そのため,自分の備忘のため,平成27年改正特許法での,職務発明のまとめを行っておきます。
2 条文
「第三十五条
1 使用者、法人、国又は地方公共団体(以下「使用者等」という。)は、従業者、法人の役員、国家公務員又は地方公務員(以下「従業者等」という。)がその性質上当該使用者等の業務範囲に属し、かつ、その発明をするに至つた行為がその使用者等における従業者等の現在又は過去の職務に属する発明(以下「職務発明」という。)について特許を受けたとき、又は職務発明について特許を受ける権利を承継した者がその発明について特許を受けたときは、その特許権について通常実施権を有する。
2 従業者等がした発明については、その発明が職務発明である場合を除き、あらかじめ、使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、又は使用者等のため仮専用実施権若しくは専用実施権を設定することを定めた契約、勤務規則その他の定めの条項は、無効とする。
3 従業者等がした職務発明については、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定めたときは、その特許を受ける権利は、その発生した時から当該使用者等に帰属する。
4 従業者等は、契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等に特許を受ける権利を取得させ、使用者等に特許権を承継させ、若しくは使用者等のため専用実施権を設定したとき、又は契約、勤務規則その他の定めにより職務発明について使用者等のため仮専用実施権を設定した場合において、第三十四条の二第二項の規定により専用実施権が設定されたものとみなされたときは、相当の金銭その他の経済上の利益(次項及び第七項において「相当の利益」という。)を受ける権利を有する。
5 契約、勤務規則その他の定めにおいて相当の利益について定める場合には、相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等を考慮して、その定めたところにより相当の利益を与えることが不合理であると認められるものであつてはならない。
6 経済産業大臣は、発明を奨励するため、産業構造審議会の意見を聴いて、前項の規定により考慮すべき状況等に関する事項について指針を定め、これを公表するものとする。
7 相当の利益についての定めがない場合又はその定めたところにより相当の利益を与えることが第五項の規定により不合理であると認められる場合には、第四項の規定により受けるべき相当の利益の内容は、その発明により使用者等が受けるべき利益の額、その発明に関連して使用者等が行う負担、貢献及び従業者等の処遇その他の事情を考慮して定めなければならない。」
3 構造
今回の改正により,職務発明制度は,大きく2つの構造に分かれると言ってよいでしょう。一つが,権利の帰属に関することで,もう一つが,相当の利益に関することです。
これらを分けて説明しておきます。
(1)権利の帰属
①原始的に使用者帰属にする方式(新35条3項 )と,②従前とおり,原始的に従業者帰属にする方式が選べます(新35条3項反対解釈か)。
①の方式にするには,職務発明規定において,「 職務発明については、その発明が完成した時に、会社が特許を受ける権利を取得する。」というような規定を置けばよいようです。これは特許庁主催の説明会の資料から抜粋しました。
他方,②の方式にするには,職務発明規定において,「会社が職務発明に係る権利を取得する旨を発明者に通知したときは、会社は、当該通知の到達時に、当該職務発明に係る権利を取得する。」というような規定を置けばよいようです。これも特許庁主催の説明会の資料から抜粋しました。
では,ここで問題です。
現在②の方式で,職務発明規定も,上記のような例であった会社があるとします。そのような会社が①の方式に変更することとしました。
さてその場合, 従業者等との間で協議を行うなど,新特許法35条5項などに規定されるような手続きを踏まないといけないのでしょうか?
