イ⑥の記載から,ゼロクロス時間が2.30秒未満となる具体的な溶剤処理を推測することはできない。
このように,本件明細書の記載から,ゼロクロス時間を2.30秒未満とした上でウィスカの発生を抑制することが自明であるということはできないし,このことは,上記アの技術常識を勘案しても同様である。
以上のとおりであるから,訂正事項A-bは,明細書等に明示的に記載されていないし,その記載から自明であるともいえないから,訂正事項A-bに係る訂正は,新たな技術的事項を導入しないものであるということはできず,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面…に記載した事項の範囲内において」するものとはいえない。」
「 3 取消事由2(本件発明7に関する明確性要件違反の判断の誤り)
(1) 明確性要件について
物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。
(2) 本件発明7について
本件発明7は,「前記溶剤処理が,リード線端部にアルミ芯線を溶接した直後に行われるものである,請求項6に記載のタブ端子。」として,請求項6の「前記の酸化スズ形成処理が,溶剤処理により行われる,請求項1または2に記載のタブ端子。」を引用するものであり,「酸化スズ形成処理が溶剤処理により行われる」との記載は製造方法であるから,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合に当たる。
(1) 明確性要件について
物の発明についての特許に係る特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合(いわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレームの場合)において,当該特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号にいう「発明が明確であること」という要件に適合するといえるのは,出願時において当該物をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在するときに限られる(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁参照)。
(2) 本件発明7について
本件発明7は,「前記溶剤処理が,リード線端部にアルミ芯線を溶接した直後に行われるものである,請求項6に記載のタブ端子。」として,請求項6の「前記の酸化スズ形成処理が,溶剤処理により行われる,請求項1または2に記載のタブ端子。」を引用するものであり,「酸化スズ形成処理が溶剤処理により行われる」との記載は製造方法であるから,特許請求の範囲にその物の製造方法が記載されている場合に当たる。
そうすると,本件発明7について明確性要件に適合するというためには,出願時において本件発明7の「タブ端子」を,その構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,又はおよそ実際的でないという事情が存在することを要するところ,原告はかかる事情について,具体的な主張立証をしない。 」
【コメント】
本件は,「電解コンデンサ用タブ端子」とする発明に係る特許権(特許第4452917号)に対し,被告である無効審判請求人が起こした無効審判において無効審決(訂正不可。進歩性なし等。)をくだされたことから,これに不服の原告が審決取消訴訟を提起したものです。
まず,クレームからです。
「 【請求項1】 芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線端部に,圧扁部を有するアルミ芯線が溶接されてなる電解コンデンサ用タブ端子であって,前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に,ウィスカの成長抑制処理が施されてなり,前記のウィスカ抑制処理が,酸化スズ形成処理である,電解コンデンサ用タブ端子。
・・・
【請求項6】 前記の酸化スズ形成処理が,溶剤処理により行われる,請求項1または2に記載のタブ端子。
【請求項7】 前記溶剤処理が,リード線端部にアルミ芯線を溶接した直後に行われるものである,請求項6に記載のタブ端子。
【請求項7】 前記溶剤処理が,リード線端部にアルミ芯線を溶接した直後に行われるものである,請求項6に記載のタブ端子。
・・・ 」
これを訂正でこうしました。
「 【請求項1】 芯材表面にスズからなる金属層が形成されてなるリード線端部に,圧扁部を有するアルミ芯線が溶接されてなる電解コンデンサ用タブ端子であって,前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に,ウィスカの成長抑制処理が施されてなり,前記のウィスカ抑制処理が,酸化スズ形成処理であり,
前記の酸化スズ形成処理により,前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に少なくともSnOまたはSnO 2 が含まれてなり,JIS C-0053はんだ付け試験方法(平衡法)に準拠して測定されたゼロクロス時間が2.50秒以下である,電解コンデンサ用タブ端子。
前記の酸化スズ形成処理により,前記リード線と前記アルミ芯線との溶接部に少なくともSnOまたはSnO 2 が含まれてなり,JIS C-0053はんだ付け試験方法(平衡法)に準拠して測定されたゼロクロス時間が2.50秒以下である,電解コンデンサ用タブ端子。
・・・
【請求項6】(削除)
【請求項7】(削除)
【請求項7】(削除)
・・・」
この請求項1の訂正事項等が新規事項追加で認められなかったわけです。
ということなので,まあ今どき珍しい判示(PBPクレームでNG等)になったわけです。なかなかにチャレンジングと言いましょうか,無鉄砲と言いましょうか,そんな感じです。
最近の新規事項追加は一昔前(直接的かつ一義的基準)に比べれば随分緩やかにはなっていますが,それは限度があります。
クレームにもない,明細書にもない,しかも数値限定・・・定性的じゃないのだからやはり無理!と言うしかないのでは?と思いますね。