答えはNo!です。
所謂改正本の15pには,「すなわち、契約、勤務規則その他の定めにおいてあらかじめ使用者等に特許を受ける権利を取得させることを定める場合、第35条第5項に規定されている協議等の手続を行う必要はない。 」とあります。
それはそうですよね。新特許法35条5項の手続は,「相当の利益」に関する話であり,権利帰属の話はこれとは関係ありませんから。
とは言え,就業規則による労働条件の不利益変更と言えますから,特許法ではなく労働法の規制が重要です。
労働契約法9条と10条は以下のとおりです。
「(就業規則による労働契約の内容の変更)
第十条
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、労働者の受ける不利益の
程度、労働条件の変更の必要性、変更後の就業規則の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規
則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第十二条に該当する場合を除き、この限りでない。」
つまり,合理性があって,周知すれば,労働者の合意のない不利益変更もOKとなる場合もあるわけです。
さて,具体的に,職務発明の②の方式を①に変更することがどうかと考えますと,法改正で導入されたくらいですので,合理性はあるのではないでしょうか。となりますと,あとはその変更を周知すればよいだけですね。
(追伸)
上記の「労働者の合意」について,最高裁の判決が出ました。
平成25年(受)第2595号 退職金請求事件(平成28年2月19日 第二小法廷判決)です。
とは言え,上記の論点とは直接関係ないのですが。
また,BLJの2016年4月号の第2特集が職務発明関係だったので,多少それもチェックしました。しかし,上記の職務発明の②の方式を①に変更することについて,大した記載はありませんでした。重要なことの割にはどこもここも,この部分は手薄です。
(追伸)
上記の「労働者の合意」について,最高裁の判決が出ました。
平成25年(受)第2595号 退職金請求事件(平成28年2月19日 第二小法廷判決)です。
とは言え,上記の論点とは直接関係ないのですが。
また,BLJの2016年4月号の第2特集が職務発明関係だったので,多少それもチェックしました。しかし,上記の職務発明の②の方式を①に変更することについて,大した記載はありませんでした。重要なことの割にはどこもここも,この部分は手薄です。
(2)相当の利益
これは先程の①の方式であっても,②の方式であっても,とにかく,使用者に1項の通常実施権以外の,特許を受ける権利や特許権等を帰属させた場合, 該当することになるため,注意です。
要するに,相当の利益のことを考えなくてよいのは,発明者にそのまま特許を受ける権利が帰属した場合くらいなものです。
さて,また勘違いしやすいのは,新特許法35条6項の指針(ガイドライン)で,この相当の利益の内容のことを決めるわけではない,ということです。
え!って人も多いと思います。
でも,ガイドラインのことを規定した新特許法35条6項は,「前項の規定により考慮すべき状況等に関する事項について」とあります。つまり,ガイドラインで定めるのは,新特許法35条5項の規定により考慮すべき状況等だけです。
そして,この考慮すべき状況等が何かというと,「相当の利益の内容を決定するための基準の策定に際して使用者等と従業者等との間で行われる協議の状況、策定された当該基準の開示の状況、相当の利益の内容の決定について行われる従業者等からの意見の聴取の状況等」のことです。
これには,大きく3つ,①協議, ②開示,③意見聴取,がありますが,どれも手続に関するものばかりです。
つまり,今回の職務発明の改正による相当の利益の決め方というのは,手続(プロセス)重視ということが言えます。
私は勝手に,職務発明のデュー・プロセスと呼んでおります。
その証拠に,新7項を見てください。
裁判所等が中身に踏み込むのは,「その定めたところにより相当の利益を与えることが第五項の規定により不合理であると認められる場合」だけです。
すなわち,デュー・プロセスを経て決定された場合には,中身の不合理性について,裁判所も関与しない建て付けなのです。
ということは,きちんと①協議, ②開示,③意見聴取,を経た場合,相当の利益がミカン一袋であったとしてもよいわけです。
逆に,①協議, ②開示,③意見聴取,を経ない場合,1兆円の報奨金でも,訴えるチャンスはあるということです(この場合,裁判所は検討するでしょうが,恐らく増分は0になるでしょうけど。)。
4 まとめ
今回の職務発明規定の改正には,いくつかポイントがあります。短くまとめると以下のとおりです。
・権利の帰属と相当の利益は,別の話
・相当の利益に関するガイドラインは,中身を決めるのではなく手続を律するもの
はっきり言って大した話ではないのですが,規定が若干複雑なのと,大改正というイメージが先行しているため,妙に喧々諤々みたいになっております。
しかし,きちんと検討すれば,何だそんなことだったのかと思うことでしょう。